【18-05】国務院第Ⅱ期李克強体制の課題
2018年6月25日
田中 修(たなか おさむ):奈良県立大学特任教授
略歴
1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信 州大学経済学部教授、内閣府参事官、財務総合政策研究所副所長、税務大学校長を歴任。現在、財務総合政策研究所特別研究官(中国研究交流顧問)。2009年4月―9月東京大学客員教授。2009年10月~東京大学EMP講師。2018年4月~奈良県立大学特任教授。学術博士(東京大学)
主な著書
- 「日本人と資本主義の精神」(ちくま新書)
- 「スミス、ケインズからピケティまで 世界を読み解く経済思想の授業」(日本実業出版社)
- 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
- 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
(日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞) - 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
- 『2020年に挑む中国-超大国のゆくえ―』(共著、文眞堂)
- 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
- 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
- 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
- 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
- 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
- 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
- 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)
李克強総理は5月25日、国務院の全閣僚を集め、国務院全体会議を開催し、新国務院体制の今後5年の方向性を示した。李克強総理の重要講話の概要は、以下のとおりである。
1.情勢認識
「現在、世界政治経済の構造は深刻に変動・再編されており、不確定性が増加している。国内の発展はなお難関を越える時期にあり、我々にはしっかり掴むことが必要なチャンスがあるのみならず、対応しなければならぬ予測が難しい多くの新たな試練がある」との認識を示した。
解説
現在、中国は2020年までに、①重大(金融)リスクの防止・解消、②農村の脱貧困、③環境対策の3大堅塁攻略戦に打ち勝たなければならない、とされており、これが主たる難関であろう。また、「予測が難しい多くの新たな試練」には、トランプ米大統領の保護貿易政策、朝鮮半島情勢などが含まれよう。
2.基本的考え方
習近平「新時代中国の特色ある社会主義」思想を導きとし、発展という第一の重要任務を堅持し、安定の中で前進を求めることを堅持する、としている。
マクロ・コントロールについては、「タイミング・方式・程度をしっかり把握し、区間コントロールを重視し、発展方式の転換・構造調整で力を発揮し、経済の平穏な運営を維持し、質の高い方向へと発展させなければならない」とする。
解説
19回党大会を踏まえ、習近平思想が指導思想であることが改めて明記された。
インフレ率・経済成長率・雇用指標に目を配りながら、マクロ・コントロールをきめ細かく調整し、経済を合理的区間に維持する「区間コントロール」の考え方は、李克強総理が就任直後に提唱したものであり、第Ⅱ期もこれが継続されることになった。
ただ、従来の経済を「高速成長から中高速成長に転換する」という方向性が、19回党大会で「高速成長から質の高い発展に転換する」と改められたことにより、2020年に2010年のGDPを倍増するという従来の目標は維持されるものの、それ以降については経済成長率の制約は弱まることになろう。
3.4つの大政策
重要講話では、大きな4つの政策方針が述べられた。
(1)改革の全面深化を堅持し、政府機能の転換に力を入れ、勇気をもって自己革命を行い、市場の活力を一層奮い立たせなければならない。
具体的には、次の項目が掲げられている。
①引き続き、「権限の開放・委譲、開放と管理の結合、サービスの最適化」を推進し、市場参入を緩和し、減税・費用引下げの実施に力を入れ、資源配分における市場の決定的役割を十分に発揮させ、政府の役割を更に良く発揮させる。
②実施中・事後の監督管理を強化し、監督管理の重複・煩瑣・自由裁量権を減らし、公平な競争の市場環境を作り上げる。
