第55号:中国の初・中等教育の現状と動向
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国際的視野と現地化アクション─上海と海外が連携する就学前教育の強化方法と反省

2011年 4月 6日

朱 家雄

朱 家雄(Zhu Jiaxiong):華東師範大学就学前教育学部教師、
華東師範大学就学前教育研究所 所長、永久教授

 1947年1月生まれ。1988年2月、アメリカマサチューセッツ大学就学前教育学専門教育学修士取得。1982年1月から現在まで華東師範大学教師。過去に教育部、上海市等の就学前教育に関する研究プロジェクトを多々主宰。「多元的視野の下での就学前教育」、「幼稚園カリキュラム」等20冊以上の著書を発表。アメリカ、イギリス、ドイツ、韓国や中国などで発表した論文は100編以上。世界各地の国際学術会議に招かれ参加したのは30回以上、その内の10回以上はテーマに対する報告。


張 婕

張 婕(Zhang Jie):華東師範大学就学前教育学部講師

 1982年9月生まれ。2009年6月に華東師範大学就学前教育学専門教育学博士取得。2009年7月から現在まで華東師範大学教師。これまで、「膨大な理論の参照から具体的背景に根付くまで」、「Approaches to promoting creativity in Chinese, Japanese, and US preschools」等の論文を発表。書籍「記録、児童の学習を見える化する」の編集。世界就学前教育組織2010年年会及び環太平洋早期教育研究学会2010年年会などの国際会議の分会場にて発言。

 中国の最大都市、経済・金融・貿易と海運の中心、中国文化及び科学教育の主要都市として、上海市は世界級の近代的国際大都市となるよう、これまでその建設に尽力しており、また、その実現に合わせ、就学前教育を含んだ教育分野の国際化の推進も必然的な選択要素となった。グローバル化という背景の中で、改革開放を強く推進する行動の中において、上海はその特有の対外開放された歴史的伝統と精神を培い、その特有の各利点を用い、積極的に各タイプの国際交流と提携を強化・推進し、現地の就学前教育の改革とその発展を強く推し進めている。この20年以上の期間において、上海は既に中国の就学前教育の改革と成長の最前線の1つとなり、中国の就学前教育が未来に向かって、世界に向かって進出するための1つのモデルとなったと言える。

国際化の観点から見た就学前教育

 中国の就学前教育を総合的に見ると、前世紀80年代からの教育改革の歴史の中において、中国の就学前教育従事者が常に海外、特に西洋の就学前教育理論、観点、経験と各種の教育実践に対し、細心の注意を払っていることに気づくだろう。就学前教育の改革開放の最前線にある上海の就学前教育従事者もまた同様である。

 就学前教育の改革にはまず、時代に合わない、遅れた教育観念に立ち向かわなければならない。国外の各国家や地域の教育理論を学び、経験を参考としながら、世界の就学前教育の研究や実践における第一線の動きについて理解することは、就学前教育に携わる者の視野を広げ、観念を一新させ、更には実践を変える重要な原動力となる。上海の就学前教育の行政管理機構、研究者及び実践者はいろんな方法によって海外との交流及び提携を強める事を重視している。モンテッソーリ、デューイ、ブルーナー、構成主義の学習理論、多元知性論のような国外の就学前教育理論、研究成果と実践形式について記載のある紹介文章や書籍、シンポジウム、セミナーやトレーニングは限りが無く、上海の就学前教育従事者の中で広く情報伝達され、教育方法論やイタリアのレッジョ教育方法論、ホール・ランゲージ・アプローチなどの教育形態は上海の幼稚園教育の実践に多大な影響を与えている。

