発展途上国における硫黄酸化物の排出抑制とゼロエミッションサイクルの構築
2009年7月28日
坂本 和彦(さかもと かずひこ):
国立大学法人埼玉大学大学院理工学研究科教授
環境科学研究センター長
1945年5月生まれ。1973年東京大学大学院理学系研究科化学専攻 理学博士。1990年埼玉大学工学部教授。1995年同理工学研究科教授。1998年同学長補佐。2000年同評議員・地域共同研究センター長。2002年同工学部長。2004 同総合研究機構技術部長。2009 同環境科学研究センター長。
主な研究内容
大気汚染物質の動的挙動、黄砂粒子への硫黄酸化物の沈着、低品位石炭のクリーン燃料化、その他:環境省中央環境審議会委員・大気環境部会長、(社)大気環境学会長、2001年大気環境学会学術賞、1993, 1996年中国国家環境保護局長表彰、2000年第27回環境賞、2004年大気保全功労者環境大臣表彰。
1. はじめに
近年、中国におけるエネルギー需要は工業化や経済成長に伴い急激に増大してきている。Fig. 1に示すように、中国ではそのエネルギー源の6-7割を石炭に依存しており、多くの地域では高灰分、高硫黄分で低発熱量の低品位石炭が利用されてきたため、大量の煤塵、硫黄酸化物 (SO2)および二酸化炭素(CO2)が排出され、大気汚染ならびに酸性雨といった地域汚染問題が発生し、さらには温暖化への寄与も懸念されている。しかし、石炭は一次エネルギー資源の中でも最も豊富に存在しかつ低価格の化石燃料であるため、今後の中国や発展途上国においてもエネルギー需要と経済力を考慮すれば、石炭依存が急激に低下するとは考えにくい。したがって石炭のクリーン燃料化技術は必要不可欠と考えられるが、このクリーン燃料化技術の一つとしてバイオブリケット(以下BBと略す)化技術がある。このBBは、低品位の微粉状石炭に農林業廃棄バイオマスと硫黄固定剤(Ca(OH)2)を添加してアーモンド状等に圧縮成型した、高燃焼性と高強度を兼ね備えた、大気汚染物質や温暖化ガスの排出抑制を意図した民生用固体燃料である(Fig. 2)。
私たちは、これまでに石炭を主要なエネルギー源としている中国で、重慶をはじめとする高硫黄並びに高灰分の低品位石炭を利用している地域に適したBB化について検討してきた。高硫黄ならびに高灰分の石炭を主要なエネルギー源としている重慶では、室内汚染や大気汚染による人への健康影響、酸性雨等による森林、土壌、作物、建築材料や文化財などへの被害が見出されている。したがって、酸性沈着の原因物質排出制御技術に関する研究は重要である。BBは硫黄分固定率と煤塵の排出低減率も高く、着火性と燃焼性も良く、未燃分損失なども少なく、熱効率が高いと推定されるため、健康影響や酸性雨原因物質である硫黄酸化物の排出抑制手法として有効であると期待される。また、循環性資源であり、未利用または廃棄物であるバイオマスをBBの副原料として用いれば、燃料としての有効性以外にバイオマスに本来的に含まれている植物繊維がブリケットの強度を増大させる粘結剤(バインダー)としても役立つと考えられる。また、バイオマスを添加した成型炭の燃焼灰中には植物生長に有効なCa、Mg、Kなどが多く含まれると推定されるため、農作物成長への栄養塩類供給の可能性であり、かつ、燃焼灰中にはSO2の固定に利用された消石灰(Ca(OH)2)の残存分があり、強アルカリ性であるため、酸性土壌酸の改良が可能と考えられる。そのため、BB燃焼灰を酸性雨地域の土壌改良剤として農林地へ散布すれば、廃棄物を最小化したゼロエミッションサイクルが構築されるものと期待される。
私たちは、これまでに中国で産出する各種石炭からBBを実験的、または小規模生産設備により製造し、その燃焼実験からBBの大気汚染物質排出低減特性の評価、製造技術の現地化・普及のために、適当なバイオマスを選択するために必要とされる各種バイオマスの成分、性状及び石炭の燃焼特性への寄与などを検討してきた。また、バイオマスのリグニン含有量、燃焼排気としての汚染物質排出量および試作したBBの耐圧強度により、バイオマス添加によるBBの性能への寄与を調べてバインダーとしての適性を検討した。BBの燃焼実験による燃焼排気ガス中の汚染物質の測定、石炭及びBB燃焼エアロゾル試料の化学組成及び酸性化に対する緩衝能力の分析、降水の酸性化との関係、重慶市郊外における一般民家でのBB利用による室内汚染の低減効果を調べた。さらに、各種pHの人工酸性雨(SAR)によるBB燃焼灰中のCa, Mg、Kなど塩基成分の溶出及びその酸緩衝能を測定し、BB燃焼灰の植物成長に必要な栄養塩類の肥料効果ならびに酸性土壌の改良剤としての利用可能性ならびに燃焼灰と家畜堆肥の同時施用によるモデル農産物の成長実験を行ってきた。
