昆虫の地球規模の気候変化に対する反応の特徴とそのメカニズム
2011年 2月14日
戈 峰(Ge Feng):
中国科学院動物研究所研究員、博士課程学生の講師
主に昆虫の地球規模の気候変化に対する反応と害虫生態コントロールを研究。これまで148件の学術論文を発表。その内、SCI誌に51件の論文を発表。「昆虫の大気中CO2濃度上昇の反応」、「現代生態学」、「昆虫生態学原理と方法」などの書籍の編集長。中国昆虫学会昆虫生態専門委員会主任、中国生態学会常務理事、及び「応用昆虫学報」の編集長を兼任。
人類活動に起因する大気中CO2濃度上昇は現在、地球規模の気候変化の特徴として最も著しいものとなっている。報道によると、産業革命以前は大気中CO2濃度が280μl/ Lであったが、2005年には379μl/ Lに達し、1995年から約10年以来、毎年1.9μl/ L の速度で徐々に増加している。このまま増加すると2100年までに大気中CO2濃度は540 -970ppm [1]に達する見込みである。
大気中CO2濃度上昇は農林業の生態系に強烈な影響を与えている。それは植物の成長に直接的な影響を与えるだけでなく、植物体内の化学成分の構成と含有量の変化をもたらすことにより、植食性昆虫に間接的な影響を与えている。さらに、食物連鎖により、それらを食する天敵昆虫[2]にも影響を与えるものとなっている。
我々は2002年以来、独自に設計して組み立てた密閉式動態CO2室(CDCC-1型)[3]とCO2濃度オープントップチャンバー (Open-Top Chamber, OTC)[4]を用い、作物-害虫-天敵の相互関係をメインテーマに、地球規模の気候変化におけるCO2濃度上昇を作用要因とした様々な昆虫のCO2濃度上昇に対する反応の特徴を研究してきた。以下にその主な研究状況を説明する。
1 大気中CO2濃度上昇がオオタバコガに与える作用の特徴とメカニズム
1) 大気中CO2濃度上昇がオオタバコガに与える直接的作用
大気中CO2濃度上昇が昆虫に与える影響は直接的影響と間接的影響に分けることができる。直接的影響とは高濃度CO2が昆虫の呼吸、代謝、体内の一部の生理活動に直接作用することを指す。呉剛[5]らは異なる大気中CO2濃度(750 μl / L vs 370 μl / L)条件で同じ人工飼料を用いてオオタバコガ(Helicoverpa armigera)を飼育した際に、高濃度CO2条件で飼育したオオタバコガ幼虫の発育期間が延長し、幼虫の摂食量と排便量が著しく増加することを発見した。しかし、オオタバコガのサナギ、成虫の発育期間、成虫の単雌の産卵量、種群の内的増加率および幼虫の生存率は共に著しい変化はなかった。これは今後の高濃度CO2環境でオオタバコガ種群の増加に生じる直接的作用が小さいことを示している。
2) 大気中CO2濃度上昇が寄主植物を通してオオタバコガに与える間接的作用
事実上、大気中CO2濃度上昇がオオタバコガに与える作用は、主に寄主植物体内の栄養物質の変化により間接的に作用する。大気中CO2濃度を倍にした環境(750 μl / L)で成長する遺伝子組み換えBt綿花GK12と一般綿花Simian-3の朔果中の可溶性糖、澱粉、全糖分と全糖は著しく増加したが、水分含有量と窒素含有量は著しく減少[6-7]した。これらの朔果を用いてオオタバコガを別々に給餌した結果、大気中CO2濃度上昇はオオタバコガの成長発育を緩慢にし、その体重や単雌の産卵量の減少、栄養利用率の低下、その種群数と適合性の低下といった特徴[6-9]が表れることがわかった。
3) 大気中CO2濃度上昇がオオタバコガに作用する可能性があるメカニズム
一般にこの現象[2]を説明する場合、炭素-栄養素バランス仮説 (carbon nutrient balance hypothesis, CNBH) が用いられる。この仮説によると植物の化学的防御物質の生産は組織内の利用可能な炭素、窒素栄養物質の制限[10]を受けると考えられている。大気中CO2濃度上昇により、植物(綿花)の光合成機能が向上し、組織内の窒素含有量が減少する。それにより、綿花体内の炭素を含む化学防御物質(フェノール類物質とタンニン酸など)が増加し、窒素を含む化学防御物質(アルカノイド類物質など)が減少[6,8]する。それで、オオタバコガがC/N比の高い寄主植物を摂食する場合、この種の植物中の炭素を含む化学防御物質の増加と組織中の窒素含有量の減少により、昆虫の発育が緩慢になり、その死亡率[7,9]も高くなる。
