【15-12】CFETS人民元為替レート指数の公表
2015年12月22日
露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
信金中央金庫 海外業務支援部 上席審議役
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。同年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)など。
中国外貨交易センターは2015年12月11日に「CFETS人民元為替レート指数」を公表した。市場ではこれが人民元安を容認したものと受け取られ、人民元の対ドルレートが下落した。今回はこのCFETS人民元為替レート指数公表の背景について考えてみたい。
人民元為替レート指数とは
中国外貨交易センター(CFETS)が公表したのは「CFETS人民元為替レート指数」(CFETS指数)だけでなく「BIS通貨バスケットを参考とした人民元為替レート指数」(BIS指数)と「SDR通貨バスケットを参考とした人民元為替レート指数」(SDR指数)の3種類の指数である。3種とも2014年末を基準値100としている。12月11日に公表されたのは11月末の指数で、3つの指数それぞれが2014年末に比べて2.93%、3.5%、1.56%上昇している。また12月14日には12月11日の指数が公表されており、3つの指数それぞれが2014年末に比べ+1.45%、+2.28%、-0.48%となっている。また、各指数に含まれる通貨のウエイトも公表されている。
CFETS指数は外貨交易センターにおける人民元の売買相手通貨として認められている13種の通貨について、仲介貿易も考慮した貿易ウエイトを使ってこれら通貨全体に対する人民元為替レートの変動を指数化したものである。各通貨をウエイト付けしたバスケット通貨に対する変動を示す指数と言うことができる。BIS指数は国際決済銀行(BIS)が従来から人民元の実効為替レートを計算する際に使用している40通貨のウエイトを使い、SDR指数は現行の4通貨のSDR構成通貨のウエイトを使って人民元の為替レートの変動を指数化したものである。
人民元為替レート決定メカニズム
指数の公表と同時に人民銀行と外貨交易センターはその背景を説明する文章も公表した。
同公表文では、2005年7月21日の改革によって、人民元為替レートの決定メカニズムは「市場の需給を基礎に、バスケット通貨を参考に調節する、管理された変動相場制」に移行しており、それ以来、世界に責任を負う大国として管理を強化した時期を除いて、大部分の時期はこの原則に従って運営してきたとされている。
8月の本コラムでも述べたが、BISの試算による人民元の名目実効為替レートを使って実際の動きを見てみると、大部分の時期において安定的に推移している。2006年6月から2008年6月までは年率2%の上昇トレンドの上下2%のバンド、2010年7月から2014年6月までは年率5%の上昇トレンドの上下3%のバンドの範囲内に変動が収まっている。これは人民元レートがバスケット通貨と緩やかに連動していたことを示している。
例外的な時期は2008年7月からの時期で、世界金融危機によってユーロの対ドルレートが大幅に暴落し、バスケットに連動すると人民元の対ドルレートも大幅に安くなる状況で人民元は1ドル=6.8~6.9元の水準で事実上対ドル固定レート制に移行した。この結果人民元の名目実効為替レートは急上昇した。2010年6月19日に人民銀行は従来の管理された変動相場制に復帰すると宣言し、人民元の対ドルレートは変動を再開した。次は2014年春に欧州中央銀行の金融緩和政策により、ユーロの対ドルレートが再び大幅に低下した時期で、人民元は1ドル6.1~6.2元の水準で事実上ドルペッグとなった。人民元の名目実効為替レートは急上昇した。ユーロの対ドルレートの大幅な下落時に米ドルにペッグするということは、人民元の対ドル為替レートに下方硬直性があるということを意味する。
本年8月11日の為替レート制度の改革は、より市場化した制度に移行するためとされているが、実際の制度としては事実上の米ドルペッグから離脱して、従来の管理変動相場制に復帰したものである。人民銀行の易綱副行長も本年12月1日に行われた記者コンファランスで、現在実施しているのは「市場の需給を基礎に、バスケット通貨を参考とする、管理された変動相場制」であり、その枠内で市場化の改革を進めていくと述べている。
今回の指数公表の意味
今回、CFETS指数などの指数と同時に公表された文章では、人民元の為替レートはバスケット通貨に対して中長期的に安定した推移を示す条件を備えているとしており、人民元為替レートの動きを評価する場合は対米ドルレートの動きで評価するのではなく、バスケット通貨に対する変動で見るべきと主張している。
今後、例えばユーロの為替レートが米ドルに対して大幅に下落した場合は、人民元の対ドルレートは下方硬直性を放棄し、バスケット通貨に連動して低下することが見込まれる。人民銀行が主張しているのはこれをもって人民元安と評価するのではなく、バスケット通貨に対する変動を見るべきであり、バスケット通貨に対して、人民元は安定した価値を保持していると評価すべきだということである。
なお、今回のCFETS指数は人民元が参考としているバスケット通貨とは通貨構成やウエイトが異なる別のものと見られる。2005年7月に人民元が管理変動相場制に移行した直後に行われたスピーチで、人民銀行の周小川行長はバスケットの構成通貨としてドル、ユーロ、円と韓国ウォンの4つの通貨を主要なものとして挙げていたが、CFETS指数に韓国ウォンは含まれていない。しかし、今回の3種類の指数のウエイトを見ても、結局、SDR構成通貨のドル、ユーロ、円、英ポンドのウエイトを加えるとどの指数でも過半を占めるし、ドルにペッグしている香港ドルなどドルやユーロに追随して動く通貨も含まれていることから、どの指数も結局この4通貨の変動でおおよその動きが決まることになる。
人民銀行が主張したいのは、今回公表した指数は、人民元が連動するバスケットとは異なるが、おおよそ同じような動きをするので、これらの指標に対して安定しているかどうかで人民元為替レートの動きを評価してほしいということであろう。
今後の人民元レートの動き
今後人民元レートの動きを考える場合、バスケット通貨に対する上昇トレンドの傾きと、トレンドの上下のバンドの幅が重要になってくる。「市場の需給を基礎に」の部分が反映されているのがトレンドの傾きであり、人民元買い需要が多く人民元高圧力が高い場合に傾きが大きくなると考えられる。現状では人民元売り圧力が強いので傾きはよりフラットなものになる可能性が高い。また、市場化をすすめ、より弾力的な変動を目指すため、バスケット通貨に対する変動のバンド幅も拡大される可能性が大きい。これらの当否を判断するには、人民元為替レートの動きを今後しばらく観察する必要がある。
(了)