高効率光触媒材料の研究開発
2010年 4月19日
葉 金花(よう きんか):
(独)物質・材料研究機構 光触媒材料センター長
1963年生まれ、1990年東京大学大学院理学系研究科卒業、理学博士。
大阪大学産業科学研究所教務職員、科学技術庁金属材料研究所主任研究官、物質・材料研究機構物性解析グループ主任研究員、エコマテリアル研究センター主幹研究員、主席研究員、グループリーダーを経て、2006年より現職。2007年世界トップ研究拠点PI(併任)、2008年北海道大学連携大学院教授(併任)。
1.はじめに
光触媒材料は、光照射によって励起された電子・ホールの酸化還元作用で有害化学物質を分解・除去、さらには水を分解して水素を生成できる材料である。常温で太陽光エネルギーのみを利用して反応が進むため、新たな環境への負荷も少なく、新エネルギー創製技術&環境保護技術として大変注目されている。しかし、既存の酸化チタン光触媒材料は紫外光にしか活性を示さないため、応用範囲及び市場規模の拡大を制約している。飛躍的な市場拡大を実現するためには、太陽光や室内照明光をより有効に利用できる可視光応答型光触媒の開発が必要不可欠である。また、ナノテクを駆使した高機能化研究も重要な鍵を握っている。本稿では本研究室における高効率光触媒材料の研究開発に関する最近の取り組み及び成果を紹介する。
2.新規可視光応答型光触媒の開発
従来の可視光化研究は紫外光応答型酸化チタン材料の改良(異種金属元素或いはアニオンのドープ等)を中心に行われてきたが、格子欠陥を伴うため、光照射で生成した正孔と電子のトラップ・再結合中心となりやすく、大幅な活性向上が期待できなかった。
より高機能な光触媒材料を求め、我々は酸化チタンの枠組みに囚われない、新規複合酸化物光触媒材料の開発に取り組んできた。理論計算を導入しながら、構成元素の価数、外殻電子配置、スピン状態、結晶場の影響などを総合的に考慮し、特にキャリアの移動度に深く関連する軌道の局在性について検討した上で、材料設計・開発を行っている。その結果、可視光照射下において水及び各種有機有害化学物質を分解できる新規光触媒材料の開発において幾多の成果を収めた1-10)。本稿では伝導帯の位置が比較的に高く、光照射下の安定性が良いとされるNb系複合酸化物について異なる手法で開発した新規可視光応答型光触媒について紹介する。
2.1 可視光応答型固溶体光触媒(Ag0.75Sr0.25)(Nb0.75Ti0.25)O3 6-7)
固溶体合成法は、二種類以上の酸化物半導体を原子レベルで溶解させる方法である。この方法は、母物質である個々の酸化物半導体の電子構造を光触媒反応用に最適化することが可能であり、個々の母物質では実現されない特性が得られる点で興味深い。また、ドープ等の手法で見られる活性低下を引き起こす欠陥準位の抑制の観点からも有望な手法と考えられる。今回我々は、第一原理計算の結果を参考に、ペロブスカイト系酸化物SrTiO3とAgNbO3を母物質として選択し、この両者の固溶体は適量な可視光を吸収しながら、有機有害物質の分解に十分なポテンシャルを有すると予測した。
図1に合成した(AgNbO3)1-x(SrTiO3)x固溶体における組成制御に伴う吸収スペクトルの変化を示す。AgNbO3の成分が増えることに伴い、バンドギャップが徐々に狭くなり、固溶体の吸収端が長波長側にレッドシフトすることが分かった。ドープによっても幾らかの可視光吸収をもたせることができるが、固溶体との大きな違いは吸収端の明らかなレッドシフトの有無にある。これらの固溶体材料を用いてシックハウス症候群の原因物質であるアセトアルデヒドの酸化分解実験を試みた結果、分解最終生成物CO2の発生量を母物質であるSrTiO3やAgNbO3でのそれと比較すると、固溶体ではいずれも優れていることが明らかである。それらのなかでも、前者を25%、後者を75%含む固溶体半導体(AgNbO3)0.75 (SrTiO3)0.25が、最も優れた性能をもつ可視光応答型光触媒となることを示している6)。
実際、その固溶体での分解反応をアセトアルデヒドとCO2濃度の時間変化として図2に示している。400nm以上の可視光を約100分照射すると、ほぼ100%のアセトアルデヒドがCO2に変換された。また、微弱な可視光光源として知られているブルーLED光(波長:430~510nm/光度:0.01mWcm-2)の照射下でもイソプロピルアルコールなどの有機化合物をCO2に分解できることが確認された。従来最も活性が高いとされている窒素ドープ型酸化チタンと比べ、この固溶体光触媒材料の比表面積が数十分の1しかないにもかかわらず、活性が3倍以上も高く、非常に有望な可視光応答型光触媒材料であるといえる。今後合成方法にナノテクノロジーを利用し、超微粒子化による比表面積の大幅な増大を図ることによって飛躍的な性能改善も可能であり、室内での環境浄化への用途も開けることが期待できる。