ここでは、これまでに私たちが実施してきた低品位石炭のバイオブリケット化によるSO2の排出抑制から燃焼灰の利用までを考慮した「バイオブリケットを核とするゼロエミッションサイクルの構築」にいたる研究をまとめて紹介する。
2. バイオブリケット原料、副原料およびバイオブリケットの特性
原炭燃焼による硫黄酸化物の排出
重慶近郊で一般的に利用されている石炭の水分、灰分、揮発分および硫黄分などを測定した結果、Chendu coal 1を除いて、いずれの石炭にも、硫黄分や灰分などの大気汚染原因物質の含有率が高かった。そして、硫黄分の多くは燃焼性硫黄であり、燃焼によりSO2として排出される。これまでは中国西南部の成都および重慶では大気汚染物質の拡散に不利な地理的条件と気象条件に加えて高硫黄分、高灰分の石炭を排出抑制対策が不備なまま使用していたため、重度大気汚染が引き起こされていることが再確認された。
バイオマス燃焼排ガス中の汚染物質と燃焼特性
バイオマス原料としての特性を調べるため、7種類の農作物廃棄物と4種の食品製造廃棄物の成分分析を行った。その結果、バイオマスの揮発分と灰分はそれぞれ68~86%と1.7~22%の範囲にあり、80%以上の高揮発分かつ6.0%以下の低灰分のバイオマスはオガクズ、高梁の藁、食品製造廃棄物(高梁酒粕、バガス粕、豆腐粕及びビール粕)であった。バイオマスの低残存灰分・高揮発分という特性を考えた場合、食品製造廃棄物はBBの副原料として利用可能であり、石炭やバイオマスなどの固体燃料の燃焼初期に揮発・分解燃焼が先行するので、それが酸化雰囲気で可燃焼性の熱分解生成ガス(揮発分)を生じ、この生成物が着火源により着火する。着火温度は一般にその揮発分が多いほど低い。石炭に20%程度のバイオマスを混合して調製したBBの着火温度は、石炭だけからなるブリケットに比較して、100℃近く低下し、期待通り、高揮発分のバイオマスはBBの着火性を高めることが確認された。
調査したバイオマス燃焼1kg当たりからの塩化水素(HCl)とSO2の排出量はそれぞれ35~912と52~1764 mgの範囲であり、全般に少なかった。さらに、当初の研究対象地域であった重慶は、冬が短く、無霜期が長く、降水量が多いため、植物の成長が早く、農作物および野生牧草などの植物資源は豊富であつた。また、農作物は多種多様であり、稲、トウモロコシ、小麦、高梁などの藁や茎の廃棄物である未利用資源は豊富に存在する。一部推定を含む重慶市におけるバイオマスの年間生産量の調査結果によれば、バイオマスの5%程度がBB製造に使われたとしても、生産し得るBBは300万トン/年にも及び民生用の燃料としては十分と考えられた。
リグニンの含有量
石炭にバイオマスを添加してBBを製造すれば、バイオマスはバインダー効果(粘結効果)を示し、石炭へのバイオマス添加量の増加と共に耐圧強度は増加し、農作物廃棄物由来のバイオマス添加量が15~25%で十分な耐圧強度を持っていた。このバインダー作用はその中に含まれるリグニンとヘミセルロースの軟化によって石炭粉が接着した結果と考えられ、その強度はリグニン含有量と関係していた。農作物廃棄物と比べて、豆腐粕及びビール粕のリグニン含有量は著しく低かったが、これらに農作物廃棄物を併用すれば、長距離の輸送にも耐えうる強度のBBが製造できる。
バイオブリケットの耐圧強度
石炭にバイオマスを添加して製造したBBにおいて、バイオマス添加量が15~25%添加すれば通常のハンドリングに耐え得る強度を持っているが、その成型特性は主原料である石炭の石炭化度、炭質等および副原料であるバイオマスの種類や添加量によって影響を受ける。そのため、予め原料配合による成型特性を知る必要があるが、その手段として錠剤試験が有効であると考えられる。試作した錠剤及びBBの耐圧強度の測定結果からBBの成型特性は以下のようにまとめられる。
