第51号:幹細胞および再生医学
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造血幹細胞移植療法の研究開発

2010年12月22日

東條有伸

東條有伸(とうじょう ありのぶ):
東京大学医科学研究所 先端医療研究センター・分子療法分野 教授、
幹細胞治療研究センター 幹細胞移植分野長、附属病院 血液腫瘍内科長、
附属病院 セルプロセッシング・輸血部長、副病院長兼任

1955年8月1生まれ。1981年 東京医科歯科大学医学部卒業。1988年 東京大学大学院 医学系研究科修了(医学博士)。血液内科学専攻。内科学会認定内科医・指導医。血液学会認定血液専門医・指導医。主として分子標的薬・抗体・抗がん剤を用いた造血器腫瘍の診療に従事している。白血病や類縁疾患の研究を通じて現在の治療を超える新しい治療戦略の開発と提唱を見果てぬ夢として目指している。

造血幹細胞移植の概要

 骨髄移植(bone marrow transplantation; BMT)に象徴される造血幹細胞移植(stem cell transplantation; SCT)の理念は、①投与量の増大によって高い治療効果が期待できる化学療法感受性の造血器腫瘍や一部の固形腫瘍に対して、超大量化学療法後の自己造血回復を促進するために行うものと、②化学療法その他の保存的治療では治癒が期待できない難治性の血液免疫疾患に対して、病的な造血組織を破壊して正常造血の再構築を行うものとに大別される。基本的に、①は主に末梢血に動員された自己の幹細胞を用いる自家移植(autologous SCT; autoSCT)であり、②は他の健常者由来の幹細胞を移植片として用いる同種移植(allogeneic SCT; alloSCT)が該当する。同種移植では他者の免疫系も移植されるので、この同種免疫も抗腫瘍効果に貢献する。主な対象疾患として、治療抵抗性の急性白血病や高悪性度または輸血依存性の骨髄異形成症候群などの他、重症再生不良性貧血や先天性免疫不全症などの非腫瘍性疾患も含まれる。自家移植では移植片に腫瘍細胞の混入がないことが原則であり、主として悪性リンパ腫や多発性骨髄腫に対して行われている。以下本稿では、同種移植について記載する。

 alloSCTは病的な造血組織を他者から供給される正常の造血組織で置換することによって疾患を治癒に導くための治療であり、その前後において多種多様な合併症が発現する可能性がある。それらを羅列すると、

  • 全身放射線照射や超大量化学療法による組織障害に基づく移植前処置関連毒性(regimen-related toxicity; RRT)
  • 移植された造血組織(移植片)の生着不全
  • 移植片由来のドナーリンパ球がレシピエントの臓器組織を非自己と認識して攻撃する移植片対宿主病(graft versus host disease; GVHD) 移植後100日以内に発症する急性型とそれ以降に発症する慢性型がある。主な標的臓器は皮膚、肝臓、腸管そして肺である。
  • 生着不全・GVHD予防に用いられるシクロスポリンなどの免疫抑制剤やRRT、GVHDなど複数の原因による血管内皮細胞障害を起点とする血栓性微小血管障害症(thrombotic micro angiopathy; TMA)
  • 好中球減少症や免疫抑制剤の使用に伴う感染症、特に日和見感染症。 頻度の高いサイトメガロウイルス(cytomegalovirus; CMV)などヘルペス族ウイルスの再活性化やニューモシスティス・カリニ原虫による肺炎、その他細菌・真菌(アスペルギルス、カンジダ)感染症。
  • 薬剤(および薬剤相互作用)による臓器障害(肝臓・腎臓・中枢神経系など)。免疫抑制剤や抗菌薬、抗ウイルス薬が関係する頻度が高い。

同種幹細胞移植の適応拡大

 近年のalloSCTにおける研究開発面での動向として、使用する幹細胞ソースの多様化と骨髄非破壊的前処置法(nonmyeloablative or reduced-intensity conditioning; RIC)の導入によって以前と比べて移植適応が拡大されつつある点が強調され、以下この2点に焦点を当てて記載する。