図1.(AgNbO3)1-x(SrTiO3)x固溶体の組成変化に伴う
UV-Vis吸収スペクトルの変化。 x=0と1とはそれぞれAgNbO3及びSrTiO3になる。
図2.(AgNbO3)0.75(SrTiO3)0.25固溶体による可視光照射下
(Xeランプ、L42カットオフフィルター使用)のアセトアルデヒドの分解の結果。
2.2 Nb系固体酸化合物光触媒の可視光化8-9)
固体酸材料は、有機物に対し選択的な吸着特性を有するため、有機物質の効率的な吸着に有利である。また層状構造は光励起キャリアの分離に有効的に働くのみでなく、イオンの層間へのインターカレーションを容易にすることができる。しかし、Nb系固体酸化合物はバンドギャップが広いため、可視光を吸収できない。そこで、本研究では上記固溶体形成法とは異なる窒素ドープ法により、Nb系固体酸層状化合物の可視光化を試みた。
図3 Nb固体酸への窒素ドープ概念図
従来の窒素ドープ法として、窒素ガスやアンモニアガスを利用した高温での加熱処理がよく用いられてきた。しかし、固体酸単体では概ね200℃程度の加熱により,容易にNb2O5へと分解してしまうため、従来の窒素ドープ法は適用できない。そこで我々は、層状Nb固体酸のもつ構造的な特徴および層間の酸性度を利用し、アルカリ性を有する尿素を用いて固体酸への窒素置換を試みた。図3にNb固体酸化合物HNb3O8への窒素ドープの概念図を示す。アルカリ性を有する尿素(の断片)が固体酸の層間に入り込むことにより,400℃という十分高い温度においても固体酸は分解されることなくその結晶構造が保持される。同時に、焼成後は酸素が一部窒素に置換され、可視光吸収を有するHNb3O8-Nが得られた。ドープした窒素が新しい価電子帯を形成するため、N-HNb3O8は可視光を吸収できるようになったためである。
図4 窒素ドープ固体酸光触媒材料による
ローダミンB色素の分解
N-HNb3O8の光触媒活性を評価したところ、可視光照射下においてローダミンBなどの色素を高効率で分解することが確認できた。その活性は窒素ドープ酸化チタンよりも優れていた。また、異なる酸性を有するH2Ti4O9についても同様な手法を用い、比較検討を行った結果、窒素ドープ固体酸材料の可視光光触媒活性は固体酸の酸性に強く依存していることも判明した(図4)。酸性の強い固体酸材料においては、溶液中の水分子が,より多く存在する層間の水素に吸着され,さらに可視光によって励起したホールは吸着した水分子をラジカルに変換できる。これが最終的には有機色素のより迅速な分解をもたらすと考えられる。なお、本研究で用いた手法は他の固体酸物質だけではなく,多くの物質群においても適切に応用できれば、さらに活性の高い可視光応答型の光触媒材料の開発に繋がることが期待できる。
3.ナノテク応用による高機能化
図5 溶液法で作製したナノ階層中空構造を有する
WO3光触媒のSEM写真。上段:枝状WO3、
中段:ダンベル状WO3、下段:球状WO3。
光触媒反応が材料表面で行われるため、ナノテクを駆使した高比表面積化、高結晶性化が極めて重要である。我々は微粒子作製技術の開発にも積極的取り組み、様々な成果をあげてきた11-15)。その一例として、可視光応答型光触媒材料として最近注目を集めているWO3材料について、中空構造を有するナノ多階層構造の作製による高機能化研究ついて紹介する11)。
WO3光触媒材料の作製においてはまずSrWO4やPbWO4などの前駆体をソルボサーマル法を用いて作製し、得られた前駆体材料を硝酸溶液(4M)に48時間ほど浸けたのち、電気炉にて500℃で2時間熱処理を行うことによって得られた。前駆体材料の選択および合成条件の最適化を行うことによって、枝状、ダンベル状、球状などの中空構造WO3が得られた(図5)。なお、中空構造の壁の厚さはいずれも250nm前後である。
これら中空構造の表面をさらに透過型電子顕微鏡を用いて調べたところ、どの形態の材料においても表面はいずれも格子欠陥の少ない (020)ナノ板状WO3単結晶(サイズ:10nm x 100nm x 100nm)によって構築されていることが分かった(図6)。このようなナノ構造を有する材料は一般的に良い結晶性、高い比表面積、さらには高い光透過性が期待できる。光触媒反応のプロセスから考えると、結晶性の良い微粒子は格子欠陥が少なく、光励起キャリアの移動に有利なだけではなく、移動する距離が短縮する分、表面へ辿り着く確率を上げる。また、高い比表面積は、表面での酸化・還元反応における反応活性点を増やすことになる。さらに、中空構造は壁が薄いため、試料の中まで光の浸透を可能とする。これらの特性が総合的に作用した結果、中空構造における光触媒材料の活性が、色素分解ならびに気相有害物質IPA分解のいずれにおいても、市販のWO3材料より大幅に向上することをもたらした。なお、本研究で開発したこの中空構造の作製手法はWO3に限定することなく、他の光触媒材料の作製および高機能化にも適用することが期待できる。
