【15-02】為替市場介入と金融政策
2015年 2月16日
露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
信金中央金庫 海外業務支援部 上席審議役
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。同年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)など。
マネーサプライの伸び率鈍化
中国人民銀行の発表によると2014年の広義マネーサプライ(M2)の前年比伸び率は12.2%にとどまり、前年より1.4%ポイント低下した。日本ではマネーサプライ統計はマネーストック統計と名称が変わっているが、中国では依然としてマネーサプライ(貨幣供給量)という言葉が使われている。M2の伸び率低下について中国人民銀行の盛松成調査統計局長は次の3つの要因が影響したと説明している。①人民銀行の外貨資産購入額(中国語で「外匯占款」)の増加額が前年と比べて大きく減少したこと。②銀行間資金取引に対する監督が強化されたこと。③預金乖離度規制の導入によって期末の預金積み上げが減少したこと。
このうち②は、銀行間市場で資金を借り入れて貸出を増加させM2を増やすという経路が抑制され、銀行の当初の意図通り貸出を増やせなかったということを意味する。また、③は月末の預金残高が月平均残高に対し3%を超えて上回ってはならないという規制でこれもM2の伸びを抑制した。
今回は、①の中央銀行の為替市場介入、すなわち外貨資産購入額の増減とM2の関係について考えてみたい。
介入のプロセス
中国国内にある企業が輸出や対内直接投資などで海外から米ドルなどの外貨を受け取る場合、中国国内の銀行は、米ドル送金を受け取るために海外(例えばアメリカ)に所在する銀行に外貨建て(例えば米ドル建て)コルレス預金口座を保有する。まず、この口座に外貨が入金される。中国国内の銀行はこのコルレス口座の外貨を見合いに企業が自行に保有する外貨預金口座に外貨を入金する。
次に、企業は国内での支出に使うため、外貨預金の人民元への交換を銀行に依頼する。この結果銀行の負債サイドで人民元預金が増加する。中国ではM2に外貨預金は含まれないので、この段階でM2が増加する。
銀行は為替レート変動のリスクを回避するために受け取った外貨資産を銀行間市場で売却し人民元を購入しようとするが、輸出入などの経常収支や直接投資などの資本収支が黒字である場合、外貨購入需要のほうが少ないので、そのまま放置すると外貨が余り、人民元為替レートが上昇する。そこで為替レートをコントロールするため、人民銀行が外貨を購入し人民元を売却する市場介入を行う。この結果、銀行のバランスシートの資産サイドでは人民銀行に保有する人民元建預金(準備預金)が増加する。人民銀行のバランスシートでは負債サイドで銀行準備預金が増加し、資産サイドで外貨建て資産(外貨準備)が増加する。
介入と不胎化
中国では金融政策の中間目標は広義マネーサプライM2である。M2の増減は、①人民元建銀行貸出の増減に、②海外から流入した外貨を銀行部門が人民元に交換した額(「外匯占款」)の増減を加えたものから、③その他項目(外貨預金など)を差し引くことによって与えられる。このような関係は、人民銀行が四半期毎に刊行している貨幣政策執行報告の付録に「国外純資産と国内信用の広義マネーサプライに対する影響」というグラフで示されている。
一方、中国では預金準備率が2015年2月5日より0.5%引き下げられ、大型商業銀行の標準的な準備率が20%から19.5%となった。銀行は決済需要に応えるため法定準備率を満たす準備預金のほかに2%前後の超過準備預金を保有している。
人民銀行と銀行の非常に単純化されたバランスシートを考えてみよう。簡単化のために現金は無視し、法定準備率18%に超過準備2%を加えて、銀行は預金の20%の準備預金を保有するものとする。当初銀行に1000の人民元預金があり、銀行が人民銀行に保有する準備預金は200、銀行の人民元貸出は800で銀行の資産負債はバランスしている。人民銀行は銀行からの準備預金200と、この準備預金を銀行に供給した際に銀行から購入した外貨資産(外貨準備)200を保有しバランスしている。そこに海外から100人民元相当の外貨が流入し、これを銀行が人民元に交換して最終的に人民銀行が介入で購入するとする。
人民銀行のバランスシートは資産サイドが外貨準備300、負債サイドは準備預金300に増加する。銀行のバランスシートは資産サイドが準備預金300と人民元貸出800、負債サイドが人民元預金1100に増加する。この段階でM2は10%増加している。
しかし、1100の人民元預金に対して必要な20%の準備預金は220であるため、準備預金300は過剰である。この過剰を放置すると、金融緩和の誤ったメッセージとなり窓口指導を困難にしてしまうし、銀行収益を悪化させてしまう。この過剰を吸収するためには2つの方法がある。ひとつは準備率を25%まで引き上げることである。超過準備率は2%程度となり過剰は解消される。もうひとつは人民銀行が銀行に対して売出手形を発行するなどして、過剰な80を吸収する方法である。人民銀行のバランスシートの負債サイドは準備預金220、売出手形80となり、銀行の資産サイドは準備預金220、売出手形80、人民元貸出800でバランスする。このように過剰な超過準備を吸収することを不胎化という。実際には準備率の引き上げと売出手形の発行などの公開市場操作による超過準備の吸収が併用されて来た。
以上の例でM2は10%増加している。人民銀行が金融政策の中間目標であるM2の伸び率を10%と予定していたとすると、当初は人民元貸出を800から900に増やす計画であったはずであるが、これを800のままに変更することになる。
為替市場介入はM2を増加させるか
以上で説明したように、中国においてM2の増減は海外からの外貨の流入を人民元に交換した額と銀行貸出の増減によって与えられる。銀行貸出量は窓口指導によって定まり、人民銀行は海外から流入した外貨の人民元交換額を所与として窓口指導を変化させ、M2の増減をコントロールする。
2014年末、人民銀行を含む銀行部門全体が外貨を購入することによって売却した人民元の残高は29兆4千億元であり、そのうち人民銀行が売却した人民元残高は27兆元と大部分を占めている。人民銀行の外貨資産購入額を見れば、おおよそ中国に流入した外貨の人民元への交換額が分かる。そこで、冒頭で述べたM2の伸び率低下の要因として盛局長は中央銀行の外貨資産購入額の減少を挙げたわけである。
なお、人民銀行の介入が金利や為替レートの変動を通じて銀行貸出や海外からの外貨の流入に対してなにがしかの影響を与える側面もあるだろう。しかし、中国では為替レートはコントロールされており、金利は規制されている。また資本取引は依然として厳しく規制されている。人民元貸出は基本的に窓口指導で定まる。このような制度の下では、介入によって銀行間市場に人民元が供給され、金融緩和効果が生ずるというルートはそれほど大きなものではない。介入の直接的効果としてM2が増加するのではなく、海外から流入した外貨の人民元への交換が発生した時点でM2が増加し、金融緩和効果が生じていると見るほうがより現実に近いと思われる。