第27号:日中の地震・防災研究
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中国の地震防災の現状と展望

2008年12月

何永年

何 永年(He Yong Nian):
中国科技労働者退職者協会副会長、地震分会会長

1941年2月、中国浙江省嘉興市生まれ。
1982年中国科学院研究生院地震地質専攻修士課程卒業。 1960年代には中国科学院地質研究所での研究業務に従事、技術員、工程師、助理研究員等を歴任。 1978年に国家地震局地質研究所に異動、副研究員、所長助理、副所長を歴任。 1988年国家地震局弁公室主任と副局長を務め、地震災害予防、科学技術発展、国際協力等の業務を主管する。 2002年中国地震局を退職。(国家地震局は1995年に中国地震局と改名)
現在は、国連の国際防災戦略組織科学技術委員(Member of Science and Technology Committee, UN International Strategy for Disaster Reduction)、中国科技労働者退職者協会副会長、地震分会会長を務め、地震防災に関する国際交流と知識普及のための教育活動に参加している。
著書に「構造岩石学の基礎」等がある

概 況

 中国は地震が多く地震活動が頻繁な国である。地震活動の範囲が広く、マグニチュードが高く、震源が浅いため、人員の死傷、財産の損失など甚大な損害につながることが多い。記載によれば、歴史上中国では強い地震が100回ほど発生しており、そのうち一度に20万人以上の死者を出したものは4回あった(世界全体では6回)。死傷被害が最も深刻だったのは明代嘉靖34年(西暦1556年1月23日)に陝西省華県で起きたマグニチュード8の大地震で、83万人以上の死者を出した。統計によれば、中国では20世紀に入ってからの平均で、マグニチュード5以上の地震が年20回、6以上が4回、7以上が3年に2回の頻度で発生している。この間の中国での地震による死者総数は約56万人にものぼり、同時期の世界全体の地震による死者数の半分以上を占めている。20世紀に関していえば、中国で発生した各種自然災害による死者数のうち、地震によるものは50%以上を占め、全死傷被害の第一位である。2008年5月12日に四川省?川で発生したマグニチュード8.0の地震では9万人近くの死者を出している。頻繁に発生する地震災害は毎回のようにわれわれに、地震災害の軽減を強調するのは決して的外れの行為でもなければ、火のないところに煙が立つものでもなく、現実的に差し迫っているニーズであることを思い出させている。私たちはさらにさまざまな措置を講じ、最大の努力によって地震被害と人員死傷の軽減を図っていかなければならず、また現にそれを実行中である。

1900年から2001年の間のマグニチュード6以上の地震分布図

説明:20世紀以降中国では、● マグニチュード8以上の地震が7 回、
■ マグニチュード7.0-7.9の地震が67回、△ マグニチュード6.0-6.9の地震が382回発生している。

 中国の潜在的な地震情勢はたいへん厳しいものがある。歴史上、中国の各省・自治区・直轄市のすべてでマグニチュード5以上の破壊的な地震が発生しており、また国の地震安全区画研究によれば、全国土の41%、都市部の50%、人口100万人以上の大・中規模都市部の70%がレベル7以上の高震度危険エリア内に位置している。多くの都市が高震度危険地帯にあることによって、地震防災対策はよりいっそう難しいものになっている。都市には人口が密集して財産や富が集中し、特にライフラインシステムが密集しているため、地震に対していっそう脆弱である。例えば人員の分散、けが人の救助、被災者の避難、原状回復と復興、社会の安定などの面で大きな困難が伴う。都市化が進むにつれてこの問題の重要性はさらに増していくと考えられ、特段の注意が必要である。潜在する重大な地震災害に直面していることが中国の基本的国情の1つであり、私たちはその点を特に重視しなければならない。

中国の地震動加速度区画図

説明:地図では、地震動の最大加速度値を震度に換算しており
、最大加速度0.1g、0.2g、0.4g、0.8gは、それぞれ震度VII、VIII、IX、Xにほぼ相当する。