4) 大気中CO2濃度上昇とオオタバコガ被害の二要因が綿花の生物量に与える影響
CO2は植物が光合成を行う際に必要な原材料であり、大気中CO2濃度上昇は植物の光合成力と生産力を向上させる。害虫は作物の危害要因であり、その危害は作物の生産量に影響を与える。しかし、大気中CO2濃度上昇と害虫危害といった二つの相反する作用が重なる場合、作物の生産量にどのような影響を与えるのだろうか。Wu et al [11,12]は高濃度CO2(750μl / L)条件で栽培した綿花につぼみ摘みしないもの(SR0)、一週間後につぼみ摘みしたもの(SR1)、二週間後につぼみ摘みしたもの(SR2)といった三種のつぼみ摘みのシミュレーションを行い、CO2濃度上昇条件で一般綿花と遺伝子組み換え綿花を人為的なつぼみ摘みのシミュレーションした後にその成長と生産量の補償効果を二年間連続で測定した。その結果、大気中CO2濃度上昇条件では綿花種綿の生産量、成熟度、生物量について、つぼみ摘みしないもの(SR0)、一週間後につぼみ摘みしたもの(SR1)、二週間後につぼみ摘みしたもの(SR2)は共に通常の大気中CO2濃度条件と比べ著しく増加した。この研究結果は一般綿花と遺伝子組み換え綿花は高濃度CO2環境において、一週間と二週間後の人為的なつぼみ摘みシミュレーションが綿の花蕾に与える損失を補償し、オオタバコガの危害に対する綿花の補償作用を増大させることをはっきり表すものとなった。
5) 大気中CO2濃度上昇がオオタバコガ-ヨトウオオサムライコマユバチの相互作用に与える影響
大気中CO2濃度上昇は作物体内の物質に影響を与えるだけでなく、食物連鎖を通して植食性昆虫およびその天敵の相互作用関係にも影響を与える可能性がある。Yin et al [13]は大気中CO2濃度のオープントップチャンバーで小麦を栽培し、それらの小麦を用いてオオタバコガおよびその天敵であるヨトウオオサムライコマユバチに給餌した。その結果、CO2濃度上昇条件で小麦を用いて飼育した第一世代オオタバコガ種群の指標は影響を受けなかったが、第二世代のオオタバコガ種群の発育時間が延長し、内的増加率が低下した。しかし、春小麦のオオタバコガ種群の食害には変化がなかった。その寄生性天敵であるヨトウオオサムライコマユバチが異なるCO2濃度処理した春小麦を摂食したオオタバコガに寄生した後もその成長やオオタバコガを探す能力および寄生能力は影響を受けなかった。これらの結果は、今後の大気中CO2濃度上昇環境において、オオタバコガ-ヨトウオオサムライコマユバチの相互作用関係が変化しないことを示している。
2 大気中CO2濃度上昇がアブラムシに与える作用の特徴とメカニズム
1) CO2濃度上昇がアブラムシ種群増加に与える影響
陳法群ら[14]とChen et al[15]は高濃度CO2条件で処理したワタアブラムシの発育期間は短縮し、繁殖力と発生量が増加することを発見した。しかし、この種の作用は遺伝子組み換えBt綿GK-12と一般綿Simian-3綿で成長したワタアブラムシに与える影響は異なっており、遺伝子組み換えBt綿GK-12のワタアブラムシの発生量はあきらかに一般綿Simian-3上のアブラムシの発生量[16]より多かった。異なる害虫抵抗性綿花品種もワタアブラムシの大気中CO2濃度上昇の反応に影響を与えた。処理する世代の増加に伴い、高濃度フェノール綿はワタアブラムシに対して強い害虫抵抗性を示し、ワタアブラムシの発育期間を延長し、繁殖力と適合性を低下させ、その種群の発生[17]を不利にした。
同様に、大気中CO2濃度上昇に伴い、ムギヒゲナガアブラムシ(Sitobion avenae)は出産卵前期と世代期間が短縮し、繁殖力が増加する傾向を示した。その種群の発生量は著しく増加したが、飛んで移動する羽根付きアブラムシの発生量は著しく減少し、高濃度CO2処理した春小麦に産卵するといった特徴[18,19]を持つ傾向が見られた。
