第57号:バイオエネルギー技術
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酵素法によるバイオディーゼル合成の工業化プロセスに関する研究

(北京化工大学 副学長)  2011年 6月27日

譚天偉

譚天偉(Tan Tianwei):
北京化工大学 副学長、教授、博士課程指導教員

1964年2月生まれ。1993年3月、清華大学にて生物化工博士号取得。1993年5月~1995年5月、北京化工大学にてポスドクを務めた後、同大に勤務。1997年3月~8月、1998年1月~4月の2回、スウェーデンUppsala大学に赴き訪問学者研究に従事。かつて「973計画」首席科学者を務め、栄えある教育部特別招聘教授、長江学者、国家傑出青年基金受賞者、国家教学名教師等に選ばれる。第一著者として国家技術発明賞二等賞2件、中国石油・化工協会技術発明一等賞など、省・部級科学技術賞8件を受賞。2009年、談家楨生命科学イノベーション賞を受け、2010年、中国科学技術協会より全国優秀科学技術工作者の称号を授与。主な研究分野は、バイオベース化学品、バイオエネルギー、生物材料等を含む工業バイオテクノロジー。SCI収録学術論文168篇、EI収録論文221篇を発表。相次いで国内外の発明特許37件を出願し、すでに中国の発明特許16件を取得。

 経済危機後の世界経済の回復にともない、人類のエネルギー需要量が増加し続けているのに対し、すべてのエネルギー消費の中で常にトップの座を占めてきた石油化学エネルギーは埋蔵量に限りがあり、このことは直接、今日の世界におけるエネルギー価格の上昇を招いている。エネルギーの安全と環境保護の観点から考えれば、石油代替エネルギーを成長させることは、世界の多数の国々がエネルギー供給の逼迫を緩和し、気候温暖化に対処する(温室ガス削減)ための重要な措置である。バイオマスエネルギーは再生可能でクリーンであるだけでなく、大規模生産と燃料代替輸送が直接行えるエネルギー製品であり、エネルギーと物質的生産(バイオベース製品)の提供機能を併せ持っている。バイオマスは有機廃棄物や汚染物質を原料として、資源の循環利用と環境保護の結合を実現することができる。

 バイオディーゼル(Biodiesel, fatty acid methyl esters)は油脂と短鎖アルコールを基質として、エステル交換反応によって得られる脂肪酸短鎖アルキルエステルである。バイオディーゼルは環境に優しく、安全で、燃焼性能がずば抜けており、環境共生型の再生可能な一つのバイオマスエネルギーである。バイオディーゼル中の有害物質(イオウ、灰分など)の含有量は中品質有煙炭の1/10前後にすぎず、バイオディーゼルを採用した燃焼排ガス中の粒子状物質は石油化学系ディーゼルの20%、有害有機物排出量は1/10しかなく、SO2、鉛など有害物質を排出しない。したがって、バイオディーゼルの開発利用は高度にクリーンなエネルギー技術であり、温室ガスの排出を減らし、地球環境の悪化を防ぐ一つの有効な選択である。バイオディーゼルは日増しに重要な再生可能燃料油ともなっており、これを用いて石油化学ディーゼルを代替することは、すでに国内外のエネルギー転換の必然的趨勢となり、我が国においても同様に巨大な市場潜在力と将来的な発展可能性を有している。

 現在、バイオディーゼルの合成に最もよく用いられている方法は、油脂と短鎖アルコール類によってエステル交換反応を行い、脂肪酸短鎖アルキルエステルを合成するというものである。エステル交換反応は加アルコール分解とも呼ばれ、加水分解の過程に類似し、一つのアルコールを用いてエステル分子中のアルコールに置き換え、それによって基質油脂の粘度を低下させる。メタノールを上記の反応に用いた場合は、メタノリシスと呼ばれる。油脂中の主要成分はトリグリセリドで、1モルのトリグリセリドと3モルのメタノールが触媒または高温高圧の下でエステル交換を行い、3モルの脂肪酸メチルエステルと1モルのグリセロールを生成する。その反応は下の化学式によって表すことができる。

化学式

 加アルコール分解反応は、アルカリ、酸または酵素触媒によってその達成が触媒される。アルカリ触媒にはNaOH、KOH、炭酸塩及び、ナトリウム、カリウムの対応するアルコール類化合物、たとえばナトリウムメトキシド、ナトリウムエトキシド等がある。硫酸、スルホン酸、塩酸は通常、酸性触媒として用いられ、リパーゼもよく生物触媒として使用される。アルカリ触媒のエステル変換反応は酸触媒、酵素触媒よりも反応のスピードが速く、反応時間が短めで、実際の生産の中で最も広く応用されている。だが同時に、化学法にはたとえば、エネルギー消費が高い、グリセロールの分離が比較的難しい、触媒過程及び産物分離精製過程で多くの廃液が生じるなど、いくつかの欠陥もある。