 就学前教育領域の国際交流と提携については、上海の華東師範大学が全中国の中での「リーダー」的存在であると言える。華東師範大学は中国で最も早くに建設された「就学前教育及び特殊教育学院」を有し、また、就学前教育領域における世界各国の学者と非常に深い親睦または関係のある中国で名の知れた学者が多く在籍している。環太平洋早期教育研究学会(Pacific Early Childhood Education Research Association(PECERA))中国大陸地区分会と「東アジア児童科学プロジェクト」等の全てが華東師範大学に設立されており、華東師範大学の教授が世界就学前教育組織(World Organisation for Early Childhood Education(OPEP))中国分委員会の副主席を務め、国際幼児教育学会(Association for Childhood Education International (ACEI))、全米幼児教育協会(National Association for the Education of Young Children (NAEYC))及びヨーロッパ幼児教育学会(European Early Childhood Education Research Association(EECERA))等の国際的学術組織の主席が華東師範大学を訪問する等、世界の就学前教育に関する重要な組織が華東師範大学就学前教育及び特殊教育学院と関係を築いている。

 「海外進出、対外誘致」は海外との提携と交流のための重要な方法である。華東師範大学を中心とした上海市の就学前教育機構は、世界の各学術流派における最も著名な学者を多く上海に招き、講義を行っている。例えば、ヨーロッパのフェナックス(W.E.Fthenakis)、ジェフ ( Jef van Kuyk)、アメリカのガードナー、スポデック (B.Spodek)、カッツ (L.G.Katz)、デフリス (R.DeVries)、フォーマン(G.E.Forman)、スノウ(C.Snow)、トビン(J.Tobin)、オセアニアのハイス(A.Hayes)、日本の小林登、藤永保、荘厳舜哉等は既に華東師範大学を訪れ講義を行った。中には、何度も訪れている学者もいる。この学者らは自己の研究領域から自己の就学前教育に対する思想や観点を論述し、上海ひいては中国における就学前教育に影響を与えている。

 大・中・小型の国際学術シンポジウムの開催は「対外誘致」の重要な方法であり、上海市の一部の就学前教育組織及び機構はこのようなシンポジウムの開催を積極的に行い、毎年、何回かはある程度規模のある国際学術シンポジウムが開催される。

 例えば、華東師範大学は既にPECERA年会の開催に2度協力した。2010年7月にも華東師範大学就学前教育及び特殊教育学院とその他一部の機構とが協力し、再度PECERA第11期年会の開催の成功を収めている。大会は「変化する社会における幼児教育」というテーマを巡って、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、イギリス、日本、韓国、マレーシア、シンガポール、フィリピン、インドネシア及び中国上海、香港、台湾等の多くの国家・地域から500名近い就学前教育学者や研究員、政策を制定する者や各就学前教育に携わる者が参加し、児童の発展、幼児教育カリキュラム、幼稚園教師育成専攻の発展、幼児教育の資格トレーニング、文化を越えた教育研究、0~3歳の乳児教育、社会機構の早期教育とサービス、幼児教育改革とイノベーション、家庭教育と学校との協力、学科を越えた協力研究、特殊児童教育、就学前教育におけるメディア技術の運用等のトピックスに対し、深く議論した。大会ではアメリカアリゾナ州立大学の著名な就学前教育専門家であるジョセフ・トビン(Joseph Tobin)教授とアメリカメンフィス大学の薜燁教授、日本東京女子大学の唐澤真弓(Mayumi Karasawa)教授らを招き、彼らの最新の研究成果である「中・日・米の3文化の下での幼稚園を再び訪れて」をテーマに報告と議論を行った。特に触れる価値があったのは、上海や全国の多くの学術研究者が挙って参加しただけでなく、上海及び全国の幼稚園の園長や教師の多くが積極的にグループを組んで参加し、会場で発言や交流をした事であった。これは、上海の理論と教育実践者の全てが世界の著名な学者から、彼らが直に得た研究成果を直接聞くことができ、また、最前線の研究動向にいち早く触れる機会を得る事となった。また、国外の学者と直接対談でき、自己表現ないしは疑問解決の機会を得られた。だからこそ、上海及び全国の就学前教育従事者が口々に、この会で多くの事を学び、上海の就学前教育、特に文化的背景の下でいかに就学前教育を理解・推進するのかという事に対して新しい思考をもたらしたと述べている。

