【17-06】人民元為替レート決定方式の変更
2017年 6月29日
露口 洋介(つゆぐち ようすけ):日本大学経済学部 教授
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫を経て、2017年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。
5月26日、中国外貨交易センター(CFETS)のホームページにおいて人民元為替レート決定方式の見直しが公表された。今回はその内容を検討することとしたい。
カウンターシクリカル要因の導入
CFETSは「自律機構の事務局が基準値報告に関する問題について記者の質問に回答」と題する文書を、5月26日付でホームページ上に公開した。その中で、人民元の対米ドル基準値の報告銀行が、毎朝の基準値をCFETSに報告するに当たって、カウンターシクリカル要素を組み入れて報告することとなったと述べている。カウンターシクリカル要素(中国語では逆周期因子)とは、プロシクリカル要素(同じく順周期因子)に対するもので、プロシクリカル要素が為替レートの一方向への動きを増幅する要素であるのに対し、それを押しとどめるよう逆方向に作用する要素を意味する。この公表を受けて、人民元の対ドル基準値は5月26日朝の1ドル=6.8698から1週間後の6月2日には6.8070となった。それまでどちらかというと人民元安方向に変化してきた人民元の対ドル基準値が、人民元高方向に振れ、その後も現在までのところ1ドル=6.8を挟んだ小さな動きとなっている。
公表文の概要
公表文の概要を見てみよう。まず、記者の質問に答える形で、カウンターシクリカル要素の組み入れを認めた後、以下のようにこれまでの経緯を振り返っている。
「2015年8月11日、人民元の対米ドル基準値は前日の終値を参考とすることが強調された。2015年12月11日に人民元為替レート指数を公表し、バスケット通貨を考慮する程度を増加させ、人民元がバスケット通貨に対してより安定するようにした。2016年2月からは『前日終値+バスケット通貨レートの変動』による対米ドル基準値の設定方式が開始された。2017年2月には考慮するバスケット通貨の変動について基準値報告前の24時間を対象とする方法から対象時間を15時間に短縮した。これは米ドルの変動が次の日の基準値に二重に反映されることを防ぐためである。」
2016年2月の『前日終値+バスケット通貨レートの変動』による設定方式の採用までの動きは本コラムでもすでに取り上げてきた。2017年2月の措置は、次のような意味である。人民元為替レートが対ドルで人民元安方向に振れやすい状況の中で、ドルが他通貨に対してドル高方向に推移すると、前日の基準値から終値の動きで人民元安方向に動き、さらに前日の基準値から今日の基準値までの24時間のバスケット通貨の動きを反映させた場合、前日終値までの間のドルの他通貨に対する上昇をバスケット通貨の動きとしてカウントすることになる。そうすると前日基準値から終値までの間の米ドル高の動きが翌日の基準値に二重に反映されることになってしまう。この二重計上を防ぐために、バスケット通貨の動きを参考とする対象時間を前日終値以後の15時間に短縮したということである。
次に、今回のカウンターシクリカル要素の導入について以下のように述べている。
「最近、米ドルレートは全体として低下しており、同時に中国の主要経済指標は回復している。為替レートは根本的には経済のファンダメンタルズによって決まるべきである。しかし、米ドルインデックスが大幅に低下する状況において、『終値+バスケット通貨レートの変動』によって定まる人民元の対米ドル基準値は多くの場合、元安方向で推移してきた。中国の外為市場は依然としてプロシクリカルな性格を有している。理性的でない慣性によって突き動かされ、一方向の市場期待を拡大している。これによって市場の需給にゆがみをもたらし、オーバーシュートのリスクを増大させている。」
「工商銀行がリーダーを務める外為市場自律機構為替レートワーキンググループが、(中略)基準値の報告においてカウンターシクリカル要素を増やすことを建議した。その主な目的は市場の情緒的なプロシクリカルな動きを適度に相殺し、外為市場に存在する可能性のある『バンドワゴン効果』を抑制することにある。」
「カウンターシクリカル要素はマクロ経済などファンダメンタルズの変化によって動態的に調整される。(中略)モデルの数値は各報告行がマクロ経済と外為市場の状況に基づき判断して自行で決定する。」
中国人民銀行の意図
新しいカウンターシクリカル要素が具体的にどのように決まるかは不明である。従来の方式である『前日終値+バスケット通貨レートの変動』が元安方向に推移していたのは事実である。ただ、為替レートは基本的には銀行と顧客との取引を反映して変動するという面はあるものの、国有銀行が取引の大部分を支配している為替市場で、人民銀行は銀行を誘導してきたと考えられ、従来から終値を含め為替レートをかなりの程度コントロールしていたと考えられる。今回の措置は、それでも終値が人民銀行の意図せざる方向に動いたときに終値の示す方向と異なった方向に基準値を設定しても外向きに説明がつくようにしたということと考えられる。具体的には6月14日に実施されたアメリカの利上げが事前に想定されていたし、今後も米国金利の上昇が続くと予想されるため、これによって、対米ドルでの大幅な人民元安の動きが生ずることを避けたいということが直接的な要因と思われる。また、人民元為替レートは従来からバスケット通貨に対して安定的に運営されてきているが、今後も対米ドルでの急激な動きを回避しつつ、バスケット通貨に対する安定を維持して行くものと考えられる。
もうひとつ注目すべき点は、今回の公表文の公表主体が外為市場自律機構の事務局とされていることである。これまで為替レート決定方式の見直しは、中国人民銀行の措置として発表されてきた。今回の措置は、同機構に設けられた工商銀行をリーダーとする為替レートワーキンググループにおいて、参加銀行が話し合って、自主的に決定したという体裁をとっている。外為市場自律機構は2016年6月に設立された。2016年7月の本コラム で、銀行の預金・貸出金利が市場金利設定自律機構という銀行間の組織によって自主的に定められるという形をとり、人民銀行による規制ではないという体裁をとりながら事実上規制が継続されているということを述べた。同コラムの最後の部分で、外為市場についても類似の自律機構が設立されたことに触れた。そして、人民元為替レートについても金利の場合と同様、「形式的にはより弾力化した方式に移行しながら、実態的には当局がこの機構を使って間接的にコントロールするということが行われるかもしれない」と指摘したが、今回それが現実になったわけである。今後も中国の金融分野では、業界による自主的申し合わせという形で事実上様々な規制が実施されるものと見られる。