第54号:材料科学
トップ  > 科学技術トピック>  第54号:材料科学 >  電子ペーパーのカラー化に向けた新ナノ複合材料(有機/金属ハイブリッドポリマー)の開発

電子ペーパーのカラー化に向けた新ナノ複合材料(有機/金属ハイブリッドポリマー)の開発

2011年 3月25日

樋口 昌芳 

樋口 昌芳(ひぐち まさよし): 独立行政法人 物質・材料研究機構国際ナノアーキテクトニクス研究拠点独立研究者、グループリーダー

1969年5月生まれ。1998年 大阪大学大学院工学研究科物質化学専攻修了 博士(工学)。同年、慶應義塾大学理工学部化学科 助手。専任講師を経て、2004年物質・材料研究機構 主任研究員。主 幹研究員等を経て、2009年より現職。2007年10月より科学技術振興機構(JST)さきがけ研究員、2010年10月よりJST-CREST研究代表者を兼任。専門は、高分子錯体化学。
受賞暦:日本化学会進歩賞(2003年)、文部科学大臣表彰若手科学者賞(2006年)、高分子学会日立化成賞(2008年)、丸文学術賞(2010年)等を受賞。

1.電子ペーパー

 液晶を搭載した電子書籍に比べ、電子ペーパーを用いた電子書籍は軽量でかつ省電力である。また、バックライトを用いない目に優しい反射型のディスプレイであるため長時間の読書に向いている。電 子ペーパーは、電源を切っても表示が続く次世代ディスプレイであり、将来新聞や雑誌の替わりを果たすと期待される。理想の電子ペーパーは、まさに「紙」と 同様の軽さやフレキシビリティーを有するディスプレイと言えるが、それは未だ実現されておらず、様々な表示方式の研究が行われている。1,2)

 商品化が進んでいるマイクロカプセル方式の場合、図1aに示すようにマイクロカプセルの中に帯電した黒と白の粒子が入っており、電 圧を印加することでプラス側の電極にはマイナス電荷を有する黒粒子が近づき、反対にマイナス側の電極にはプラス電荷を帯びた白粒子が近づく。電極上で+と-の部分を任意に制御することで、読 書に十分な解像度での黒白表示を達成している。現在の(マイクロカプセル型の)電子ペーパーがカラー化に対応しにくい点を欠点として挙げて、電子ペーパーの将来を危惧する声もある。3) そのため現在、電 子ペーパーのカラー化が重要な開発テーマになっている。しかしながら、電子ペーパーではバックライトを使用しないので、液晶ディスプレイのように単にカラーフィルタを用いると明るさが著しく低下する。また、昨 年末には富士通フロンテックからカラー電子ペーパーを搭載した世界初の電子書籍(FLEPia)の一般販売が開始されている。この電子ペーパーは富士通が開発したコレステリック液晶を用いたタイプであり、R GBの3つの独立したデバイス層を重ね合わせることでカラー化している。また、2010年5月にはコントラストと書き換え速度の向上に関するプレスリリースもなされており、今後の技術開発の進展が期待される。4 )

 一方、電極間に挟まれた物質の電気化学的酸化還元(物質変化)によって、表示色を変える方式もある。例えば、エレクトロクロミック方式の場合、表 示をつかさどるエレクトロクロミック層は2枚の電極のうち片側のみ(通常、透明電極側)に塗られている(図1b)。酸化によって色を変えるエレクトロクロミック材料を用いた場合、そ の物質が塗られた電極にプラス電位を印加することでエレクトロクロミック材料は酸化され色が変わる。その状態から逆にマイナス電位を印加することで、酸 化されていたエレクトロクロミック材料は還元され元の色に戻る。また、電極間には、エレクトロクロミック材料の酸化還元(電子の出し入れ)に伴うイオン移動を補償するために、電解質層が必要となる。