石炭とバイオマスの比を3:1でオガクズ(25%)を添加した場合、石炭種によって、BBの耐圧強度は異なり、精炭の方が原炭よりやや高かった。
Fig. 3によると、BB錠剤の耐圧強度はリグニン含有量に関係し、バガスを除いてバイオマスリグニン含有量の増加と共に耐圧強度が上昇することがわかった。ここでは、バガス添加のBB錠剤はかなり高い耐圧強度を持っているが、バガス中にはリグニンとヘミセルロース以外に糖分も含まれているためと推定される。なお、低リグニン含有量の食品製造廃棄物と農作物廃棄物との混合物をバイオマス副原料とすれば、食品製造廃棄物をバインダーとして利用できる(Fig. 4)。一般に石炭へのバイオマス添加量の増加と共に耐圧強度は増加する(Fig. 5)。
重慶産石炭にバイオマス(麦藁及びオガクズとも) 20%を添加したBBの耐圧強度は50 kg以上に達していた。
3. バイオブリケットによる汚染物質の低減効果
Table 1に示した原炭の燃焼に比べ、BB燃焼からのHCl、SO2とダストの排出量は著しく減少し、ここでの燃焼条件下でそれぞれの低減率は26~61%、82~88%と55~83%の範囲であった。また、有煙炭では、ダストの低減効果は無煙炭より顕著であった。なお、HClの固定率はあまり高くなかった原因として、バイオマス燃焼では、石炭より多くHClを排出し、かつ塩化物は高温で分解しやすいためと考えられる。石炭のBB化により燃焼排出ガス中のSO2などの汚染物質が効果的に抑制されるので、BB化は有効な硫酸型酸性雨汚染防止対策の一つとして期待できる。
Sample | Emission (mg/g-coal) | Combustible | Reduction efficiency (%) | ||||
HCl | SO2 | Dust | S% | Dust | HCl | SO2 | |
Chendu raw coal 1a) | 0.05 | 8.01 | 0.69 | 0.40 | |||
B.Bc) (coal +sawdust) | 0.04 | 1.02 | 0.31 | 0.05 | 55 | 30 | 83 |
Chengdu raw coal 2a) | 0.20 | 40.62 | 2.37 | 2.03 | |||
B.Bc) (coal +sawdust) | 0.10 | 4.16 | 0. 90 | 0.21 | 62 | 35 | 85 |
Chengdu raw coal 3a) | 0.15 | 52.83 | 2.82 | 2.64 | |||
B.Bc) (coal +sawdust) | 0.06 | 6.65 | 1.02 | 0.33 | 64 | 49 | 82 |
Chongqing raw coal 1a) | 0.39 | 49.49 | 2.25 | 2.47 | |||
B.Bc) (coal +sawdust) | 0.11 | 5.48 | 0.79 | 0.27 | 65 | 61 | 84 |
Chongqing refined coal 2b) | 0.12 | 22.20 | 8.93 | 1.11 | |||
B.Bc) (coal +sawdust) | 0.12 | 2.06 | 2.18 | 0.10 | 76 | 54 | 87 |
B.Bc) (coal+rice bran) | 0.28 | 1.93 | 1.60 | 0.10 | 82 | 26 | 88 |
B.Bc) (coal+maize stalk) | 0.30 | 2.67 | 1.59 | 0.13 | 82 | 31 | 83 |
B.Bc) (coal+tofu dregs) | 0.14 | 2.99 | 1.51 | 0.15 | 83 | 50 | 82 |
4. バイオブリケット燃焼排ガス中の大気エアロゾルの酸緩衝能力
