第37号:資源探査技術
トップ  > 科学技術トピック>  第37号:資源探査技術 >  海底資源探査機の開発と応用

海底資源探査機の開発と応用

2009年10月 5日

三輪哲也

三輪哲也(みわてつや):独立行政法人海洋研究開発機構 海洋工学センター 先端技術研究プログラム基盤技術研究グループリーダー

1964年2月生まれ。1991年東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻、博士(工学)。1991年新技術事業団創造科学技術推進事業 永山たん白集積プロジェクト研究員。1995年東京大学大学院工学系研究科応用化学藤嶋昭研究室(光化学)助手。1998年海洋科学技術センター深海環境フロンティア研究員。2003年同グループリーダー。2008年から 海洋工学センター先端技術研究プログラム基盤技術研究グループリーダー。明治大学大学院理工学研究科客員教授(連携大学院)。
横浜市立大学大学院生命ナノシステム科学研究科客員教授(連携大学院)。

1. はじめに

 最近の経済・社会情勢の変化に伴い、これまで開発が進まなかった海底資源に再び注目が集まるようになってきた。海底資源とは一般的に、エネルギー資源・金属鉱物資源を指すことが多いが、近年では生物・ゲノム資源も視野に入れられつつある。エネルギー資源とは、石油、天然ガス、メタンハイドレートである。石油、天然ガスはすでに採掘生産にまで達しているのに対し、日本近海の海底資源としてもっとも多いメタンハイドレートは、ようやく採掘が試験的に始められようとしている。金属鉱物資源とは、マンガン団塊、コバルトリッチクラスト、熱水鉱床である。マンガン団塊、コバルトリッチクラストは採掘生産に向けて活発に調査されてきたが、存在する水深が深いことから、その可能性が見出されず、次世代の技術が必要であると指摘されている。日本近海では熱水鉱床が、世界に比べ圧倒的に浅い場所に存在する。これは活発な火山活動が存在する地理条件に起因するが、それゆえ採掘生産に向けての本格的展開を推し進める必要がある。生物・ゲノム資源はようやく始まってきた分野であり、工業利用を前提とする極限環境微生物や、海底や大型動物などに対する共生生物らが、サンプリング培養および、ゲノム解析結果と共に急速に展開しようとしている。これらは先進的な知的財産としての価値が高く、新規生物資源の開拓の一躍を担おうとしている。

表1 海底資源になるべき物質

表1 海底資源になるべき物質

2. 深海と海底探査機

 日本周辺の北西太平洋は、地殻が沈み込む海溝構造が発達し、日本海溝や千島海溝、小笠原海溝など、8,000mを超える大深度エリアが点在する。一方、乗り上げる地殻では背弧海盆の発達が著しく、琉球や南海に大きな海盆を有している。そして海盆を縦断するように地震帯や火山帯が分布する環境にある。このような特異な海底を有することから、日本では海底探査を行うため、特に大深度探査を行うための機器開発が積極的に行われてきた。深海底探査には水圧という空中利用技術にはない特殊な環境変化があるため、動力ならびに電力、画像入力などの基盤的要素において開発の必要があった。

 海底探査において、船と探査機器が結ばれている有索での探査と、探査機が単独で行動する無索での探査があり、それぞれについて探査手法の特徴がある。有索では、供給電源量の限界や、浮力の制限が無いため、自由な設計思想のもと、重量物の設置や回収なども含め、様々な探査機が開発できた。係留系のようなもののほか、曳航体(ディープトウ)やROV、クローラタイプのものまで、多様な展開ができ、資源開発においても小型探査から重機まで、そのラインナップは多い。しかし、有索であるため、ケーブルの重さや強度などの特性が探査機の限界を上回ってしまうと、探査機の操作ができなくなる。ケーブルが長くなると潮流などによる海水の複雑な動きに対応できなくなり、大深度探査には向いていない。また、近年の漁具や情報技術の発展で、海底でのケーブルの放置や生活情報網が張り巡らされている現在、ケーブル同士の絡まりも大きな問題である。さらには、有索では、船舶から鉛直直下にケーブルが出るため行動範囲が狭く、入り組んだ海底や流氷の下など、探査できない条件も多い。