 酵素法によるバイオディーゼル合成は、エステル変換反応を触媒できるというリパーゼの機能を利用して、エステル交換反応を達成するプロセスである。酵素法には、反応条件が穏やかである、環境に優しい、多種の油脂を処理できる、副産物が少ない、製品が抽出・精製しやすい等のメリットがあり、現在すでにバイオディーゼル研究の重要な方向となっている。だが、現在、バイオディーゼルの酵素法合成を制約しているキーポイントは、触媒リパーゼのコストが比較的高いことにある。基質のメタノール、エタノール等短鎖アルコールには、リパーゼの活性に対してかなり強い阻害作用があり、リパーゼは短鎖アルコールの中では失活しやすく、触媒の寿命が比較的短い。反応過程で産生する副産物グリセロールはリパーゼの表面に付着し、基質と触媒の接触を妨げることによって、反応効率を低下させる。リパーゼの操作安定性を高め、触媒の使用コストを下げるために、先人は多くの研究活動を行ってきた。まず酵素を固定化するさまざまな手段を用いて、生物触媒の使用寿命を延ばした。メタノール等短鎖アルコールのリパーゼに対する毒性を低減するために、メタノールのバッチ投入、溶剤選択、アシル基受容体の選択という3種類の方策をよく採用する。このうち、メタノールのバッチ投入という方法は実現がしやすく、メタノールの濃度を効果的に下げることにより、最終的な反応変換率を上げることができるため、広く応用されている。また、tert-ブタノール系を用いてメタノールとグリセロールの油脂中における溶解度を改善し、メタノールの毒性とグリセロールの付着を避ける研究者もおり、したがってこの系における酵素の操作安定性は良好である。メタノールの代わりに酢酸メチルが反応に参加しても、リパーゼに対する極性基質の毒性を防ぐことができるが、ただし反応速度はかなり遅くなる。全体的に言って、バイオディーゼルのリパーゼ触媒合成についての多くの研究は、今なお実験室段階にあり、リパーゼのコストは相変わらずかなり高い。高効率の安定した廉価なリパーゼの生産と調製は依然として、バイオディーゼルの酵素法生産の工業化を制約しているキーポイントである。

 当テーマチームは多年にわたる選択育成を経て、脂肪酸エステルに適した専一的なカンジダリパーゼを得るとともに、一つの新しい膜固定化方法を開発し、当該のリパーゼを織物膜上に固定した。この固定化リパーゼは現在、国内外でエステル化反応に用いられている、コストパフォーマンスの比較的高いリパーゼであり、酵素法によるバイオディーゼル合成の触媒コストを大きく引き下げた。

1. バイオディーゼル生産用リパーゼの菌種選抜育成及び発酵生産

 我々はまず、得られた原始菌株に的をしぼって、化学的変異誘発技術を用い、選抜育成によって高収率カンジダリパーゼ菌種Candida sp.99-125を得た。リパーゼの一部のアミノ酸配列に基づいてプライマーを設計し、PCR法での増幅によってリパーゼの成熟ペプチドの配列を得たが、当該リパーゼの成熟ペプチドのアミノ酸配列は301個のアミノ酸から構成されていた。この配列をpPICZαA担体中にクローニングし、その上でピキア酵母の中へ形質転換し、リパーゼの分泌組み換え発現を行った。組み換えプラスミドでピキア酵母GS115を形質変換した後、プラスミドpPICZαA上のZeocinを利用してマーカーをスクリーニングし、高い抗生物質濃度(500μg/mL Zeocin)によって、リパーゼ高収率菌株Y1Lipの2個のマルチコピー菌株のスクリーニングと獲得に成功した。震盪フラスコ酵素生産実験で実証されたところによれば、細胞外組み換えリパーゼの活性は350U/mLに達することができ、5L発酵タンク内の発酵液中の酵素活性は11000U/mLに達し、組み換えタンパク質含有量は2.3g/L発酵液に達した。優良菌株の選育及び、対応する遺伝子工業菌の構築は、高活性リパーゼの大規模な発酵生産のために基礎を築いた。

