【18-05】中国の債務問題再説
2018年 5月30日
露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
帝京大学経済学部 教授
略歴
1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。
2016年11月の本コラムで中国の債務問題を取り上げた。その後の動きに関し、本年5月に、中国人民銀行の見方が示されたので、この問題についてもう一度取り上げてみたい。
データの動き
以前のコラムでも述べた通り、中国の債務問題をみるとき、IMF(国際通貨基金)やBIS(国際決済銀行)は民間非金融部門の債務総額の対GDP比率とそのトレンドからの乖離(Credit to GDP gap)の大きさに注目している。各国についてこれらの統計を作成・公表しているBISのウエブサイトをみると、中国の民間非金融部門の債務総額の対GDP比率は2015年末に201.6%、2016年末に210.8%、2017年3月末に211.1%に達したが、その後減少に転じ2017年9月末では210.5%となっている。
ちなみにこれに政府部門の資金調達も加えた非金融部門の同比率をみても2015年末に243.3%、2016年末に255.3%となった後、2017年9月末には256.8と従来の増加ペースが減速している。
このような動きを受けて、民間非金融部門の債務総額の対GDP比率のトレンドからの乖離(Credit to GDP gap)も、2015年末の27.2%から2016年3月末に28.9%のピークを記録した後、縮小に転じ2017年9月末には16.7%まで低下してきている。
中国人民銀行は5月11日に2018年第1四半期の金融政策執行報告を公表した。その中に「中国のマクロレバレッジ比率の新たな変化」というコラムが設けられている。ここでいう「マクロレバレッジ比率」は非金融企業部門、政府部門、家計部門の債務残高合計の対GDP比率と定義されており、BISの統計の非金融部門債務総額の対GDP比率とほぼ同じものと考えられる。同コラムでは、この比率が2012年から2016年まで毎年平均13.5%ポイント増加していたが、2017年には増加速度が明らかに減速し、一年間で2.7%ポイントの上昇にとどまり2017年末に250.3%に達したと指摘している。そのうち、企業部門の比率は2012年から2016年の間、毎年平均8.3%ポイント増加してきたが、2017年には2011年以来初めて減少に転じ、0.7%ポイント減少して159%となった。政府部門の比率は2012年から2016年の間、毎年平均1.1%ポイント増加してきたが、2017年には0.5%減少して36.2%となった。家計部門は2012年から2016年まで毎年平均4.1%増加してきており、2017年には4%ポイントの増加で55.1%となった。
ここでいうマクロレバレッジ比率は、BISの非金融部門債務の対GDP比率と数値自体ほぼ一致しており、増加速度の減速傾向も整合的である。
債務増加速度減速の要因
人民銀行のコラムでは、従来レバレッジ比率が急速に上昇した背景として、貯蓄率が高いわりに株式市場が発達していなかったことから債務が拡大したことや、金融監督制度の整備が追いつかない間にシャドーバンク経由の資金調達が拡大したこと、地方政府の資金調達機関である地方融資プラットフォームや(地方政府管轄下の)国有企業が政府の機能の一部を代替し企業部門のレバレッジ比率を上昇させたことなどを挙げている。
これに対して、2017年に入ってレバレッジ比率の上昇が減速した要因としては以下を指摘している。
①企業収益、財政収入、個人所得が、供給側構造改革の進展や世界経済の回復を受けて比較的早い速度で増加し、これが債務の増大抑制につながったこと。2017年に一定規模以上の工業企業の利潤は前年比21%増加し、増加率は前年を12.5%ポイント上回った。財政収入も前年比7.4%増加し、増加率は前年を2.9%ポイント上回った。また全国の一人当たり可処分所得は実質7.3%増加し前年の増加率を1%ポイント上回った。
②穏健で中立的な金融政策の結果として、マネーと貸出の適度な増加が実現したこと。金融システム内部のレバレッジが抑制されたこともあって、2017年にM2は前年比8.1%の伸びと、前年の11%程度の伸びから伸び率を縮小した。これは、経済全体の適度な成長を下支えする一方で、経済全体のレバレッジを穏やかに抑制することに役立った。さらに政府は委託貸付やオフバランス融資などについて、レバレッジの抑制と規制管理の強化を進めており、これらの増加速度も大きく減速した。
③地方融資プラットフォームを通じた資金調達に対する地方政府の保証行為に対する規制が強化されたことから、融資プラットフォームや地方の国有企業の債務増加が抑制されたこと。2017年に国有企業の借り入れと債券発行残高の対GDP比率は前年と比べて2.3%ポイント増加したが、増加速度は2012年から2016年平均より1.5%ポイント低くなった。
どのように評価するか
BISによると、Credit to GDP gapが10%を超えてくると、3年以内に債務総額が急速に縮小する過程に転じる可能性が大きいとしており、このような状況はバブルの生成と崩壊を示す可能性が高い。以前のコラムで、中国の債務総額の拡大が続いており、将来的に債務不履行の集中によるバブル崩壊のような状況が生じて債務総額が縮小に転ずる可能性は高いが、銀行部門が債務超過に陥る可能性は小さく、政府も様々な対応を講じているため、そのインパクトは日本のバブル崩壊やリーマンショックなどと比べると限定的ではないかと指摘した。中国の民間非金融部門の債務総額の対GDP比率のトレンドからの乖離(Credit to GDP gap)は、このところ急速に縮小しており、債務総額そのものも縮小に転じてきている。中国ももしかするとバブル生成後の崩壊過程にすでに入っているのかもしれない。
一方で、政府部門も含めた非金融部門全体の債務総額は伸び率を縮小しながらも、依然として増加を続けている。この傾向が続けば全体としてみるとトレンドからの乖離であるCredit to GDP gapを縮小させつつソフトランディングする可能性も十分ありうる。
IMFが昨年12月に公表した中国の「金融部門安定性評価レポート」(Financial System Stability Assessment)では、中国の銀行部門についてストレステストを行い、かなり極端な過程を置いた場合でも、大銀行の自己資本比率は十分な水準を維持し続けるが、中小銀行は不十分な水準に落ち込むので、自己資本の充実が必要であると指摘している。一方、同レポートの最後には人民銀行からIMFに出向中の金中夏・中国代表理事のコメントが掲載されている。金代表は、「かなり極端な仮定を置いたストレステストによっても、中小銀行は債務超過には陥らない結果となっている。また人民銀行は、流動性の問題がシステミックリスクの引き金を引くことは許さない方針である」と述べている。
中国人民銀行のコラムでは、今後もしばらくの間は、金融監督の強化など先述した債務総額の伸びの減速の要因が存在し続けるため。非金融部門の債務総額の増加の減速とCredit to GDP gapの低下が続き、マクロレバレッジ比率は穏やかに低減していくものとみている。もちろんそれがバブルの崩壊のような状況につながる可能性もあるかもしれない。しかし、銀行部門の対応余地が十分存在し、人民銀行など政府部門も金融システムの安定を最優先とするという基本政策の下、規制・監督を強めながら流動性の供給には万全を期するという対応方針であることから、そのインパクトはやはり限定的なものにとどまるのではなかろうか。
(了)