大気エアロゾルは大気汚染主因の一つであるとともに、酸性雨と密接に関与し、石炭燃焼により排出された粒子状物質は大気エアロゾルの重要起源となっているため、原炭及びBB燃焼エアロゾル試料の化学組成及び酸性化に対する緩衝能力(△Cb)を分析して、それらの化学的特徴及び降水の酸性化との関係を検討した。Fig. 6に示したいずれの石炭及びBB燃焼エアロゾルも酸性であり、すべての△Cbは負の値であるが、BB化により酸性度は低減した。石炭燃焼により排出されたエアロゾルは降水に取り込まれると、降水の酸性化を促進するが、BB燃焼の場合、降水酸性化への寄与が低下すると推定される。
Table 2に示した原炭とバイオブリケット燃焼によるエアロゾルの水溶性イオンの排出量により、いずれのエアロゾル中にもSO42-は総陰イオンの約9割を占めていた。主な陽イオンはH+とNH4+であり,燃焼エアロゾルの水溶液はほぼ硫酸溶液であると言えるが、BB燃焼から排出されたエアロゾル中のH+とSO42-濃度は、原炭の直接燃焼に比較してかなり減少していた。一方、BBの燃焼エアロゾル中のCl‐濃度は原炭より少々高かった。その原因は、バイオマス燃焼からのHCl排出量が原炭より高かったためと考えられる。
中国の重慶市における大気エアロゾルの化学的特徴として粒径2.1μm以下の人為起源由来のイオンSO42-とNH4+は多く含まれ、微小粒子への人為起源の寄与が非常に大きいことが示されている。この大気エアロゾルには、高硫黄分石炭の燃焼により直接排出される硫酸塩とSO2が酸化されて生成する二次生成硫酸塩の関与がかなり大きいと推定されるが、BB化によって、その寄与を著しく低下させうるものと期待される。
Sample | F-- | Cl- | NO3- | SO42- | H+ | Na+ | NH4+ | K+ | Mg2+ | Ca2+ | △∑- | △∑+ | Ba) |
Chengdu raw coal 1 | 7 | 11 | 7 | 825 | 110 | 105 | 459 | 37 | 36 | 147 | 851 | 892 | 1.05 |
B.Bb) (coal +sawdust) | 3 | 46 | 24 | 370 | 63 | 113 | 57 | 14 | 102 | 196 | 440 | 545 | 1.16 |
Chengdu raw coal 2 | 16 | 14 | 14 | 5,184 | 3,706 | 9 | 1,027 | 26 | 55 | 192 | 5,229 | 5,014 | 0.96 |
B.Bb) (coal +sawdust) | 9 | 87 | 41 | 1,446 | 507 | 109 | 968 | 195 | 98 | 201 | 1,575 | 2,080 | 1.14 |
Chengdu raw coal 3 | 17 | 56 | 23 | 8,676 | 6,503 | 126 | 968 | 57 | 60 | 1,027 | 8,773 | 8,740 | 1.00 |
B.Bb) (coal +sawdust) | 2 | 75 | 31 | 3,204 | 1,143 | 96 | 979 | 119 | 62 | 1,174 | 3,310 | 3,572 | 1.08 |
Chongqing raw coal 1 | 20 | 42 | 16 | 3,540 | 1,940 | 279 | 871 | 120 | 101 | 0 | 3,617 | 3,312 | 0.92 |
B.Bb) (coal +sawdust) | 11 | 43 | 13 | 1,906 | 808 | 123 | 597 | 225 | 0 | 22 | 1,962 | 1,775 | 0.94 |
Chongqing refined coal 2 | 19 | 18 | 3 | 7,783 | 6,082 | 116 | 1,101 | 27 | 65 | 237 | 7,823 | 7,628 | 0.98 |
B.Bb) (coal +sawdust | 5 | 318 | 61 | 1,793 | 2,302 | 247 | 167 | 432 | 101 | 349 | 3,177 | 3,498 | 1.10 |
B.Bb) (Coal+rice bran) | 6 | 646 | 79 | 1,079 | 557 | 361 | 853 | 1,274 | 84 | 701 | 1,810 | 1,829 | 1.02 |