2) CO2濃度上昇のワタアブラムシに作用する可能性があるメカニズム
ワタアブラムシのCO2濃度上昇の反応メカニズムを検討するために、Sun et al[20]は高濃度CO2環境条件で綿花を摂食するワタアブラムシ16種の一般的なアミノ酸の需給バランスを分析した結果、大気中CO2濃度上昇により綿の葉の液汁のアミノ酸含有量が減少するが、ワタアブラムシ体内の遊離アミノ酸の含有量はCO2濃度上昇に伴い上昇することを発見した。ワタアブラムシの甘い分泌液中の遊離アミノ酸の含有量が変化しないとしても、高濃度CO2環境条件で綿花を摂食するワタアブラムシはより大量に甘い分泌液を分泌する。張広場珠ら[21]はさらにワタアブラムシが高濃度CO2環境条件で綿花を摂食する際の電気浸透グラフ(EPG)を測定した結果、ワタアブラムシが高濃度CO2環境条件の綿花を摂食する時間がより長くなることを発見した。これは高濃度CO2環境条件においてワタアブラムシはより多くの綿花液汁を摂食することで自身の成長を維持していることを示している。このように、我々は栄養補償の仮説を提出しこの現象を解説した。
3) CO2濃度上昇がムギにつくアブラムシの種間関係に与える影響
CO2濃度上昇はさらに寄主作物を仲介して昆虫種間関係に影響を与える。Sun et al[22]は今後CO2濃度が倍増する(750μl / L)環境において、ムギにつくアブラムシ(ムギヒゲナガアブラムシ、ムギクビレアブラムシ、ムギミドリアブラムシ)三種の種群の動態と種間競争の構造変化のシミュレーション研究を行った。ムギにつくアブラムシ三種に競争関係がない条件で処理した場合、CO2濃度上昇はムギクビレアブラムシの種群発生に有利となっただけであった。しかし、ムギヒゲナガアブラムシが同時に存在する場合、ムギクビレアブラムシの種群数はCO2濃度上昇に伴い減少した。その競争はムギにつくアブラムシ三種の種群爆発的増加と崩壊時間を遅らせた。CO2濃度上昇はアブラムシ種群の増加に有利であると同時に、ムギにつくアブラムシの種間競争の圧力を減少させる。これは大気中CO2濃度上昇によりムギにつくアブラムシが爆発的増加する可能性を予示するものである。
4) CO2濃度上昇がアブラムシの警報フェロモンに与える作用
アブラムシの警報フェロモンは天敵を防御する最も効果的な種間信号である。しかし、高濃度CO2環境条件では、警報フェロモン処理頻度が高くても低くても、警報フェロモンはムギヒゲナガアブラムシの種群数に影響を与えなかった。ムギヒゲナガアブラムシはCO2濃度上昇環境では警報フェロモンに敏感ではないがために、ムギヒゲナガアブラムシ種群の天敵の防御能力[23]が弱まった。
3 大気中CO2濃度上昇が天敵昆虫に与える作用の特徴とメカニズム
捕食性天敵の種類の違いにより、CO2濃度に対する反応も異なる。ナミテントウがCO2濃度上昇環境で成長したワタアブラムシを捕食した後、その発育期間は相対的に短縮され、幼虫期全期間において、テントウムシの相対的な平均増加率は著しく上昇[15,24]した。しかし、ヒメカメノコテントウの幼虫時期は著しく延長され、雌、雄成虫の体重は共に減少[25]した。同様に、チュウゴククサカゲロウの三齢幼虫とサナギの発育期間は著しく延長され、雌成虫体重は著しく低減し、捕食能力も低下[26]した。
同様に、寄生性天敵昆虫の違いによりCO2濃度上昇に対する反応も異なる。大気中CO2濃度上昇に伴い、異なる害虫抵抗性綿花に危害を与えるワタアブラムシに寄生するアブラバチの発育期間は著しく短縮され、寄生力が増加[17]した。また、ムギヒゲナガアブラムシ種に寄生するアブラバチ種群は大量発生[24]した。しかし、ヨトウオオサムライコマユバチが異なるCO2濃度処理した春小麦を摂食するオオタバコガに寄生した後の成長やオオタバコガを探す能力および寄生能力に差異を[13]発見しなかった。
4 大気中CO2濃度上昇が植物害虫の抵抗性および防御に与える作用の特徴とメカニズム
1) 大気中CO2濃度上昇が植物害虫の抵抗性に与える作用
