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【16-07】金利自由化と銀行部門の改革

2016年 7月 7日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
信金中央金庫 海外業務支援部 上席審議役

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。同年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)など。

 中国の金利自由化に関して、これまで本コラムでたびたび言及してきたが、最近興味深い出来事が起こった。

金利規制の明示化

 6月24日付け日本経済新聞朝刊は「中国金利規制を復活」、「中国金融改革が後退」と言う見出しで、中国が金利規制を明示的に復活させたと報じた。報道によると、北京において、貸出金利は人民銀行が公表する基準金利(1年物で4.35%)の90%を下限、預金金利は基準金利(期間1年で1.5%)の1.3倍から1.4倍を上限とすることとされた。また、これは、「北京で銀行が加入する業界団体の自主ルールという形を取るものの、実際は人民銀行の指導を通じた金利規制の復活となる」と報じている。

 この報道に対して、人民銀行が週明けの27日に即座に反応し、「中国人民銀行関係責任者が個別メディアの不実報道に関し声明を発表」と題した、報道を否定する通知を公表した。同通知では日本経済新聞中国語版ウエブサイトの見出しをそのまま引用した上で次のように述べている。「当該報道は、5月末に北京地区市場金利設定自律機構が銀行の預金貸出金利の設定に関して自主的に協議したことについてのものであるが、この協議の主旨は市場の公平な競争秩序を維持し、理性的でない金利設定行動を防止することにあり、中央銀行が金利規制を復活させたものではない。当該報道は事実を歪曲し、世論をミスリードするものである」。

 興味深いのは、この通知によって、報道では言及されていなかった「5月末に北京地区市場金利設定自律機構が金利設定について協議した」と言う情報を付け加え、銀行が自主的に話し合ったにせよ、個別の銀行の自由な金利設定を制約する申し合わせがあることを暗に認めていることである。

 中国では、2013年7月に貸出金利の下限が撤廃され、預金金利についても上限が2015年10月に撤廃された。この結果貸出・預金金利ともに上限、下限がない状況となり、建前上金利は完全に自由になったはずである。

 北京地区市場金利設定自律機構は、全国的な市場金利設定自律機構の北京版と見られるが、市場金利設定自律機構は、貸出金利の上限撤廃が行われた後の2013年9月に設立された。その業務ガイドラインを見ると、職責として銀行間市場金利(SHIBOR)や貸出プライムレートなどの市場金利の報告システムの規則を作りその監督をすることや、各種金融商品の金利・価格設定状況の監督を行って市場の競争秩序を維持することなどが挙げられている。また、中国人民銀行の指導と監督を受けると規定されている。

 今回この機構が、北京地区で預金・貸出金利の自由な設定を制限したということは当然、中国人民銀行の指導と監督のもとで行われたということを意味するので、中央銀行の規制ではなく自主的なものだというのは無理がある。また、仮に金融機関が自主的に金利の規制を申し合わせたとするならば、それはそれでカルテル行為になりそうである。中国にも独占禁止法が存在する。人民銀行が、海外の報道に対して即座に反論したのも、公表していなかった規制内容を報道され、痛いところを突かれたということかもしれない。

銀行部門の改革との関係

 前述のとおり、金利は完全に自由になったはずであるが、中国人民銀行は預金・貸出の基準金利を引き続き公表し続けている。これには2つ理由が挙げられる。1つは、人民銀行の易綱副行長が講演で述べているように、中国では短期市場金利を金融政策の操作目標として使用する状況に至っていないため、当面銀行の預金・貸出基準金利の変更を金融政策のスタンスの伝達手段として使用し続ける必要があるためである。そしてもう1つは、過度の預金・貸出金利競争が行われ、利鞘が急速に縮小して銀行の収益が大きく悪化することを防ぐためである。

 中国の商業銀行の純利益の前年比伸び率は、前回も述べたように2011年の36.3%から2015年の2.4%まで急速に低下している。一方で、不良債権比率は2012年末の0.95%をボトムに2016年3月末の1.75%へと上昇してきている。中国の銀行は、国有から株式制に移行して株式を上場するなど、民間資本の導入を徐々に進めているが、依然として基本的に国や国有企業、地方政府関連企業などが資本金の大部分を所有しており、公的部門に支配されている。従って、いざというときには政府部門による救済を得ることができるという期待の下、貸出や資産運用で充分に収益性を考慮せずにリスクをとったり、収益を無視した過度の金利競争を行ったりするおそれがある。結果的に銀行の経営破綻の可能性が高まり、金融システムが不安定化することとなる。このような事態を防ぐためには、本来、銀行の民営化を進め、収益とリスクのバランスを取った経営を行う商業銀行として自立させ、政府による救済期待というモラルハザードを排除することが本筋である。しかし、中国の銀行部門の民営化はいまだ道半ばであり、充分進展しているとは言いがたい。人民銀行としては、銀行が過度な金利競争を行って経営危機に陥ることを回避する必要がある。

 人民銀行は昨年10月に預金金利の上限を撤廃した際にホームページ上に公表した文章で「金融機関の金利設定行為をマクロプルーデンスの枠組みに組み入れ、差別的預金準備率や再貸出、再割引、差別的預金保険料率などの手段を通じて金融機関が合理的な金利形成を行うよう導く」と述べている。また、前回述べたとおり人民銀行が2016年から開始した「マクロプルーデンス評価システム(MPA)」でも、その評価基準の一つとして金利設定行為を挙げ、合理的な金利設定行為を行わない銀行に対しては差別的預金準備率や合意貸出で対応することとした。今回の市場金利設定自律機構による「自主的な」金利規制は、この「合理的な」金利水準とはどの程度かを明確にしたものと言えよう。当局としては自由化を一歩進めてみたものの、金融機関収益への不安から、少し緩やかではあるが規制を継続したということであろう。

今後の展望

 中国の銀行部門の民営化を進め、自立的な商業銀行に改革して行くにはしばらく時間がかかりそうである。方向としては、資本取引の自由化、金利自由化、為替レートの弾力化など様々な金融改革が進むことは間違いないだろう。しかし銀行部門の改革がこれら全ての改革の前提となる。銀行部門の改革が進まない限り、今回の金利規制の問題に見られるように、大きく自由化したように見えるが、当局が間接的な形で規制を継続して、実態としては自由化のテンポが緩やかなものになるという事態が、今後も起こりそうである。

 本年6月24日に外国為替市場自律機構という、類似の名称の組織が設立された。人民元為替レートについても、形式的にはより弾力化した方式に移行しながら、実態的には当局がこの機構を使って間接的にコントロールするということが行われるのかもしれない。今後に注目したい。

(了)