地震被害軽減に向けての努力

 潜在的な地震被害に対して、中国政府は一貫して地震防災のための取り組みを重視し、つねに有効な措置をとり、地震被害の予防と軽減を強化してきた。新中国成立時には地震専門家は国内にわずか3、4名いるのみだった。しかし1966年の?台地震の後、国務院と周恩来総理は自らの指揮の下、中国科学院、地質鉱産部、国家測量局等の関係部門から専門の職員を多数集めて地震対策チームを結成し、国家地震局(後に中国地震局と改名)として組織し、同時に各地の地震対策チーム設置にも着手した。これまでに中国国内の各省・市・自治区と地震の震度が比較的高い市と県には地震対策部門ができている。また国務院は、中国地震局と各地の地震対策部門に対して国家の地震防災の指導理念を以下のように明確化している。

 「『三つの代表』の重要思想を旨とし、科学的発展観の徹底に真剣に取り組み、国民の生命安全を第一とする。地震防災と経済建設をともに堅持し、予防を中心として防災と救助を結びつける方針を実施する。地震の観測・予報、震災予防、緊急救助の3大対策システムの建設を確実に強化し、地震災害対策体制をさらに整備する。科学技術、法制度、全地域社会に依拠し、総合的な地震防災能力の向上に努め、国民の生命財産の安全とゆとりある社会の全面的建設という大事業に対して、信頼し得る保障を与える」 取り組みの目標は、「2020年までに、各地区の地震基本震度に相当するマグニチュード6程度の地震に対処する総合的な能力を備え、大・中規模都市と経済発展地区の地震防災能力が中進国レベルに達するよう努める」というものである。

 各級の政府の指導と協力の下、中国の地震防災対策は急速に発展している。国家の統一的計画に基づき、数回の「5ヶ年計画」実施を通じて、中国地震局は地震防災の3大システムの大枠を決めており、地震災害の予防と軽減について着実に業務を進めている。その3大システムとは、地震観測予報システム、地震災害予防システム、緊急救助システムである。

  • 地震観測予報システム:地震活動の観測と地震予報の実施研究を担う。すでに国内には160ヶ所以上の基本地震観測所からなる国家地震観測所ネットワークができており、24時間体制で観測をしている。そのデータは北京の地震観測ネットワークセンターにリアルタイムで送られる。センターでは送られたデータを直ちに処理し、規定に基づいて関係部門に地震情報を送達する。また起こりうる地震の前兆現象について調査し、地震予報の実践について研究している。
  • 地震災害予防システム:国家地震震度区画図や地震動パラメータ区画図の作成など、国の地震災害予測・予防活動の展開、重要建設工事と深刻な二次災害の発生が予想される建設工事に対する地震安全性評価、立法機関による地震防災法制の整備と地震専門分野に関する基準制定作業の支援等を行う。
  • 緊急救助システム:国家震災救助指揮部の日常業務の支援、破壊的地震への緊急対応マニュアルの策定、地震被害状況速報の収集、地震被害調査と損失評価の実施、地震災害緊急救助業務の組織を行う。これと同時に、中国地震局内には地球物理学、地質学、地殻変動学、土木工学、地震予知学等の研究所と地球物理探査、地殻変動測量等のセンターが設けられ、地球科学、数学力学、通信技術、コンピュータ科学等専門分野の確かな基礎を具えた多くの科学技術人材が、地震被害の予防と軽減についての科学的な研究を進めている。
  • 地震の被害を有効に予防し軽減するためには、一般市民の地震防災意識の喚起、地震防災知識の増強、そして社会各層と幅広い市民が防災活動に参加するよう積極的に働きかけることも欠かせない要点であると地震対策部門では認識しており、各レベルの地震対策部門内に相応する広報・教育部署を設けて、地震防災知識の教育普及に重点的に取り組んでいる。
北京市復興路63号にある中国の地震防災主管部門-中国地震局

法制管理と科学技術発展への依拠は地震防災対策の基礎

 地震の突発性とその被害の甚大さのため、地震災害の予防と軽減は非常に困難な任務となっている。特に中国の場合は、国土が広大で、人口が多く、強い地震が頻発し、その上、経済がそれほど発達しておらず、多くの民間建築物は耐震性が低下しているので、強い地震が発生すれば大惨事になりやすい。長年の地震防災の経験と教訓から、法制管理と科学技術の発展に依拠することは地震防災対策が実際の効果を得るための重要な基礎であると考える。

