バイオブタノール製造技術の現状と展望
2011年 6月 6日
楊 晟(Yang Sheng):
中国科学院合成生物学重点実験室研究員、博士課程指導教員
中国科学院上海生命科学研究院湖州工業生物技術センター及び上海工業生物技術研究開発センター主任。1973年3月生まれ。2000年、中国科学院上海生物化学研究所を卒業し、生化学・分子生物学博士号取得。2006年、DuPont Young Professor Award受賞。現在、中国微生物学会酵素工学専門委員会副主任委員、上海市生物工学会副秘書長、中国科学院天津工業生物研究所(籌)学術委員会委員等の職務を担当。現在は主に酵素工学、代謝工学、合成生物学等の研究に従事。すでに論文20篇余りを発表し、30件余りの特許を申請。
ブタノールは重要な大口化工原料であるだけでなく、エタノールの後に続く、将来的な発展可能性の極めて大きい一つの次世代液体燃料でもある。溶媒産生クロストリジウムClostridiaの嫌気発酵によって、適切な炭水化物をアセトン(Acetone)、ブタノール(Butanol)、エタノール(Ethanol)等溶媒に変換できることから、この種の溶媒生産技術はABE発酵と略称されている。
1. バイオブタノール製造の歴史と現状
ブタノールの生物学的調製は第一次世界大戦中にまでさかのぼることができ、溶媒産生クロストリジウムの嫌気発酵によって産生したブタノールを出発原料としてブタジエンゴムを合成することは、当時の合成ゴム生産の理想的な方法であった。したがって、合成ゴムの大規模生産と同時に、トウモロコシ粉等の炭水化物を基質とした溶媒発酵が急速に発展を遂げ、一時はアルコール発酵に次ぐ世界で二番目に大きな発酵工業にまで発展した。だが、20世紀50年代から、石油工業による打撃を被って、ABE発酵は次第に衰退し、ヨーロッパ、北米、日本などでは徐々に生産が停止されていった。一方、中国は、当時の特殊な経済・政治環境から、依然としてABE発酵による生産を行っていた幾つかのごく少数の国々の一つであった。近年、国際原油価格の激しい変動にともない、また石油資源の再生不可能性についての共通認識に基づいて、発酵法によるABE生産技術があらためて広範な関心を呼び起こしている。ここ数年、国内ですでに11社のABE発酵企業が建設され、あるいは生産を再開し、さらに5社が設立準備中であり、操業開始後には、国内のABE発酵生産は年産100万トンの規模に達する見込みである。
クロストリジウム属菌Clostridiaは溶媒産生工業菌株の唯一の供給源である。我が国の穀物、イモ類を主とした農業生産状況を踏まえ、溶媒発酵菌種の多くはクロストリジウム・アセトブチリカムであり、しかも、たとえば中国科学院微生物研究所のAS 1.70、上海溶媒廠のアンチファージ能力を持った新抗-2号のように、国内の研究所や工場が自ら選抜育成し、馴養を行っている。これらの菌種が産生する溶媒中の3つの成分、ブタノール、アセトン、エタノールの比率はいずれも6:3:1である。「第7次5か年計画」の期間中、中国科学院上海植物生理生態研究所の研究員、焦瑞身、楊蘊劉らは、土壌サンプルの分離と突然変異誘発スクリーニングによって、ブタノール比率の高い菌株EA 2018を得たが、その溶媒中の3つの成分、ブタノール、アセトン、エタノールの比率は7:2:1で、デンプン変換率は伝統的菌株に比べて5%高くなっている。
2. 現在のバイオブタノール製造の中で直面している問題
上に述べたように、石油化学工業の急速な発展により、石油系ブタノールの激しい競争に直面し、ABE発酵製品は経済面で不利な立場に置かれている。ブタノール発酵が経済競争力を失うに至った主な原因は、1)発酵に用いる炭素源のコストが高めである。2)発酵液中のブタノール濃度が低い。3)発酵過程におけるブタノールの選択性が高くない、ということである。以下、これらの問題について分けて述べることにする。
2.1 食糧原料のコスト高
伝統的発酵法によるブタノール生産のプロセスには、主なものとして、溶媒の連続発酵、産物及び副産物の蒸留法による分離抽出、生産過程における環境保護措置などが含まれている。現在、中国国内の嫌気発酵生産によるバイオブタノール製造の主な原料は、トウモロコシ、穀物、サツマイモ等のデンプン質食糧資源である。近年、国内におけるトウモロコシ等食糧作物を原料とするバイオリファイナリー産業の急速な発展により、全国的な食糧価格の急速な上昇が一定程度もたらされ、バイオブタノールの生産コストが大幅に増加する結果となった。同時に、国は食糧価格の安定と食糧の安全を守る戦略への配慮から、トウモロコシ等食糧作物の大規模な使用によるバイオエネルギーの発展を制限するようになった。したがって、いかにしてブタノールの原料変換率を高め、安価な非穀類原料を利用してブタノールを生産することにより、その生産コストを下げるかということは、この産業がどうしても直面せねばならないボトルネックとなっている。
