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【16-06】金融システム安定化政策と金融政策

2016年 6月21日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
信金中央金庫 海外業務支援部 上席審議役

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。同年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)など。

 世界的に、金融システム安定化政策と経済成長の間の関係について注目が集まっている。中国では、金融システム安定化政策と金融政策の間の関係がより直接的な問題をはらんでいる。

金融システム安定化政策

 国際的な銀行監督規制として、バーゼル規制があるが、中国でも2004年にバーゼルⅠが導入され、2007年から国際的に活動する銀行は自己資本比率を8%以上にすることが必要となった。主管官庁は銀行業監督管理委員会(銀監会)である。また、銀監会は2007年にバーゼルⅡの段階的導入に着手するよう銀行に求めた。さらに2011年4月にはバーゼルⅢに対応した新基準が公表され、システム上重要な銀行(SIB)は少なくとも11.5%以上、それ以外の銀行も10.5%以上の自己資本比率を求められることとなった。バーゼルⅢでは移行期間を2018年末としているが、中国では、これに先行してSIBは2013年末まで、それ以外の銀行は2016年末までにこの基準を満たすことが必要とされている。中国国内のSIBは、国際的な銀行監督当局や中央銀行などからなる金融安定理事会(FSB)が、グローバルなシステム上重要な銀行(G-SIBs)として選定した銀行および一定の資産レベル以上の銀行という基準で選ばれている。FSBは中国から4行(中国工商銀行、中国建設銀行、中国農業銀行、中国銀行)を選定している。2015年末で大型銀行5行(前記4行+交通銀行)の自己資本比率平均は14.5%に達しており、全行が規制水準をクリアしている。

 中国の資金循環表を見ると、家計と政府が資金余剰主体であり、企業が資金不足主体である。企業部門の資金調達手段の約7割は金融機関からの借入である。そして、中国人民銀行はマネーサプライの伸び率を金融政策の中間目標とし、主に銀行の貸出量をコントロールする窓口指導によって金融政策を行っている。

 このような状況では、人民銀行が金融緩和政策を実施する場合、自己資本比率規制が制約になる怖れがある。自己資本が一定であれば、貸出の拡大は自己資本比率の低下をもたらす。自己資本比率を保ちながら貸出を拡大するためには、資本金の増資や自己資本に算入される劣後債の発行などを行うか、利益を上げて準備金や利益剰余金を積み増す必要がある。過去数年の商業銀行の純利益は前年を上回る水準で推移しているが、前年比伸び率は2011年の36.3%の伸びから年を逐って低下し、2015年には2.4%の伸びにまで低下している。銀行の利益の伸び率低下は、中国経済の減速に加え、預金金利、貸出金利の自由化が進んだことによる利鞘の減少も影響している。今後、利益の伸び率低下が続いたり、減少に転じたりすると、他の手段で自己資本を増やさない限り銀行は貸出を拡大することができず、銀行借入に資金調達を頼っている企業の資金調達拡大が困難となる。銀監会の金融システム安定化政策が人民銀行の金融政策に対して直接的な制約となる可能性があるわけである。

人民銀行のマクロプルーデンス政策

 銀監会の政策との関係だけでなく、人民銀行内部の政策同士の関係にも注意する必要がある。2015年12月29日、人民銀行は2016年初からマクロプルーデンス評価システム(MPA)を開始すると公表した。その中核は差別的準備預金制度と合意貸出である。この2つについては2014年12月の本コラム(「利下げと小型零細企業の資金調達」) で取り上げたが、差別的準備預金制度は、自己資本比率など人民銀行が定めた一定の基準を下回る銀行に対して準備預金率を差別的に引上げるというものである。また、合意貸出は、個別銀行が人民銀行との間で、経済成長に見合った貸出の増加率と自己資本比率などの指標を元に算出した貸出増加総額や業種別の貸出増加額を合意して貸出を行う制度である。人民銀行は既に存在したこれらの制度をMPAの中核とした。MPAにおいて差別的準備預金の適用と合意貸出の水準は、7つの分野の14の指標によって判断される。7分野は、①自己資本とレバレッジの状況、②資産負債状況、③流動性状況、④金利設定行動、⑤不良資産状況、⑥対外債務のリスク状況、⑦貸出政策実施状況である。

 MPAは金融システム安定化のための政策であるが、合意貸出と金融政策の手段である貸出増加額規制(窓口指導)との関係が問題となる。人民銀行は、2015年第4四半期貨幣政策執行報告のMPAの説明の中で、「穏健な金融政策の要求に従い」、「マネーサプライ、貸出、社会融資総量の合理的な増加と金融システムリスク管理の強化を進める」としており、両者の調和を図ることを示している。しかし、2014年11月の国務院の「新十条措置」において「合意貸出の管理改善」が挙げられたように、人民銀行の地方レベルの支店で合意貸出の厳格な執行を要求し、貸出総量の弾力的な増加を抑制してしまうという問題が往々にして生じている。合意貸出を重視するMPAの開始により、人民銀行のマクロプルーデンス政策と金融政策の関係が齟齬をきたすことがないか、今後の推移を見守る必要がある。

金融システム安定化政策と金融政策

 中国では、非金融部門の資金調達は大部分、銀行からの借入であり、証券市場など直接金融市場は充分発達していない。そして金融政策の手段は、依然として銀行貸出量を直接コントロールすることがメインである。従って、直接金融市場がより発達し、通常は金利によって金融政策を行う先進国と比べて、自己資本比率規制を中心とする金融システム安定化政策が金融政策を制約する可能性はより深刻である。今後、直接金融市場の発展や貸出債権の証券化の拡充、金融政策の手法の改善によって金融システム安定化政策の金融政策に対する影響の緩和を図りつつ、両政策の間の慎重な調整を行っていくことが求められよう。

追補

 前回の本コラムで、日本の中国に対する直接投資収益の統計について2014年の統計が改訂されていないと書いたが、コラム執筆後の5月12日に改訂が公表された。改訂後の2015年の中国向け直接投資収益は前年比10.1%の増加となっている。

 また、2015年11月の本コラムで準備預金積み立て方法ついて、法定準備預金の計算の元となる預金の額は対象期間の期末残高を使用し、準備預金額は積み期間の平均残高で計算する方法に変更されたと述べた。2016年6月3日の通知により、7月15日から法定準備預金の計算の元となる預金の額についても対象期間の平均残高を用いる方法に変更されることとなった。これは日本と同じ方式である。

(了)