B.Bb) (Coal+maize stalk) | 5 | 348 | 105 | 1,223 | 1,076 | 264 | 199 | 498 | 11 | 298 | 2,078 | 2,346 | 1.13 |
B.Bb) (Coal+tofu dregs) | 4 | 513 | 69 | 1,707 | 1,013 | 223 | 301 | 310 | 143 | 294 | 2,292 | 2,283 | 1.00 |
Chongqing raw coal 3 | 222 | 106 | 1,170 | 12,191 | 9,795 | 612 | 2,140 | 75 | 54 | 1,291 | 13,690 | 13,967 | 1.02 |
5. 重慶市郊外南川市における一般民家に置ける室内汚染調査
南川市の農村地帯では、粉末状石炭が安価であるため、それに粘土や消石灰を混合して(Fig. 7)燃やしている。利用されている石炭の硫黄含有率は高く、それらを直接燃焼させれば排出されるSO2には高濃度であるため、それによる健康影響の悪化は明らかである。そこで、原炭を利用する民家Aと硫黄固定型成型炭(以下ブリケット:原炭:パルプ廃棄物:
消石灰=84:8:8(w/w))利用する民家Bを選定し、室内外の酸性ガス濃度の測定を行った。
Fig. 8に示したように、室外における酸性ガス濃度はSO2それぞれ0.21、0.07 ppmとなりA家、B家とでは大きな変化は見られなかったが、室内のSO2濃度はA家、B家でそれぞれ2.1、0.4 ppmとなり、顕著な差が見られ、南川産のBBを用いたB家では全ての酸性ガス濃度の大幅な減少が観測された。しかし、ここで測定を行った両家庭の間取りが異なるため、このような違いがそれに起因する可能性を考慮し、いずれの家庭においても原炭と南川産のBBを一定の期間燃料として利用してもらい、その間に置ける室内汚染レベルとして、コンロ付近の平均濃度と主婦への暴露量を測定するため、Fig. 9に示すようにパッシブサンプラーを主婦につけてもらい、南川産のBBのSO2を始めとする酸性物質の低減効果の評価を試みた。
民家A、Bにおいてパッシブサンプラーを用いて主婦に対する硫黄酸化物暴露量(24時間平均値)を測定し、その経日変化をFig.10に示した。A家よりもB家のコンロ付近におけるSO2濃度は原炭及びブリケット利用時のどちらにおいても低かったが、A、B家においてBB利用によりコンロ付近のSO2濃度は減少し、A家においては77~83 %、B家においては15~65 %の低下が確認された。また、主婦へのSO2暴露量も減少し、A家、B家の主婦に対してそれぞれ44~54 %、41~69 %低減された。ここで実測された減少率はやや低いが、Table 1に示した結果は、S/Ca当量比が約2であるのに対して、南川市で利用しているBBの当量比が約1.4と低い事によるものと考えられる。
各家庭によって変動はあるものの、コンロ付近、台所入口付近におけるSO2濃度の低下が確認された。また、主婦は1日中台所にいるとは限らず、農作業などで屋外にいることも多いが、原炭利用家庭の主婦と比較してBB利用家庭の主婦のSO2暴露量は減少していた。以上のように、パッシブサンプラーによる測定結果から、BB利用により室内汚染の低減と同時に人への酸性物質暴露量も低減させ得ることが確認された。
6. バイオブリケット燃焼灰の酸性土壌改良剤として利用化―人工酸性雨(SAR)による灰溶出液のpH変化及び酸緩衝能力―
バイオマスを添加した成型炭の燃焼灰中には植物生長に有効なCa、Mg、Kなどが多く含まれているため、農林作物成長への栄養塩類補給の肥料として利用可能と推定される。また、硫黄の固定(CaSO4)に利用された残りの過剰分の消石灰(Ca(OH)2)が残存している燃焼灰はアルカリ性であるため、酸性土壌の改良剤として使用できると考えられる。そこで、以下に示すように酸性土壌に撒布したBB燃焼灰の酸緩衝能力を調べた。
