第51号:幹細胞および再生医学
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再生医療の最前線:制度的枠組みとヒト臨床応用

2010年12月27日

大和雅之

大和雅之(やまと まさゆき):
東京女子医科大学 先端生命医科学研究所 教授

1994年 東京大学大学院理学系研究科博士課程修了 博士(理学)取得
1994年 日本大学薬学部 助手
1997年 日本学術振興会 博士研究員
1998年 東京女子医科大学医用工学研究施設 助手
2000年 東京女子医科大学先端生命医科学研究所 講師
2002年 東京女子医科大学先端生命医科学研究所 助教授(2007年より准教授)
2008年 東京女子医科大学先端生命医科学研究所 教授

2006年より経済産業省「技術戦略マップ 再生医療分野」作成委員会委員、2009年同委員長を務める。厚生労働省「自己由来ヒト細胞・組織加工医薬品等の品質及び安全性の確保に関する指針」、「他家由来ヒト細胞・組織加工医薬品等の品質及び安全性の確保に関する指針」検討委員会委員、「再生医療における制度的枠組みに関する検討会」委員等を歴任。現在、東京女子医科大学医学部グローバルCOE「再生医療本格化のための集学的教育研究拠点」拠点リーダーを務める。
URL:http://www.twmu.ac.jp/ABMES/

1 日本における再生医療の制度的枠組み

 日本では3つの枠組みで再生医療が可能であると考えられる。一つ目は、医師法のもとに完全自由診療としておこなう場合である。今後、混合診療が歯科以外でも認められると、この枠組みのもとでの再生医療は大きく開花すると期待される。しかし、新規技術である再生医療は多くのケースで安全性、有効性が十分に確立されているとは言いがたいこともあり、私見では、医師法のもととはいえ野放しで多くの患者に施術することはややグレイであると言わざるをえない。欧米でも同様の懸念が指摘されており、国際幹細胞生物学会(ISSCR)は、医師、研究者および患者向けに、このような再生医療(欧米では幹細胞治療と呼ぶことが多い)に関する声明を出している[1]。この問題は、Nature Medicine誌が論説でとりあげている[2]。

 二つ目は、規制当局からの薬事承認を求めない臨床研究としておこなう場合である。厚労省は、所属機関の倫理委員会(IRB)が認めた研究として少数例の試験的治療をおこなう場合、2006年9月1日から施行されている「ヒト幹細胞を用いる臨床研究に関する指針」(いわゆる「ヒト幹指針」)に合致することを求めている。本指針では、臨床研究を開始する際に厚生労働大臣の意見を求めることが必要とされており、その実態は学識経験者からなる審査委員会の了承である。現在までに10数件の臨床研究計画が了承されている。

 三つ目は薬事法のもとで治験(医師主導治験ないし企業治験)をおこない、製造販売承認を得る場合である。残念ながら国内でこれまでに製造販売承認を得た細胞・組織由来製品はジャパン・ティッシュ・エンジニアリング社のジェイス®(培養自己表皮)しかない。

2 欧州における再生医療の制度的枠組み

 欧州ではこれまで加盟各国単位の医薬品の承認がおこなわれてきたが、多様な規制が共存するEU加盟国の薬事規制を統一する試みが1995年の欧州医薬品審査庁(EMEA、現在はEMA)設立以降本格化し、相互認証制度から中央審査方式に段階的に移行している(EC 2309/93、EC/726/2004、EC/1394/2007を参照)。EMAの審査により、EU27カ国とEFTA3カ国の計30カ国で一括承認を得ることができる。このような欧州の制度的枠組みの変更にともない、再生医療は遺伝子治療などと共にAdvanced Therapy Medicinal Products (ATMP)としてカテゴライズされている。それまで多くの場合、規制当局からの製造販売承認なしに商業化されてきた自家細胞の培養代行サービスとしての再生医療(あるいは幹細胞治療)もすべて治験による規制当局からの承認が必要となり、承認なしには2012年以降は全面禁止となる(いわゆる2012年問題)。この新しい制度のもとで最初に承認を得たのはTiGenix社(http://www.tigenix.com/en/index.php?id=30)のChondroCelect®のみである。ChondroCelect®は、2001年に論文発表された培養技術[3,4]に基づく患者自家軟骨由来軟骨細胞を培養して得られた培養自家軟骨であり、112人の被験者が参加した経過観察期間36ヶ月の多施設ランダム化試験を経て承認された[5]。現行では欧州では承認を求めない臨床研究は認められておらず、初めての患者への施行は必ず治験第I相としておこなう。ただし例外規定を設けており、明確に示されている要件を満たせば治験ではない治療が可能である(the Specials Exemption, Article 5, 2001/83)。