 また、2006年上海市政府(上海教育フォーラム組織委員会)が「近代都市・就学前教育――人類が生涯発展する起点」をテーマとして開催した国際フォーラムでは、発展中の都市における就学前教育、児童の発達と就学前教育、就学前教育環境と教育者リテラシーの3方面における問題点について議論を行った。政府が主催したフォーラムであったため、シンポジウムの仕様や規模はとても大きく、国内・外から数10名の専門家が招かれ、各々が見解を述べた。

 更に、日本国立小児病院の名誉院長、東京大学名誉教授、チャイルド・リサーチ・ ネットの所長である小林登氏と華東師範大学朱家雄教授が共同で東アジア児童科学研究プロジェクトを上海で立ち上げ、2007年から毎年異なったテーマの下、日本と中国において年2回の学術交流と討論を行い、上海と中国の就学前教育従事者に直接日本の著名な学者と交流する機会と相互学習の機会を与えている。

 就学前教育国際会議やフォーラムを開催する際、上海の会議主催者は学術や政策制定方面における交流について着目するだけでなく、第一線で実践している教育者、つまり、幼稚園の園長や教師が最も関心を持っている実践問題についても対外交流をする必要がある事に注目している。そのため、彼らのために海外の実践者と交流できるプラットフォームの構築やチャネルの開拓を徐々に行っている。例えば、2007年6月に上海華東師範大学により開催された国際シンポジウム「中韓幼児教育領域におけるレッジョ教育プログラムの応用と転換」では、中韓両国から集まった幼稚園の園長代表と教師代表が、それぞれのレッジョ教育プログラムを学ぶ過程において積み重ねた具体的な経験と実際の問題点について紹介し合った。韓国代表は上海の芷江中路幼稚園と東方幼稚園を視察し、中韓代表の間でこの2つの幼稚園を巡り深い交流と熱い議論が繰り広げられた。更に例を挙げるならば、2009年10月に中国の宋慶齢基金会及び上海世界博覧会事務協調局、上海市静安区人民政府、上海華東師範大学とが共同で上海世界博覧会期間において唯一の幼児教育と発展に関するフォーラムとなる「都市における幼児教育のより良い未来、国際幼児教育とその発展フォーラム2009」を開催した。このフォーラムでは幼稚園の中に直接ワークショップ会場を設置し、一線での豊富な経験を持ったアメリカ、ノルウェー、オーストラリア等の海外の研究者や教師らが上海の教師らと数学教育、遊戯、美術教育等における多くの就学前教育実践問題について、デモンストレーションや検討、交流を行った。実際の実践における具体的な問題に対するこのような交流や対談は、上海の幼稚園教師のニーズに近いものであったために、彼らの業務や思考に対して直接刺激を与える事ができ、良い効果を得た。

 華東師範大学の学者と中国福祉協会を中心とする上海市就学前教育従事者は、UNESCO、OECD、PECERA、OMEP、NAEYCのような世界各国の学術交流会によく招かれ、重要な国際学術会議や大学、研究機構で発言したり、主題に対する報告を行う等、世界を舞台に講義や報告を行っている。「百聞は一見に如かず」、海外の就学前教育従事者を「対外誘致」する以外に、上海の就学前教育領域の研究者、管理者、教師は積極的に様々な方法で「海外進出」を行っている。彼らが海外に渡る事で直接的に現地の就学前教育を体感し、理解する事ができるようになるだけでなく、海外の社会的文化背景を知った上で、海外の学者や実践者とより一層深い検討、対話ができるようになるからだ。近年、上海の一部の就学前教育機構は研究者、管理職、園長や教師にアメリカ、イギリス、イタリア、日本、韓国、ノルウェー、スウェーデン、オーストラリア、ニュージーランド等の国々において開催される専門的会議への参加、現地の幼児教育機構への参観、現地の幼児教育従事者との対談や交流の機会を何回も取りまとめている。海外で一定期間のトレーニングを受けたり、学習を深めることもある。大学においては、学者や学生を海外の大学に派遣し、訪問したり学ばせたりするのが1つの発展のトレンドとなった。言う間でもなく、「海外進出」する事で、直接見たり、対談する事は、上海の就学前教育従事者の中でも特に、これまで出国する機会が多くなかった実践者の視野を広げ、多くの良い経験を与える。