Fig. 11に各種pH SARによる灰溶出液のpH経時変化及びpH5.6による溶出液の酸緩衝能△Cbを示した。これより、pH3の高酸性度の降雨でも約2500 mmの降雨まで灰が酸性化されず、また、5000 mm以上の降雨が降っても灰溶出液のpHは3に酸性化されず、pHは4.50まで低下するだけであることがわかった。一方、pH4、5、5.6のSARを4000 mmまで滴下したいずれの溶出液でもpHはほぼ8.0であり、強アルカリ性を呈していた。さらに、pH5.6 SARによる燃焼灰溶出液の△Cb経時変化を見ると、バイオブリケット灰溶出液は高い酸緩衝能力を持っていると考えられる。したがって、バイオブリケット燃焼灰を重度酸性雨地域の農林地へ散布すれば、酸性雨を中和した後残ったアルカリは酸性土壌を中和することができ、酸性土壌の改良剤として利用可能と推定される。さらに、燃焼灰溶出液はアルカリ性であるため,植物に有毒なAl3+などの重金属を溶出しにくいと推定される。なお、中国の一部地域における酸性土壌への消石灰施用は大麦の生長性を向上させており、土壌中のAlなどの毒性重金属の活性を低下させることができると考えられている。
SARによるバイオブリケット灰溶出液中の成分分析から、その中にはNa+、NH4+、K+、Ca2+およびMg2+が多く含まれていることがわかった。pH3或いはpH4のSAR約9 mm相当を滴下すると、1gのバイオブリケット燃焼灰からのいずれの溶出液中にもNa+、NH4+、K+、Mg2+及びCa2+の含有量はそれぞれ約0.2、24、1、2、1000 ppmに達していた。一方,人工酸性雨を滴下し続けた場合、Na+、NH4+およびK+濃度は速やかに減少したにもかかわらず、Ca2+とMg2+は依然として多く存在していた。5000 mm以上の降雨相当量を滴下しても、溶出液中に約7 ppmのCa2+と0.4 ppmのMg2+が含まれていた。
燃焼灰の溶出液中に塩基性陽イオンは多く含まれ、その総当量濃度(Na+ + NH4+ + K+ + Ca2+ + Mg2+)は重慶地域の土壌の交換性塩基量(0.15~0.25 meq/g-soil)より遥かに高く、特に、降雨相当量の増加に伴う総塩基性陽イオンの量は減少していたにもかかわらず、約5000 mmの降雨相当量を滴下した後でも土壌の交換性塩基量に相当していた。また、pH3とpH4の人工酸性雨による塩基性陽イオンの溶出は500 mm以下の降雨相当量でほとんど同程度であり、その後、高酸性度の方が溶出量は多くなっていた。なお、Ca2+の当量濃度は総塩基性陽イオンの90%以上を占めていた。欧州の森林被害地域では、大気汚染物質の排出規制による大気粉塵の減少ともに、塩基性陽イオンの急激な減少も森林衰退の原因であり、森林土壌中の利用可能なCa2+とMg2+の量は減少している。よって、BB燃焼灰からCa2+とMg2+は多く溶出するため、BB燃焼灰をCa2+とMg2+補給の肥料として農林地へ散布すれば土壌のCa2+とMg2+など塩基の不足状況を改善できると推定される。
7. 酸性土壌へのバイオブリケット燃焼灰添加によるハツカダイコンの生長影響
Soil [g] | Ash [g] | SAR* pH | n | |
Case I | 150 | 7.5 | 4.2 | 9 |
Case II | 150 | 7.5 | 5.6 | 9 |
Case III | 150 | 0 | 4.2 | 9 |
Case IV | 150 | 0 | 5.6 | 9 |
Total‡ [g] | Shoot‡* [g] | Root‡ [g] | |
Case I | 0.36 | 0.14 | 0.22 |
Case II | 0.33 | 0.14 | 0.19 |
Case III | 0.25 | 0.11 | 0.14 |
Case IV | 0.26 | 0.13 | 0.13 |
BBの燃焼灰を酸性土壌の改良剤としての適用性を予備的に評価するため、牧草の一種であるアルフアルファを試験植物として選択し、赤玉土(粒径:< 2 mm)を0.1 M H2SO4で処理し酸性化(pH4.2)させたものを供試土壌として、BB燃焼灰添加したもの添加していないものについて、人口酸性雨による栽培試験を行った。Fig. 12に示すように、BB燃焼灰添加した方が発芽・生長ともによいことがわかり、BB燃焼灰による酸性土壌のpH調整効果が明らかに見られた。