  • 地震防災のための法制度整備:地震防災対策は総合性が強い業務であり、社会の各方面にかかわる。地震災害は例外なく起こり、工業・農業・軍事・教育・商業などの各部門、そして性別、年齢、健康状態に区別なく、社会の各層すべてに被害をもたらす可能性がある。事前警報の有無にかかわらず、地震発生後の対応が不適切であれば社会不安や動揺を招き、国家の経済活動と市民生活に重大な影響が出ることもある。したがって、地震防災の取り組みには、各段階で秩序だった管理が必要であり、関連法規による指導と拘束が必要である。1990年代以降、中国では「中華人民共和国防震減災法」(1998年)を中心として地震防災法規体系の基礎を整えてきた。「地震監視施設と地震観測環境の保護条例」(1994年)、「破壊的地震に対する緊急対策条例」(1995年)、「地震予報管理条例」(1998年)、「地震行政法執行規定」(1999年)などが含まれる。これらの法規定は、地震活動の観測、地震被害の予防、地震予報の実施研究、地震発生時の緊急救助、そして地震科学の基礎研究の展開などの面で積極的な役割を果たしている。もちろん法制度は成立後変更しないというものではなく、実情に応じ、一定期間実施された後に、必要な修正についての注意喚起がされなければならない。?川地震発生後、私たちは新たな経験をし、新たな問題を発見した。関係法規には今後必要な修正が加えられるであろう。
「中華人民共和国防震減災法」と関係法規
  • 科学技術の発展と進歩への依拠:地震被害の予防と軽減は、科学技術に基づく必要がある。これは大多数の人の共通認識である。国土の地震安全区画、地震の短期予報の研究、各種構造物、建築物の耐震設備、激しい地震の発生後の警報、強い揺れが起きたときの応急措置(誘導、避難など)、瓦礫に閉じ込められた被災者の緊急救助、被災者の避難と被災地の復旧等、すべての面で科学技術的な支えが必要である。科学技術の力によってこそ地震被害を最大限に軽減できるといえる。現在、地震被害の軽減に関して、幅広い科学技術者が地震の原因、地震の発生原理、地震区画、地震予知、地震の前兆、地震被害のメカニズムといった分野の研究を進めており、各種の観測、実地視察、物理実験、数学実験が行われている。また建築物の耐震技術、救助技術、地震警報技術等の研究もすすめられている。そして、多くの社会科学者が、災害管理学、災害社会学、災害心理学の研究に従事している。科学技術の発展と進歩にともなって、私たちの地震災害予防・軽減能力は必ず向上し、各種災害への対応方法もより有効になっていくと信じている。
国家地震動力学実験室の研究者による岩石の変形実験の様子  地震専門家による?川被災地視察の様子

新たな方法を切り開くための任は重く道は遠い

 これまでの経験から、地震被害の予防と軽減のための主な方法は2つあると言える。まず1つ目は、事前に強震予報を出すことで、人が避難し、重要施設の運転を止め、貴重品などを安全な場所に移すなどして、損失を免れるまたは軽減するという方法。2つ目は、各種構造物、建築物に十分な耐震能力を備えておくことで、強い地震が発生してもこれらの建物が倒壊せず大きな損失を免れるという方法である。しかしこの2つを実現するには一定の困難がある。

