露口洋介の金融から見る中国経済
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【19-02】銀行の永久債発行と人民銀行売出手形スワップ

2019年2月28日

露口洋介

露口 洋介(つゆぐち ようすけ):
帝京大学経済学部 教授

略歴

1980年東京大学法学部卒業、日本銀行入行。在中国大使館経済部書記官、日本銀行香港事務所次長、日本銀行初代北京事務所長などを経て、2011年日本銀行退職。信金中央金庫、日本大学を経て2018年4月より現職。著書に『中国経済のマクロ分析』(共著)、『東アジア地域協力の共同設計』(共著)、『中国資本市場の現状と課題』(共著)、『中国対外経済政策のリアリティー』(共著)など。

 1月から2月にかけて、中国人民銀行は、金融システムの安定を図るとともに、金融政策の有効性向上にも資する手段として銀行永久債の発行と人民銀行売出手形スワップという手段を繰り出した。今回はこれらの施策について考えてみたい。

中国銀行による永久債の発行

 まず、2019年1月25日に、大型商業銀行の一つである中国銀行が、中国人民銀行の認可を経て銀行間債券市場において期限の定めのない債券(永久債)を400億元発行した。永久債は一般の債券や、期限の定めのある劣後債などに比べて返済順位がより劣後するものであり、自己資本比率計算上、主要な自己資本であるtier1自己資本に含まれる。今回の永久債の発行によって中国銀行のtier1自己資本比率は0.3%ポイント上昇する。ちなみに中国銀行の2018年9月末のtier1自己資本比率は11.99%である。

 この永久債の表面利率は4.50%であり、基準となる金利である5年物国債の収益率の前5日間の平均と比べて1.57%高い水準となった。その買い手は商業銀行、保険会社、証券会社、投資ファンドなど国内の機関投資家や、海外の中央銀行、保険会社、資産管理会社など140余りに及ぶ。

 中国人民銀行は、本施策実施時の公表文において、「今回の債券発行は、後続の商業銀行の永久債発行のモデルとなるものであり、商業銀行がtier1自己資本を補充する新たな方法を開拓したものである。本施策は、金融政策の波及経路を改善し、金融システムのリスクを防止し、商業銀行が実体経済に貢献する能力を引き上げる作用がある」とコメントしている。

人民銀行売出手形の発行再開

 人民銀行の売出手形は、昨年10月の本コラム でも述べた通り、もともとは人民元高抑制のための為替市場介入(人民元売り外貨買い)によって人民銀行の資産サイドで外貨準備が急増する過程で、負債サイドで同じく急激に増加した超過準備を吸収するために、2002年9月から発行を開始したものである。その後、アメリカの金利の低下に伴い、売出手形を発行して外貨準備に運用する形式では人民銀行に逆ザヤが発生したため、発行の抑制が進み、2017年9月以降残高はゼロとなっていた。

 人民銀行は、2018年10月31日に人民元国際化の観点から、香港において人民元建ての人民銀行売出手形を発行することを公表し、11月7日に3か月物と1年物の売出手形をそれぞれ100億元ずつ計200億元発行した。2019年2月13日に、人民銀行は香港において3か月物と1年物の売出手形をそれぞれ100億元ずつ、再び発行した。

 人民銀行の公表文では、今回の売出手形の発行は、香港における信用度の高い人民元金融商品を豊富にし、香港の人民元金利のイールドカーブを改善するために行われたものであり、人民元の国際化を推進する施策と位置付けられている。

人民銀行売出手形スワップ(CBS)の創設

 1月25日、人民銀行は人民銀行売出手形スワップ制度(Central Bank Bills Swap, CBS)の創設を公表した。この制度は人民銀行が一定の期限を定めて金融機関などが所有する銀行発行の永久債を受け取り、代わりに同額の売出手形を発行して引き渡す交換取引(スワップ)を行うというものである。双方は債券の元本のみを交換し、利息は交換しない。また、永久債の所有権自体は元の金融機関に残る。永久債の利息は、その所有者である金融機関が受け取る。売出手形の満期はスワップの期限と同じに設定され、期限が到来すると人民銀行は永久債を相手方に返還し、売出手形は満期を迎える。人民銀行の公表文によると、本スワップ取引は商業銀行など公開市場業務のプライマリーディーラーとの間でスワップレートを固定し数量オークションで実施する。

 この制度で発行される売出手形は前述の香港で発行される売出手形とは異なるものであり、中国国内で発行される。金融機関は入手した売出手形を他者に売却したり、売買型のレポ取引に使用することはできないが、担保として使用することができる。人民銀行の金融調節に応ずる際の担保としても使用できる。

 このスワップの対象となる永久債は次の条件を満たす銀行が発行したものに限られる。①直近の四半期末の自己資本比率が8%を下回らないこと。②直近の四半期末の不良債権比率が5%を超えないこと。③直近の3年間累計で損失がないこと。④直近の四半期末の資産が2000億元を下回らないこと。

 人民銀行は、2月20日に初の売出手形スワップ(CBS)を実施した。スワップレート0.25%、スワップの対象債券金額15億元、期限1年という内容で実施された。0.25%というレートは市場で成立している債券担保融資と無担保融資の利率の差によって決定されている。対象となる永久債は現時点では前出の中国銀行発行のものしか存在しないため、今回、各プライマリーディーラーが使用した永久債はすべて中国銀行発行のものである。

CBS創設の目的

 人民銀行の公表文によると、CBS創設の目的は、銀行が永久債を発行しやすくすることである。CBSにおいて担保に使いやすい人民銀行売出手形を永久債と交換することによって、金融機関が銀行発行の永久債を購入しやすくなる。さらに人民銀行は、銀行発行の永久債を人民銀行が銀行に対して貸出を行う制度である中期貸出ファシリティ(MLF)やターゲット付き中期貸出ファシリティ(TMLF)、常設貸出ファシリティ(SLF)などの担保として認めている。人民銀行は、このような担保の扱いやCBSによって、銀行間市場における銀行同士の取引でも永久債を担保にすることを推進し、銀行発行永久債の流動性を高め、永久債市場の育成を図ろうとしている。

 銀行による永久債発行が容易になるということは、前述のとおり銀行の自己資本比率が上昇するということである。人民銀行は、2月21日に公表された2018年第4四半期金融政策執行報告において、CBSは債券と債券の交換であって、ベースマネーを増加させるわけではないことから、銀行システム内の流動性を増加させるという意味での金融緩和効果は持たないとわざわざ念押ししている。一方、永久債の発行によって銀行の自己資本がより充実すれば、金融の実体経済に対する貢献能力を高め、金融政策の波及経路を改善し、金融リスクを抑制することができ、零細企業や民営企業の資金調達難問題の緩和に役立つとも指摘している。今回のCBSは直接的には金融システムの安定を図る施策であるが、金融緩和政策がより有効に機能するための施策でもある。どの国でも同様だが、金融システム安定化政策と金融政策は非常に密接に関係しているのである。

(了)