2.2 ブタノールの毒性がもたらす低い産物濃度
伝統的なABE発酵において生成されるのは3つの産物(アセトン、ブタノール、エタノール)であり、溶媒の3つの成分中の主産物であるブタノールの濃度を高めることは、発酵法によるブタノール製造のコストを下げる手段の一つである。だが、伝統的なクロストリジウム・アセトブチリカムによる発酵生産におけるブタノールの最終濃度は13~14g/L前後にとどまっており、この閾値を超えるのがむずかしい原因は、生成される溶媒、特にブタノールの溶媒産生クロストリジウム細胞に対する害毒作用にある。外国で報告された、クロストリジウム・ベイジェリンキC.beijerinckii BA101のMP2培養基及び発酵コントロール条件の下におけるブタノール産物濃度が20.9g/L(総溶媒32.6g/L)に達することができたというのが、現在報告されている中で最も溶媒収率の高い菌株であるが、ただし、これは特殊な培養基と培養条件の下で得た結果であり、工業的応用の可能性はまだ備わっていない。溶媒産生クロストリジウム自体のブタノール耐性を高めるために、Tomasらはクロストリジウム・アセトブチリカム中に、熱ショックタンパク質をコードしているgroESL遺伝子を過剰発現させ、菌体細胞に対するブタノールの阻害作用を85%低下させるとともに、最終的に産物濃度を33%引き上げた。Bordenらはクロストリジウム・アセトブチリカム中に、ゲノムDNAライブラリー由来の、スリーニング過程で確定したブタノール耐性と関連のある2個の遺伝子を過剰発現させ、組み換え菌体細胞のブタノール耐性レベルをそれぞれ13%、81%高めることができた。上海ブタノール協業チームの趙静波とオハイオ州立大学の楊尚天らは共同で、ファイバーベッド固定化バイオリアクターを利用して、ブタノール生産菌株の馴化を行い、その中に固定した菌体細胞が、溶媒生成時期におけるブタノール、有機酸、オートリシン等阻害物に対する抵抗能力を絶えず高めるようにし、最終的にブタノール耐性とブタノール収量がともに著しく向上した突然変異株を得た。この菌株のP2培養基におけるブタノール発酵の最終濃度は、21g/Lに達することができる。この突然変異株とファイバーベッドリアクターの固定化発酵技術が結びついた時、P2培養基におけるブタノール発酵の最終濃度は24~29g/Lにも達する。全体的に言えば、遺伝子工学及び代謝工学の手段によって、溶媒産生クロストリジウムのブタノール耐性を一定程度向上させることができるものの、このような「向上」は菌株自身の条件による制限もかなり大きく受けている。現在の工業規模の溶媒発酵についていえば、発酵液中の総溶媒が20g/Lに達すると、クロストリジア細胞の代謝はただちに停止し、ブタノール比を60%または70%として計算すると、最終的なブタノール濃度は12~14g/Lの間となるが、これは現有の工業菌株がいま一歩越えることのできないブタノール耐性レベルである。したがって、伝統的なABE発酵における低い産物濃度は、すでに発酵の経済性に影響を及ぼす重要な要因の一つとなっている。
2.3 発酵産物中のアセトン、エタノール副産物
現在、伝統的なクロストリジウム・アセトブチリカムによるABE発酵プロセスにおいては、60%がブタノールであるほか、同時にさらに30%のアセトンと10%前後のエタノールがある。ABE発酵の産物の中では、ブタノールの商業価値が最も高く、副産物のアセトンとエタノールは低価値産物に属する。同時に、産生される酢酸と酪酸は回収することができず、そればかりか原料の変換効率を下げ、生産コストを増やす。したがって、発酵産物の濃度をさらに大幅に高めることが不可能な状況の下で、いかにして発酵過程における主発酵産物としてのブタノールの生合成の選択性を高めるか、副産物の量を減らすことによってブタノールの比率を高め、食糧消費を下げるかということは、バイオブタノール発酵産業の経済性と競争力を高める上で有効な手段であるといえる。だが、前述のブタノール耐性は依然として、一つの避けることのできない、どうしても考慮せねばならない重要な問題である。中国科学院上海生命科学研究院の科学研究者は、伝統的な突然変異誘発方法によって、高ブタノール比率のクロストリジウム・アセトブチリカムEA2018を得、産物のブタノール、アセトン、エタノールの比率は7:2:1となり、伝統的菌株のブタノール比率よりも10%高くなったが、その発酵総溶媒の濃度から見れば、ブタノールの濃度はなお14g/L前後にとどまっており、いわゆるブタノール耐性の閾値を突破するには、さらに大きな努力が必要である。
