【15-03】預金準備率の引下げと金利引下げ
2015年 3月16日
露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
信金中央金庫 海外業務支援部 上席審議役
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。同年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)など。
中国人民銀行は、本年2月5日から預金準備率を引下げ、さらに3月1日から金融機関の預金・貸出基準金利を引下げた。引き続いて実施された二つの政策は、常識的には金融緩和政策の強化であるが、人民銀行の歯切れは悪い。
預金準備率の引下げ
人民銀行は2012年5月に預金準備率の引下げを行っており、その段階で大型商業銀行の預金準備率は20%となっていた。その後、2014年4月には県所在の農村商業銀行と農村合作銀行についてそれぞれ2%と0.5%預金準備率を引下げ、2014年6月にはすべての商業銀行の中で一定の経営指標を満たし、「三農」(農村、農業、農民)向けと小型零細企業向け貸出が一定の比率を超えている銀行について預金準備率を0.5%引下げた。この2回の引下げは「三農」や小型零細企業への貸出を増やすための対象を絞った準備率の引下げであった。
今回は全銀行が対象で、原則0.5%の引下げとなっている。従来20%が適用されていた大型商業銀行の場合は19.5%に引下げられる。株式制商業銀行や都市商業銀行、県以外に所在する農村商業銀行などで18%が適用されていた先は17.5%に、2014年6月の引下げで17.5%が適用されていた先は17%に、それぞれ0.5%ずつ引下げられた。もっとも、対象を絞った預金準備率の引下げの考え方は引き続き適用されており、小型零細企業、「三農」そして重要水利プロジェクトの建設をサポートするため、0.5%の引下げに加えて、小型零細企業貸出の比率が一定レベルに達している都市商業銀行と県以外に所在する農村商業銀行についてはさらに0.5%引下げ、農業発展銀行についてはさらに4%引下げ従来の18%を13.5%とした。
2月5日の預金準備率引下げの理由について、人民銀行関係者や中国のエコノミストがまず上げているのが、前回のこのコラムで説明した「人民銀行の外貨資産購入額(外匯占款)」の減少と季節性要因である。金融緩和やあるいは経済の下支えというような要因については付随的なものとして言及されているにすぎない。
前回述べたように中国の銀行は日々の決済を円滑に行うために法定準備率を満たす準備預金のほかに2%前後の超過準備を保有している。前回の例を使って、100の外貨が流入した後、過剰な準備預金を売出手形で吸収した姿から出発してみよう。銀行の法定準備率は18%で、超過準備2%の合計20%の準備預金を保有するものとする。
当初の人民銀行のバランスシートは資産サイドが外貨準備300、負債サイドが準備預金220、売出手形80である。銀行のバランスシートは資産サイドが準備預金220、売出手形80、人民元貸出800、負債サイドが人民元預金1100である。ここで預金者が100の人民元預金を外貨に交換して海外に送金したとしよう。銀行は100の外貨を銀行間市場で購入しようとするが銀行部門全体で売り手がいない場合、人民銀行が売り手となる。銀行が人民銀行から購入した外貨を海外送金した後、人民銀行のバランスシートは資産サイドが外貨準備200、負債サイドが準備預金120、売出手形80となる。銀行のバランスシートは資産サイドが準備預金120、売出手形80、人民元貸出800、負債サイドが人民元預金1000である。準備預金率が20%であるから準備預金は200でなければ法定準備率を満たした上で、決済需要に応えられないので決済が滞ってしまう。これを避ける方法は2つある。人民銀行が売出手形を回収して準備預金を200に増やす方法と、準備率を10%に引下げ超過準備2%を加えて準備預金を120でよい状況にすることである。
