【16-04】人民元実効為替レートの安定
2016年 4月13日
露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
信金中央金庫 海外業務支援部 上席審議役
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。同年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)など。
昨年12月の本コラムで、CFETS人民元為替レート指数の公表について述べたが、そこで今後人民元のバスケット通貨に対するトレンドはフラット化する可能性が高いとした。その後人民元の為替レートはどのように推移しただろうか。検証してみたい。
人民元為替レートの推移
まず、人民元為替レートの決定方式について確認しておこう。2005年7月21日に従来の米ドルペッグから離脱して以来、人民元の為替レートは「市場の需給を基礎に、バスケット通貨を参考に調節する、管理された変動相場制」に従って管理されてきた。BISが試算する人民元の名目実効為替レートの推移を見ても、人民元が一時的な米ドルペッグに移行した2008年6月から2010年6月までのリーマンショック後の時期と、2014年6月から2015年8月までのユーロ危機後の時期を除くと、大部分の時期は安定的な動きを示している。2006年6月から2008年6月までは年率2%の上昇トレンドの上下2%のバンドの中、2010年6月から2014年6月までは年率5%の上昇トレンドの上下3%のバンドの中に収まっている。これはシンガポールドルの為替レート決定方式を真似たものである。そして、2015年8月11日の人民元対米ドルレートの大幅切下げは、輸出促進のための人民元安政策ではなく、一時的な米ドルペッグから従来の管理された変動相場制へ復帰し、より市場レートの動きを反映した決定方式にして、人民元のSDR入りを可能にするために行われた。
その後、2015年12月11日に中国外貨交易センター(CFETS)は、CFETS指数、BIS指数、SDR指数という3種類の人民元の名目実効為替レート指数の公表を開始した。
対ドル基準レート引下げ前の2015年8月10日と、2016年2月末の人民元対ドル基準レートを比べると7.0%の人民元安となっている。一方、BISの試算による人民元名目実効為替レートを2015年7月と2016年2月で比べると2.8%の人民元安に止まっている。さらに1年前の2015年2月と比べると対ドル基準レートは6.3%の人民元安であるが、名目実効為替レートでは0.28%の人民元高となる。昨年初から今までの動きを見ると、人民元の名目実効為替レートの変動バンドの傾きはおおむねフラットに推移していると評価してよいだろう。バンドの幅はまだ明確ではないが、現在までのところ以前の上下3%の幅に収まっている。
当局による情報発信
2015年12月11日のCFETS指数公表以来、CFETSは毎週金曜日と毎月末のCFETS指数、BIS指数、SDR指数を公表している。さらに2016年1月初には2015年1年間の人民元為替レートの動きを評価した文章を公表し「人民元のバスケット通貨に対する為替レートは基本的安定を保持した」とし、「今後人民元レートはバスケット通貨に対して合理的均衡水準の上で基本的安定を保持する」と述べている。その後、CEFETSは毎月初に前月中の評価を示す文章を公表している。2016年1月中は「人民元為替レートはバスケット通貨に対して基本的に安定」、2月中は「人民元のバスケット通貨に対する為替レートは基本的に安定」、3月中は「人民元為替レート指数は小幅に減価」という具合である。
CFETS指数など3つの名目実効為替レートの指数と、その動きを評価するコメントを公表し始めたのは、人民元の為替レートが米ドルに対してではなく、あくまでもバスケット通貨に対して安定するように管理されていることを市場に対して明示するためである。公表された指数の通貨ウエイトが、人民元為替レート決定時に参考とするバスケット通貨の通貨ウエイトと一致しているかは不明であるが、SDR指数の4通貨のウエイトが他の2つの指数でも大部分を占めるので、結局これら3種の名目実効為替レートは類似した動きを示している。市場では依然として人民元の対ドルレートの動きを見て中国が通貨安政策を採っていると見る向きもあるが、もし輸出を促進したければ、主要通貨全体に対する平均的な人民元レートの動きを示す実効為替レートを大幅に引下げる必要がある。現在のところ名目でも実質でも人民元の実効為替レートはおおむね安定した推移を示している。中国は人民元安政策ではなく、貿易収支を安定させるために実効為替レートを安定させる政策を採っており、これを市場に周知しようとしていると見るべきであろう。
最近の動き
2015年8月11日の人民元対ドル基準レートの切下げの際に人民銀行は基準レート報告行に対し「前日の終値、外貨需給、国際的主要通貨の為替レート変動状況」を考慮して報告するように求めた。このうち最後の国際主要通貨の為替レート変動状況がバスケット通貨への連動を意味する。2016年1月11日に人民銀行のホームページで人民銀行研究局の馬駿主席エコノミストは、「報告行に対しバスケット通貨に対する安定を考慮して報告するように要求する」とバスケット通貨への連動を最優先する方針を示した。
このような人民銀行の方針を受けて、中国の旧正月休暇明け(2月15日)以降人民元の対ドル基準レートは2つの特徴的な動きを示している。一つは前日のユーロの対米ドルレートの動きに極めて忠実に反応するようになったことである。前営業日のユーロの対ドルレートが前々営業日に比べて上昇すると、当日の人民元の対ドルレート基準値も前営業日に比べて上昇する。逆の場合は逆となる。このような関係がほとんどの営業日に成り立つようになった。バスケット通貨連動をある程度の幅の中で行っているので従来はこれほど忠実に反応していなかった。この変化は、人民銀行が人民元為替レートをバスケット通貨に連動させていることを市場に明確に示し、周知徹底させようとしていることによるものであろう。もう一つはオンショア人民元(CNY)の対ドル基準レートとオフショア人民元(CNH)対ドルレートの乖離が極めて縮小したことである。旧正月前には市場の人民元安期待によってCNHの方がCNYに比べて人民元安方向にかなり大きく乖離していたが、旧正月後はこの乖離がほとんどなくなり、両者はほぼ同じ動きを示している。中国当局が介入したり、香港所在の中国系銀行に指導を行ったりしているという可能性もあるが、それだけでは、これほど両レートがぴったりと同調した動きを示すことは説明できない。中国当局がバスケット連動という意思を明確にしたことによって、一方向の人民元安期待が解消し、CNHがCNY基準レートに鞘寄せしたと見るべきであろう。
当面、市場の人民元安期待が払拭され、人民元為替レートがバスケット通貨連動で管理されているという見方が充分浸透するよう、人民銀行は人民元の実効為替レートを安定させつつ、徹底した情報発信を続けるものと考えられる。
(了)