田中修の中国経済分析
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【19-05】年後半の経済政策

2019年9月20日

田中修

田中 修(たなか おさむ)氏 :奈良県立大学特任教授
ジェトロ・アジア経済研究所 上席主任調査研究員

略歴

 1958年東京に生まれる。1982年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1996年から2000年まで在中国日本国大使館経済部に1等書記官・参事官として勤務。帰国後、財務省主計局主計官、信 州大学経済学部教授、内閣府参事官、財務総合政策研究所副所長、税務大学校長を歴任。現在、財務総合政策研究所特別研究官(中国研究交流顧問)。2009年10月~東京大学EMP講師。2 018年4月~奈良県立大学特任教授。2018年12月~ジェトロ・アジア経済研究所上席主任調査研究員。学術博士(東京大学)

主な著書

  • 「日本人と資本主義の精神」(ちくま新書)
  • 「スミス、ケインズからピケティまで 世界を読み解く経済思想の授業」(日本実業出版社)
  • 「2011~2015年の中国経済―第12次5ヵ年計画を読む―」(蒼蒼社)
  • 「検証 現代中国の経済政策決定-近づく改革開放路線の臨界点-」
    (日本経済新聞出版社、2008年アジア・太平洋賞特別賞受賞)
  • 「中国第10次5ヵ年計画-中国経済をどう読むか?-」(蒼蒼社)
  • 『2020年に挑む中国-超大国のゆくえ―』(共著、文眞堂)
  • 「中国経済はどう変わったか」(共著、国際書院)
  • 「中国ビジネスを理解する」(共著、中央経済社)
  • 「中国資本市場の現状と課題」(共著、財経詳報社)
  • 「中国は、いま」(共著、岩波新書)
  • 「国際金融危機後の中国経済」(共著、勁草書房)
  • 「中国経済のマクロ分析」(共著、日本経済新聞出版社)
  • 「中国の経済構造改革」(共著、日本経済新聞出版社)

はじめに

 対外経済における米中経済摩擦の泥沼化、国内における指標の悪化により、中国では経済の下振れ圧力が一層増大している。本稿では7月30日に開催された党中央政治局会議とその後の諸会議で決定した、年後半への政策対応を紹介する。

1.党中央政治局会議(7月30日)

 習近平総書記は7月30日、党中央政治局会議(以下「会議」)を開催し、当面の経済情勢を分析し検討するとともに、下半期の経済政策を手配した。会議の概要は以下のとおりである。

(1)経済情勢判断

 「上半期の経済運営は、『総体として平穏であり、安定の中で前進をみる』という発展態勢を継続し」た、と評価しながらも、「現在、わが国の経済発展は、新たなリスクと試練に直面し、国内経済の下振れ圧力が増大しており、憂患意識を増強し、長期の大勢を把握し、主要な矛盾をしっかり把握し、危機をうまくチャンスに変え、自身の事柄にしっかり取り組まなければならない」としている。

 この「自身の事柄」とは、新華社北京電2019年7月30日の解説によれば、①改革と開放に力を入れること、②住宅保障や雇用など民生の保障と改善を重視すること、を意味しているとされる。

(2)下半期の経済政策の基本方針

 会議は、「下半期の経済政策の意義は重大である」とし、国内と国際の2つの大局を統一的に企画し、安定成長、改革促進、構造調整、民生優遇、リスク防止、安定維持のための各政策を統一的にしっかり企画し、「雇用、金融、対外貿易、外資、投資、予想の安定化」の「6つの安定」政策を全面的にしっかり実施することにより、経済の持続的で健全な発展を促進しなければならない、とした。

(3)財政政策

 積極的財政政策については、「力を加え効率を高め、減税と費用引下げ政策を引き続き詳細に実施しなければならない」とした。

 この「詳細」の意味であるが、劉昆財政部長が8月23日に全人代常務委員会に対して行った報告によれば、各業種の税負担の変化に密接に注意を払い、「製造業等主要業種の税負担が顕著に低下することを確保し、建築業と交通運輸業等の業種の税負担がある程度低下することを確保し、その他業種の税負担が減るだけで増えないことを確保し、企業とりわけ小型及び零細企業の社会保険料負担を実質的に低下させる」としている。また、地方政府が政策を換骨奪胎し、費用の形だけを変えて、減税効果を帳消しにした場合は、見つけしだい調査処分するとしている。費用引下げは、地方政府の収入減につながるため、消極的抵抗が予想され、中央による実施情況の厳しい監視が必要と思われる。

 さらに、李克強総理は9月4日、国務院常務会議を開催し、特別地方債の発行・使用を加速する措置を確定し、有効な投資により脆弱部分を補強し、内需の拡大を牽引することを決定した。その後9月6日に財政部が明らかにした具体的内容は、以下のとおりである。

①地方の重大プロジェクトの建設需要に応じ、2019年1月1日から22年12月31日まで、当該年度の地方債務の新たな増額限度の60%以内を、次年度の新たな増額限度(一般債務・特別債務を含む)として前倒しで下達し、来年年初にすぐ使用可能となり効果が現れることを確保する。

