露口洋介の金融から見る中国経済
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【18-07】金融政策の転換

2018年 7月31日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 中国の金融政策の方向性については、本年4月の当コラムで、4月に行われた預金準備率の引き下げに関して緩和方向へ微調整が行われたとみるべきであると指摘しておいた。7月23日に李克強総理主催で開催された国務院常務会議において、それまでの穏健中性の金融政策から穏健な金融政策という表現に変更し、金融政策を緩和方向に転換したことが明らかとなった。

従来の引締め方向の金融政策

 2015年末に中国政府はサプライサイド構造改革政策の中核として「三去一降一補」を提示した。過剰生産能力の解消(去産能)、不動産在庫の解消(去庫存)、過剰債務の解消(去杠杆)、ビジネスコストの引き下げ(降成本)、経済・社会の脆弱な部分の補強(補短板)を指す。2016年末ごろから、金融システム安定化が経済運営の最重要課題として浮上してきた。2016年12月に開催された中央経済工作会議で習近平国家主席は「金融リスクの抑制にさらに重要な位置づけを与える」と述べ、金融リスクの抑制の中で過剰債務の解消(デレバレッジ)が大きな要素となった。さらに同じ中央経済工作会議において、金融政策について「穏健中性」と表現し、それまでの「穏健な金融政策」から引き締め方向への転換を示した。

 このように2017年は債務の拡大抑制が最大の課題であった。2017年1月以降、上海銀行間市場オファード金利(SHIBOR)がすべての期間において急上昇しているが、これは、人民銀行の金融政策引き締めのスタンスをよく示している。このような金融政策の引き締め姿勢や、伝統的な人民元預金―人民元貸出のチャンネル以外のシャドーバンクを通じた資金の流れに対する規制強化によって、民間非金融部門債務の伸びは低下している。民間非金融部門が銀行部門だけでなく様々な経路で調達した資金の総額を示す「社会融資総額」の残高の推移をみると、2016年末には156兆元、前年比12.8%増加、2017年末には174兆7100億元、同12.0%増加、2018年6月末には183兆2700億元、同9.8%増加と伸び率が大きく低下してきている。また、国際決済銀行(BIS)が各国について試算している民間非金融部門に対する信用供与総額の対GDP比率をみても、ピークの2017年3月末の256.3%から2017年末には255.7%と減少に転じているし、同比率のトレンドからの乖離を示すCredit to GDP gapもピークの2016年3月末の28.9%から2017年末には12.6%へと急速に低下した。

 このように2017年初から2018年春先までは、それ以前の緩和気味の金融政策から引き締め方向の金融政策に転じた時期であった。

引締め方向から緩和方向への転換

 本年4月17日に人民銀行は預金準備率を1%引き下げ大手銀行で16%とした。人民銀行の公表文によると、預金準備率の引き下げによって解放された資金は、人民銀行の銀行に対する資金供与手段である中期貸出ファシリティの返済に充てるように指示したため、流動性の量という意味では中立的であり、穏健中性の金融政策を変更したわけではないとされていた。しかし、解放された資金は完全には吸収されておらず、さらにSHIBORの特に1か月以上の期間のターム物が3月半ばから急低下しており、これが人民銀行の金融政策スタンスを反映した動きとみられる。この時期、債務抑制が予想以上に進みすぎ、景気に対する悪影響が心配されるようになったことから、事実上金融緩和への微調整が行われていたとみるべきであろう。

 続いて、6月24日人民銀行は、7月5日から再度預金準備率を0.5%引き下げることを発表した。大手銀行で預金準備率は15.5%になった。人民銀行の公表文では5大銀行と12の株式制銀行は解放された資金を使って貸出を株式に転換するデットエクイティスワップを行うよう指示しており、さらにそれ以外の銀行については零細企業への貸出に使用して零細企業の借入の困難と借入コスト高という問題の解消に努めるよう指示している。そして穏健中性の金融政策には変更はないと表明している。

 しかし、どのように使用されようと、解放された資金が金融市場に供給されることは間違いない。さらに人民銀行の発表に先立つ6月半ばからターム物SHIBORが再び大幅に低下している。米中防衛摩擦の激化など先行きの景気に不確実性が増したこともあって、景気の下支えのため、事実上金融緩和政策を強化したとみるべきであろう。

 そして、7月23日に李克強総理主催の国務院常務会議において、積極的な財政政策をさらに積極化することと合わせ、金融政策については穏健な貨幣政策において引き締めと緩和を適度なものにするという表現となった。引き締め気味の金融政策を表す「穏健中性」から「中性」が取れて、ここに至って緩和政策への転換が明確にされたわけである。

人民元安と金融政策

 金融政策との関連でもう一つ注意すべきは、人民元為替レートの動向である。人民元の為替レートは「市場の需給を基礎に、バスケット通貨を参考に調整される、管理された変動相場制」に従ってコントロールされている。この制度は導入された当初の2005年7月から、基本的にはシンガポールの為替相場のコントロール方式をモデルに運営されてきている。シンガポールでは、金融政策は為替レートの変動の仕方を変えることにより行われている。金融引き締め時にはシンガポールドルの為替レートをバスケット通貨に対して上昇方向でコントロールし、金融緩和政策時には、為替レートのバスケット通貨に対する上昇の仕方を引き下げていくという方法が取られている。

 人民元の為替レートの動きをみると、6月の半ば以降対米ドルでの人民元安が目立っており、今年一月の水準より大幅に人民元安の水準に低下している。これは米中貿易摩擦に対応するための動きとも言われている。一方バスケット通貨に対する動きを示す人民元名目実効為替レートの動きでみると、対米ドルでの動きほどではないがやはりこのところ大幅に低下している。

 少し詳しく見ると、人民元の名目実効為替レートはBISの試算でみても、中国外貨交易センター(CFETS)が公表しているCFETS指数でみても、2015年夏までの上昇し過ぎの修正が終わった2017年5月を底に上昇を続けていた。これは2017年の金融引き締め政策に対応したものとみられる。その上昇が本年5月には停止し、しばらく横ばいに推移した後、6月半ばから大きく低下している。これがある程度許容されるバンドの範囲の動きなのか否かはもう少し時間がたってみないと判断できないが、金融政策の変更と連動した動きである可能性がある点には留意が必要である。もちろん、金融緩和政策を実施すれば結果として為替レートが減価することがあるであろうし、また、景気対策として輸出振興のために通貨安政策をとっているという面もあろう。しかし、中国では金融政策と名目実効為替レートの動きがもう少しシステマティックに連動している可能性があるのである。

(了)