露口洋介の金融から見る中国経済
トップ  > コラム&リポート 露口洋介の金融から見る中国経済 >  File No.18-09

【18-09】人民元国際化と人民元売買範囲の拡大

2018年 9月28日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 2018年9月7日、中国人民銀行はクロスボーダー人民元売買業務の業務範囲を拡大することについて、責任者の説明を公表した。今回はかなりテクニカルなトピックであるが、人民元の国際化に関して重要な論点であるので、この施策について考えてみたい。

決済と売買

 今回公表された文章は「中国人民銀行の関係責任者が人民元売買業務の整備に関する問題について記者の質問に答える」と題されたものである。これは2018年6月に公布された「中国人民銀行の人民元売買業務管理整備に関する問題についての通知」の内容を説明するものである。

 クロスボーダー人民元決済は2009年7月に可能となった。それまで、中国では、海外との取引について、人民元を海外送金することによって決済することはできなかった。貿易取引など経常取引についても海外との間の送金はドルなどの外貨で行い、中国国内で外貨と人民元の交換が行われていた。

 2009年7月に、米ドルへの過度の依存から脱却するためにクロスボーダー人民元決済が認められた。当初は、人民元で決済できる取引は貨物貿易取引に限られていたが、2010年6月にはサービス貿易や所得収支、経常移転収支など、経常収支全体まで対象範囲が拡大された。

 ところが、2010年12月に、まず香港において、人民元クロスボーダー決済の参加銀行がクリアリング銀行との間で人民元を売買できるのは3か月以内に決済される貿易取引についての売買に限るという規制が公布された。クリアリング銀行とは中国本土において海外銀行の人民元決済を処理する代理銀行の機能を中国本土外において果たす銀行である。

 次に、2011年6月に中国人民銀行は中国本土内の代理銀行に対して、海外の参加銀行との間の売買を同じく3か月以内に決済される貿易取引に関するものに限るという通達を公布した。この通達は、当時若干の混乱をもたらした。というのも、これに先立つ2011年1月に、中国人民銀行は対外直接投資を人民元建てで行うことを認め、中国の銀行が海外の直接投資先企業に人民元建てで貸出を行うことも認めていたからである。経常取引だけでなく資本取引の一部まで海外と人民元決済のできる範囲を拡大したわけであるが、これに対して2011年6月の通達は、こうした動きと逆行するものであるという見方が生じた。しかしこれは送金決済可能な取引の範囲と売買可能な取引の範囲を混同したものである。この規制は海外の銀行が中国本土内の銀行との間で人民元を売買できる取引の範囲についての規制であり、中国と海外の間で人民元を使って送金決済できる取引の範囲についてのものではないからである。

 2010年6月に、中国と海外との間で人民元を送金して決済することができる取引の範囲が経常収支全体の取引項目に拡大された時点では、香港や海外の参加銀行がクリアリング銀行や中国本土内の代理銀行との間で人民元を売買できる取引の範囲も経常収支全体の取引項目で、両者は一致していた。この人民元売買可能な取引の範囲が香港では2010年12月以降、それ以外の海外では2011年6月以降3か月以内に決済される貿易取引に制限されたのである。

 その後、2011年10月には人民元建ての対内直接投資や対外借り入れの手続きが定められ、人民元によって決済可能な取引範囲はさらに拡大した。こうした3か月以内に決済される貿易取引以外の経常収支取引や対内直接投資などの場合、海外で中国に送金するための人民元は、中国本土の銀行から買い入れるのではなく、香港など本土外にある銀行から買い入れて、送金に利用することとなる。その原資となる人民元は、中国が輸入代金の支払いや対外直接投資のために本土外に支払った人民元など、合法的に送金されて本土外に滞留していた人民元である。

人民元売買規制の意味

 このように海外との間で人民元の売買可能な取引範囲が厳しく制約された理由は、海外における人民元売買が自由に行われることによって中国国内の経済状状況に与える影響を抑制することにあると思われる。海外の銀行が、中国本土の銀行との間で大規模な人民元買い、米ドル売りを行った場合、中国国内に米ドルが流入し、中国本土内銀行は為替リスクを回避するためにこの米ドルを銀行間市場で売却することになる。人民銀行は、人民元為替レートの安定を図るためにこれを購入することとなり、結果として、外貨準備とマネーサプライの増大をもたらす。すでに、輸入代金の支払い等で本土外に支払われた人民元を利用して国内送金が行われる場合は、このような影響は国内で生じない。

 もちろん、このような輸入代金の支払いや直接投資のための送金を米ドルでおこない、中国国内で米ドルを人民元に交換した場合も中国国内経済には同様の影響が生じ得る。しかし、この場合は中国国内において、そのような交換の元になる取引が正当な取引かどうか当局がモニターすることによって管理することができる。そのような管理が及びにくい海外において自由に人民元と外貨の交換が行われ、それが国内に影響を及ぼすことを危惧したことがこのような規制の理由と思われる。

売買制限の緩和

 2015年10月にクロスボーダー銀行間決済システム(CIPS)が稼働した。CIPSに参加することによって、海外の銀行は中国国内の銀行を通じて人民元建てのクロスボーダーの貿易決済、直接投資、融資、個人送金などの送金決済を行うことができる。このシステムの利便性を高める意味もあって、これに先立つ2015年8月に国内代理銀行とクリアリング銀行が海外参加銀行との間で人民元を売買できる取引の範囲は、3か月以内の貿易取引から貨物貿易、サービス貿易、直接投資項目に拡大された。

 今回の2018年6月の通達では、人民元売買が可能な取引の範囲は、貨物貿易、サービス貿易に限らず所得移転などすべての経常収支項目に拡大された。また、資本取引については直接投資に加えて、認可された証券投資が加えられた。RQFIIによる人民元建ての証券投資や、香港・上海ストックコネクト、ボンドコネクトなどによる証券投資が含まれる。

今回の措置の影響

 2018年6月の通知や9月の公表文章を見ると、国内の銀行だけでなく、海外参加銀行に対しても取引の真実性に関して、十分な調査と資料の提出を求めている。人民元取引の便利さの向上とともに、監督管理の強化を行うこととしている。この結果、中国国内と海外との間の人民元売買がより活発となることが予想され、人民元国際化を促進する効果が期待できる。一方、それに伴う国内経済に対する海外からの影響の拡大の恐れに対して、中国当局は監督管理の強化によって対応できると判断したものと思われる。

(了)