【18-04】金融業の対外開放と準備率の引き下げ
2018年 4月27日
露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
帝京大学経済学部 教授
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。
中国の金融界では、4月に、金融業の対外開放の具体策の発表と、預金準備率の引き下げが行われた。それぞれについて概要を見ていきたい。
金融業の対外開放
4月10日、習近平国家主席が博鰲(ボアオ)アジアフォーラムでスピーチを行い、その中で金融業について、昨年末に公表した銀行、証券、保険の外資比率の拡大措置を実施に移すことや自動車産業の外資比率規制の緩和などを行うことを公表した。
これを受けて、翌11日、同じフォーラムで中国人民銀行の易綱総裁が、金融業の対外開放について以下の具体的措置とスケジュールを発表した。
(1)数か月以内に実施するもの
- 銀行と資産管理公司の外資持ち株比率制限の撤廃。外資銀行が支店と子会社を同時に設立することを認める。
- 証券会社、基金管理会社、先物取引会社、人身保険会社などの外資持ち株比率制限を51% に引き上げ、3年後には撤廃する。
- 合弁証券会社の国内株主の一社は証券会社であることを要求する制限を撤廃する。
- 香港と上海、深圳の証券取引所間のストックコネクトの毎日の取引限度額を5月1日から4倍にする。上海株、深圳株への投資限度は130億元から520億元に、香港株への投資限度は105億元から420億元に拡大する。
- 保険代理業等への外資の導入の認可。
- 外資保険ブローカー会社の業務範囲制限を撤廃し中資系と同一にする。
(2)今年末までに実施するもの
- 信託、金融リース、オートファイナンス、マネープローカーなど銀行関連金融業務への外資導入推進。
- 新たに商業銀行が設立する金融資産投資会社と理財会社の外資持ち株比率の制限を撤廃する。
- 外資系銀行の業務範囲の拡大。
- 合資証券会社の業務範囲を中資系と同一にする。
- 外資系保険会社は設立前に2年間駐在事務所が必要という制限を撤廃。
このほか、2018年内に上海―ロンドン・ストックコネクトを実現する。
以上のうち(1)①は、中資系の銀行については外資の持ち株比率は25%までと制限されていたが、その制限を撤廃するというものである。
(1)②の証券会社と保険会社は、従来外資の持ち株比率がそれぞれ49%、50%に制限されていたものを、3か月以内に51%として外資が過半数を占めることを認め、さらに3年後には外資100%も認めるということである。
(1)④のストックコネクトは、香港の投資家が香港証券取引所を通じて上海証券取引所や深圳証券取引所に上場されている株に投資することができ、逆に中国の投資家は、上海証券取引所や深圳証券取引所を通じて香港証券取引所に上場されている株に投資することができるというシステムである。香港から上海、深圳への投資限度額、上海、深圳から香港への投資限度額が設定されているが、これが4倍に拡大される。
また、(2)の最後に「このほか」として付け加えられた「上海―ロンドン・ストックコネクト」は、(1)④の香港と上海などとのストックコネクトと同様、上海証券市場とロンドン証券市場を通じてそれぞれの国の投資家が相手国の株式に投資することを可能とするものである。
中資系銀行への外資の出資制限の撤廃や、証券会社や保険会社などへの外資の出資制限の緩和は、すでに昨年11月に公表されていた内容である。これらの具体的実施時期が、今回のタイミングで公表された背景には、3月23日にトランプ大統領が発動した鉄鋼、アルミに対する関税引き上げに端を発した米中貿易戦争がエスカレートしないように対外開放の姿勢を打ち出したという事情があるものとみられている。
ちなみに、習近平国家主席のスピーチにあった、自動車産業の外資比率規制の緩和については、国家発展改革委員会が4月17日に、ハイブリッドを含む新エネルギー車については2018年中に出資制限を撤廃し、乗用車については2022年に撤廃するというスケジュールを公表した。これもアメリカ向けのメッセージとみられる。
これらの措置を資本取引の自由化という観点からみると、外資の出資規制の緩和や撤廃は、直接投資のごく一部についての緩和に過ぎないことに注意が必要である。ストックコネクトの投資限度額の拡大は資本取引の金額を増やす効果があるが、依然として上限が設けられていることには変わりがない。今回の措置は、対象となったそれぞれの業界にとっては、中国における活動範囲が広がるなど相応の意味があると思われるが、資本取引の自由化という面での効果は非常に限られているとみるべきである。
預金準備率の引き下げ
中国人民銀行は、4月17日に、大型商業銀行、株式制商業銀行、都市商業銀行、非県域の農村商業銀行、外資銀行について、預金準備率を1%引き下げ、4月25日から実施すると公表した。同時に、この準備率引き下げによって解放される資金を使って、これらの銀行が人民銀行から借り入れている中期貸出ファシリティ(MLF)を同日付で返済するように求めた。
適用される預金準備率は銀行の種類によって異なるが、今回の引き下げによって大型商業銀行の預金準備率は基本的に16%となる。
本件措置と同時に人民銀行の責任者のコメントが公表された。それによると、4月25日に返済されるMLFは約9000億元であり、準備率引き下げによって解放される資金総額1兆3000億元との差額は4000億元となる。すなわち、解放された資金の過半は同時に吸収されることとなっている。さらにそれ以外の大部分についても4月中・下旬の納税期の資金不足に対応したものであり、銀行システムの流動性総量は大きく増加しない。従って穏健中性の金融政策という現在の方向性は不変であるとされている。
一方、今回の措置が取られた理由について人民銀行はまず、MLFの返済によって、銀行の金利収支は総体として改善し、融資コストが低下するため、より長期の資金の供給が可能となると述べている。これは、法定準備預金には人民銀行から1.62%の金利が支払われるが、MLFの借入金利は3.25%であるからである。次に、多少なりとも増加する資金は中小・零細企業への低コストの貸出原資となる。人民銀行は銀行に対し増加した資金を主に中小・零細企業向け貸出に使用し、これら企業の借り入れコストを低下させることを求める。この要求の達成度は銀行に対するマクロプルーデンス評価に組み入れると述べている。
以上をまとめると、今回の預金準備率引下げの措置は中小・零細企業向けという特定の分野の借り入れ難に対する措置であり、全体的に金融緩和を行う措置ではないということになる。
しかし、一方で銀行間市場金利の動向をみると2か月から1年の期間の金利が本年3月下旬ころから急低下している。そこには人民銀行の意向が働いていると見られるため、やはり今回の措置は金融政策を全体として緩和方向へ微調整するものであるとみるべきであろう。