 研究の結果、油脂のリパーゼ誘導を利用した合成方法は、リパーゼ収量を著しく高められることがわかり、界面応答方法によってリパーゼ発酵プロセスを最適化したところ、小型タンクのリパーゼ収量は9000IU/mL以上に達することができた。1m3の生産タンクにおいて拡大テストを行うことに成功し、リパーゼ発酵レベルは8200IU/mLに達し、これを基礎にさらに5m3発酵タンクにまで拡大したところ、リパーゼ活性はいずれも8000IU/mL以上であった。発酵レベルの向上は触媒のコストを大きく引き下げ、リパーゼのコストはすでに60元/kgに下がり、国内外の商業化済みの同類のリパーゼ製品よりもはるかに低くなった。2007年、このリパーゼは商業化の実現に成功し、バイオディーゼル、機能性油脂や食品添加物の中にも広く応用されるようになった。

2. リパーゼの固定化

 吸着法による酵素の固定化には、操作が簡単、担体が反復利用しやすい、酵素活性の損失が小さい、コストが比較的低い等のメリットがあり、現在最も一般的に採用されている一つの固定化方法である。我々が自主開発した酵素固定化は一つの新しい膜固定化方法で、廉価な織布を用い、表面改質を経て、当該のリパーゼを織布膜上に固定する。また、織物膜表面の親疎水性が固定化酵素の酵素活性と安定性に与える影響についてさらに研究を進め、疏水界面の活性化作用を利用して、固定化酵素の有機相における触媒活性を高めた。改質剤を利用して担体の表面処理を行い、担体の表面疏水性を高めた。表面改質を行った担体が調製する固定化酵素は、10%(V/V)という高い含水量体系の中でも依然として高い触媒活性を維持し、反復使用の安定性が2倍に伸び、バイオディーゼルの酵素合成体系におけるリパーゼの耐性が大きく高まった。

3. バイオディーゼルの工業化生産用酵素リアクター及びプロセス

 リパーゼの高効率発現システム構築、リパーゼ発酵プロセスの最適化、新型固定化方法についての研究を踏まえて、当該の固定化酵素織布をバイオディーゼルリアクターに応用した。酵素織布を36目のステンレススチールネットの上に平らに広げ、緊密な筒状に巻き、充填層型リアクターの中に入れ、リアクター外側はジャケットが水浴により35℃~40℃の定温に保つ。反応基質を40℃で十分に撹拌し、溶かして均一に混ぜた後、リアクター底部から充填層に注入すると、反応液は充填層を経て頭頂部から流出する。このような形で充填すると、流体の圧力を減らすと同時に、液体リディストリビューターの役割も果たせる。このリアクターは、操作圧力が小さい、反応液のリアクター内における分布が均一である、固定化酵素の利用率が高い等のメリットを具えている。植物油、廃油等原料によるバイオディーゼル生産の変換率はいずれも90%以上に達し、最も高い変換率は96%に達した。反応条件を最適化した場合、この固定化酵素は10日間以上連続で使用することができ、良好な操作安定性を示した。

 この固定化酵素によるバイオディーゼル触媒反応は時間が比較的長いため、試しに撹拌タンク式リアクターを用いてリパーゼの使用効率を高めてみた。実験室の5L 三つ口フラスコ試験を踏まえて、リアクターを40倍に拡大し、撹拌タンクの体積を200Lに拡大した。原料油150kg、酵素480gを投入したところ、最適条件の下で、産物中のメチルエステル含有量は85%となった。さらにリアクターを1m3の規模に拡大し、毎回、原料油818kg(酸価133mg KOH/g)、固定化酵素3.2kgを投入したところ、最適な反応条件の下で、最終産物の酸価は24.97mg KOH/g、メチルエステル含有量は85%に達した。計算の結果、この拡大実験でのメチルエステル生産トン当たりの酵素必要量は4.2kg酵素/トン・メチルエステルで、結果の反復性は良好であった。工業規模の5m3撹拌タンクにおいてさらに拡大しても、似たような結果が得られたことは、この方法が工業的にも大いに実行可能であることを示している。

