【20-03】米中関係の今後にかかわりなくデカップリングが加速する
2020年8月19日
富坂聰(とみさか さとし):拓殖大学海外事情研究所 教授
略歴
1964年、愛知県生まれ。
北京大学中文系中退。
「週刊ポスト」(小学館)「週刊文春」(文芸春秋)記者。
1994年「龍の『伝人』たち」で第一回21世紀国際ノンフィクション大賞受賞。
2014年より現職。
著書
- 「中国人民解放軍の内幕」(2012 文春新書)
- 「中国マネーの正体」(2011 PHPビジネス新書)
- 「平成海防論 国難は海からやってくる」(2009 新潮社) ほか多数
トランプ政権による対中制裁の波状攻撃はとどまるところを知らない。
目下の話題は、TikTok(ティックトック)だ。中国の北京字節跳動科技(バイトダンス)が提供する動画投稿サービスには「安全保障上の懸念がある」との理由で「禁止」か「売却(米国法人)」の選択を迫られたのだ。
TikTokのアメリカでの成功は有名で、大卒学生の人気就職先ランキングで5位に入ったこともある。真っ先に買収に名乗りを上げたのはマイクロソフトだった。しかし同社が高額な買収額を提示すると、今度はトランプ大統領が仲介料を払えと言い出したのだ。理由は、「ティックトックは米国で成功を収めており、大家である米国は『テナント料』をもらう権利がある」というのだから滅茶苦茶だ。
華為科技(ファーウェイ)排除の動きやTikTokへの圧力は、中国には確かに頭に痛い問題だ。ファーウェイの旗艦端末の発売にもいよいよ影響が及び始めた。TikTokも無傷で済むとは思えない。
しかし一方、ビジネスの世界は米企業の対中依存が加速している。その事情は日本も同じで、トヨタ自動車やホンダといった日本を代表する企業が中国市場で何とか持ちこたえているのが現状なのだ。
米中の関係を概観すれば、攻めるアメリカに対し中国は防戦一方で、音を上げるのも時間の問題との観測も多い。
だが、筆者にはアメリカが貯金を放出しながら優勢を保持しているように見えてしまうのだ。というのもトランプ政権の繰り出す制裁は、確かに中国にダメージを与えているように映るのだが、その実、そのことでアメリカの産業が潤い、または強化されるといった期待ができないのである。
ファーウェイとの取引を制限されたクアルコムは、「(同社の)ファーウェイに対する売上高、数十億ドルが米国企業の海外の競合他社に渡ってしまうリスク」をトランプ政権に伝え、再考を促したという。これを報じた『ウォール・ストリート・ジャーナル』によれば、漁夫の利を得るのは韓国のサムスンではないか、というのだ。
つまりファーウェイへの兵糧攻めも完ぺきではなく、さらに本来アメリカの企業が得るべき利益も吹き飛ぶのだ。
TikTokの件ではさすがにトランプ政権内にも不協和音を生じさせ、この件でスティーブン・ムニューシン財務長官とピーター・ナバロ米大統領補佐官が罵り合う場面も目撃されたと米紙は報じている。
権力闘争は政治家の宿命とはいえ、混乱は社会と経済を確実に蝕む。これが11月には収まるとしても、3ヵ月は長いといわざるを得ない。
他方、中国はこうしたアメリカ発の混乱に対処するための変化を模索し始めた。
7月30日の政治局会議では、中国経済の見通しについて話し合われた。そのなかで、「不安定性と不確実性が高まっている」、「中長期に亘り多くの問題に直面している」との指摘が出され、最終的に現状を「持久戦という角度から認識する必要がある」との結論を導いている。
相変わらず時代掛った言い回しだが、「持久戦」という表現は、中国が米中対立の未来を的確にとらえていること意味している。要するにアメリカが自国のアドバンテージを最大限利用しながらキャッチアップを試みる中国企業を狙い撃ちする「最悪の事態」が、大統領選挙後も続くことを想定し、構造改革の必要性を説いているのだ。
コロナ禍の中で開かれた全国人民代表大会では、李克強首相が政府活動報告のなかで「新型インフラ」という新語を披露して話題となったが、今回のキーワードは「2つの循環」である。
これを荒っぽく解釈すれば内需主導型への構造転換であり、輸出主導型からの脱却でもある。
感染症拡大のリスクや米中関係の悪化という政治リスクは、ともに中国がそのことを深刻に考えるきっかけであったのは言うまでもない。
新型コロナウイルスの感染抑え込みに目途がたった3月、経済回復に舵を切ろうとした瞬間に欧米での感染が爆発し、国内の輸出産業がダメージを被った。中国は急遽、国内向けに販路を開拓する対応を迫られた。コロナ禍はとくに、アメリカ市場に過度に依存するリスクを考えさせる機会となったのだ。
そしてファーウェイ事件である。これに象徴される基幹技術を外国に依存するリスクはいまや中国にとって食糧自給率にも相当する喫緊の課題だ。
つまりまず国内に大きな内需の循環をつくり、その上で外の循環をどう結合させるか、という話だ。
前提として力強い内需の創造であり、そのためには減税などコストを削減してゆくという。重視する統計は、可処分所得の成長率である。
計画通りに進むか否かは別として、少なくともコロナ禍で苦しむ世界には、もう一つ大きな輸入大国が誕生するかもしれないというニュースが悪い話のはずはない。
トランプ政権が自国企業にも寒風をもたらす対中圧力を強めるなか、中国は着々と「自力更生」に向けた持久戦を展開する。興味深いコントラストだ。