 上海の就学前教育の対外交流情報は出版物を介しても中国及び世界に伝えられており、中国の就学前教育改革とその発展に対して影響を与えると同時に、より多くの世界に中国の就学前教育を知らせる事に寄与している。一部の定期刊行物が海外の就学前教育状況を紹介するコラムを特設したり、一部の書籍でも理論と実践の2局面から教師や保護者に向けて関連情報を紹介している。例えば、朱家雄氏が主編し華東師範大学出版社から出版された著書「国際的視野の下での就学前教育」は現代の就学前教育関連領域の最前線にある海外の専門学者の論述を集めたもので、それぞれ違った角度から彼らが研究している現代の就学前教育における問題が発表されている。彼ら専門学者の言及は完全に同じではないが、上海ないし中国の読者に生き生きとした、質の高い、マスター級の対話を聞かせる事ができる。この本はアメリカ、ヨーロッパ、豪州、日本、韓国等の異なった国家、異なった文化にある作者によって書かれた。彼らの研究の興味性と得意性はそれぞれ異なるが、これらの文章は上海の就学前教育従事者に多元的で開放的な思考をもたらした。

 これらの開放的なやり方が上海の就学前教育従事者の学習と比較における視野を大きく広げ、海外からの、特に西洋国家の就学前教育理念や教育実践を認識させ、就学前教育の知識と経験を豊かにしたと同時に、就学前教育従事者の就学前教育における問題の思考を刺激し、上海就学前教育の改革と発展を押し動かしたと言うべきだろう。まさに、近年では上海の就学前教育関連機構或いは組織が徐々に海外資料の伝達と紹介だけに満足できなくなり、益々頻繁に各方法で海外専門家と直接対話できるプラットフォームの構築を行い始め、上海の就学前教育と海外交流は徐々により密接で、より深い状況となってきた。

国際ブランドのカリキュラムと資格の導入

 各学習や交流、対話を通して上海就学前教育従事者の視野を広げ、彼らの観念とやり方を変化させる事が、海外の力を借りて上海就学前教育の発展を押し動かす、一種のマクロ的で間接的な方法であると言うならば、国際化されたカリキュラムと教師を導入する事はより開放的で直接的な影響を与える方法ではないだろうか。

 上海はこれまで国際化人材の育成に注目しており、英語能力が国際化人材である事を測る重要な基準の1つであるとみなされてきた。上海の幼稚園教育では、政府の定めた幼稚園教育課程プログラムの中に英語教育が入っていないにも関わらず、英語教育はこれまで変わらず重視されてきた。直接英語教育を設けたり、中国語とのバイリンガル教育を行う環境を設置する幼稚園も少なくない。更に上海では、外国籍幼児の入園ニーズが益々高まっており、そのため、バイリンガル幼稚園またはクラスの開設が段々と増えている。この背景の下、国際的英語カリキュラム(例えば、ケンブリッジ英語やラダー英語)や英語の教育方式が中国に導入され、多くの幼稚園では外国人先生を雇用し、幼児英語を教えたり、半日または一日のクラスを持たせている。社会では、外国語の「クラブ」を開講したり、幼稚園教育外で幼児を対象に英語教育を行う現象が多々ある。

 その他にも、比較的、国際上で影響のある多くのカリキュラムが上海に導入された。例えば、モンテッソーリカリキュラムの価値や理念とその効果を認め、特別にモンテッソーリ教育国際認定資格を有する者の雇用や育成を行うと同時に、モンテッソーリクラスを開設している幼稚園がある。また、海外の専門機構と提携し、モンテッソーリ教育様式を特色として謳っている幼稚園もある。