②使用範囲を拡大し、鉄道、軌道交通、都市駐車場等の交通インフラ、都市・農村電力網、天然ガスパイプライン、ガス備蓄施設等のエネルギープロジェクト、農林業水利、都市汚水・ゴミ処理等の生態環境保護プロジェクト、職業教育、幼児保育、医療、年金等の民生サービス、コールドチェーン物流施設、水道・電気・ガス・暖房供給等の地方公益事業、産業パークのインフラ、に重点的に用いる。

③特別地方債の資金は、土地備蓄・不動産関連分野、債務借換、及び完全にビジネス化した運用が可能な産業プロジェクトに用いてはならない。

④省を単位として、特別地方債資金を鉄道、有料道路、幹線飛行場、内陸水運・電力中枢・港湾、都市駐車場、天然ガスパイプライン・ガス備蓄施設、都市・農村電力網、水利、都市汚水・ゴミ処理、水供給の10プロジェクトの資本金に用いる規模は、当該省の特別地方債規模の20%前後までとする。

⑤特別地方債の金額は、手続が完了し、これまでの実施準備が十分なプロジェクトに傾斜させ、発行・使用が良好な地域と今年の冬・来年春の施工条件が整った地域を優先的に考慮する。

(4)金融政策

 穏健な金融政策については、「緩和と引締めを適度にし、流動性の合理的な充足を維持しなければならない」と従来の表現を踏襲した。

 加えて、「金融のサプライサイド構造改革を推進し、金融機関が製造業や民営企業への中長期融資を増やすよう誘導し、リスク処理のテンポと程度をしっかり把握し、金融機関、地方政府、金融監督管理部門の責任を徹底させる」としている。

 製造業が特記されているところをみると、製造業とくに民営製造業企業の設備投資資金の調達が難しくなっていることが想像される。これが民間投資の減退にもつながっているのであろう。また、人民銀行が8月2日に開催した「下半期政策テレビ会議」では、次の政策が決定された。

①多様な金融政策手段を柔軟に運用し、適時適度にカウンターシクリカルな調節を進め、流動性の合理的な充足を維持し、M2・社会資金調達規模の伸びがGDP名目成長率に釣り合うよう誘導する。

②小型・零細企業への貸出件数の増加・貸出の拡大・貸出コストの適度な引下げの実現を確保し、質の高い民営企業が債券による資金調達規模を拡大することを支援する。貧困への金融支援と農村振興への金融サービス政策の実施を強化する。

③各種リスクの隠れた弊害を適切に処理・解消し、システミック金融リスクを発生させない最低ラインをしっかり守り、広範な人民大衆の合法権益を最大限度保護する。「都市の実情に応じた施策」の基本原則に基づき、不動産市場の資金管理・コントロールを引き続き強化する。

④金利市場化改革を引き続き深化させ、企業の資金調達実質コストの低下を有効に促進する。地方の金融監督管理体制メカニズムを整備する。

⑤市場参入を引き続き緩和し、人民元資本項目の開放を着実に推進し、人民元のクロスボーダー使用を推進する。

これに基づき、人民銀行は貸出金利の市場化改革の一環として、8月20日から新しい最優遇貸出金利制度を導入し、実質貸出金利を引き下げた。また9月10日には、域外の適格機関投資家に対する中国金融市場への投資枠制限を撤廃し、さらに9月16日には、金融機関の預金準備率を0.5ポイント引き下げた。

(5)雇用政策

 雇用優先政策については、「大学卒業生、出稼ぎ農民、退役軍人等の重点層の雇用対策をしっかり行う」と、これも従来の表現を踏襲している。

 しかしながら、前述の8月19日「一部省雇用安定政策座談会」で李克強総理は、次のように指示した。

まず、「7月に全国都市調査失業率が上昇しており、これを高度に重視しなければならない」と雇用指標の動向に注意を喚起しつつ、今後の雇用政策については、以下の内容を指示した。

①労働集約型企業と暫時経営が困難となっている企業が難関を乗り越えられるよう支援しなければならない。減税・費用引下げ政策の掛け値なしの実施と効果発揮を確保し、民営、小型・零細企業の資金調達難の解決に力を入れる。

②新産業・新業態の新雇用ポストを開拓する役割を発揮させる。大衆による起業・万人によるイノベーションを深く推進し、起業がもたらす雇用の倍増効果を発揮させる。

③失業保険基金の残高から抽出した1000億元資金をうまく用い、従業員の技能向上と転職・転業訓練を実施しなければならない。高等職業訓練校と全国2000ヵ所余りの技術労働者養成学校の募集を拡大する。

④大学卒業生、退役軍人、出稼ぎ農民等の重点層の雇用を際立ててしっかり行う。都市各種就業困難者の雇用支援と最低保障をしっかり行い、民生の最低ラインにしっかり責任をもつ。

