富坂聰が斬る!
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【15-05】中国人の「私産」

2015年11月27日

富坂聰

富坂聰(とみさか さとし):拓殖大学海外事情研究所 教授

略歴

1964年、愛知県生まれ。
北京大学中文系中退。
「週刊ポスト」(小学館)「週刊文春」(文芸春秋)記者。
1994年「龍の『伝人』たち」で第一回21世紀国際ノンフィクション大賞受賞。
2014年より現職。

著書

  • 「中国人民解放軍の内幕」(2012 文春新書)
  • 「中国マネーの正体」(2011 PHPビジネス新書)
  • 「平成海防論 国難は海からやってくる」(2009 新潮社) ほか多数

 上海・深圳の両市場で株価が暴落した今夏、日本では「いよいよ中国バブルは弾けた。中国経済は崩壊へと向かう」との予測が勢いを増して広がっていた。当時の分析に照らせば「中国人が資産を大きく減らしたことで日本に来る観光客の〝爆買い〟もなくなる」はずであった。

 この見通しが正しかったか否かについては〝爆買い〟の現状を見れば明らかであるが、今後も中国からの観光客の減少が見込まれるような動き――ただし、彼らの嗜好が変化すれば起きても不思議ではないのだが――は確認されてはいない。

 こうしたミスリードが起きるのは、株価暴落が、そのまま中国経済にとって致命的なダメージを意味するとの受け止め方が日本側にあったからで、それは日本のバブル崩壊の序章が株価暴落から地価暴落へと続いたという流れに由来して受け止められたからなのだろう。

 株価の大幅下落や市場の混乱は、中国経済にとっては重大な失速の原因となる債務問題に火を付けかねないきっかけであることは間違いなくとも、一方では両者が簡単に結びつくわけでもなく、中国経済全体への影響は慎重に経過を見極めなければならなかったはずなのだ。

 現状、株価暴落事件後にも〝爆買い〟観光客が相変わらずの消費パワーを見せつけていることは、株式市場の混乱が中国人の中国経済に対する将来見通しを深刻なまでに冷やすこともなく、投資や消費を手控えるまでの影響をもたらさなかったことを意味している。

 株価暴落が〝爆買い〟の減少と結びつかなかった理由は決して一つに絞ることはできない。だが、いくつかある理由のなかでも第一に指摘されなければならないことがあるとすれば、それは多くの中間層にとっての〝爆買い〟の原資が不動産価格によって担保されている資産だということだ。

 クレディ・スイスが発表した「2014年度『グローバル・ウェルス・レポート』」を分析し、ロイター通信が配信した記事をベースにそれを報じた中国メディア・証券時報ネットの記事によれば、中国は今年〈日本に代わって世界第二の富裕国になった〉という。

 これは、各国の総資産額を比較した結果で、トップのアメリカが85兆9,000億米ドル、次いで中国の22兆8,000億米ドルが続き、日本は19兆8,000億米ドルであったということだ。ちなみにレポートでは中国の中産階級(5万米ドルから50万米ドルの資産を持つ)は1億900万人に達したという。

 だがこれは、日本が円安によって家計の富を数字上15%も減少させたことによる影響というから、現状で本当に逆転したとは言いがたいのかもしれない。

 いずれにせよレポートで重要なのは、株式暴落というマイナス要因があったにもかかわらず、中国が総資産を伸ばしている(7%増)という事実であり、さらにレポートの中に記されているように、〈中国人の家計資産のなかに占める金融資産の割合はわずかに半分程度であり、さらに金融資産の中に占める証券の割合はごくわずかであり、よって株式市場の混乱が与える影響は極めて小さい〉という指摘である。

 つまり金融資産が個々人の〝富〟の大きな部分を占めている日本で株価が大きく値を下げる(それも短期間に急速に)影響と、中国で起きる株価暴落とでは、そもそも比較できないほど前提が違っているということだ。

 また、それ以前の問題として中国の株価は企業業績をきちんと反映して動いていたわけでもなかったのだ。

 日本ではバブル経済の好況を反映して株価が3万円を突破。さらに大台に乗せようかという勢いで株価が動いていたのだが、中国では各企業の業績も中国経済も高い伸びを見せているなかで、株価は2008年に暴落したままずっと2000ポイント前後に低迷し続けていたのである。

 さて、話を中国人の資産にもどすが、金融資産の割合が低いという特徴を持つ中国人の資産は、ではいったい何に最も大きなウエイトが置かれているのだろうか。

 答えは、いうまでもなく不動産――中国では完全な所有権を得ることはできないため70年間の賃貸権を売買している――である。とくに都市に不動産を持つ者であれば、不動産価格の高騰のメリットを享受し、大きな資産を手にした者も少なくない。北京に住む者のなかには、月給は日本円で10万円ほどでも資産は2億円持っているという恵まれたケースも決して珍しくはないのだ。

 つまり、〝爆買い〟の中国人が世界から消えることがあるとすれば、それは株式市場の混乱が引き金ではなく、不動産価格の暴落の方がより現実的だということだ。

 中国人の〝富〟が不動産に偏り過ぎているという問題は、実は、中国国内でも度々話題になることである。

 このことは実は国内で行われた家庭資産調査で、さらに大きな問題として指摘されているのだ。

 上述の「2014年度『グローバル・ウェルス・レポート』」を受けて発表された西南財経大学中国家庭金融調査研究センター(甘犁主任、以下「センターリポート」とする)が約4万家庭をサンプルにして導き出した調査をこの九月に公表しているのだが、それによれば、中国における中産階級(クレディ・スイスの定義に従う)の人口は、すでに2億人を上回っているとされ、報告はまずこの点で大きな話題をさらったのだった。

 だが、やはり注目はクレディ・スイス同様、中国人の資産が不動産に大きく依存している点に向けられているという。

 同「センターリポート」によれば、中国の中産階級の資産を分析すると、高い場合には不動産の比率が79・5%にも達し、逆に金融資産はわずかに10・8%という低い水準にとどまるというのだ。

 これは〈2013年にアメリカで行われた消費者金融調査(SCF)の数字である、アメリカの家庭に占める金融資産は40・8%で、不動産の占める割合が34・1%でしかなかったという結果〉(一財ネット)に比べていかにも歪であることが分かるというのだ。

 すでに良く知られたことだが、中国の問題の一つに地方財政の過度の不動産依存というものがある。このことと考え合わせると中国経済の未来はある意味〝地価次第〟であるのが現状だ。

 いま中国の不動産価格は二極分化の流れのなかにあり都会と地方で明暗を分けている。ここに新たな格差を指摘する声もあり、今後が心配されている。