 同時に、上海でもその就学前教育方面の各利点を利用することで、一部の機構や組織が国外、境外の教育及び研究機構と提携し、国際カリキュラムを上海の幼稚園に広めたり、研究中のパイロットプロジェクトを上海に導入しようとしている。例えば、我が国の教育部と科学技術協会が共同で唱道し、打ち立て、推し進めている「やりながら学ぶ」という科学教育改革実験は2005年にまず上海から試行された。上海の関連職能部門の支持の下、このプロジェクトに参加した幼稚園は少なくない。このプロジェクトの始まりはフランスであり、フランスの専門家が小学校及び幼稚園の段階にある子供の特徴に対して「やりながら学ぶ」という科学的教育方式を提唱した。教師により念入りに設計された各「遊戯」や小実験を通して、幼児が自らの手を動かしている間に科学知識を積み重ね、科学的知識探求の面白さをトレーニングし、初歩的科学探求能力を身に着けさせる事を目的としている。このプロジェクトを導入した目的は、我が国の幼稚園、小学校の科学教育の発展を促進する事であり、幼稚園や小学校における科学教育の変革の切り口として、幼稚園や小学校の学習観念と学習方式、教育観念と教育方式に変革をもたらすことである。関連の研究や評価では、このような新しい教学方法は幼稚園の教師にとって、ある程度の挑戦性があると述べているが、もちろん、この挑戦性がある程度において就学前教育の発展を直接押し動かす事となるだろう。

 また、中国社会に発生している巨大な変革と迅速な発展に合わせ、都市児童が立ち向かわなければならない困惑や心理的緊張も日ごとに増しており、現在、彼らへの健康心理教育が重要で切迫している。しかしながら、一般的に幼稚園教師の健康心理教育に対する専門知識は乏しく、実践と緊密に関わる理論的指導、更には参考となるシステム化され、運用可能な幼児健康心理教育カリキュラムと方法、形態やリソースが欠如しているため、上海も含め我が国の幼児健康心理教育は依然として、教師にやる気はあるものの力が追いついていないという当惑した状況にある。健康心理教育が未だ実際に施されていない幼稚園も少なくない。この状況から、香港上海匯豊銀行(HSBC)慈善基金の寛大な援助の下、上海華東師範大学と香港教育学院、イギリス慈善機構である子供達の良きパートナー(Partnership for Children)とが協力し、海外で十分に成功した健康心理教育カリキュラムの1つである「ビビと友達(Zippy's friend)」を2006年から上海(中国大陸初)に導入し、上海及び全国の幼児健康心理教育にとって、ある種の運用可能または見習う事のできるカリキュラムや方法を試す事により、その実践から幼児教育者や保護者及びその他の社会的構成員の幼児健康心理教育に対する更なる重視や認可を呼び起こす事を願った。これは、5~7歳の全ての普通幼児向けに設計されたシステム化した健康心理教育とその促進のためのカリキュラムであり、世界でも数少ない。実施周期は24週間、幼児の心理的健康の核である情緒と社会適応能力の健康的発展を促進させることから着手し、児童の心理的健康の基準を高める事に重きを置いている。このカリキュラムには統一された完璧な実施資料が備わっており(教師用ガイドブック、掛け絵、保護者用ガイドブック、幼児活動素材)、 統一した教師トレーニングや厳しい監督、管理、指導がなされる。このカリキュラムが中国上海に導入されるまでに、既に中国香港、ブラジル、カナダ、デンマーク、イギリス、アイスランド、インド、リトアニア、ノルウェー、ポーランドやアメリカ等の多くの国や地域によって実践された。このカリキュラムを強く推してきた結果、今現在、上海では5年近くの間で285の幼稚園と2万人の幼児がこのカリキュラムの実施に関わった。上海はこのカリキュラムを運用している世界最大のグループとなり、世論や保護者の間で一致した好評を得ている。関連評価や研究もこのカリキュラムが明らかに幼児の情緒の識別と表現能力、社会コミュニケーション能力、情緒コントロール能力及び問題解決能力を向上させ、幼児の心理的健康の維持と促進に有効的だと表明している。この他にも、多くの教師がこのカリキュラムの実施を通して多くを得たと述べている。彼らはより明確に幼児の真の内なる世界を知る事ができ、実用的で有効的な教育戦略を得たと同時に、自身の心理的健康を維持する方法を多く学んだ。これまで述べてきたように、国際的なカリキュラムを直接導入することは、上海の就学前教育の一部のやり方や観念の変更あるいは弱点の強化にとって、直接的な効果を与える事ができ、上海就学前教育の発展を促進する一つの有効的な方法である。