(1) 同種移植の種類に関する研究開発の動向-幹細胞ソースの多様化-

 alloSCTは、ドナー(血縁者・非血縁者)や幹細胞ソース(骨髄・末梢血幹細胞・臍帯血)の違いによって分類される。①骨髄は最もオーソドックスな幹細胞ソースであり、HLA完全一致の血縁者ドナー骨髄は移植関連合併症のリスクが最も少ない幹細胞ソースである。実際には血縁者ドナーの利用は限られるが、登録者数37万人(2010年10月現在)を超える公的骨髄バンクが充実しているため、非血縁者間骨髄移植(unrelated bone marrow transplantation; uBMT)が普及している。1993年の開始以来年間実施件数は右肩上がりで、2009年には1216例が実施され、2010年10月まで累計1,2000例を超えている1。 ②末梢血幹細胞移植(peripheral blood SCT; PBSCT)は、顆粒球コロニー刺激因子(granulocyte colony-stimulating factor; G-CSF)の連日投与によって幹細胞を末梢血に動員した後アフェレーシスで採取した移植片を用いる。骨髄に比べて生着までの期間が短縮されるが、移植片中のリンパ球数が多いためGVHDの発症率は一般に高い。全身麻酔の必要がないためドナーにかける負担も少ないため、血縁者間BMTが過去十年間で半減するいっぽう、PBSCTが普及して件数は逆転している。なお、わが国でも本年より非血縁者間のPBSCTが認められ、施設限定で開始されている。③臍帯血移植(cord blood transplantation; CBT)は、分娩時に採取した臍帯血から細胞分離後凍結保存したものを移植片に用いる。ドナーへの侵襲がなくレシピエントの都合に合わせて使用でき、HLAを一致させる必要がない利点を有するいっぽう、含有細胞数が少ないための生着遅延や免疫系がナイーブなためサイトメガロウイルス感染症を繰り返すなどの短所もある。バンク設立は1997年であるが最近数年間の普及はめざましく、2009年には891例が実施され、2010年9月の時点で累計3700例を超えている2。近年のCBTの普及は顕著であるが、その大部分を16歳以上の症例が占めている。わが国の成人患者に対する造血幹細胞移植医療では、CBTがBMT/PBSCTを代替する、あるいはこれらに比肩する治療法と認識されている。表1に非血縁者間CBTとBMTの比較をまとめた。CBTの長所はHLA不一致ドナーでも特別な処置を必要とせず、しかもGVHDの重症度や頻度が比較的低いことであり、短所は移植細胞数の少なさに起因する造血回復の遅延と感染症の合併である。なお、この短所を克服する手段として、複数(通常2ユニット)の臍帯血を同時に移植する複数臍帯血移植法や臍帯血を骨髄内に直接注入する骨髄内移植法などの臨床研究が行われている。前者のパイオニアである米国ミネソタ大学のJohn E. Wagnerのグループの成績では、同施設で以前行われた単一ユニット移植の成績と比較して複数ユニット移植のほうが好中球の回復が早い傾向が認められている3。

表1

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 少子高齢化の傾向が顕著なわが国においては、非血縁者幹細胞ソースの利用が将来ますます重要になってくる。かつて、血縁者間BMTと比較して非血縁者間BMTの成績が全生存率で20%程度低かった時期もあるが、前述した各種合併症管理の改善により最近ではほぼ互角の成績が示されている4(図1)。いっぽう、血縁者ドナーの利用についても近年、HLA2抗原以上不適合移植、特にHLAハプロタイプ一致血縁者ドナーからの移植が試みられている。これまで開発されたHLA不適合血縁者間移植のプロトコールは、移植片中のドナーT細胞による同種免疫応答の抑制に主眼をおいており、①体外でT細胞を除去した移植片を用いるex vivo T細胞除去移植法、②抗胸腺細胞グロブリン(anti-thymocyte globulin; ATG)やモノクローナル抗体alemtumab(campath-1H)を前処置に用いたin vivo T細胞除去移植法、③非遺伝母HLA抗原(non-inherited maternal HLA antigens; NIMA)相補的移植法などが試みられている5。これらの新しい取り組みは、現在は臨床研究段階ではあるものの、将来有用性が確立して治療成績が向上することが移植適応拡大のために注目される。