図1

図1 デバイス構造の異なる電子ペーパー(a)マイクロカプセル方式、(b)エレクトロクロミック方式

2.エレクトロクロミック材料

 エレクトロクロミック材料としては、酸化モリブデンに代表される無機系物質と、ビオロゲンやπ共役系高分子などの有機系物質に大別される。酸化モリブデンなどは、車 の防光ミラーへの実用化が果たされているが、一方で、有機物質を用いた汎用的な実用化例は見当たらない。

 現在有機系エレクトロクロミック材料としては、PEDOT(ポリ(3,4−エチレンジオキシチオフェン))に代表されるポリチオフェン系エレクトロクロミック材料が改良を重ねられ、有 機合成や高分子合成の研究グループで現在でも広く研究が行われている。5) 無機系エレクトロクロミック材料としては、産総研の川本らがプルシアンブルーのナノ粒子を作製し、そ れを用いたエレクトロクロミック素子の作製に成功している。6)

 一方近年、配位結合などの非共有結合により高分子集合体を形成させる超分子化学やナノ粒子化学の研究が進んできている。筆者らは、高分子錯体の中でも、配位結合により高分子鎖が形成される「有機/金 属ハイブリッドポリマー」(図2)の研究の途中で、ビス(ターピリジン)類と鉄イオンやルテニウムイオンの錯形成によって得られたハイブリッドポリマーが優れたエレクトロクロミック特性を有することを発見した。7 -12)

図2

図2 有機モジュールと金属イオンの錯形成に基づく有機/金属ハイブリッドポリマー形成の模式図

3.有機/金属ハイブリッドポリマー

 錯形成によりポリマー主鎖を形成させるため、有機/金属ハイブリッドポリマーの合成は非常に簡単である。例えば、有機配位子としてビス(ターピリジル)ベンゼンを用い、酢酸鉄(II)と 酢酸溶液中で混合し、24時間120度で加熱攪拌すると、錯形成に基づいて溶液の色が紫色に変化する。反応後、溶媒を留去することで鉄イオンを含む有機/金 属ハイブリッドポリマー(FeL1-MEPE)が定量的に得られる。このポリマーの紫色は、金属イオンからビス(ターピリジル)ベンゼンへの電荷移動吸収(MLCT)による発色であり(吸収波長:580nm)、ポ リマーが形成することで初めて生じる色である。得られたハイブリッドポリマーは、金属のカウンターアニオンを多量に含んでいるため、水やメタノールといった極性溶媒に高い溶解性を示す。

 ハイブリッドポリマーは主鎖に金属イオンを含むためにレドックス活性(酸化還元活性)である。例えば、FeL1-MEPEの酸化還元電位は0.77 V vs. Ag/Ag+。こ れは鉄イオンの+2価と+3価の間の酸化還元に基づくものである。そして興味深いことに、ITO上に製膜したこのポリマーを電極として用い、電解質を含むアセトニトリル溶液中で1Vの電圧を印加すると、こ の青色のフィルムが透明に変化する現象を見出した(エレクトロクロミック変化)(図3)。これは、ポリマー中の鉄イオンが電気化学的に+3価に酸化され、電荷移動吸収(580nm)が 消失したために生じた変化と考えられる。逆に、この透明フィルムに0Vの還元電圧を印加すると、フィルムは再び元の紫色に戻る。このエレクトロクロミック変化は可逆であり、4 000回程度発色と消色を繰り返しても応答性に変化はない。

 このポリマーのエレクトロクロミックの大きな特徴は、発色が金属イオンから有機モジュールへの電荷移動吸収に基づいているため、ポ リマー中の金属イオンの酸化還元により発色⇔消色変化を起こすことができる点である。従来の有機エレクトロクロミック物質の場合、酸化還元に伴う物質の構造変化によって色を変えているため、水 分や酸素が存在する大気下では劣化が起こりやすい。一方、ハイブリッドポリマーでは有機部位の構造変化がないために、繰り返しの安定性が格段に向上し、従来の有機材料の最大の問題点を克服している。

