【15-06】人民元のSDR構成通貨入り問題
2015年 6月22日
露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
信金中央金庫 海外業務支援部 上席審議役
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。同年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)など。
4月18日に、ワシントンで開催されたIMF国際通貨金融委員会(IMFC)において、中国人民銀行の周小川総裁はスピーチを行い、「今年、IMFは5年に一度のSDR見直し作業を行う。その作業の中で重要なテーマの一つは人民元がSDRの通貨バスケットに含まれることになるか否かである」と発言した。6月12日の報道によると、IMFの当局者が、SDR構成通貨見直しの一環として現在調査団を中国に派遣していると述べたとのことである。今回は人民元のSDR構成通貨入りという問題について考えて見たい。
外貨準備通貨としてのSDR
IMFの特別引出権(Special Drawing Right: SDR)は1969年の第1次IMF協定改正により発足した制度で、2つの意味を持つ。一つは、IMF加盟国相互間の外貨準備通貨融通制度という側面である。もう一つは価値尺度としての機能である。
SDRは1970年から2009年にかけて3度に亘り、総計2041億SDRがIMF加盟国のクォータ(出資金)に比例して配分されている。配分されたSDRは各国の外貨準備として計上される。ある国が外貨を必要とする場合、外貨準備に余裕のある国にSDRを売り、米ドルなどの自由利用可能通貨を受け取ることができ、受け取った通貨を外貨の対外支払いに使用できる。また、各国は一定限度までSDRを買入れる義務を負っている。
SDRは現在、米ドル、ユーロ、英ポンド、日本円の4通貨のバスケットで構成されており、SDRの価値は米ドル41.9%、ユーロ37.4%、英ポンド11.3%、日本円9.4%の加重平均により決定される。2000年のIMFの決定によって、過去5年間の財とサービスの輸出額が加盟国の中で最大であること、「自由利用可能通貨(Freely Usable Currencies)」であるとIMFによって認定されることがSDR構成通貨の条件とされた。中国の輸出額は現在世界第1位であり、この面では問題ないので、人民元のSDR構成通貨入りは、IMFが「自由利用可能通貨」と認定するか否かにかかっている。
「自由利用可能通貨」という概念自体は、IMF協定第30条(f)項に「自由利用可能通貨とは加盟国通貨であって(ⅰ)国際取引上の支払いを行うため現に広範に利用され、かつ(ⅱ)主要な為替市場において広範に取引されているとIMFが認める物をいう」と定められている。IMFによると、公的外貨準備や国際銀行債務、為替市場売買高などに占める人民元の比率などの指標に基づき人民元が自由利用通貨に当たるか否かを判断することとなる。
一方、同じくIMFの国際収支マニュアル第6版では外貨準備資産について「外貨準備資産は、交換可能な外国通貨でなくてはならない。すなわち、国際取引の決済に自由に利用可能な通貨でなければならない」と定めている。そして、注書きで「自由に利用可能という言葉はSDR構成通貨に限るという厳密な意味では使用されていない」とされている。従ってSDRの「自由利用可能通貨」は交換性を直接意味するわけではないが、外貨準備資産であるSDR構成通貨となれば外貨準備資産としての交換可能通貨と認められたものと解される。
前回、2010年のSDR構成通貨見直しの際、IMFは、「現状では人民元は自由利用可能通貨の基準に合致していない」として、人民元の採用を見送った。今回の見直しは本年(2015年)の秋から年末にかけて行われる予定である。
周小川総裁は、前出のスピーチにおいて、「中国は人民元を一層自由利用可能通貨にすることを計画している」として、次のような施策をとる予定であると述べた。①個人によるクロスボーダー投資を可能とする国内適格個人投資家制度(QDII2)の導入。②深圳-香港株式市場相互乗り入れの導入。③為替管理規制の大幅緩和。④国内資本市場への海外機関投資家のアクセス容易化。⑤人民元の国際的利用を促進するための規制の撤廃やインフラの整備。⑥健全なリスク回避を確保するための手段の採用。これらによって人民元の利便性を大幅に改善しIMFに「自由利用可能通貨」と認定してもらう可能性を高めようとしているわけである。
一方、周総裁は同じスピーチの中で「中国は管理された交換性という概念を採用する」と述べている。具体的な施策として対外債務のマクロ健全性管理を行うことや、短期の投機的資金の流出入を必要に応じて管理するということなどを挙げている。
このような「管理された交換性」が、外貨準備通貨が満たすべき交換性のレベルとして十分なのか不明であるが、前述の通りIMFが挙げるSDR構成通貨の基準に交換性の有無は直接には挙げられていない。IMFが様々な基準に照らして人民元をSDR構成通貨に採用すれば、外貨準備対象資産としても公式に認められたとみなされ、人民元の国際化は一層加速するであろう。
価値尺度としてのSDR
SDRはIMFが公表する統計の単位や、国際条約上金額を示す必要がある際の単位など(例えば国際海上物品輸送に関するヘーグ・ヴィスピー・ルール上の運送人の責任限度額など)に使用されている。また、2009年にはSDR建てのIMF債が発行され中国政府がこれを購入している。人民元の為替レートは中国人民銀行のホームページの説明によると「市場の需給を基礎にバスケット通貨を参考に調節を行う、管理された変動為替相場制」であり、バスケット通貨に緩やかに連動している。人民元のバスケットの構成は公表されていないが、米ドルの比率がかなり高く、SDRにおける米ドル比率よりも高い比率を占めていると思われる。価値尺度としての側面から見ると、人民元をSDR構成通貨に加えることは、単に米ドルの構成比が増えるということにすぎない。IMFの2011年1月のペーパー("Enhancing International Monetary Stability-A role for the SDR?")も「人民元レートは米ドルに結びつけられており、当局が管理している。人民元をSDR構成通貨に加えるということは事実上米ドルの比率を増やすということであり、また一国の裁量的な為替レート政策がSDRの価値に影響を及ぼすということになる」と指摘している。SDR構成通貨の条件として為替レート制度の如何は挙げられていないが、SDR構成通貨は変動相場制であることが望ましいであろう。
今後の展望
今年が5年に一度の見直しであるため、中国も人民元のSDR構成通貨入りを強力に進めたいようである。IMFが様々な指標に基づいて判断することになるが、その結果人民元がSDR構成通貨入りする可能性もあるだろう。ただ、中国がことを急ぐあまり、国内の金利自由化や金融政策の手法の整備が追いつかないうちに、急速に資本取引の自由化を進めたり、人民元レートの変動相場制への移行を進めたりすると、肝心の中国経済が混乱してしまう恐れがある。IMFが必要と判断すれば、次の5年を待つことなく、来年あるいは2年後にSDR構成通貨入りすることも可能である。いずれ人民元がSDR構成通貨となることは間違いない。中国が着実に資本取引の自由化や為替レートの弾力化を進め、充分条件が整ったところで人民元がSDR構成通貨となることが適当なのではないだろうか。
(了)