Shoot [mg g-1-plant] | Root [mg g-1-plant] | ||||||||
Case I | Case II | Case III | Case IV | Case I | Case II | Case III | Case IV | ||
Ca | 44.73 | 49.32 | 19.56 | 21.47 | 19.01 | 17.53 | 6.91 | 4.42 | |
Mg | 9.41 | 9.56 | 7.41 | 7.80 | 8.50 | 8.37 | 7.53 | 7.57 | |
Al | 2.85 | 2.10 | 1.68 | 2.67 | 29.57 | 27.57 | 25.83 | 27.07 | |
Mn | 0.40 | 0.44 | 0.91 | 1.02 | 0.79 | 0.74 | 1.62 | 0.81 |
次にBB燃焼灰添加の有無ならびに人工酸性雨のpHについて、Table 3に示す実験条件で、酸性条件に弱いとされているハツカダイコンをプラスチック製ポットに播種して、その栽培試験を行った。給水には重慶市の酸性雨のイオン組成を模して調整した人工酸性雨を用いた。
植物育成ランプ(20w×10本)を装備したアクリル製グロースチャンバー内で、各条件において一つのポットに3個体の割合で3ポットづつ栽培を行った。31日後に植物体を回収し、各個体の地上部(茎+葉)、地下部(根)の乾重量および土壌pHを測定した。各条件の乾重量および土壌pHをTable 4に示す。人工酸性雨のpH変化による乾重量の相違はなかったが、燃焼灰添加により、乾重量が増加することが確認された。燃焼灰を添加していない条件では土壌pHが約4.5と酸性のままであるのに対し、燃焼灰を添加することにより土壌pHは約6と上昇しており、酸性条件に弱いとされているハツカダイコンの生長が燃焼灰を加えることにより促進されたものと考えられた。
また、植物生長に必須であるCa、Mgおよび植物生長に有害であるAl、MnをHF-HNO3-HClO4で加熱酸分解した後、ICP-AESで定量した結果をTable 5に示す。いずれの成分においても、人工酸性雨のpH変化による影響は確認されなかった。Ca含有量は,地上部、地下部ともに燃焼灰の添加により増加することが確認され、これはBBに硫黄固定材として添加しているCa塩に由来するものと考えられた。また燃焼灰添加によりAl含有量は高くなったが、Mn含有量は減少することが確認された。燃焼灰の添加に伴いpHが上昇することによりMnの溶脱が抑制されたためであると考えられる。
Table 4に示したように、BB燃焼灰は酸性土壌の改良に一定の効果を持っていることは明らかになったが、ハツカダイコンの生長は栄養分の不足のため十分な成長にはほど遠い状況であった。そこで、重慶郊外の農村部における養豚を考慮して、BB燃焼灰と豚糞堆肥の同時施用を検討した。その結果を、Fig. 13に示すように、酸性土壌へのBB燃焼灰と豚糞堆肥の同時施用により、十分商品価値のあるハツカダイコンが生産でき、かつ可食部への問題となる重金属等の移行は確認されなかった。
8. 水生植物利用のバイオブリケット燃焼灰の土壌改良剤としての評価
新たなバイオマスとして、窒素系化合物やリン酸系化合物を水中から効率よく吸収する水生植物を利用することができれば、そのBBの燃焼灰が酸性土壌中和剤としてだけでなく、肥料効果も期待できるうえ、富栄養化した湖沼や河川の浄化にも役立つと考えられる。そこで、窒素,リン系化合物の吸収蓄積効果が高く、中国でも多く存在しているヨシ、ガマ、ホテイアオイといった水生植物を選択し、これらを用いて調製したBBの燃焼灰の土壌散布時における栄養塩供給効果および金属毒性を、農林業廃棄物バイオマスである稲藁を用いて調製したBB燃焼灰のそれと比較することにより、土壌改良剤としての有用性を評価した。なお、ここで用いたBB試料は、石炭(芙蓉炭)と各水生植物バイオマスを3:1で混合し、硫黄固定剤である消石灰(Ca(OH)2)をCa/S = 2の当量比で添加し、高圧成型したものである。
