露口洋介の金融から見る中国経済
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【17-02】資本流出の抑制と資本流入の促進

2017年2月28日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
信金中央金庫 海外業務支援部 上席審議役

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。同年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)など。

 中国では、このところ、「資本流出」を抑制し、「資本流入」を促進する措置が立て続けに採られている。その意味について考えてみよう。

「資本流出」抑制策

 国家外貨管理局は、2017年1月26日付けの通達で、直接投資外貨利潤払出管理政策の完全な執行や、対外直接投資の真実性、適法性の審査の強化などの「資本流出」抑制策を打ち出した。前者は、銀行が企業の5万ドルを超える利潤の対外送金を行う際、取締役会決議など必要な書類をしっかり審査し、また、企業は利益をまず過去の欠損の補填に使用してから対外送金しなければならないことを改めて確認したものである。新しい規制が加わったわけではないが運用の厳格化を求めたものといえる。対外直接投資の審査強化については、企業が対外直接投資を行う際、従来の規定に基づく関連資料を提出するほか、銀行に対して投資資金源、資金用途の状況を説明し、取締役会決議、契約もしくはその他の真実性証明資料を提出しなければならないとしている。

 さらに、同通達では、企業が対外貸付を行う際の金額上限について、従来外貨によるものについては資本金の30%までという制限があったが、制限のなかった人民元対外貸付についても30%を上限とし、外貨建てと人民元建ての対外貸付の上限を一本化した。

「資本流入」促進策

 中国人民銀行は2016年5月から、従来の投注差(認可された総投資額と登録資本金の差額)による対外債務の上限管理規制に加えて、純資産額と同額まで対外借り入れを行うことができる規制を導入した。この規制について、人民銀行は2017年1月13日付で対外借り入れの上限を純資産額の2倍に拡大した。また、前出の国家外貨管理局の通達では輸出企業が貨物輸出を背景に借り入れた国内外貨貸付の元転を許可するなど、元転範囲の拡大を行っており、外貨による「資本流入」を促進する効果が期待できる。

 さらに、昨年10月に商務部が外資系企業の設立を原則許可制から原則届け出制に変更したことも、対内直接投資の自由化であり、資本流入の促進策と位置付けることが可能である。

「資本流出」、「資本流入」の状況

 昨年1月の本コラム で資本の流出の意味について述べたが、もう一度簡単にまとめると次のようになる。中国の国際収支統計も日本と同じくIMFの国際収支マニュアル第6版に準拠したものに移行済みなので、資本取引の状況を示す金融収支には外貨準備増減も含まれている。そのほかに資本移転等収支という項目があるが、これは日本でも中国でも非常に少額なので無視し、誤差脱漏も無視すると、中国では、経常収支が黒字であると、それとほぼ同額、金融収支の符号はマイナスとなり赤字になることとなる。日本では第6版移行時にこの符号を逆にすることになったため、経常収支が黒字であると、それとほぼ同額、金融収支はプラスとなり「純資産の増加」と表現する。中国の国際収支統計では経常収支が黒字であるとかならず金融収支は赤字となる。経常収支に関係する部分以外の資本取引は資本の流入の増減と資本の流出の増減が必ず同額両建てで生じる。中国の対外資産負債残高統計の推移をみると総資産、総負債とも2014年末まで増加しピークとなった後、2015年中は減少傾向にあったが、2016年に入ると再び増加に転じたことがわかる。すなわち、中国では経常黒字の分だけ金融収支は赤字となっているが、それ以外の部分では対外債務と対外債権が両建てで増加していることとなる。

 一方で、金融収支の赤字の内訳をみると、公的外貨準備は減少し(符号はプラス)、外貨準備以外の対外資産が大きく増加している(符号はマイナス)。公的外貨準備は2014年6月末の4兆558億ドルをピークに2017年1月末には3兆895億ドルまで減少した。対外資産負債統計で対外総資産を見ると2014年6月末の6兆3845億ドルから2016年9月末の6兆4913億ドルに増加しているので、これは中国の対外資産が増え続ける中で公的外貨準備から非外貨準備資産に大きくシフトしていることを示している。その背後にある要因は、米ドルが米金利上昇予測を受けてユーロなど他の主要通貨に対して上昇する中、人民元の名目実効為替レートを安定させるために人民銀行が外貨売り人民元買いの為替介入を継続的に実施してきたことにある。

 中国では2014年6月以前も経常収支は一貫して黒字であったから、外貨準備増減も含めた金融収支はそれ以前から現在に至るまで赤字である。従って、外貨準備の増減と金融収支の赤字・黒字とは直接関係がないことがわかる。

中国の政策意図

 典型的な通貨危機の状況では、経常収支は赤字であり、金融収支は黒字となる。国際収支統計上、金融収支の黒字は資本流入とみなされる。一方、対外借り入れに返済圧力がかかり、対外資産負債残高統計でみると資産・負債が両建てで減少していく。このような状況では、当該国通貨の為替レートは低下していくであろうし、それを買い支えるため外貨準備も減少するであろう。前述したとおり、国際収支上の金融収支の赤字・黒字と外貨準備の増減には必然的なつながりはない。

 以上のように見てくると、中国当局が懸念しているのは金融収支の赤字で示される「資本流出」そのものではない。直接的には外貨準備の減少と人民元安の悪循環の発生を懸念しているとみるべきであろう。中国では経常収支が黒字を維持し続けており、典型的な通貨危機の状況に陥る恐れは少ないが、外貨準備の減少を見て市場では更なる人民元安圧力が生じかねないからである。

前出の「資本流出」抑制策や「資本流入」促進策も、人民元を売って外貨に換えて対外送金することや、人民元のままで送金しても送金した先で人民元売りを行って人民元為替レート安要因になることを防ごうとしたり、海外から外貨が国内に流入して人民元転が行われ人民元高要因として作用することを促進しようとしているのである。

 人民元名目実効為替レートは昨年夏以来半年にわたって安定、ないし若干の上昇を示しており、人民元安の状況ではない。中国当局は、このような人民元為替レートの安定維持のため、市場介入を行っている。これによって外貨準備が減少することをできるだけ回避するため、市場における人民元売り・外貨買い圧力を出来るだけ減らすための様々な政策を打ち出しているのである。