田中修の中国経済分析
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【17-02】2017年政府活動報告のポイント

2017年 4月 4日

田中修

田中 修(たなか おさむ):日中産学官交流機構特別研究員

略歴

 1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信 州大学経済学部教授、内閣府参事官を歴任。2009年4月―9月東京大学客員教授。2009年10月~東京大学EMP講師。学術博士(東京大学) 

主な著書

  • 「スミス、ケインズからピケティまで 世界を読み解く経済思想の授業」(日本実業出版社)
  • 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
  • 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
    (日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞)
  • 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
  • 『2020年に挑む中国-超大国のゆくえ―』(共著、文眞堂)
  • 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
  • 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
  • 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
  • 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
  • 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
  • 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
  • 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)

 3月5日、全人代が開催され、李克強総理が政府活動報告(以下「報告」)を行った。このうち、2017年の経済政策関連部分の主要なポイントは以下のとおりである。

1.2017年の総体的手配

(1)2017年の総体要求

 報告は、「2017年は19回党大会が開催され、党・国家事業の発展において重大な意義を備える1年である」と位置づける。そのうえで、政府活動の総体要求として、「経済の平穏で健全な発展と社会の調和・安定を維持し、卓越した成績で19回党大会を迎え、勝利のうちに開催しなければならない」とし、経済と社会の安定確保が強調されている。

(2)マクロ経済の目標

 マクロ経済の主要予期目標は以下のとおりである。

①GDP成長率目標:6.5%前後(2016年は6.5%~7%、実績6.7%)

 成長目標を引き下げた理由として、報告は「経済ルールと客観的実際に符合し、予想の誘導・安定化、構造調整に資するものであり、小康社会の全面的実現という要求ともリンクしたものである。安定成長の重要目的は雇用の維持・民生優遇のためである」と説明している。

 15年の党5中全会において習近平総書記が「成長率の最低ラインは6.5%だが、7%実現も不可能ではない」と述べたことに引きずられ、16年の成長目標が「6.5%~7.0%」と過大に設定されたため、結果的に年前半はサプライサイド構造改革もその他の抜本改革も停滞した。今回の理由変更は、その反省の意味があろう。

②消費者物価上昇率:3%前後(2016年は3%前後、実績は2%)

 報告は特に変更の理由を説明していないが、経済報告は、工業製品出荷価格(PPI)の上昇が川下産業・末端消費に転嫁され、輸入商品価格の波及と国際大口取引商品価格の上昇傾向の影響により、新たなインフレ要因が形成される可能性があるとする。

 16年の経済報告では、「デフレ予想の改善」が強調されていたが、今年は新たなインフレ要因が警戒されるに至っている。これが金融政策のあり方にも影響を与えている。

③都市新規就業者増:1100万人以上(2016年は1000万人以上、実績は1314万人)

④都市登録失業率:4.5%以内(2016年は4.5%以内、実績は4.02%)

 報告は、「2017年の雇用圧力は増大しており、雇用を優先する戦略を堅持し、より積極的な雇用政策を実施しなければならない。都市新規就業者増の予期目標を昨年より100万人多くし、雇用をより重視するという方向性を際立たせた。経済のファンダメンタルズと雇用吸収能力からすれば、この目標は努力を通じて実現できる」と説明している。

2.マクロ経済政策

 財政・金融政策については、「積極的財政政策と穏健な金融政策を引き続き実施し、区間コントロールの基礎の上に方向を定めたコントロール・タイミングを見計らったコントロールを強化し、予見性・精確性・有効性を高め、消費・投資・地域・産業・環境保護等の政策との協調的組合せを重視し、経済運営を合理的区間に確保しなければならない」としている。

(1)財政政策: より積極・有効でなければならない

 2016年度の「力を加えなければならない」から語調がさらに強まった。これは、金融政策が緩和気味から景気中立型に転換したことが背景にあろう。

 2017年度の財政赤字は2.38兆元を計上(前年度比2000億元増)し、うち中央財政赤字は1.55兆元、地方財政赤字を8300億元としている。財政赤字の対GDP比率は昨年度と同様3.0%とした。しかし、財政部が1月24日に発表した2016年度の財政赤字は、予算の2.18兆元を上回り2兆8289億元となっており、これをGDP74 兆4127億元で単純に割ると、約3.8%となる。しかし、報告では16年度の財政赤字比率は3.0%となっている。