BB燃焼時に栄養塩類(N、P、K)の揮発損失が起こり、燃焼灰の土壌散布時における肥料効果が低減する可能性があるため、それらの残存率を測定した。その結果、窒素は全て揮散しており、窒素供給による肥料効果は期待できないが、PとKおよびMgに関しては、植物種による差はあるものの、その大部分が燃焼灰中に残存することが確認された。例えばPにおいては、その残存率は77~94%である。これらの栄養塩類含有量は、ヨシ及びガマに関しては、今回採取した水生植物試料中の含有量よりも稲藁中の含有量のほうが高い結果となったが、これは、稲藁の生育地への施肥の影響によるものであるということが、各バイオマス採取地の土壌分析の結果から確認された。一方で、ホテイアオイにおいては高濃度のPおよびKが含まれており、これらの含有量を基にバイオマス由来のP及びKがBB燃焼灰の中で占める割合を算出したところ、どちらも85%程度と高い値を示していた。このことは、栄養塩含有量の高いバイオマスを利用することにより、そのバイオマスを用いて調製したBBの燃焼灰が高い栄養塩供給能力を有するということを示唆している。
各種水生植物燃焼灰、及び石炭燃焼灰中の毒性金属含有量の測定結果をTable 6に示す。従来の農業廃棄物バイオマスである稲藁と各種水生植物を比較すると、ほぼ全ての金属において水生植物のほうが高い濃度を示した。燃焼灰の利用を農業用地へ適用する場合、酸性条件において単量体のイオンとして溶出し植物生長を阻害することが知られているAlの影響を評価することは非常に重要である。水生植物の総Al含有量は、稲藁のAl含有量と比較すると非常に高いが、石炭燃焼灰中のAl含有量よりは低く、BBの石炭/バイオマス混合比を考慮した場合では、最も高いホテイアオイのAl含有量においてもBB中のAl全量の10%に満たない程度であった。実際にはこのAl全てが溶出するわけではなく、また、燃焼灰添加土壌のpH上昇によりAl溶出量が低下することが麦藁BB燃焼灰5%添加土壌のカラム溶出試験によっても確認されていることから(Fig. 14)、このAlによる影響は無視できるレベルであろうと判断できる。
他の重金属による土壌及び地下水汚染への影響に関しても、規制基準より低く、無視できるレベルであることが確認された。以上の結果から、水生植物利用BB燃焼灰の土壌散布による金属の毒性影響は少なく、その高い有用性が示唆された。
9.バイオブリケットを核とするゼロエミッションサイクルの構築
中国を主たる対象として、低品位石炭または石炭のみでは燃料として利用し得ない微粉状廃棄石炭と循環性資源であるバイオマス廃棄物とを適当な割合で混合し、硫黄固定材として消石灰を用いて高圧成型して調製するバイオブリケットの有用性を明らかにした。Fig.15は中国西南部の酸性雨地域をモデルとした、廃棄物を最小化するゼロエミッションサイクルとしてのバイオブリケットを核とする循環型総合環境保全対策を模式的に示したものである。中国東北部遼寧省鞍山市では、バイオブリケット製造のための日中合弁会社(Fig. 16)による経験と実績を経て、我が国よりのODA円借款事業として、年産60万トンのバイオブリケットプラントが建設計画が進められている。東北部では民生用以外に集中供熱等では一カ所で大量に利用される可能性があり、ここで排出される燃焼灰については、無焼成煉瓦の製造等、Fig. 15に示したものとは別の燃焼灰の用途開発が必要であろう。
10. おわりに
バイオブリケットに関する研究を開始してから既に10年以上、Fig. 15に示す構想もすでに10年以上が経過しているが、BB燃焼灰による酸性土壌の改良ならびに堆肥等の同時施用によるハツカダイコンの生長試験や窒素・リンなどの富栄養化原因物質高吸収水生植物を副原料とするBB燃焼灰添加酸性土壌によるチンゲンサイの生長試験により、全体のゼロエミッションサイクルが成り立つことが確認できたのは最近のことである。バイオブリケットに関する研究は、環境省地球環境研究総合推進費、文部科学省科学研究費、鉄鋼業環境技術開発基金などの多くの資金を得て、日中の多くの研究者と中国各地からの留学生を含む多くの大学院生諸君の協力により遂行されたものである。これまでの研究は支えてくれた多くの共同研究者ならびに大学院生諸君、さらには先に掲げた研究費助成にたいしても心から感謝する次第である。