3 米国における再生医療の制度的枠組み

 同様に米国でも治験でない臨床研究を基本的には認めていない。米国では医薬品の治験申請(あるいは申請に必要な情報パッケージ)をIND (Investigational New Drug)、医療機器の治験申請をIDE (Investigational Device Exemption)と呼ぶ。それぞれcommercial IND/IDE(企業治験)とinvestigator IND/IDE(医師主導治験)に分かれるが、共にGCP (Good Clinical Practice)のもとでおこなわれる。すなわち欧州と同様、製薬企業による承認目的の臨床試験(治験)だけでなく、医師や大学研究者による承認を求めない学術的な臨床試験(臨床研究)であっても、IND/IDEの提出が義務づけられている。興味深いことに、企業治験は全体の1/3に過ぎず、医師主導治験が残りの2/3である。この他、欧州と同様承認を求めない例外的なINDとして、emergency use INDとtreatment INDがあり、急な案件にも対応できる制度となっている(21CFR, Sec. 312.23 or Sec. 312.34)。このような例外的制度が日本にないことは特筆すべきであろう。

 欧米では、このような厳しい制度的枠組みが制定されており、再生医療のヒト臨床応用には様々な困難が存在すると考えられがちであるが、必ずしもそうでない。欧米では優秀なコンサルタントや種々の治験業務を支援するサードパーティ企業であるCRO (Contract Research Organization)が利用可能であり、また規制当局の対応も保守的な日本の規制当局に比べ、柔軟かつ協力的であると評価されている。たとえば後述のように、日本の現状からは想像することもできなかったES細胞を原材料とする治験がすでに米国では始まっている。

4 日本固有の制度:確認申請

 日本の再生医療製品の治験制度において特徴的なのは確認申請の存在である。本邦では、通常の医薬品、医療機器と異なり再生医療製品や遺伝子治療製品などの新規医療技術製品においては、製品の品質・安全性等からヒトへの投与の妥当性を評価することを目的とするという文脈で治験申請の前にPMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)による審査が必要となる(最終的には薬事食品厚生労働省衛生審議会への諮問、答申)。確認申請に関連して、以下に列挙する膨大な法令・通知等がある。

「細胞・組織を利用した医療用具又は医薬品の品質及び安全性の確保について」医薬発第906号(H11.7.30)、「細胞・組織を利用した医薬品等の品質及び安全性の確保に係る手続きの変更について」薬食発第0330030号(H19.3.30)、「ヒト又は動物由来成分を原料として製造される医薬品等の品質及び安全性確保について」医薬発第1314号(H12.12.26)、「ヒト(自己)由来細胞や組織を加工した医薬品又は医療機器の品質及び安全性の確保について」薬食発第0208003号(H20.2.8)、「ヒト(自己)由来細胞・組織加工医薬品等の品質及び安全性の確保に関する指針に係るQ&Aについて」事務連絡(H20.3.12)、「ヒト(同種)由来細胞や組織を加工した医薬品又は医療機器の品質及び安全性の確保について」薬食発第0912007号(H20.9.12)、「ヒト(同種)由来細胞・組織加工医薬品等の品質及び安全性の確保に関する指針に係るQ&Aについて」事務連絡(H20.10.3)、「生物由来原料基準」厚生労働省告示第210号(H15.5.20)、ICH(日・米・EU医薬品規制調和国際会議)品質ガイドラインQ5A「ヒト又は動物細胞株を用いて製造されるバイオテクノロジー応用医薬品のウイルス安全性評価について」医薬審第329号(H12.2.22)、同Q5D「生物薬品製造用細胞基材の由来、調整及び特に特性解析」医薬審第873号(H12.7.14)、「異種移植の実施に伴う公衆衛生上の感染症問題に関する指針について」医政研発第0709001号(H14.7.9)、「異種移植の実施に伴う公衆衛生上の感染症問題に関する指針」に基づく3T3J2株及び3T3NIH株をフィーダー細胞として利用する上皮系の再生医療への指針について」医政研発第0702001号(H16.7.2)、「遺伝子治療用医薬品の品質及び安全性の確保に関する指針について」薬発第1062号(H7.11.15)、「遺伝子治療用医薬品の品質及び安全性の確保に関する指針の改正について」医薬発第0329004号(H14.3.29)、「遺伝子治療用医薬品の品質及び安全性の確保に関する指針の一部改正について」薬食発第1228004号(H16.12.28)、「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」(法律第97号(H15)H16.2施行)、「医療用具の製造(輸入)承認申請に必要な生物学的安全性評価の基本的考え方について」医薬審発第0213001号(H15.2.13)、「生物学的安全性試験の基本的考え方に関する参考資料」事務連絡医療機器審査No.36 (H15.3.19)、「ヒト(自己)由来細胞・組織加工医薬品等の製造管理・品質管理の考え方について」薬食監麻発第0327025号(H20.3.27)、薬事法第2条9生物由来製品、薬事法第2条10特定生物由来製品など様々なものがある。

