露口洋介の金融から見る中国経済
トップ  > コラム&リポート 露口洋介の金融から見る中国経済 >  【16-10】政策性銀行の改革

【16-10】政策性銀行の改革

2016年11月 7日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
信金中央金庫 海外業務支援部 上席審議役

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。同年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)など。

 何度か中国の銀行部門の改革を取り上げてきたが、このところ銀行部門のコーポレートガバナンスの改革が減速しているように見受けられる。その一つの表れとして、今回は政策性銀行の改革を取り上げてみたい。

政策性銀行の商業銀行化の動き

 中国の大型商業銀行5行のうち、もともと最大の株式制銀行であった交通銀行を除く旧4大商業銀行は、1980年代には国家専業銀行と呼ばれており、中国工商銀行は都市の商工業向け貸出業務、中国農業銀行は農村向け貸出業務、中国銀行は外為業務、中国建設銀行家中長期投資貸出業務を主に担当することとされ、業務分野が定められていた。この段階では、国家の政策的な貸出も国家専業銀行が行っており、財政の肩代わり的機能も果たしていた、その後、1994年に政策金融を担う政策性銀行として国家開発銀行、中国輸出入銀行、中国農業発展銀行が設立された。そして、1995年に商業銀行法が制定され、国家専業銀行は国有商業銀行となり、従来の専業銀行間の業務の垣根が完全に撤廃され、相互の参入が可能になった。

 国有商業銀行は、政策性銀行が設立された後も100%国有であり、中央政府や地方政府の要請による政策的貸出を引き続き実施していた。これらの貸出は必ずしも、収益性や安全性を銀行が主体的に判断して行ってきたわけではなく、その結果、不良債権が累積した。そこで国有商業銀行と交通銀行に対して公的資金を注入し、不良債権を処理した後、国有商業銀行を株式制銀行に転換し、2010年までに5行の株式を上海と香港に上場し、コーポレートガバナンスの改善を図った。これらの銀行は国家から独立した商業銀行へのプロセスを進んできたといえる。

 現在これら5行は大型商業銀行として分類されているが、8月の本コラムで述べた通り、上場後も旧4大国有商業銀行は株式の60%以上、交通銀行も約4割が国有である。株式制銀行など、その他の銀行も地方政府や国有企業などの持分が多く、基本的には公的部門に経営が管理されている。

 一方、政策性銀行のうち、国家開発銀行は、国内の政策的開発プロジェクト向け融資を、中国輸出入銀行は輸出金融を、農業発展銀行は農産品の購入、備蓄などの資金の融資をそれぞれ担当する政策性銀行として設立された。3行の資金調達は主に金融債の発行によって行われている。

 その後、政策性銀行についても、同様の商業銀行化の動きが見られた。2000年代に入って、外貨準備の増大に伴い、中国企業による対外直接投資が促進され始めると(「走出去」政策)、国家開発銀行は中国企業の海外進出のための出資金向け貸付を開始し、国際業務に進出した。また、このころから国家開発銀行の業務について「開発性金融」という表現が使用され始めた。これは商業銀行的な収益重視の方針を主としつつ、国家の発展戦略に従った開発案件に対する中長期の資金供給を行うということを意味する。これに対し従来の政策性金融は国家の発展戦略上重要な案件については収益を重視せず融資を行うというものである。

 2006年から2007年にかけて政策性銀行の商業銀行化という考え方が高まった。中国政府は2007年12月末に国家開発銀行に対して外貨準備を用いて200億ドルの資本注入を行い、2008年12月には同行を株式制銀行に改組した。これは、2007年1月に開催された全国金融工作会議で決定された政策性銀行改革の中で国家開発銀行の商業銀行化を先行させるという方針に基づくものである。

 銀行業監督管理委員会の年報の統計の部分の銀行の分類を見ると、2008年までは「政策性銀行」となっていた項目が「政策性銀行および国家開発銀行」となっており、国家開発銀行が株式制銀行となったことにより従来の政策性銀行から分類上分離されたことがわかる。

この時点では、国家開発銀行の商業銀行化を「先行させる」ということであったから、中国輸出入銀行と農業発展銀行も、いずれ国家開発銀行に追随して商業銀行化されることが考えられていた。

政策性銀行の商業銀行化の見直し

 2008年の世界金融危機を経て、中国ではインフラ投資、公共施設や国家の重要戦略領域などへの融資を商業銀行が行うことの困難さが認識され、政策性銀行の商業銀行化の見直しが行われた。2015年4月に国務院は政策性銀行3行それぞれについて改革の方針を公表した。公表された国務院の通知では「国家開発銀行は開発性金融機関の位置付けを堅持する」、「中国輸出入銀行の改革は政策性職能の位置付けを強化する」、「中国農業発展銀行の改革は政策性業務を主体とすることを堅持する」と表現している。国家開発銀行は開発性金融、他の2行は政策性金融に主に従事するという方針が明確にされた。

 さらに2015年7月に、中国政府は外貨準備を用いて国家開発銀行に480億ドル、輸出入銀行に450億ドルの資本注入を行った。この結果国家開発銀行の資本金は3067億元から4212億元に、輸出入銀行の資本金は50億元から1500億元に増加し、自己資本比率はそれぞれ11.41%、12.77%となった。今後は両行とも自己資本比率を10.5%以上に維持することが求められることとなった。農業発展銀行についても資本の補充が検討されている。人民銀行の周小川総裁(行長)は、政策性銀行について、盲目的な融資の拡張が問題となっていたが、今後は自己資本比率規制が制約となることによってこの問題は解決したとしている。

 2015年の国務院の改革方針の公表は、政策性銀行の商業銀行化の見直しが行われた結果である。国家開発銀行については、収益を重視しつつ国家の戦略的開発案件に対する融資を行うという開発性金融に主に従事するが、現状株式の上場は行われておらず、更なる商業銀行化の進行は停滞している。また輸出入銀行と農業発展銀行については、収益を重視する商業銀行活動と、政策性金融の両者を行うが、政策性金融を主とするということが示され、商業銀行化の進行は見合わされることとなった。

銀行部門全体の改革の停滞

 8月の本コラム でも述べたように、銀行部門の改革は国有企業改革の一環でもある。そして2015年9月に党中央と国務院が公表した「指導意見」で、国有企業改革は「党の指導を強化」することとされており、必ずしも民営化によるコーポレートガバナンス改革を進める方向とは一致しない。従来の改革の方向が修正されたようにうかがわれる。これは、世界金融危機によって、民営化、市場化というそれまでの改革の方向に疑問が生じたからと思われる。その一つの例が、政策性銀行の改革方針の明確な見直しに表れている。銀行部門の改革は全ての金融改革の前提であると考えられることから、金利の自由化や資本取引の自由化などの金融改革の進展も減速する可能性があろう。

(了)