 これにはカラクリがあり、財政報告を見ると、16年度の中央収入に予算安定調節基金1000億元、中央政府基金(特別会計)予算・中央管轄国有企業予算から計315億元が繰り入れられており、他方中央支出は予算の99.1%に抑えられている。また、地方収入にも前年度予算使用繰越・剰余資金が5956億元繰り入れられており、これで最終的に、予算どおり財政赤字を2.18兆元に減らしたということであろう。

 なお、財政部の肖捷部長は記者会見において、2016年度末の中央・地方政府の債務残高は27.33兆元であり、対GDP比では36.7%となり、2017年度末の負債率もそれほど大きな変化は出現しないだろうとしている。また、今後引き続き財政赤字を拡大するかどうかについては、需要に基づき確定すべきだとする。

(2)金融政策:穏健・中立的でなければならない

 2016年の「柔軟・適度」という緩和気味の運営から景気中立型へ明確に変化した。これはPPIの急上昇・不動産バブルのリスクが背景にあろう。2月の時点で、PPIは前年同期比7.8%上昇、新築分譲住宅価格は70大中都市のうち56都市が前月比で上昇するなど、依然予断を許さない状況が続いている。また米国FRBが利上げを進めるなかで、人民元レートを安定させ、資金の対外流出を防ぐためにも、これ以上の金融緩和は困難という事情がある。

 2017年のM2の伸びは12%前後(2016年は13%前後、実績は11.3%)とし、社会資金調達規模残高の伸びは12%前後(2016年は13%前後、実績は12.8%)としており、いずれも16年の目標より引き締まっている。

 報告は「金融政策手段を総合的に運用し、流動性の基本的安定を擁護し、市場金利水準を合理的に誘導し、伝達メカニズムを円滑にし、金融資源が更に多く実体経済に流れることを促進し、とりわけ『三農』、小型・零細企業を支援する」としている。金融政策が景気中立的に転換されたことを受け、流動性の表現は「合理的充足」から「基本的安定」に後退し、16年のサプライサイド構造改革の重要内容であった「資金調達コストの引下げ」は、「市場金利水準の合理的誘導」に後退した。

 人民元レートについては、「為替レートの市場化改革の方向を堅持し、国際通貨システムにおける人民元の安定した地位を維持する」としている。

 なお、人民銀行の周小川行長は3月10日の記者会見で、外貨準備について「4兆元も必要はない。その一部はホットマネーだからだ」とし、外貨準備の減少は正常な現象であり、適度な減少は悪いことではない、との見解を示している。

3.サプライサイド構造改革

 報告は、「成果を強固にする基礎の上に、新情況・新問題に対して政策措置を整備し、より大きな成果を得るよう努力しなければならない」とする。

(1)着実・有効に生産能力を削減する

 報告は具体的に次の施策を挙げている。

①2017年は、さらに鉄鋼生産能力5000万トン前後を圧縮・削減し、石炭生産能力を1.5億トン以上退出させなければならない。同時に、火力発電の生産能力を5000万キロワット以上淘汰・建設停止・建設先送りにしなければならない。

 16年報告は鉄鋼・石炭産業リストラの数値目標が明記されていなかったが、今回は明記された。また、新たに火力発電の構造調整目標が盛り込まれている。

②環境保護・エネルギー消費・品質・安全等の関係法規・基準を厳格に執行し、市場化・法治化された手段をより多く運用して、「ゾンビ企業」を有効に処置し、企業の合併・再編、破産・清算を推進し、基準に達しない落後した生産能力を断固として淘汰し、過剰生産能力業種の新規生産能力立上げを厳しく抑制しなければならない。

 16年報告は「『ゾンビ企業』を積極かつ穏当に処置」となっていたが、表現がより厳しくなっている。

③生産能力削減は従業員をうまく再就職させなければならず、中央財政は財政特別奨励補助金を遅滞なく交付し、地方・企業は関連資金・措置を実施し、従業員再就職の出口を確保し、生活を保障しなければならない。

