露口洋介の金融から見る中国経済
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【17-10】党大会時の金融当局者の発言

2017年11月21日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
日本大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫を経て、2017年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 中国共産党第19回全国代表大会が10月18日から24日の間、開催された。開催期間中の10月19日に、金融当局者が記者の質問に答えた。その内容についてみてみよう。

人民元為替レート

 人民銀行の周小川行長、銀行業監督管理委員会の郭樹清主席などが記者の質問に答えた。人民銀行のウエブサイトで公開された周行長の質疑応答の内容を見ると、まずブルームバーグの記者が「市場では人民元変動幅拡大の観測があり、現在は変動幅拡大のよいチャンスではないか」などとして、人民元レートのいっそうの弾力化、資本取引の自由化、人民元の兌換性の向上について質問した。これに対して周行長は、まず「為替レートの変動相場制への移行や人民元の兌換性の向上についてはこれまで長足の進歩を遂げてきたが、まだその過程は終わっていない」としたうえで、「党大会での習近平総書記の報告の中でも対外開放と競争メカニズムの導入が強調されており、さらにそのようなプロセスを進めていかなければならないことに疑いはない」としている。そして。上海と香港、上海と深圳の株式市場のリンクや香港と中国本土の債券市場のリンク、一帯一路、金融市場への参入緩和などを挙げ対外開放が順調に進んでいることを指摘した。

 一方、人民元為替レートの変動幅の拡大については「現在最も緊要な案件ではない」とし、「現在の変動幅によって為替レートの変動が制約を受けることは非常にまれになっており、為替レートは基本的に市場の需給関係で決まっている。もちろん為替レートの変動幅を拡大することは、時には開放の拡大を意味し、為替レート制度の改革の前進を示すことに役立つ。しかしながら、為替レートの変動幅拡大は現時点での最も関心の高い重点事項ではない」と当面の変動幅の拡大を明確に否定した。

2つの柱

 今回の党大会の習総書記の報告で「金融政策とマクロプルーデンス政策を2つの柱とするコントロール」を十全に行うことが挙げられている。記者から二つの政策の内容についての質問があり、それに答えて周行長は「金融政策は世界金融危機の後、その手段がより豊富になった」、「世界金融危機以降マクロプルーデンス政策が重要となった」と説明している。そして「マクロ経済にはプロシクリカルな要素が多く一方向への推進力が大きすぎる場合があるので、カウンターシクリカルな政策措置が必要」とも述べている。また、人民銀行の易綱副行長は、記者との討論会で「中国のマクロプルーデンス政策は①2011年に導入した差別的預金準備制度を2016年にグレードアップしたマクロプルーデンス評価システム(MPA)によってカウンターシクリカルな調節を行うこと、②クロスボーダーの資金の流出入をMPAの対象に組み入れること、③不動産市場に対するマクロプルーデンス政策を強化することの3つの施策を主要な内容とする」、と述べている。

金融システムリスクの防止

 習総書記は党大会報告の中で「金融システムリスクを生じさせないという最低ラインを守る」と表明しており、金融当局は金融システムリスクを防止することに最大限の努力を払わなければならない。この点について記者から問われ、周行長は、「資産価格の急激な調整によって生ずるリスクを防止しなければならない。資産バブルは資本市場、不動産市場で発生する可能性があるほか、シャドウバンクやデリバティブ関連でも生じうる。それに加えて計画経済から市場経済へ移行中の国では、金融機関の不良債権が非常に大きい可能性が高く、少なからぬ移行国において移行過程で多くの金融機関が破たんしたり、外国資本に売り渡されたりしている。これも金融システムリスクの一つである」と述べている。そして、「経済におけるプロシクリカルな要素が多く、周期的な波動を大きくして問題を累積させ、ある時点で急激な調整が生じるような事態を、重点的に防止しなければならない」と指摘した。

 銀行業監督管理委員会の郭主席は、「党大会以後、金融監督は全体的趨勢としてより厳格にしていく方向であり、法規を厳格に執行する。銀行業の将来は明るく、リスクは防止でき、問題も解決できるだろう」と述べている。

今後の展望

 今回の金融当局者の発言に共通するのは、党大会における習総書記の報告で示された「金融監督管理体制を完備させ、金融システムリスクを生じさせないという最低ラインを守る」という指示がベースにあるという点であろう。もちろん習総書記の報告の中では、「金融体制の改革を深化させる」とか、「金利と為替レートの市場化改革を深化させる」との表現もあり、改革を進めることも指示されているが、最低ラインとされている以上、金融システムの安定を守ることが最優先課題である。金融当局者の発言からも党大会が終わったからといって改革を進めるということではなく、当面は安定を重視していくという方針が伺える。

 まず、人民元為替レートのいっそうの弾力化について、市場でそういう観測が高まっていたが、周行長は当面これを明確に否定した。この発言は額面どおりに受け取ってよかろう。人民元為替レートの変動幅の拡大や、変動相場制への移行は金融機関や企業の経営リスクを高める方向に作用するからである。外貨準備の変動や金融政策面の影響というコストを甘受しながら、当面バスケット通貨に安定的に連動させるかたちで、対ドル、対ユーロなど個別通貨との変動幅は拡大せず運用していくことになるだろう。

 マクロプルーデンス政策については、マクロプルーデンス評価システム(MPA)によって運営される。このシステムについては2016年6月の本コラム において取り上げた。そこで説明した7つの評価分野に加えてクロスボーダーの資金の流出入が加わったことになる。ここでは、当局の基準に沿わない行動を取った銀行に対して準備預金制度の準備率を引き上げる差別的準備預金制度という罰則が用意されており、海外との資金流出入も含めて銀行に対する政府のコントロールが強化されそうである。

 それは、金融システムリスクに関する質問に対し、銀行業監督管理委員会の郭主席が、党大会終了後、銀行に対する監督管理をより強化していくと回答しているところにも表れている。

 中国ではリーマンショック後の先進国経済の混乱を見て、従来の市場経済への改革の動きを見直し、党や政府の役割を重視する方向に転換している。党大会までは、中国は経済の安定を確保する必要があり、党大会終了後は市場経済に向かう改革が進み始めるという見方もあるが、少なくとも金融関連分野については、党大会終了後も金融システムの安定を重視し、金融機関に対する政府のコントロールが強化される方向にあると見るべきであろう。

(了)