 地震の予知・予報については、現在の科学水準からいえば、地震の発生時間、発生地点、強度などを含む正確な予知・予報はまだ難しい。中国では大多数の地震学者が、地震予報は実現可能であり、実践研究は積極的に進められるべきだと考えている。しかし地震の予知・予報を実現するまでにはなおかなり長い時間が必要であり、あるいは何代もの研究者による努力が必要かもしれない。これは、人類の現在の住処である地球に対する理解がまだ非常に浅いためである。例えば地震の発生地点について言えば、平均半径6,371キロメートルの地球に対して、人類はまだ最深で12キロメートルまで(ロシアのコラ半島)しか掘っていない。まして地殻深くに入って実地研究をするには至っていない。地球が生まれてから少なくとも45-46億年はたっている。人類はというと、類人猿を含めても誕生からわずか400-500万年しかたっておらず、人類が歴史上に記録を残した期間は、長い歴史をもつ国家や民族でも数千年ほどでしかない。したがって、(地球の進化の歴史と比べて)このように短い期間の統計、研究によって得られた地震発生の法則は、その信用性にどうしても限度がある。さらに、強い地震はめったに発生しないものであり、ケーススタディの機会もさほど多くない。これらのことから、現在の地震予知・予報研究は、中長期的な予知・予報であれ短時間内のものであれ非常に難しい。ただ中国では一定の経験を模索して部分的に成功したこともある。その例が1975年の海城地震予知・予報だが、その割合は少ない。科学的に言えば、私たちは地震の形成、発生過程の基本的メカニズムをまだ把握しておらず、地震の予知・予報は科学的に未解決の難題である。アメリカの地震学者がかつてカリフォルニア州パークフィールド(Parkfield)で30年近くにわたる地震予知実験を行った。その研究によれば、地震発生前の地形の変化、地電流、地下流体など私たちの注意する前兆の観測では異常は現れなかったという。2008年5月に中国?川で発生したマグニチュード8の地震でも、地震前の地震活動レベルと地表面の変形(GPS測量)に明らかな異変はなかった。これらの現象から、地震の前兆は地域によって規則性が異なることがあり、ある地域で現れた地震の前兆を他の地域に当てはめて地震を正確に予知・予報することはできないということが分かる。

 中国の一部の科学者は、天気予報と比べて、地震の予測予報は確かにより困難だと考えている。例えば気象学者が台風災害を予報する場合、台風(サイクロン)が形成されてから、衛星モニターなどを利用して台風の変化や活動ルートを予測し予報する。しかし地震の予知・予報は、地震の形成から始めなければならず、その発生箇所は地下深くであるため、人間には観測のための有効な手段は今のところない。上にも述べたとおり、地震の予知・予報の追究は今後も長い道のりであり、かつ発想の転換、科学技術の革新がなければ活路は開けない。

 構造物、建築物の耐震設備についても同様に非常に難しい。1つには、激しい地震に耐え得る建築物の構造、材料、工法などについてさらに研究が必要であるためである。もう1つには、現在のところ地震活動の基本的メカニズムについて解明が不十分であり、地震の分布範囲が広く、突発的で甚大な被害をもたらすといった特徴があるため、中国のように国土が広く人口が多く地震が頻発し、さらに経済がそれほど発達していない国や地域にとって、構造物、建築物に耐震設備を備えることには同じく大きな困難があるためである。中国にも、広大な国土にあるすべての構造物、建築物を「難攻不落の城」にするほどの経済力はない。現段階では、地震安全区画の結果に基づいて、地域ごとの地震リスクに即応した耐震対策を選択的に講じることしかできないのである。しかし地震のメカニズムに対する科学的認識の不足によって、地震基本震度が低いため耐震対策が不十分だった地域に強大な地震が発生した例もある。たとえば、1976年以前、河北省唐山地区の地震の基本震度はVIと認定されていたにもかかわらず、後にマグニチュード7.8の地震が発生し、震央の震度はXIに達した。また?川地区の地震震度はVIIとされていたが、マグニチュード8の地震が発生し、震央の震度はXIであった。これらは明らかに、科学的認識の不足によってもたらされた重大問題である。

 地震の予知・予報と構造物、建築物の耐震対策にはいまだ大きな困難があり、現時点ではこの2つの方法だけで地震災害を防ぎ軽減することはできない。したがってそれ以外の方法をとらなければならず、予報警報、応急措置、救急救助等は欠かせない。中国の地震防災の方針では、「予防を中心とし、防災と救助を結び付けて総合的に被害軽減を図る」と強調している。これはまさしくこうした実情から出たものである。  以上、不適切な点があれば読者諸兄のご指摘をいただければ幸いである。