 ハイブリッドポリマーの場合、発色は金属イオンから有機モジュールへの電荷移動吸収に基づいているため、金属イオンと有機モジュール間のポテンシャルギャップの大きさによって色が決まる。そのため、金 属イオンを変えたり有機モジュールに電気供与基や吸引基を導入することで、電荷移動吸収のバンドギャップを制御し様々な色を有するハイブリッドポリマーを合成することができる。また、錯 形成によってポリマー鎖を形成されるために、一つのポリマー鎖に2種類以上の金属イオン種を導入することも可能である。このようなポリマーフィルムでは、印加電圧を変えることにより、金 属イオンの酸化還元電位の違いを利用して、3種類以上の色を表示できることができる。このようなポリマーを用いれば、電子ペーパーの簡素化・薄膜化が実現できると期待される。

 ハイブリッドポリマーの分子量は溶媒によって変化するが、FeL1-MEPEの場合、水中で数十万と非常に大きい。我々は、有機溶媒に溶解するゲル電解質を用いることで、エ レクトロクロミック固体デバイスを作製に成功した(図4)。これまでに10インチサイズのデバイスや、5段階で表示パターンが変わるデバイス、デジタルディスプレイの作製に成功している。

図3

図3 金属イオンの酸化還元に基づくエレクトロクロミック変化(上段)
金属イオンが酸化されることで電荷移動吸収のバンドギャップが広がり、ポリマー色が消える仕組み(下段)

図4

図4 有機/金属ハイブリッドポリマーを用いたエレクトロクロミック型固体表示デバイス

4.将来展望

 電子ペーパーのカラー化にはどの方式が優れているのか、またカラー化されることで電子ペーパーの需要がどれぐらい増えるのかは現在はっきりしない。しかし、急速なグローバリゼーションの中では、ス ピーディーかつ魅力的な商品及びコンテンツ開発が益々重要になってきている。電子ペーパーにおいても、実用化する上で、単に要素技術が優れているだけでは不十分であり、企 業間のコラボレーションや買収を基本にした戦略性が求められている。日本には優れた最先端表示技術が数多くあり、それらの技術が5年後、10年後、電子ペーパーの世界標準として花開くことを切望している。& amp; amp; amp; amp; amp; amp; amp; amp; lt; /p>

 また、今回紹介した通り、エレクトロクロミック材料は新たな展開を見せ始めている。次世代ディスプレイである電子ペーパーのカラーや、スマートウインドウ(調光ガラス)な ど多彩な用途に今後利用されていくであろう。

引用文献:

  1. 「電子ペーパー実用化最前線」エヌ・ティー・エス(2005).
  2. 「2009電子ペーパー技術大全」Electronic Journal別冊(2008).
  3. 小谷卓也、日経エレクトロニクス6月号, 71 (2010).
  4. http://pr.fujitsu.com/jp/news/2010/05/7.html
  5. P. M. Beaujuge, J. R. Reynolds, Chem. Rev., 110, 268 (2010).
  6. A. Omura, H. Tanaka, M. Kurihara, M. Sakamoto, T. Kawamoto, Phys. Chem. Chem. Phys., 11, 10500 (2009).
  7. M. Higuchi, D. G. Kurth, Chem. Rec., 7, 203 (2007).
  8. F. Han, M. Higuchi, D. G. Kurth, Adv. Mater., 19, 3928 (2007).
  9. F. Han, M. Higuchi, D. G. Kurth, J. Am. Chem. Soc., 130, 2073 (2008).
  10. M. Higuchi, 高分子論文集, 65, 399 (2008).
  11. M. Higuchi, Y. Akasaka, T. Ikeda, A. Hayashi, D. G. Kurth, J. Inorg. Organomet. Polym. Mater., 19, 74 (2009).
  12. M. Higuchi, Polym. J., 41, 511 (2009).