人民銀行の外貨資産保有額は2014年6月末の27兆2131億元から2014年12月末には27兆681億元に減少した。外貨準備統計では同期間に外貨準備は3兆9932億ドルから3兆8430億ドルに減少している。国際収支統計を見ても、直接投資は流入超であるが資本収支全体は2014年第2四半期から赤字(流出超)となり、第3四半期からは資本収支の赤字が経常収支の黒字を上回っている。これは上の例のように全体として海外への資金の流出が流入を上回り、外貨準備が減少し、何もしなければ準備預金も減少したであろうことを示している。
また、季節要因というのは中国の旧正月の前に現金需要が増大することを指す。現金が増加すると準備預金は減少する。
これらの要因による準備預金の減少に対して日々の決済をスムーズに行うために準備預金の水準を調節することは、金融緩和や引締めなどの政策変更とは別次元の技術的な金融調節の問題である。通常日々の金融調節では準備預金の変動に対しマーケットオペレーション、すなわち売出手形や国債を使ったレポ取引などを行って準備預金を安定した水準にコントロールする。今回は資本収支が流出超に転じて準備預金の減少圧力が定着しそうなことから、恒常的な効果を持つ準備率の調整で準備預金の減少圧力に対応したわけである。これが、今回の措置はどちらかといえば技術的な対応に過ぎず、金融緩和政策を主な目的としたものではないという説明が行われる理由である。
金利引下げ
人民銀行は3月1日から銀行の対顧客貸出基準金利と預金基準金利を引下げた。1年物預金基準金利は2.75%から2.5%に、1年物貸出基準金利は5.6%から5.35%に引下げられた。また、預金金利の上限は基準金利の1.2倍から1.3倍に引き上げられた。
前回、2014年11月22日から実施された利下げの際は、直前に国務院常務会議が開催され、企業の資金調達難、資金調達コスト高を緩和し、小型零細企業、「三農」向け貸出を拡大するため合意貸出の管理を改善する政策が打ち出されていた。利下げの際の人民銀行責任者の説明も、まず小型零細企業の資金調達コスト高を改善することが目的に挙げられていた。これは、直前の国務院の政策とリンクした利下げだったと言える。
今回も直前の2月25日に国務院常務会議が開催され、小型零細企業の発展を促すための減税措置が決定されているが、利下げについての人民銀行責任者の説明に小型零細企業が全く登場しないことから、直接のリンクはなさそうである。今回は、消費者物価上昇率の低下により名目金利を維持していると実質金利が上昇してしまうのでそれを防ぐために金利を引下げ、実質金利の上昇回避と、全体の資金調達コストの低下によって経済の構造調整と高度化のための中性で適度な金融環境を作ることが目的とされている。そしてそれは「穏健な金融政策」という従来からの金融政策の転換を意味しないと説明されている。
金利を引下げない場合と比べると緩和的政策ではあるが、実質金利の水準を維持するために行ったのだから中立的な政策であり、政策の転換ではないということであろう。この慎重な言い回しは、望ましい分野には資金をスムーズに供給するため金融緩和を行いたいが、金融緩和と言ってしまうと不動産開発などバブルを生みかねない分野や生産能力過剰分野への資金供給が増えかねないという人民銀行の懸念を反映したものであろう。
以前にも述べたとおり、中国の金融政策は窓口指導で貸出総量をコントロールすることが主要な手段であり、同時に貸出分野の指導も行われている。人民銀行が2月10日に公表した2014年第4四半期金融政策執行報告の「金融政策オペレーション」の章には「窓口指導と貸出政策指導を強化する」という節が設けられている。その記載によると、各種の措置による総合的な指導により、2014年の小型零細企業向け貸出増加額は全企業向け貸出増加額の49%を占め、大企業向け貸出の増加額より18.1%ポイント多かった。また、2014年末の生産能力過剰産業向けの中長期貸出の前年比伸び率は3.9%で前年の伸び率に比べ3.6%ポイント低下した。今回の措置がどの程度の金融緩和効果を意図し、経済構造調整を実現しようとしているかを判断するには、今後総額と分野別の貸出増加額の推移を見守る必要がある。