(6)住宅政策

 注目すべきは、「『住宅は住むためのものであり、投機のためのものではない』という位置づけを堅持し、不動産の長期に有効な管理メカニズムを実施し、不動産を短期的経済刺激の手段としては用いない」と、不動産頼みの景気浮揚策を明確に否定していることである。

 不動産市場の活性化は、鋼材、セメント、アルミ、板ガラス等の工業生産、建築及び内装、家具、家電及び音響製品等の消費、並びに不動産開発投資の拡大をもたらすため、しばしば景気浮揚策として利用され、多少の過熱は黙認されてきた。しかし、住宅価格の高騰は、家計部門の住宅ローン負債を増加させ、債務リスクの増大と消費の抑制をもたらすため、今回は不動産市場の長期に健全な発展が優先されることになったのである。

(7)消費・投資

 消費については、「国内の潜在需要を深く発掘し、最終需要を開拓及び拡大し、農村市場を有効に始動させ、改革の方法を多く用いて消費を拡大する」とされた。

 国家発展改革委員会が8月23日に全人代常務委員会に行った報告では、老朽自動車の廃棄処分及び更新の推進とともに、農村市場の開拓、老人ケア、幼児保育、家事サービス等の新分野の開拓が重視されている。

 投資については、「製造業の投資を安定させ、都市の老朽化した団地の改造、都市の駐車場、都市と農村のコールドチェーン物流施設等の脆弱部分を補強するプロジェクトを実施し、情報ネットワーク等の新しいタイプのインフラ建設を早急に推進する」と、対象を絞っている。

2.国務院常務会議(9月4日)

 李克強総理は9月4日、国務院常務会議を開催し、党中央政治局会議決定を補完する形で、「6つの安定」政策をしっかり力を入れて行うことを決定した。会議の概要は、以下のとおりである。

 上半期のわが国経済は総体として平穏で、安定の中で前進をみる態勢を持続した。

 現在、外部環境はより複雑・峻厳化傾向にあり、国内経済の下振れ圧力が増大しており、各地方・各部門は、党中央・国務院の手配に基づき、緊迫感を強め、主動的に結果を出し、「雇用・金融・対外貿易・外資・投資・予想」を安定させる政策をしっかり実施することを際立てて位置づけ、自身の事柄にしっかり取り組むことを軸に、カウンターシクリカルな調節政策手段をうまく用い、既に打ち出した政策をしっかり行う基礎の上に、重点分野・カギとなる問題を整理し、精確に施策を行わなければならない。

(1)雇用

 多くの措置を併せて打ち出し雇用を安定させ、高等職業訓練校の募集を100万人拡大し、1000億元の失業保険基金剰余金を運用して大規模な職業技能訓練を展開する等の政策を早急に推進し、高等職業・技能訓練校の募集規模と技能訓練の資金規模を一層増やすことを検討しなければならない。

(2)物価

 物価の総体的安定を維持し、豚肉の供給保障・価格安定措置を実施し、困窮大衆への社会救済と保障基準を物価上昇にリンク・連動させるメカニズムを適時発動する。

(3)ビジネス環境

 行政の簡素化・減税・費用引下げ措置を確実に実施し、ビジネス環境を最適化し、市場主体の活力を奮い立たせなければならない。

(4)投資

 「脆弱部分の補強・民生の優遇・持続力の増強」に着眼し、有効な投資を一層拡大し、今年の限度額内の特別地方債は9月末前に全部発行を終え、10月末前に全部プロジェクトに資金交付することを確保し、各地方ができるだけ速く実物を伴った成果量を形成するよう督促しなければならない。

(5)金融

 穏健な金融政策を実施し、かつ適時に事前調整・微調整を行うことを堅持し、実質金利水準を引き下げる措置を早急に実施し、全般的な預金準備率引下げと、方向を定めた預金準備率引下げ等の政策手段を遅滞なく運用し、実体経済とりわけ小型・零細企業への金融支援を強化するよう金融機関を誘導する。

(6)政策の合成力

 「雇用・金融・対外貿易・外資・投資・予想」を安定させる政策の合成力を増強し、経済運営を合理的区間に確保しなければならない。

おわりに

 以上、党中央・国務院は、当面3月の「政府活動報告」で決定されたマクロ政策を完全実施することを基本としながら、特別地方債の前倒し発行、預金準備率引下げ、実質貸出金利引下げで経済を下支えするとともに、職業訓練対象者を大幅に拡大することにより、失業者の顕在化を防ぎ、10月の建国70周年と党4中全会を無難に乗り切ろうとしているようにみえる。しかし、米国が打ち出した制裁措置第4弾には、衣料・靴類・玩具など労働集約型製品が含まれているため、民間の設備投資の落込み、雇用の削減が本格化する可能性もある。その場合は、追加的な景気対策も打ち出さざるを得なくなると考えられ、今後の雇用指標とマクロ政策動向に一層注意を払う必要があろう。