 これまでに確認申請に適合した細胞・組織由来製品としては以下の10品目がある。「樹状細胞による癌免疫療法」(医薬品)協和発酵キリン(H13.10)、自家培養表皮」(医療機器)ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(H14.3)、「HGF遺伝子治療」(医薬品)アンジェスMG (H15.10)、「自家培養軟骨」(医療機器)ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(H16.2)、「骨格筋芽細胞」(医薬品)テルモ(H18.4)、「骨髄由来ヒト間葉系幹細胞」(医薬品)日本ケミカルリサーチ(H19.5)、「HSV-TK遺伝子治療」(医薬品)タカラバイオ(H19.9)、「FGF遺伝子治療薬」(医薬品)サノフィ・アベンティス(H19.11)、「複合型培養皮膚」(医療機器)ビーシーエス(H19.12)、「他家培養角膜上皮細胞シート」(医療機器)アルブラスト(H21.6)。しかし、この中で実際に治験を開始したものはほとんどない。

5 治験の実際

 米国ではかなりの数の企業治験が現在進行中である。たとえばOsiris Therapeutics社(http://www.osiristx.com/)のProchymal®は培養同種骨髄由来間葉系幹細胞である。間葉系幹細胞は、骨、軟骨、筋肉、脂肪など様々な細胞種へと分化する多分化能を有する細胞であるが、その一方、多様なサイトインを合成・分泌し、炎症や免疫を強力にモジュレートする能力も持っている。同社は、ドナー骨髄由来間葉系幹細胞を培養系で増殖させることで、1ドナーの提供骨髄から10000患者の治療に供給するシステムを構築した。輸血により患者へと移植され、ステロイド不応性急性GvHD(移植片対宿主病。臓器移植に伴う重篤な合併症であり、ドナー由来細胞がレシピエントの細胞を攻撃することによって起こる症状の総称)クローン病(主として口腔から肛門までの全消化管に、非連続性の慢性肉芽腫性炎症を生じる原因不明の炎症性疾患)、1型糖尿病(多くの場合自己免疫疾患であり、インスリンを分泌するβ細胞が破壊される)、心筋梗塞の各々を適応とする治験を現在おこなっている。

 また、米国Geron社(http://www.geron.com/)のヒト胚性幹細胞(ES細胞)由来のオリゴデンドロサイト前駆細胞製剤GRNOPC1は、脊髄損傷を適応とした治験が進行中である。日本では再生医療研究者はもとより、ほとんどすべての医療従事者がES細胞のヒト臨床応用など夢のまた夢と考えていたと思われるが、現実ははるかに進んでいる。実際、Geron社に続いて、米国Advanced Cell Technology社(http://www.advancedcell.com/)はヒトES細胞由来網膜色素上皮細胞を用いたスターガート病(網膜色素上皮が破壊され失明にいたる遺伝性網膜疾患)の治験を開始する承認を米食品医薬品局(FDA)から受けており、2011年に患者への移植が開始する。

6 日本の臨床研究とその意義

 これまでに前記ヒト幹指針のもとで了承された臨床研究には以下のようなものがある。「虚血性心疾患に対する自己骨髄由来CD133陽性細胞移植に関する臨床研究」大阪大学、「急性期心原性脳塞栓症患者に対する自己骨髄単核球静脈内投与の臨床応用に関する第I-II相臨床試験」国立循環器病センター、「大腿骨頭無腐性壊死患者に対する骨髄間葉系幹細胞を用いた骨再生治療の検討」京都大学、「月状骨無腐性壊死患者に対する骨髄間葉系幹細胞を用いた骨再生治療の検討」京都大学、「自家骨髄間葉系幹細胞により活性化された椎間板髄核細胞を用いた椎間板再生研究」東海大学など。これらの臨床研究は現在進行中であり、まだその成果に関する論文報告はないが、今後、成果が明らかになっていくものと期待される。