3. 研究の進展と応用
中国科学院上海植物生理生態研究所の研究者は、前世紀50年代から、アセトン・ブタノール連続発酵調製技術について研究し、国家「第7次5か年計画」への取り組み期間中、突然変異誘発スクリーニングによって、高ブタノール比率のEA2018菌株を手に入れ、かつて河北省、山東省などで工業化連続発酵生産への応用に成功し、その規模は6000トン/年に達し、さらに2010年には当該特許菌株の全ゲノム・シーケンシングを達成した。同研究所の中国科学院合成生物学重点実験室の楊蘊劉、姜衛紅、楊晟の研究チームは共同でテーマに取り組み、上海バイオブタノール協業チームを作った。この協業チームの主な技術構想は、現在のバイオブタノール製造の中で直面している問題に的をしぼり、ブタノール産生発酵菌株の遺伝子改造及び発酵、製品回収プロセスの最適化によって、次の3つの目標を実現するというものであった。1)製品中のブタノールの比率を高める。2)廉価な代替原料を見つける。3)発酵産物の濃度を高める。こうして、伝統的発酵法によるブタノール製造過程における制限的ボトルネックが克服され、次いでバイオブタノール生産の経済性が高められた。
3.1 ブタノール比率の向上
ブタノール比率の向上は、微生物ブタノール合成経路の再構築と最適化によって実現することができる。古典的なブタノール代謝経路は、溶媒産生クロストリジウムに由来している。溶媒産生クロストリジウムは、60%~70%のブタノールを生成するほか、さらに20%~30%のアセトン、10%のエタノールという2種類の低価値副産物を生成する。ブタノール経路の再構築と最適化によって、アセトンとエタノールの合成量を減らし、菌株の既存の比較的高い変換効率を保った上で、総溶媒に占めるブタノールの比率をさらに引き上げ、ブタノール生産の経済競争力を増強できる可能性がある。
副産物アセトンの生合成量を減らすために、Janati-Idrissiらは伝統的な化学的変異誘発手段により、アセトンを産生しない突然変異株C.acetobutylicum 2-BrBulを得たが、しかしブタノール比率も同時に低下してしまった。ある研究報告によれば、メガプラスミドpSOLを失くした、溶媒を産生しないクロストリジウム・アセトブチリカムの退化株M5またはDG1において、adhE遺伝子を過剰発現させ、ブタノール経路を再構築することにより、ブタノール産生を回復することができ、ブタノール比率は90%以上にすることができるが、ただしブタノール濃度は野生型の半分であった。Papoutsakis研究室はM5の中にadhE遺伝子を過剰発現させた組み換え菌に対する発酵最適化により、ブタノール比率を85%に持っていき、濃度も野生型株とほぼ同じであったが、ただしさらなる代謝コントロールの効果は極めてわずかであった。
上海バイオブタノール協業チームは、アセトン合成経路の鍵酵素(アセト酢酸デカルボキシラーゼ)の遺伝子をノックアウトすることにより、アセトンの産生を基本的に遮断し、さらに発酵の最適化によってブタノールの比率を85%以上にまで高めた。
3.2 バイオブタノール調製における原料源の開拓
3.2.1 キャッサバ、キクイモなどの非食糧原料
イモ類はデンプン含有量の高い農作物で、キャッサバ、サツマイモ、ジャガイモなどがあり、世界各地でも我が国でも大量に栽培されている。イモ類原料の市場価格は、トウモロコシ、小麦などの穀類原料に比べて安いため、すでにバイオエタノールの生産に大量に用いられている。いくつかのバイオブタノール生産企業も、トウモロコシ原料の中にイモ類原料を混入して発酵を行うことにより、トウモロコシの使用量を減らしている。
キクイモは一種の多年生草本植物で、中国語で通称を洋姜、鬼子姜という。キクイモはバイオマスがきわめて大きく、1ヘクタール当たり30~75トンのキクイモ塊茎を生産することができる。生のキクイモ塊茎はポリフルクトースを豊富に含み、極めて大きな開発潜在力を有する一つの野生資源であり、微生物発酵によるバイオ化学品生産のすぐれた糖資源である。
小麦Bデンプンはテーリング、可溶性デンプン、小麦スキージ、アミロデキストリンとも呼ばれ、小麦デンプン加工及び小麦を原料としたアルコール発酵の副産物であり、ブタノールの発酵生産に用いることができる。国内の天冠集団は、上海バイオブタノール協業チームのC.acetobutylicum EA 2018菌株を譲り受けるとともに、Bデンプン糊とトウモロコシによるブタノール混合発酵プロセスを開発し、さらには単独にBデンプン糊を原料として行うバイオブタノール生産を実現した。