(2)都市に応じて施策を実施し、在庫を削減する

 報告は、「現在、三線・四線都市の不動産在庫が依然としてかなり多く、個人が自ら住む・都市に流入する人員の住宅購入需要を支援しなければならない」とする。具体的には、

 ①住宅の住むという属性を堅持し、地方政府の主体的責任制を実施し、不動産市場の平穏で健全な発展を促進する長期有効なメカニズムの確立・整備を加速し、市場を主として多様なレベルの需要を満足させ、政府を主として基本的保障を提供する。

 ②不動産市場の分類したコントロールを強化し、住宅価格の上昇圧力が大きい都市は住宅用地を合理的に増やし、開発・販売・仲介等の行為を規範化し、ホットスポットとなっている都市の住宅価格の速すぎる上昇に歯止めをかけなければならない[1]

 ③2017年は、さらにバラック地区の住宅を600万戸改造し、公共賃貸住宅を引き続き発展させる。

(3)積極かつ穏当に脱レバレッジを進める

 報告は、「わが国の非金融企業のレバレッジ率はかなり高く、これは貯蓄率が高く、貸出を主とする資金調達構造と関係している。総レバレッジ率を抑制する前提の下、企業のレバレッジ率を引き下げることを重点中の重点としなければならない」とし、資産の証券化を推進し、企業とりわけ国有企業の財務レバレッジ規制を強化するとしている。

(4)多くの措置によってコストを引き下げる

 税負担については、中小企業に重点が置かれている。なお金融政策が景気中立的に改められたことにより、利下げを示唆する「財務コストの引下げ」は削除された。

①小型・零細企業への所得税を半減する優遇の範囲を拡大し、年間課税所得額の上限を30万元から50万元に引き上げる。

②科学技術型中小企業の研究開発費用の割増控除率を50%から75%に引き上げる。

 税以外の負担軽減については、次の項目が列挙されている。

①政府基金を全面的に整理・規範化する。

②中央が企業にかけている行政事業性の費用徴収35項目を取消ないし徴収を停止し、費用徴収項目を半分以上減らす。

③政府が価格を定めている、金融・鉄道・貨物輸送等の分野の企業への営利的な費用徴収を減らす。

④「年金・医療・失業・労災・出産保険と住宅積立金」の保険料率を引き続き適切に引き下げる。

⑤改革の深化・政策の整備を通じて、企業の制度的な取引コストを引き下げ、エネルギー使用・物流等のコストを引き下げる。

(5)脆弱部分を精確に補強する

 報告は、「経済社会の発展と民生の改善を深刻に制約している際立った問題」を第13次5ヵ年計画の重大プロジェクトの実施と結びつけて、公共サービス・インフラ・イノベーションの進展・資源環境等の下支え能力の速やかな向上により補強していくとしている。

 2017年は特に「貧困地域と貧困人口は小康社会の全面的実現にとって最大の脆弱部分である」とし、農村貧困人口を16年の1240万人に続いて、さらに1000万人以上減らし、うち340万人を移転・転居させるとしている。17年は社会の調和・安定が重視されており、特に貧困の減少に重点が置かれているのである。

4.財産権保護の強化

 2017年の改革の目玉である。2016年は年央に民間投資が大きく落ち込み、李克強総理は各地方に調査チームを派遣して原因を調べさせた。その結果、民間投資が伸びない理由の1つとして、私有財産保護の不徹底が指摘されたのである。このため、2004年後半~06年の保守派・左派の攻勢により、いったんは後退した私有財産保護強化・民法典編纂の機運が再燃することとなった。今回の全人代では民法総則が可決されており、この作業が今後左派・保守派の抵抗を排し順調に進められるかどうかが、国有企業改革の成否を決めるカギになるのではないかと思われる。

 報告は、「財産権の保護は、労働の保護であり、発明・創造の保護であり、生産力の保護・発展である。財産権保護制度の整備を加速し、法に基づき各種所有制経済組織と公民の財産権を保障し、人びとの起業・イノベーション・富裕化を奨励し、企業家精神を奮い立たせ保護することにより、企業家が安心して経営・投資するようにしなければならない。企業財産権を侵害する行為に対しては、厳格に調査・処分し、誤りは必ず正さなければならない」とする。


[1] 全人代の修正でホットスポットの都市に関する記述が盛り込まれた。