 この他、将来的には日本発の新規再生医療中核技術であるiPS細胞を用いた研究も計画されている。中でも理研の高橋政代らによる加齢黄斑変性を適応とするiPS細胞由来網膜色素上皮細胞シート移植は準備が最も進んでいる。この他、東大医科研の中内啓光らによるiPS細胞由来血小板も非常に将来性が高いと期待されている。

 血小板は、血管損傷時に傷口をふさいで出血を止める血液の重要な細胞成分である。血小板がiPS由来細胞としてヒト臨床に好都合な点は、血小板は核をもたず細胞質のみからなり、仮にレトロウィルスを用いてゲノム改変を起こして作製したiPS細胞であっても、ゲノム改変にもとづく副作用を心配する必要がない。さらに、必要であれば出荷時に放射線照射等による無菌化処理が可能である。血小板の生体内での寿命は3~10日であり、献血由来の輸血用血小板は凍結できず振盪しながら保管する必要があり、また貯蔵期間が4日間と極端に短い。ほぼ無限に増殖させることができると考えられているiPS細胞から分化誘導した血小板を臨床に用いることができるようになれば、少⼦⾼齢化による献⾎者数の減少に対応して、献⾎に頼ることのない安定的供給を実現できる。さらに、ドナー血液由来でないことから感染初期(いわゆるウィンドウパネル)の献⾎者による感染リスクの可能性を回避できる。

 血小板輸血は事故ないし術中の大量失血の際に用いられることがほとんどであり、これらの場合、通常繰り返し輸血とならないことから、Rh(-)O型iPS細胞由来血小板ですべての患者に対応可能でありHLAタイピングは不要である。ドナーバーナード・スーリエ症候群、遺伝性無巨核球症、⾎⼩板減少症等の先天性の血小板異常症で繰り返し血小板輸血が必要な患者が稀なHLA 型を持っている場合には、HLA適合の健常人由来細胞からiPS細胞を作製すればよいので、従来の献血に頼る血小板輸血と異なり、輸血の度にドナーの心配をする必要がなくなる。ヒトiPS細胞由来血小板の機能に関しては動物モデルで十分な有効性が示されており、早期の臨床応用に期待が集まっている。

 日本固有の制度とも言える薬事承認を求めない臨床研究は先進医療という受け皿が存在するものの、国の指導的立場にある有識者の多くや規制当局は、早期の治験への移行、あるいは臨床研究のスキップこそが望ましい方向性であるとの見解を多くの場面で示している。もしも日本の治験環境が欧米並に整っており、また治験に用いることができる研究費が税金由来あるいは企業由来もしくは患者団体等からのドネーション由来であれ、欧米並に潤沢であるならば臨床研究をスキップして、いきなり治験をおこなうべしという意見も一理あると思わないでもない。しかし、現実は治験を取り巻く状況は欧米と日本とでは大きく異なっており、表層的な制度のみを欧米と足並みをそろえることは、最終的には大きく遅れを取り、ドラッグラグ、デバイスラグの二の舞になるのは必定だと思われる。私見では、再生医療ラグを防ぐべく、戦略的かつ機動的な国家的対応が必要であると考える。

 また、プロトコルをガチガチに固定化しておこなう治験に比べ、少なくとも現状では臨床研究は培養条件などプロトコルにやや幅を持たせることが可能であり、特に増殖能や分可能が患者ごとに異なる自家細胞を用いる系では、条件の至適化のプロセスとしても治験でない臨床研究は重要である。

主要参考文献:

  1. http://www.isscr.org/clinical_trans/pdfs/ISSCR_GLClinicalTrans_Japanese_FNL.pdf
  2. Editorial. Regulators must step up stem cell oversight. Nat Med. 16: 492 (2010)
  3. Dell'Accio F, De Bari C, Luyten FP. Molecular markers predictive of the capacity of expanded human articular chondrocytes to form stable cartilage in vivo. Arthritis Rheum. 44: 1608-19 (2001)
  4. Dell'Accio F, De Bari C, Luyten FP. Microenvironment and phenotypic stability specify tissue formation by human articular cartilage-derived cells in vivo. Exp Cell Res. 287: 16-27 (2003)
  5. Saris DB, Vanlauwe J, Victor J, Haspl M, Bohnsack M, Fortems Y, et al. Characterized chondrocyte implantation results in better structural repair when treating symptomatic cartilage defects of the knee in a randomized controlled trial versus microfracture. Am J Sports Med. 36: 235-46 (2008)