富坂聰が斬る!
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【20-01】新型コロナウイルス

2020年2月17日

富坂聰

富坂聰(とみさか さとし):拓殖大学海外事情研究所 教授

略歴

1964年、愛知県生まれ。
北京大学中文系中退。
「週刊ポスト」(小学館)「週刊文春」(文芸春秋)記者。
1994年「龍の『伝人』たち」で第一回21世紀国際ノンフィクション大賞受賞。
2014年より現職。

著書

  • 「中国人民解放軍の内幕」(2012 文春新書)
  • 「中国マネーの正体」(2011 PHPビジネス新書)
  • 「平成海防論 国難は海からやってくる」(2009 新潮社) ほか多数

 2月3日深夜から、日本のメディアは新型コロナウイルスに関し、〈中国(習近平)指導部が対応の誤り認める〉と見出しを付け、続々と記事を配信した。新型肺炎対策の初動で遅れがあったことを習近平も認めた、というわけだ。

 中国の初の感染拡大に、2003年のSARSと同じ問題の存在を疑っていたワイドショーがこれに飛びつき、まるで人災だと言わんばかりの反応となった。突如、感染予防に追われることになり苛立っていた日本の視聴者の多くも大いに留飲を下げたことだろう。

 だが、本当にそういう話だろうか。

 というのも原文を読んでいた私には、習近平が、何やら贖罪めいたニュアンスで「誤りを認めた」とは、とても思えなかったからだ。

 件の発言とは、政治局常務委員会での習近平国家主席の重要講話のことだ。文字数にして3,000字を超える長文だ。そのなかには確かに、「弱さと不足が露呈された」との表現が含まれている。だが当然のことながらこれは、前後の文脈のなかで理解されなければならない表現である。

 その中身をざっと見ていきたい。

 重要講話は、まず第一線でウイルスと戦う組織や人々を労い、党中央がこれを高く重視していることや一貫して人民大衆の生命の安全と健康を第一に考えていることを強調してゆく。続いて、これと戦うためには党中央の統一指揮が必要で、官僚主義や形式主義を排除しなければならない、と指摘している。

 続けて具体的な指示として重点地域でのウイルス拡散をコントロールしなければならないとして、そのためには早期発見、早期隔離、集中治療が必要で、科学の力を結集してウイルスとの戦いに勝利せよと呼びかけている。

 また社会秩序を維持するために、野菜と肉、卵などの糧食をきちんと提供しなければならないという細かい指示まで出しているのだ。

 さらに宣伝にも力を入れて、ネットの内外、国内と国外にかかわらず強化してゆくことが必要と述べ、そうすることによって今年の経済社会発展の目標をクリアするために奮闘せよ、と習近平は述べているのだ。

 この講話の最後の部分になってやっと「今回のウイルスとの戦いはわが国のガバナンスを試す大きな試験である」との言葉に続いて件の表現が登場するのだが、それを踏まえて各組織が能力を向上させていけ、と、締めくくられている。全体を通して貫かれているのは、明らかに謝罪や反省のトーンではない。

 はたして、これが「誤りを認めた」証左なのだろうか。中国の現場で取材をしている共産党系メディアの記者たちに訪ねてみた。すると異口同音に彼らは、「そうじゃない」と否定する。その話をまとめると、以下のようなものになるだろう。

「あれは檄を飛ばしたとか、はっぱかけたと理解すべきでしょう。誤りを認めるなんて話でもなければ、ましてや謝罪などではない。初動の遅れという表現もない。『弱さと不足』と発言した後では、具体的な言及もありますが、そこで指摘しているは、市場で野生動物を扱っていた問題です」

 同じ講話を題材として書かれた『ウォールストリートジャーナル』の記事のタイトルは、「Coronavirus Outbreak a Major Test of China's System, Says Xi Jinping」であり、そこにも「誤りを認める」といったニュアンスは含まれていない。

 ただ問題は、現地ではいま武漢や湖北省に対する人々の不満が爆発していて、それが「初動の遅れ」という言葉と親和性を持っているということだ。

「もちろん、武漢や湖北省に対しては党中央にも不満はあるでしょう。地元の人々の怒りが凄まじいですからね。だから地元幹部の処分は免れないです。

 しかし、処分の有無とは無関係に、初動対応が感染拡大の原因を招いたのか否かは、実際のところ専門家の力を借りて判断するしかなければ、その意見も割れているのが実状です。ですから最後にはそれも政治的な判断になるんじゃないでしょうか」

 これについては日本のメディアの多くが当初から「隠ぺいありき」であった。

 私が疑問なのは、「では、まだ死者が一人も出ていない段階で、市場を閉めてしまうという対策の他に、いったいどんな対策があったのか?」と問われて、答えられるメディアはあるのだろうか、ということだ。

 武漢市という1,100万人都市の最大市場となれば、東京の豊洲市場を強制的に閉めさせるのと影響はほとんど変わらない。もし、そんなことをすれば東京中の寿司屋は開店休業に追い込まれ、レストランのほとんども回らなくなるだろう。その補償はどうなるのか。それを考えたら、軽々に決断できることではなく、むしろ早くて大胆な対応を採ったのではないだろうか。

 上から目線もたいがいにすべきだろう。