 また、海外ブランドの就学前教育機構が異なるレベルの保護者や入園ニーズを満足させ、更に良い理念と方法上の作用をもたらしているのを見て、上海も徐々に海外ブランドの就学前教育機構が上海で提携開園する事に開放的になってきた。これにより、上海と海外の就学前教育界との交流、資源の導入、人材の導入、知識の導入が強化され、上海就学前教育の国際的発展のプロセスを押し動かすことを願う。

現地化する立場の確立

 海外就学前教育の開放的な学習、海外との頻繁な交流や国際的カリキュラムと資格の導入により、確かに上海の就学前教育従事者はより広く、より遠く、より深くが見えるようになり、上海の就学前教育にも大きな発展を与えたが、改革の深化や問題の発生に合わせ、上海の一部の理論や実践者が徐々に、異なる角度から国際的学習と交流について冷静に考えるよう強調し始めた。この異なった角度というのが、現地文化の立場を強調することである。

 対外開放の実現、海外就学前教育の一部の理念や実践を迎え入れる事は確かにその価値があるが、どのような物事にも全てその「2面性」がある。

 海外の理念と実践を強調し過ぎると就学前教育の実践の中で一連の問題が発生すると考える学者がいる。例えば、李敏誼(2006)は改革開放以来、就学前教育課程の改革は「西洋の進んだ各理論を自己の指導思想としているが、自己の基礎理論が欠乏しているために、改革の過程において、理論と実践が相反する現象が起きる...。」と述べており、また、Liu & Feng(2005)は「この20年間における中国の幼児教育改革の主要問題は①上から下への改革であり、教育策略と教育実践とが逸脱している、②教育理念の改革であり、教育理念と教育実践改革が逸脱している、③理想的な改革であり、教育改革と現状が逸脱しているため、教師と生徒の比率や資格トレーニングなどの実際条件が整っていない」そのため、「中国的特色を持った、『理念と実践の相互逸脱』の問題を作り出した。」と述べている。

 対外開放において存在する問題に対し、学者らは口々に海外理論の成果や実践方式の紹介と学習を文化的背景の問題と切り離す事はできないと述べている。例えば、華愛華(2007)の著書では、「我々は、ある種の西洋理論に基づいて現地改革する過程を一種の認証過程であると見なすべきであり、模倣でなく認証であるからこそ、我々自身の文化的思考や解釈に基づいた認証でなければならないと考える。」と述べている。また、文化を越えた就学前教育の交流においては、「極端な意識開放は大抵の場合、我々の立場を受動的にさせる、しばしば自己意識を強化した上で他人の経験を学び、自己を変えていかなければならない。そうでないから、改革の中において、その目的も気にせず、海外が何かをすれば、我々も付随する『風が吹いただけで雨だと思う』現象が起こる。」と述べている。これは、就学前教育の国外への盲目的付随を引き起こしかねない。我々が教育の国際交流や意思疎通を図る場合、各々の文化的背景を理解した上で、平等でお互いを尊重し合う意識の下、現地の文化発展にとって有益な符合ポイントを探さなければならない。