図6 ナノ多階層中空構造を有するWO3光触媒の透過型電子顕微鏡写真および電子回折パターン
4.バンド構造と光触媒活性の関連
図7 可視光照射下におけるα-AgGaO2相と
β-AgGaO2相の光触媒活性の比較。
イソプロパノールの分解により発生したアセトンの量で評価。
我々はこれまでに、物性解析的な実験手法と第一原理計算理論を総合的に駆使することにより、光触媒反応の活性制御因子の究明にも取り組んできた。これまでの研究から、光吸収量を決めるバンドギャップと酸化・還元力を決める伝導帯・価電子帯の位置、特に価電子帯の位置の制御が高活性材料の開発にとって非常に重要であることが明らかとなった。今回はさらにバンドの拡散性の影響について同じ組成を持ちながら異なる結晶構造をするα-AgGaO2相とβ-AgGaO2相を用いて研究を行った16)。その結果、α-AgGaO2相とβ-AgGaO2相が同様な組成をもつため、バンドギャップおよび伝導帯・価電子帯の位置には大差がなかったにもかかわらず、有機物質(イソプロパノール)分解における光触媒活性としてはα-AgGaO2がβ-AgGaO2の8倍以上も高い活性を示すことが判明した(図7)。
図8 α-AgGaO2相(左)とβ-AgGaO2相(右)の結晶構造
上記光触媒活性の違いの本質を究明するために、α-AgGaO2相とβ-AgGaO2相の結晶構造ならびに電子構造について詳細な検討を行った。図8にα-AgGaO2相とβ-AgGaO2相の結晶構造を示す。α相においてはGaO6八面体が一辺を共有した層を形成し、その層の間をAgで繋がっているような構造となっている。一方、β相の場合はGaO4とAgO4四面体が繋がっている構造となっている。特にAgの周りの酸素の配置に着目すると、α相においてはAgが二つの酸素と一直線に並び、β相にはAgが4つの酸素とAgO4四面体を形成している。
図9 α-AgGaO2相(左)と
β-AgGaO2相(右)の
電子構造(上)及び状態密度(下)
一方、これらの材料のエネルギーバンド構造を精査した結果、図9に示すようにα-AgGaO2相の価電子帯のトップが非常に拡散的であるのに対し、β-AgGaO2のそれは非常に平坦であることが判明した。これらバンド構造の特徴は化合物の結晶構造、特に価電子帯のトップを構成するAgを囲むAg-O多面体による結晶場でのAg軌道の分裂様相の違いに由来することも分かった。α相においてはAg4d軌道が分裂せず、ブロードな軌道になっていることに対し、β相においてはAgO4四面体の結晶場においてAg4d軌道がAg4d-t2とAg4d-eに分裂したため、フラットな価電子帯トップを形成している。光励起したホールの有効質量はバンドの湾曲性と逆比例するため、ブロードで拡散性の良い価電子帯を有するα-AgGaO2相におけるホールは軽く、移動しやすいことが理論計算から裏付けることができた。その結果、α-AgGaO2相においては光励起したキャリアが素早く表面に移動できるため、光触媒反応の高活性が実現したと考えられる。
5.おわりに
光触媒科学やその関連産業が更なる発展を遂げるためには高感度な可視光応答型光触媒材料の開発が重要な鍵を握っている。我々はその目的を実現するためにバンド構造制御による新規可視光材料の開発、活性向上を図るための表面・界面のナノ構造制御、さらに活性制御因子に関する実験と理論計算の両方からの究明などの研究に取り組んできた。今後は理論計算を取り入れた材料設計・創製を行うと共に、表面・界面での酸化・還元反応経路の解明、メソポーラス材料などの吸着材料との複合化を行うことによって、より高機能材料の開発を目指していく予定である。
光触媒材料は、現在低負荷型浄化技術として、環境保全分野への応用に広がりを見せているが、太陽光エネルギーを化学エネルギーに変換・貯蔵する「人工光合成技術」としても多大な可能性を秘めている。水から水素燃料を製造したり、二酸化炭素をメタンなどに還元・資源化するなど、まさに夢のような技術を提供することも可能である。持続可能な社会の実現に向けて、我々の挑戦は続く。
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