3.2.2 木質繊維原料
リグノセルロースは最も応用潜在力を有する一つの発酵原料として、一般に広く認められている。近年、外国ではリグノセルロースによるアセトン、ブタノール、エタノールの調製をめぐる研究が多く報告されている。現在の研究の進展具合を総合すると、リグノセルロースによるブタノール変換製造のプロセスルートは、原料前処理と単糖への加水分解、糖液発酵によるブタノール生成、産物の蒸留回収等にまとめることができる。上記のプロセスルートは実行可能性を具えているが、ただし依然として多くの克服すべき技術上のボトルネックがある。菌種についてだけ言っても、ペントース、ヘキソースの同等利用は早急に解決すべき難題の一つである。
木質繊維原料の中のヘキソースは主としてグルコース(セルロースの主要成分)であり、ペントースは主としてキシロースとアラビノース(ヘミセルロースの主要成分)である。このうち、グルコースは最も主要な成分であり、その次はキシロースで、アラビノースは含有量が比較的少ない。溶媒産生クロストリジウム(C.acetobutylicum, C.beijerinckii)は天然のキシロース利用能力を具えているが、グルコースと比べると、キシロースには代謝能力が不足しており、そのことはキシロースを唯一の炭素源として発酵させると、溶媒収率と生成速度が低くなることに具体的に表れている。キシロースは木質繊維原料の中で含有量がグルコースに次ぐ、最も主要なペントースであることを考えると、溶媒産生クロストリジウムのキシロース代謝工学に関する研究を展開することには重要な意味がある。上海バイオブタノール協業チームは、比較ゲノミクス及び分子生物学の実験を通じて、C.acetobutylicum ATCC 824のキシロース代謝経路中のキシロースイソメラーゼ遺伝子xylAとキシルロースキナーゼ遺伝子xylBを同定するとともに、C. acetobutylicum ATCC 824中においてグルコース輸送速度を抑制し、キシロース経路遺伝子の発現を強化することにより、グルコース、キシロース、アラビノースというリグノセルロースの中で最も重要な3種類の単糖ユニットの同等な、高効率の利用を実現した。
このほか、上海バイオブタノール協業チームはATCC 824中のccpA遺伝子をノックアウトすることにより、菌株に固有の炭素異化代謝産物抑制(Carbon Catabolite Repression, CCR)を取り除き、グルコース-キシロース混合炭素源の同等利用を実現した。上記の研究結果は、代謝工学的手段によって、木質繊維加水分解液の混合発酵に適用できる工業菌株を構築するための新たな構想を提供した。
3.3 ABE発酵液中のブタノール濃度の向上
3.3.1 低温発酵-産物ガスストリッピング技術
ブタノールは菌体細胞に対し比較的大きな毒性を持っており、菌株の遺伝子改造によってそのブタノール耐性を増強することは、ブタノール生合成の選択性と産物濃度を高めるために有利な条件を作り出す。産生菌種に対する発酵産物ブタノールの阻害作用を低減させるために、発酵及び下流プロセスの改善によって、発酵液中のブタノール毒性を軽減し、ひいては発酵終点のブタノール濃度を高めることもできる。本協業チームは変温発酵によって溶媒収量の大幅な増加を実現し、クロストリジウム・アセトブチリカムEA2018によるトウモロコシのバッチ当たり発酵総溶媒収量は28.0g/Lに達することができ、内訳はブタノール20.1g/L、エタノール3.4g/L、アセトン4.5g/Lであった(データ未発表)。だが、温度調節技術を用いてブタノールの高収量を実現する過程では、温度の低下がクロストリジア細胞の代謝を低迷させるため、発酵周期が長くなり、細胞の生産強度が下がる可能性がある。また、降温操作は工業応用の角度からいえば、エネルギー消費を増やし、設備の前期投資を増大させることになるため、ブタノール収量の増加と生産運転コストの間の経済バランスを総合的に考慮する必要がある。
発酵-産物ガスストリッピング(Gas-stripping)結合技術を採用することも、溶媒の毒性を下げる有効な方法である。この方法は発酵によって産生するガス(H2、CO2)または外界から通入した不活性ガスを利用して発酵産物を捕捉し、発酵液中の溶媒量を減らし、集めた溶媒を凝縮装置に送って回収し、一方、ガスは発酵体系へ環流し、引き続き発酵産物を回収することができる。本協業チームはC.acetobutylicum EA2018のバッチ式トウモロコシ発酵-ガスストリッピング結合技術によって、ABE発酵産物の濃度を30g/Lにまで高め、うちブタノールは20g/Lであった。