4. バイオディーゼルの分離と精製

 バイオディーゼルの分離精製について、液膜降下式蒸発装置と直列スクレーパー式薄膜蒸発装置のプロセスを採用した。液膜降下式蒸発装置を利用して粗産品のメタノール、水など、低沸点物質を分離除去し、そのあと、スクレーパー式薄膜蒸発装置または分子蒸留装置を利用して脂肪酸メチルエステル、すなわちバイオディーゼルを分離する。この方法で分離した産品中のメチルエステル含有量は97%を上回り、収率は85%を上回った。分離後のバイオディーゼル、粗メチルエステルは、脱酸、真空脱水を経た上で、その低温性能と酸化安定性能を調整する抗凝固剤、抗酸化剤を加えると、バイオディーゼル製品が得られる。このプロセスによって製造されたバイオディーゼルは、その製品の各項指標がドイツのバイオディーゼル生産基準に完全に合致しており、生産コストは化学法と同程度だが、エネルギー消費と三廃(固形廃棄物、廃ガス、廃液)の排出は大きく低減された。

5. 産物グリセロールの利用――副産物の高付加価値化

 バイオディーゼルの生産コストをさらに下げるために、副産物のグリセロールに選択的なデヒドレーションを行い、1,3-プロピレングリコールを調製した。クレブシエラ菌Klebsiella pneumoniaeを研究対象として、微生物代謝経路の改造を行い、一株の1,3-プロピレングリコール高収率の組み換えクレブシエラ菌を構築した。続いて、酵素触媒工程の廃グリセロールに前処理を施し、簡単な減圧蒸留濃縮によってメタノールを除去した。震盪フラスコ発酵の結果によれば、前処理を経たグリセロール溶液は1,3-プロピレングリコールの発酵に用いることができ、しかも産物濃度は純グリセロールを使用した場合とほぼ同じであることを示していた。そのあと、30Lの発酵タンクでバッチ式発酵を行ったところ、最終発酵液中の1,3-プロピレングリコールの収量は76.1g/Lに達した。これからわかるように、バイオディーゼル副産物のグリセロールを原料として、1,3-プロピレングリコールの発酵に用いると、グリセロールの総合利用がかなりうまく実現でき、製品の付加価値を上げ、プロセス全体のコストを下げることができる。

6. 酵素法によるバイオディーゼル合成の将来性

 酵素法によるバイオディーゼル合成は、その反応条件が穏やかで、反応過程が環境に優しい等のメリットにより、近年、研究の大きな焦点となっている。酵素法によるバイオディーゼル合成の鍵は、触媒リパーゼの活性と安定性にある。現在研究中の比較的応用範囲の広いNovozym435リパーゼは、そのコストが比較的高いため、工業生産における採用は限られている。遺伝子工学技術を利用して現有のリパーゼの改造を行えば、触媒活性のより高い、短鎖アルコールに対する耐性能力のより強いリパーゼを得ることができる。たとえば、我々は多年にわたる研究の結果、一つの新しい高効率のカンジダリパーゼを開発することに成功し、菌種の選育、遺伝子組み換え菌の構築、発酵プロセスの最適化と拡大によって、最終的に5m3タンクにおけるリパーゼ発酵活性は8000IU/mL以上となり、リパーゼのコストはわずか60元/kgとなった。廉価な不織布や絹布などを用い、表面改質によって、リパーゼを安価な膜布に固定することに成功し、使用済みの膜布は洗浄後、何度も繰り返し使用することができる。固定床と撹拌タンクの中で別々にバイオディーゼル合成反応を行ったところ、自製の固定化リパーゼは良好な触媒性能を示した。バイオディーゼルは分離精製・調整を経た後、その製品の各項指標がドイツのバイオディーゼル生産基準に完全に合致し、生産コストは化学法と同程度であるが、エネルギー消費と三廃(固形廃棄物、廃ガス、廃液)の排出は大きく低減した。副産物グリセロールがクレブシエラ菌による発酵とデヒドレーションを経て、1,3-プロピレングリコールを調製できることは、バイオディーゼル生産全体のプロセスコストを下げ、製品の付加価値を高めている。

 中国の原料油脂価格の上昇変動にともない、バイオディーゼル産業の利益は低く抑えられてきた。一方、脂肪酸メチルエステルは一つの応用範囲の広い化学工業中間体であり、皮革化工や日用品化工産業に大量に応用され、これを中間体としてさらにその他のエステル、アンモニア塩、スルホン酸エステル、高炭素脂肪族アルコール等に変換することができる。バイオディーゼルの大量の不飽和二重結合を含んでいるという構造上の特徴を利用して、高付加価値のファインケミカル、たとえば、ダイマー酸メチルエステル、エポキシメチルエステル、生分解可能な潤滑油、高級皮革用メチルエステル剤、界面活性剤などを生産することは、バイオディーゼルの総合的経済効果と市場競争力を高める有効な手段の一つであり、バイオディーゼル生産産業の持続可能な成長の重要な方向でもある。