 無索の探査機は、有人潜水船やAUVなどがあり、近年の技術進展は目覚ましいが、いまだ実用に至っていないものも多い。無索の探査機は、その行動範囲が極めて広くなり、探査方位の自由度が増すことが特徴である。資源探査において、未知の探査には行動範囲の広さは最大の利点である。このため、資源探査の初期にはこの無索タイプの探査機が有効である。しかし、無索であるため、利用できる電力は電池に頼らざるを得なくなり、利用できる電力に限りがある。しかし、電力は近年の蓄電池の著しい発展により、軽量大容量の2次電池が製品化され、動力利用の省電力化とあいまって、その問題意識が低くなってきた。

 深海探査に使う無索の探査機は、必ず最後に自力で浮き上がる必要があり、浮力材の開発が必要である。特に大深度に対応するためには、この浮力材の性能向上が最大の技術的課題であり、均質で粒系の小さいマイクロバルーンの利用が必要である。優秀な浮力材は、探査機を小型化でき、機動性に優れるようになる。一方、潜航手段においては、おもり(バラスト)をかかえ、調査終了時に投棄する形式が一般的である。この形式は単純で良いが、必ず回収しなければならず、繰り返しの調査には弱い。そして無索であるがため最大に重要な部分が、情報を判断し次の行動を決定するプロセッサーの開発である。有人の場合、これらは人が一緒に潜航することで行うが、安全対策を十分に講じる必要がある。コンピューター技術やロボティクスの発展により、自立自動化されたシステムを導入した探査機(AUV)が実現可能になってきており、今後の海底資源探査の大きな柱となっていこうとしているが、研究開発すべき課題は多い。一方、運用コストはかかるものの、人間の判断が直接必要な事例も多く、双方の技術のハイブリッドな開発が、今後しばらくは必要であると思われる。

 これまでに開発されてきた探査機は、有索のものは、「ドルフィン3K」から「かいこう7000II」「ハイパードルフィン」「ABISMO」へ、無索のものは、有人潜水船の「しんかい2000」から「しんかい6500」、AUVは「PICASSO」「うらしま」や東京大学生産技術研究所の「R2D4」などがあり、多くの探査機プラットフォームが使える状態にある。

図1 深海海底の探査ツール

図1 深海海底の探査ツール

3. 海底資源の可能性と探査の難しさ

 海底資源の中でも熱水鉱床、いわゆる熱水性金属硫化物は、EEZ内に火山活動の多い日本にとって有望視される資源である。熱水性金属硫化物は海水が地殻中の断層にそって流入し、循環する過程において海水が数百度に加熱され臨界状態を超えると、地殻中の金属成分を溶かしこむ。これらは再び海底に噴出されると、噴出孔付近に金属硫化物として析出し、チムニーとして成長し鉱床を形成する。さらには多くの特殊な微生物・生物を生育させている。したがって金属資源と共に、生物・ゲノム資源の宝庫である。日本近海、とくにトカラ列島、沖縄背弧海盆、火山列島(伊豆小笠原)周辺においては、継続的な熱水活動域がいくつか報告されており、水深も比較的浅い。しかし、浅いといっても深海中に存在する。

 音響技術の発展から、現在ではかなりの精度で船上からの地形調査が可能になった。したがって海底資源が存在すると思われる地形調査は、格段の精度向上を果たしているが、船上からの探査では、波の影響や気泡混入などでその分解能に限界がある。一方、AUVなどの航行型の探査機では、長距離を安定して、海表面の影響を受けずに地形調査ができ、その探査解像度は格段に向上する。また、海底面近傍での音響探査は、分解能向上と共に、熱水プルーやハイドレートの気泡液胞の発見にも有効で、資源探査の大きな希望となっている。しかしリアルタイム性に欠けるため、状況に応じての効率的かつ重点的な調査は今後の課題である。音響での地形探査に加え、サブボトムプロファイラーなどの堆積層の解析、重力や電磁場の調査からも、海底資源の場所の推定が可能となってきている。しかし、これらの装置は、深海で使えるような耐圧設計や、電力の供給方法、データの記録容量、装置全体の重量など、基盤的部分での開発要素が多く、コストもかかりやすい。その部分の配慮が十分に必要である。

