富坂聰が斬る!
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【16-01】サーキットブレーカー

2016年 1月14日

富坂聰

富坂聰(とみさか さとし):拓殖大学海外事情研究所 教授

略歴

1964年、愛知県生まれ。
北京大学中文系中退。
「週刊ポスト」(小学館)「週刊文春」(文芸春秋)記者。
1994年「龍の『伝人』たち」で第一回21世紀国際ノンフィクション大賞受賞。
2014年より現職。

著書

  • 「中国人民解放軍の内幕」(2012 文春新書)
  • 「中国マネーの正体」(2011 PHPビジネス新書)
  • 「平成海防論 国難は海からやってくる」(2009 新潮社) ほか多数

 中国で再び株価の下落が深刻化している。

 1月7日、上海株式相場は前日比7%安と急落し、相場急変時に作動する「サーキットブレーカー」制度が再び適用されるという事態に陥った。サーキットブレーカーの適用は4日連続で、とうとう制度の限界も指摘されたのだった。

 さて、前回 は中国人の資産の観点から、この株価急落が直ちに中国人の大幅な資産劣化にはつながらないということを書いた。

 本稿では、そのなかで書き切れなかった株価変動のメカニズムについて触れておくことにしよう。

 まず、中国における株価の変動だ。1月8日、日本の衆議院予算委員会で年初来の株価下落について質問を受けた安倍首相は、「短期的なものをみて、日本経済の実体に当てはめるのは間違いだ」と応えている。つまり株価と実体経済は必ずしも連動していないということだが、中国においてはこれがむしろ当たり前なのだ。

 もちろん個々の銘柄を細かく見てゆけば、例えば「一人っ子政策」の影響で今後も不況知らずの産業とされる学習塾関連の銘柄――「全通教育」、「安博教育」に代表される――が好調であったこともある。また、「一人っ子政策」を撤廃したニュースを受け、乳製品を扱う大手国有企業「中国蒙牛乳業」の株価が急上昇するなど、実体経済と連動したり先行指標として動くケースも見られるが、全体としてみればごくわずかだ。

 では、一昨年夏からの翌年春までの株価急騰をけん引したのは何だったのか。それは中国語で「妖股」と呼ばれる〝大化け銘柄〟であった。

 前述した「全通教育」、「安博教育」もそうだが、投資家の間でさらに有名なのは、「潜能恒信」(採掘業)、「智度投資」(投資・機器製造)、「上海晋天」(化粧品)、「撫順特鋼」(特殊鋼)などである。

 このことはすでに中国株式市場の特殊性を示しているが、こうした「妖股」が出現する裏側にはインサイダー取引の疑惑が常に付きまとうから問題が根深い。

 株価急騰がピークを迎える前の2015年4月、中国証券監督管理委員会(証監会)はわざわざこのタイミングで株価操作やインサイダー取引の取締りを強化する方針を打ち出しているのだが、続く7月5日には中国中央テレビ(CCTV)の「中国新聞」が、虚偽情報を流し株価を混乱させたとされる6つのケースを見せしめ的に公表している。これに続いて株価急落が社会問題化した直後には大量の証券市場関係者が処分されている。

 つまりインサイダー情報を発端にした大きなギャンブルの様相を呈していたのだが、株価の爆騰はこうしたにわか投資家たちによって演じられたものなのだ。

 同じ4月末、『人民日報』は〈A株市場の口座開設数が5週連続で100万件突破した〉と報じている。つまり5日毎に100万人が口座を新規に開設した計算だ。が、株価が下落に転じた後に大損したのは主に株投資フィーバーに遅れて参入した人々だと考えられている。

 であれば株価急騰や急落に対し、もっともらしい解説を加えること自体が空しいことのようにも感じられるのだが、あえて理屈をつけるのであれば株価の上昇に理由がなかたことを挙げるべきだろう。上がる理由が解らなければ「上昇局面であっても不安は拭えない」からである。これがいったん下げに転じたときの凄まじい下落につながったのである。

 さらに背景として忘れてはならないことは、いまや先行きに対する不透明感が中国経済の基調となっている点だろう。

 中国の経済成長が減速していることはもはや指摘するまでもないことだが、現在、日本で指摘される中国経済の不安要因は、たいてい2011年までに出尽くしてしまったもので、新鮮味はない。

 問題は例えば生産過剰問題にしても、かつては1000万台の市場に2000万台の生産設備と批判された自動車の市場があっという間に2500万台になってしまうという凄まじい成長は期待できなくなっているということが、これに加えて不動産業界の不振、公共事業の乗数効果の低下など体質が「老人化」していることだ。

 そうした点を考慮すれば、少なくとも数年は我慢の時を過ごさざるを得ない。それがいわゆる2012年3月に当時の温家宝首相が言った経済構造の転換であり、そのための生みの苦しみこそが「新常態」なのである。

 現状、大切なのは株価と中国経済の未来をむすびつけることではなく、いつか来た道を進む中国が正しいタイミングと正しい政策を打ち続けられるかであって、どんな問題を抱えているかではないのだ。