③「インターネット+」等を十分利用し、統一された政務サービスのプラットホームを早急に作り上げ、協同で効率が高く、国民に便利で企業に利するサービス型政府を建設する。
④断固として開放を拡大し、改革の不断の深化をもたらすことにより、広範な中国市場において内資・外資企業に公平に競争させる。
解説
「資源配分における市場の決定的役割」は、最近公的文件での使用頻度が減っていたが、改めて強調された。規制緩和の推進を李克強総理の持論である。
なお、開放拡大については、5月21日に開催された「対外開放座談会」において、李克強総理が次の4点を指示している。
①わが国の開放が直面する国際環境の新たな変化を深刻に認識・把握し、経済ルールを尊重し、開放を一層拡大する枠組み・戦略・措置を統一的に企画し、主動的な開放促進によって発展をグレードアップさせなければならない。
②カギとなる技術、消費のグレードアップに必要となる品質の優れた製品・サービスの輸入を一層拡大し、国内産業のグレードアップ加速を強く促す。企業が国際市場競争に積極的に参加することを奨励し、輸出製品の品質ランキング・ブランドの影響力を高め、多元化した市場の開拓に力を入れる。
③外資による投資のネガティブリストをできるだけ速く修正・完成し、市場参入を一層緩和し、より有力・有効な外資導入政策を検討・実施する。知的財産権保護を強化し、法規に基づく、公平な競争の環境構築を加速する。対外投資の健全で規範的な発展を推進し、より大きな範囲でより深い程度に、国際協力に参加する。
④より多くの国家がわが国と共同して貿易の自由化・投資の円滑化の水準を高めることを推進し、リスクを有効に防止・開放し、相互開放・良性の競争の中でウインウインの発展を実現しなければならない。
(2)新発展理念を堅持し、新旧の動力エネルギーの転換を加速しなければならない。
具体的には、次の項目が掲げられている。
①経済構造調整を加速し、新動力エネルギーを育成し、伝統的動力エネルギーを改造・グレードアップし、産業をミドル・ハイエンドへと邁進させる。
②基礎研究とカギとなる技術の難関突破を増やし、「起業・イノベーション」のグレードアップ版を作り上げ、新技術・新業態・新モデルが競い合いながら前進することを促し、産業のコアコンピタンスを高め、新動力エネルギーの雇用吸収作用をより大きく発揮させる。
③落後した生産能力を断固として淘汰し、環境保護産業の発展に力を入れ、生態保護と経済発展のウインウインの道を歩む。
解説
以前、李克強総理は「2つの中高」の実現を強調していた。中高速成長と産業構造のミドル・ハイエンド化であったが、発展の目標が「中高速」から「質・効率の向上」に切り替えられたため、前者は放棄され、後者が残ることとなった。
落後した生産能力の淘汰を強調しているが、他方で「区間コントロール」は雇用指標を重視しているため、リストラされた労働力が新動力エネルギーによって吸収されることが期待されている。
また、2020年までの3大堅塁攻略戦には環境対策も含まれているため、生態保護と経済発展のバランスが重視されるのである。
(3)人民中心の発展思想を堅持しなければならない。
具体的には、次の項目が掲げられている。
①基本的民生の保障に力を入れ、貧困支援・雇用・義務教育・基本医療・基本的な高齢者対策・民生の最低ライン保障等の重点分野において、かなり完備された保障メカニズムを形成する。
②正確な脱貧困を着実に推進し、基本年金が期日どおりに十分な額が給付されることを保障し、大病保険の払戻比率を高め、カバー率を拡大する。
③市場パワーの役割を発揮させて非基本公共サービスを発展させ、大衆の様々なレベルの要求をより好く満足させる。
④基本を維持し、供給を増やし、メカニズムを強化して、経済と社会の発展の協調と併進を実現する。
解説
経済と社会の発展を「協調」させることは、習近平経済思想の核をなす「新発展理念」の1つである。
2020年までの3大堅塁攻略戦には、農村の脱貧困が掲げられているので、最貧困層に正確に的を絞った脱貧困の実現が求められている。
また、市場のパワーを利用した非基本公共サービスの発展は、市場の役割を重視する李克強総理らしい表現である。
(4)リスクの防止・コントロールを強化しなければならない。
具体的には、次の項目が掲げられている。
事前対策案を整備し、事前警告を強化し、金融・都市ガバナンス・安全生産・汚染対策・自然災害等の方面のリスクと、国際重大リスクへの対応を際立たせて取り組み、応急管理をしっかり行い、経済社会の大局の安定を確保する。
解説
2020年までの3大堅塁攻略戦の筆頭は、重大リスクの防止・解消である。なかでも金融が特に重視されるが、ほかにも安全生産や災害リスクも存在し、総合的な対策が必要となる。このため、今回の国務院機構改革において、リスク問題に集中的に対応する「応急管理部」が新設されたのである。