図1
図2

図1

(2) 同種移植の方法に関する研究開発の動向-骨髄非破壊的前処置法による移植の導入-

 腫瘍性疾患に対するalloSCTは、罹患した造血組織を破壊した後に正常造血を再構築するため、致死線量の全身放射線照射(total body irradiation; TBI)と超大量化学療法による骨髄破壊的前処置(myeloablative conditioning; MAC)を通常行う(従来法)。ただし、再生不良性貧血のように移植片拒絶予防のための免疫抑制を主とする場合は、TBIの代わりに全リンパ組織放射線照射(total lymphoid irradiation; TLI)を行う。いずれにせよ、このような強力な前処置のため、移植適応は年齢55歳以下で心・肺・肝・腎など重要臓器の機能が正常である患者に限られていた。とりわけ造血器腫瘍患者の過半数を占める高齢者層は、移植関連死亡率(treatment-related mortality; TRM)が高いという理由で移植治療の対象となることはなかった。alloSCTによる抗腫瘍効果には移植前処置だけでなくドナー由来リンパ系細胞の同種免疫作用が関与していることは、GVHDを発症した造血器腫瘍例では発症しなかった例と比較して再発率が低下するというデータや移植後再発に対してドナーリンパ球輸注が奏功する(慢性期CML例など)という事実から明らかである。近年、この同種免疫作用すなわち移植片対腫瘍効果(graft versus tumor effect; GVT)を生かして照射線量や化学療法の軽減によって臓器毒性を抑える骨髄非破壊的前処置法(reduced-intensity conditioning; RIC)の開発により、70歳くらいまでの高齢者や臓器障害を有する患者にも移植適応が拡大されつつある。このRICによる移植(reduced-intensity SCT; RIST)あるいはミニ移植では、造血系が一時的にドナーとレシピエントの混合キメラ状態となり、ドナータイプへの転換にはしばしばドナーリンパ球輸注を要する。抗腫瘍効果を同種免疫に依存するため、低悪性度で進行の遅い造血器腫瘍が主な対象であり、アグレッシブな疾患に対しては有効ではないと考えられるが、急性骨髄性白血病(acute myeloid leukemia; AML)のように一般にアグレッシブとされる疾患にも有効であったという報告もなされている6。多発性骨髄腫に対するHLA一致血縁ドナーからのPBSCT/BMTの移植成績を比較した最近のEBMTからの報告では、幹細胞ソース間で全生存率、非再発死亡率(non-relapse mortality; NRM)には有意差ないが、MACによる移植と比較してRICではNRMは低く、再発率(relapse rate; RR)が高いことが示された7。また、悪性リンパ腫に対するRISTの成績(無進行生存率、全生存率)は組織型や移植時の病期に影響され、濾胞性リンパ腫ではHodgkin病を含む他の組織型に比べて良好な傾向にあることも報告されている8。RISTはまだ臨床研究段階の治療法であり、今後の課題として① RICの範疇で抗腫瘍前処置を強化すること、②GVHDを悪化させずGVT効果を高めること、③幹細胞ソースの選択などがあげられる。RISTは新たな移植理念を創出した点で注目すべきであり、今後の臨床研究、特に標準的治療が確立されていない疾患への応用が期待される。

将来展望

 alloSCTの目標は長期生存率の向上であり、それを実現するには移植関連死の減少と再発防止という二つの相反する課題を克服することが必要である。また、そのためには前処置の改良によって治療関連毒性の軽減を図るいっぽうで、GVHDを増悪させることなくGVTを高めるという至難の業を成し遂げなければならない。非特異的な組織障害の強い抗がん剤に代わる分子標的薬や細胞標的薬を使用することによって可及的腫瘍選択的に毒性を発揮させること、とりわけ最近注目されているニッチに潜む腫瘍幹細胞をいかに攻撃するかが今後の具体的目標のひとつになるであろう(これは移植以外の治療にも通じることである)。いっぽう、GVHDをスペアしてGVTを増強するためにはぺプチドを含む腫瘍ワクチンや腫瘍特異的細胞療法など現在トランスレーショナルリサーチとして行われているものをこの領域でも展開していくことが望まれる(図2)。

図2

図2

主要参考文献:

  1. 骨髄バンク事業の現状(移植件数・ドナー登録者数等)/骨髄バンクデータ集.日本骨髄バンク・ホームページ (http://www.jmdp.or.jp/)
  2. 月別さい帯血移植実績数/さい帯血バンクと移植の現状.日本臍帯血バンクネットワーク・ホームページ (https://www.j-cord.gr.jp/ja/)
  3. Wagner JE. Should double cord blood transplants be the preferred choice when a sibling donor is unavailable? Best Pract Res Clin Haematol. 22:551-5, 2009
  4. 日本造血細胞移植学会データセンター 日本造血細胞移植学会 平成19年度調査報告書
  5. 造血細胞移植ガイドライン HLA不適合血縁者間移植.JSHCT monograph Vol17 2009年8月、日本造血細胞移植学会
  6. Scott BL, Sandmaier BM. Reduced-intensity allogeneic bone marrow transplantation. Hematology 2006: 381-9, 2006
  7. Gahrton G, Iacobelli S, Bandini G, et al; Myeloma Subcommittee of the EBMT. Peripheral blood or bone marrow cells in reduced-intensity or myeloablative conditioning allogeneic HLA identical sibling donor transplantation for multiple myeloma. Haematologica. 92:1513-8, 2007
  8. Tomblyn M, Brunstein C, Burns LJ, et al. Similar and Promising Outcomes in Lymphoma Patients Treated with Myeloablative or Nonmyeloablative Conditioning and Allogeneic Hematopoietic Cell Transplantation. Biol BMT, 14: 538-45, 2008