3.3.2 ブタノール高耐性菌株中での異種ブタノール経路の構築
伝統的なブタノール発酵における産物濃度の増加は、主に菌株のブタノール耐性の差によって制約される。主要な溶媒産生クロストリジウムであるClostridium acetobutylicumのブタノール耐性限度は2%(V/V)を下回っている。菌体細胞のブタノール耐性についての研究結果から見ると、この表現型は多くの遺伝子によって決定され、しかも非常に複雑なコントロールネットワークを有しているため、現在の菌株のブタノール耐性改造には一定の困難が存在している。
これまでの研究により、Lactobacillus brevis, Lactobacillus delbrueckiiといった一部の菌株は、現在の溶媒産生クロストリジウムより明らかに高いブタノール耐性を持っていることが発見されているが、それは高ブタノール耐性の菌株が自然界に存在していることを示している。本協業チームは馴化及びスクリーニング等の戦略により、2株のブタノール耐性菌株を得たが、同定の結果、それらはいずれも乳酸桿菌属Lactobacillusに属していた。これを踏まえ、一つの乳酸菌ライブラリーのブタノール耐性についての検出測定によって、そのうち大部分の菌株は溶媒産生クロストリジウムよりも明らかに高いブタノール耐性を持っていることがわかったが、これは乳酸桿菌属が一つの総体として、比較的高いブタノール耐性を持っている可能性があることを示唆している。同時に、得られた数株のブタノール耐性限界が3%(V/V)を上回る菌株は、ブタノール経路を構築する宿主菌の候補者となる潜在能力を有している。
ブタノール合成経路がすでにEscherichia coli, Saccharomyces cerevisiae, Pseudomonas putida及び Bacillus subtilis, Lactobacillus brevisに導入されることに成功し、かつブタノール生合成の研究に用いられ、すべての上記の菌株が発酵後に微量のブタノールを得ることかできているということは、非自然宿主によるブタノール生産が実行可能であることを証明している。もちろん、異種ブタノール合成にも、酵素タンパク質コード遺伝子の合理的選択、遺伝子の有効な発現、代謝中間産物のバランス、競争的経路の完全なノックアウト等といったさまざまな困難が存在しており、今後も依然として、合成生物学、代謝工学、タンパク質工学等の手段に基づいて、ブタノールの産物濃度を高める必要がある。最近の、アメリカの研究者が大腸菌発酵による正ブタノール生産に突破口を開いたという報告は、注目に値するものである。
4. 展望
ブタノールは一つの重要な化学品、次世代のバイオ燃料として、その生物学的調製法はすでに世界的規模での研究の焦点となりつつある。現在、早急に解決が必要なのは、バイオブタノール製造コストのさらなる低減により、石油化学合成ルートに対する市場での競争優位を得るということである。
我が国の農産品栽培構造に基づき、伝統的なABE発酵において最もよく使われている基質は、主にトウモロコシ、イモ、穀物等などデンプン質原料であるが、これらの農産品は一定程度、日常の食糧にすることができ、また家禽家畜の飼料や工業用穀物としても使われている。国家の食糧の安全という問題を考えると、バイオブタノール産業の発展の活路は、非穀類基質の高効率な利用、リグノセルロースの溶媒発酵への使用、工業化された一定規模の生産レベルの達成にある。セルロース・ブタノールの生産プロセスが、今なお産業化が難しく、改善を待たねばならないという条件の下では、トウモロコシの代わりにキャッサバ、キクイモ等の非食糧作物で溶媒発酵を行うのも、一つの選択可能な措置である。だが、リグノセルロースの加水分解についての研究の深まりと、セルラーゼのコスト低下にともない、この種の再生可能資源をブタノールの発酵生産に用いることは、必然的な発展の趨勢となるであろう。
ブタノール発酵の経済競争力を強めるためには、廉価な原料とそれに見合った生産菌を採用するだけでなく、発酵のブタノール濃度(Concentration)、基質変換効率(Yield)、生産強度(Productivity)のどれを高めるにも、新しいタイプの生産菌種を育成・構築することが極めて重要であり、一方、遺伝子工学、代謝工学など、現代の分子生物学の技術はこの目標の実現のために可能性を提供している。