 化学物質の直接的な検出も、探査機においては重要な要素である。センシングを行いそれを動力に反映させれば、より効率的な探査ができるが、センシングデバイスの開発は、残念ながら遅れている。それはセンサーが何を求めているかで、多様に変化するためである。現在は、温度、電気伝導度、溶存酸素濃度などを計測しているが、さらに実用レベルとして、pH、ラドン、さらにはCO2やメタンなどの直接センシングも試みられている。今後は光学分析手法や、電気化学分析手法と共に、生物化学分析手法や質量分析など、マイクロケミストリーの発展と共に、小型省電力化が進むであろう。

4. 海底資源開発における環境アセスメント

 海底資源の開発において、特にエネルギー資源や金属資源において、周辺の掘削や砕石採取などにより、生物付着層、および泥の飛散などにより周辺に堆積し、海底生物の生存環境を変えてしまう可能性が指摘されている。海底近傍での掘削や採取が、どの程度の周辺環境に影響を与えるのかは、いまだ多くの国が未経験の分野である。直接的に水産資源の減少に繋がってはいけないし、環境の汚染は多くの国で望んでいないことである。また、活発な火山や熱水活動がある地域では、海底の場合、生物相が固有で、オアシスのように密集していることもわかってきた。生物の固有度が高いということは、小規模の開発で固有種を絶滅に至らせる可能性があり、開発と周辺の環境アセスメントは、困難を伴う場合でも順次行っていく必要がある。やむを得ず開発を行い状況においても、元の状況に回復するのかどうかの予測をきちんと立てなければならない。そのためにも生物相の活性が高い、熱水活動域での開発は避け、すでに熱水活動が終わった鉱床の発見が急務であり、それらを見つけるための研究と技術開発が必要である。

5. 資源探査における探査機器の意義と課題

 海底の資源は、電波では観察できないところが、最も難しい点である。そのため、海底探査機という基盤ツールにおいて、その機器の特性にそった探査手段を適合させていくべきであろう。これまで海底での活動を目的とした機器開発が大きな目標であった。それは自動車開発にいている。動力とそれを運転するための技術が必要であり、運転者に対するインターフェースが成熟してこないと、真に使いやすい機器とは言えない。たいてい探査機の基本的な運動性能は、ほぼ達成された感のある今、走るためではなく、快適に、安全に、効率よく機能する探査機に変貌を遂げないといけない。有人探査機は、その運用コストと安全運用の面から敬遠されがちであるが、その場で判断でき、観察者の感性に訴える点で、大きな利点がある。また、先端的なセンサーやデバイスの導入、現場での分析機器の導入には、機器のオペレーションが近くで行えたほうが、はるかに良い。海底資源の探査は、よりリアルタイムに、広範囲に、高感度に、経時的な過程を、効率よく、が求められる。有人の場合は現行の探査機のモデルを大幅に変え、より先端機器の導入ができるような体制を整えるべきであろう。

図2 海底探査機 有人潜水調査船(上段)「しんかい6500」と(下段)

図2 海底探査機 有人潜水調査船(上段)「しんかい6500」と(下段)

ROV「ハイパードルフィン」の外観と探査装置を乗せるペイロード。
「しんかい6500」は2か所に分けてペイロード上に機器が設置できるが、電源供給に制約がある。

 ROVなどの有索の探査機は、長時間の稼働や重量物など、実際の採掘生産に繋がる個別のシステム構築を行い、安全で安価で、ルーチンワークに適したものへとなっていかなければいけない。AUVなどの自動航行タイプのものは、位置の制御が最も難しいが、長距離で、安定性があり、自動航行のさらなる高精度化が求められると共に、複数個の同時運用における並列的な探査や、有人機やROVとの連携を備えたものへと発展すべきであろう。さらには、海底資源の探査という目標のはっきりした調査においては、そのセンシングをするデバイスの開発を加速させる必要がある。海洋におけるセンシングデバイスの開発は、他の先端機器開発に比べると、かなり遅れている。ナノテクノロジーやバイオエンジニアリングなどに使われる高感度で先進的で、微量検出できる分析装置やセンサー開発は、今後多様に進めるべきである。

6. おわりに

 海底資源のための探査機は、歴史こそ古いが、まだ十分に成熟しているとは言えない。機器の開発やその研究もさることながら、なかなか表現しにくい部分に、運用システムの構築がある。運用は経験とノウハウの蓄積が必要であり、これらがこれまでは個別に展開されている。機器の開発と、それを使うチームとの一体的な利用が、最大限の性能を生むことはよく知られていることであり、海底資源の探査機の開発と応用についても、十分に加味すべき点である。