Sun et al[27]は大気中CO2濃度上昇がトマト突然変異体抗線虫に与える作用を分析した結果、大気中CO2濃度上昇はジャスモン酸防御過程強化型(35S)トマトの線虫害虫抵抗性を低下させるが、野生型トマト(Wt)とジャスモン酸防御過程欠陥型トマト(spr2)遺伝子型に影響を与えないことを発見した。この研究により、異なる遺伝子型のトマトは、わずか一つの遺伝子の差異であったとしても、大気中CO2濃度上昇に対して違う反応を示すことを初めて明らかにした。この違いは植株栄養と防御物質の駆け引き表現であり、それは今後の環境条件における異なる遺伝子型トマトの線虫害虫抵抗性の変化を引き起こすものとなる。
2) 大気中CO2濃度上昇によるタバコの昆虫-ウィルス防御機能の重点移動
屋外のCO2オープントップチャンバー(OTC)に、実験材料をタバコ、実験対象を吸収口器昆虫(モモアカアブラムシ)、作用要因をキュウリモザイク病(CMV)として、倍にしたCO2濃度(750ppm)環境条件で、植物(タバコ)の植食性昆虫と植物ウィルスに対する単独作用と複合的なストレス作用での反応を研究した。その結果、通常のCO2濃度下において、CMVに感染した株のアブラムシ密度は著しく上昇したが、高濃度CO2条件のアブラムシ密度の変化は明らかではなかった。タバコ防御物質をさらに測定した結果、高濃度CO2条件では、植物のウィルスとアブラムシに対する防御機能はさらに効果的になった。また、植物のウィルスとアブラムシといった複合要因に対する作用については、植物ウィルスに対する防御がアブラムシに対する防御に重点移動した。この研究により、高濃度CO2環境条件における多種生物のストレス要因の植物に対する潜在的な影響が初めて解き明かされた。これは今後の大気中CO2濃度上昇が植物の害虫およびそのウィルスの感染制御に対して早期警報[28]を提出するものである。
5 結論
昆虫は地球上で種類が最も豊富な生物である。大気中CO2濃度上昇が昆虫に与える影響の研究を展開することにより、理論的にいって、生物の大気中CO2濃度上昇に対する反応の一般法則を解き明かすことができる。また、大気中CO2濃度上昇が「作物-害虫-天敵」の相互作用関係に与える影響およびその作用メカニズムを明らかにするものである。その実践において、今後の大気中CO2濃度上昇環境での害虫発生の傾向を予測し、地球規模の気候変化をベースに害虫予防と対処の新たな戦略と方法を提出することができる。
我々の9年におよぶ研究は、大気中CO2濃度上昇が植物に与える影響は直接的かつ明確であり、昆虫に与える影響は間接的かつ複雑であることを示すものとなった。その内、作物-咀嚼口器昆虫(オオタバコガ)-寄生蜂の体系的研究により、大気中CO2濃度上昇により、作物体内のN含有量が減少し、作物体内CとC/N含有量が増加することが分かった。また、オオタバコガの適合性と綿花に対する危害作用が低下し、綿花のオオタバコガの害の補償作用が向上することを示すものとなった。しかし、オオタバコガ-ヨトウオオサムライコマユバチの相互作用の関係は変化しなかった。それで、今後のCO2濃度上昇環境での咀嚼式口器昆虫を代表するオオタバコガの発生と危害は減少すると考えられる。作物-吸収口器昆虫(アブラムシ)の体系的研究により、大気中CO2濃度上昇により植物体内栄養物質構成が変化し、アブラムシのアミノ酸栄養に対する利用と補償作用が向上することが分かった。また、三種のムギにつくアブラムシの種間競争が減少し、その種群の発生に有利となることを示すものとなった。天敵昆虫に与える影響については、種群の増加、減少と変化が少ないなどの特徴を示すものとなった。しかし、植物の害虫抵抗性が低下し、植物ウィルスに対する防御からアブラムシに対する防御に重点移動した。
今後、農林業における重要な害虫を対象に、地球規模の気候変化における大気中のCO2、O3と温度上昇をストレス要因とし、作物—害虫—天敵の相互関係をメインのテーマに、種群の動態と反応メカニズム、そしてモデル昆虫と重大害虫をそれぞれ結び付け、昆虫の大気中CO2濃度上昇に対する反応の特徴とメカニズムを分析し、今後の地球規模の気候変化をベースに主要害虫、天敵の発生の発展傾向と予防対策を提出することを重点的に研究してゆく。
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