露口洋介の金融から見る中国経済
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【18-06】日中金融協力の再開

2018年 6月29日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 2018年5月9日、安倍首相は訪日した中国の李克強総理と日中首脳会談を行った。この会談の中で、日中金融協力についても取り上げられ、2012年秋の尖閣国有化問題以来停止状態にあった金融協力が再開されることとなった。

日中金融協力

 日中金融協力については2014年10月の本コラム でも取り上げた。2011年12月に当時の野田総理が北京を訪問し温家宝総理と会談して「日中両国の金融市場の発展に向けた相互協力の強化」について合意した。その内容は以下の5点である。

① 両国間のクロスボーダー取引における円・人民元の利用促進

② 円・人民元間の直接交換市場の発展支援

③ 円建て・人民元建て債券市場の健全な発展支援

④ 海外市場での円建て・人民元建て金融商品・サービスの民間部門による発展慫慂

⑤ 上記分野における相互協力を促進するため、「日中金融市場の発展のための合同作業部会」の設置

 このうち、①、②を実現するため、2012年6月1日に東京、上海両市場で同時に銀行間外国為替市場における円と人民元の直接交換取引が開始された。しかし2012年9月に行われた尖閣国有化によって日中関係が悪化した。中国は、その後、アジアや欧米各国との間で金融協力協定を結び、その中で直接交換取引の実施は重要な要素となった。その他にも中国は各国との間でお互いの通貨の間の通貨スワップ協定の締結、相手国における人民元クリアリング銀行の設置、人民元建て適格外国機関投資家制度(RQFII)の投資枠の設定などを行ってきた。この間、日中間の金融協力については、2015年6月に東京市場で三菱東京UFJ銀行とみずほ銀行が人民元建て債券を発行するという進展は見られたものの、事実上停止状態にあった。

日中金融協力の再開

 今年5月の李克強総理の訪日によって、日中間の金融協力は再び動き始めた。安倍総理との会談において、金融協力について以下の項目が決定された。

① 中国は日本に対し2000億元の人民元建て適格外国機関投資家制度(RQFII)枠を付与。

② 人民元クリアリング銀行を日本に設置。

③ 円―人民元通貨スワップ協定の締結に合意。

④ 中国は日系金融機関への債券業務ライセンスの付与、日本の証券会社等の中国市場参入に関する認可申請を効率的に審査することを約束。

これらの決定に、金融協力に関し従来懸案となっていた事項はほぼすべて含まれている。①~③については中国がアジアや欧米各国と締結した金融協力協定のレベルに並ぶものであり、それに加えて、新たに④も合意されたことになる。

 人民元建て適格外国機関投資家制度(RQFII)は、中国当局によって適格機関投資家に認定された海外の投資家が人民元を使って中国に送金して中国国内の人民元建て証券に投資することが許される制度である。2017年9月末で18か国に合計17400億元の枠があたえられている。日本の2000億元の枠は香港の5000億元、アメリカの2500億元に次ぐ大きさである。日本において人民元を活用したビジネスが活発となり、人民元の国際化に貢献するとともに、日本の金融機関のビジネス拡大にもつながる。

 クリアリング銀行は、従来はオフショア人民元の中国本土との送金経路と定められていた。2015年10月に人民元のクロスボーダー銀行間決済システム(CIPS)が稼働したことによって、同システム経由で中国本土との間でオフショア人民元の受払を行うことが可能となったため、相対的に重要度は低下した。しかし、中国当局からクリアリング銀行に認定され、中国本土の店舗から容易に人民元の供給を受けることのできる銀行には、所在地の人民元の決済口座が集中しやすく、人民元の送金・決済をより安全・効率的に実施できる。

 通貨スワップ協定は、人民元サイドで見ると、協定の相手国で人民元が不足し、人民元決済が滞る恐れが生じた場合に、相手国の中央銀行が自国通貨を中国人民銀行に提供し、替わりに人民元を受け取って、自国銀行に貸付けるなどして人民元を供給することを可能とする協定である。2017年6月末で33か国・地域と総計3兆660億元相当の協定を締結している。これらのスワップ協定は「貿易投資を促進すること」を目的として締結されている。日本は、ASEANと日中韓3か国の間でアジア通貨危機への対応として合意されたチェンマイイニシアティブの下で、2002年3月に中国との間で30億ドル相当の円・人民元の通貨スワップ協定を締結した。同協定は中国にとって人民元を使用した最初の通貨スワップ協定であった。しかし同協定の目的は国際収支危機など混乱が生じた場合に金融為替市場を安定させるために短期の流動性供与を図ることが目的であり、上記の中国が各国との間で締結した通貨スワップ協定とは性格が異なるものであった。さらに日中間の同協定は2013年に満期を迎えた際に継続されずに失効した。今後、新たな形で日中間の通貨スワップ協定が締結されることとなろう。

東京市場の活性化

 日本としては、中国との金融協力の進展によって円の国際化や東京市場の活性化を図ることが重要である。東京市場において人民元取引が活発化し、円・人民元直接交換が拡大すれば、円の国際化にも貢献する。そのために実現すべき課題の一つとして人民元など外貨の資金と証券の決済システムの整備が挙げられる。現在、東京市場では外貨建て証券を売買した場合に証券の受け渡しと、資金の決済を同時に行うこと(Delivery versus Payment:DVP)ができる決済インフラが整備されていない。DVPは証券取引における国際標準であり、これが実現できないと、外貨建て証券を安全かつ効率的に取引することが困難である。2015年6月にみずほ銀行が東京で人民元債を発行した際、東京証券取引所の東京プロボンド市場に上場したが、ベルギー所在の証券決済システムであるユーロクリアに証券を預託し、DVPが可能となるようにした。今後設置されるクリアリング銀行に日本の広範な企業や投資家が人民元の決済口座を保有することとなれば、クリアリング銀行が東京における人民元の決済銀行となりうる。人民元の十分な調達能力を持ち、広範な投資家の口座を集中できる銀行であれば、クリアリング銀行でなくとも東京市場における人民元決済銀行になることは可能である。しかし、現実的には中国当局からクリアリング銀行と認定された銀行が緊急時の人民元の調達にも優位性を持つと考えられるので、決済銀行として有望であろう。

 この人民元の決済銀行と証券保管機関のシステムをリンクすることによって、東京市場において人民元建て証券と人民元資金のDVPを行うことが可能となる。

 人民元などアジア通貨を中心に東京に外貨資金決済システムを構築し、証券保管機関との間でDVPを行うことが可能とすることによって、東京において様々な通貨建ての取引が拡大し東京市場の活性化が進むことが期待できる。今後の検討を期待したい。

(了)