 また、朱家雄(2008)もその著書の中で、「改革開放政策の実施以来、西洋の各児童発達や教育理論が広く伝達され始め、幼稚園カリキュラムの変革に非常に大きな影響を与えている。この変革の趣旨は、教育結果から教育過程への強調の転換と教師の教学から児童の発展への強調の転換である。カリキュラム管理においては、その標準化や統一性を重んじることから、多元化と自主性等の方面を重んじるようになった。『児童の発達が根源である』という概念はこの変革の綱領と行動マニュアルとなった。この何年来、このような児童発達理論に基づいたカリキュラムは既に広く疑問視され、批判を受けている。スポデックは、「カリキュラムは児童発達を超越しなければならない。なぜならば、人々の文化的価値観が何を児童が学ぶべきか、何を教師が教えるべきかを決めているからだ。改めて就学前教育を構想すべきと主張する学者は、これらのカリキュラムは心理学理論に頼りすぎており、また、児童の発達について強調し過ぎている反面、社会と文化に対する敏感性が足りないと指摘した。彼らは人々に標準化を基礎とし、評価に満ちた、価値で表せない幼児教育実践の発展を奨励している。」と述べる。また、朱家雄は「実際、異なった文化の中では、『個性』、『創造』、『主動』、『自主』、『探求』等がカリキュラム変革者の追い続けている理念であっても、中性的で、価値で表せない、完全に客観的な概念では無い。文化背景と完全に切り離してしまっては、これらのいわゆる『先進的理念』はただの『ユートピア』である。」と指摘した。カリキュラム変革の中において、例えばHigh/Scopeカリキュラムや方法的教学、スペクトル方案、レッジョ就学前教育実践等は既に中国大陸の幼稚園教師に親しまれ、そのいくつかは一部の幼稚園で参照されている。西洋の就学前教育カリキュラムの紹介や導入はこれまで中国大陸の就学前教育カリキュラムの理論と実践の充実に積極的な作用をもたらしてきた。しかし、これは中国大陸の幼稚園カリキュラムの変革の活路がこれらのカリキュラムを運用すること、または、これらのカリキュラムを現地化する事であるという意味ではない。これらのカリキュラムの全てが西洋の特殊文化背景の中で生み出され、発展してきたものであり、それらと中国文化の間に大きな違いがある事を認識しなければならない。」と述べている。中国の就学前教育の最前線にある――上海もまた、同様だ。朱家雄は論文の中で更に「西洋国家の就学前教育に関する質を参照する考え方と方法は、我々自身の文化的価値を失わせる方向へと導いてしまうかもしれないし、国の情勢を顧みず、盲目に高水準を追い求めさせてしまう...等。質の高い就学前教育を推し進めたいとするならば、有限な教育資源を『良質』な教育機構やカリキュラムに投入し、これらの機構を通して全社会に向けて拡散させる事が全体的幼児教育の質の向上へとつながる事を望む。もちろん、その結果、教育資源の整備の不公平さにより一連の問題をもたらすかもしれない。今現在、中国大陸は民主と法治、公平と正義、誠実と友愛、安定と秩序、人と自然との調和のある共生社会の建設に注力しており、また都市と田舎の格差や公共教育資源の不均等な分配、不公平な分配による明らかな矛盾を含んだ一連の調和のとれていない社会的要因の解消に努力している。」と指摘した。このような背景の下、社会的経済地位が低い立場にある幼児(例えば出稼ぎのために田舎から出てきた両親に伴って上海に来た流動児童)にも平等に就学前教育を受けさせることができる機会を与える等の問題を考えると、その重要さは更に明らかだ。

 以上の考え方に基づいて、上海の理論と実践者らも口々に、対外開放と交流を通して上海の就学前教育の発展を推進する過程の中で、我々は「これではない、それだ」のような方法で簡単に「海外に習う必要があるのではないか、国際交流をする必要があるかどうか」という問題を考えてはならないと指摘している。グローバル化と多元化の大きな背景の下、改革開放を堅持する偉大な政治戦略の下で、文化の構築と文化の保護という角度を起点に、上海の就学前教育の変革は海外の教育文化の中から価値のあるものを吸収すると同時に、現地の文化的背景や中国の素晴らしい文化を発揮させる問題に注目するべきだ。

 「民族のものは、世界のものでもある」という言葉は、このような考え方を上手に説明できる言葉かもしれない。これは、中国に対してもそうであり、世界のその他の国家や地区においても同様である。

参考文献:

  1. 李敏誼(2006):米国幼児教育カリキュラムの様式研究、北京師範大学博士論文、第2頁。
  2. Liu,Y., & Feng, X.X. (2005). Kindergarten educational reform during the past two decades in mainland China: Achievements and problems. International Journal of Early Years Education, 13(2), 93-99.
  3. 華愛華(2007):「中国就学前教育改革に対する若干問題の文化的思考」、朱家雄主編「中国的視野の下での就学前教育」、華東師範大学出版社、第68、69頁。
  4. 朱家雄(2008):「西洋就学前教育思潮の中国大陸での実践と反省」、「基礎教育学報」(香港)、2008年第17巻第1期、3~16。