構造軽量化を実現した新型成層圏飛行船研究の進展
2011年 9月22日
譚 恵豊(Tan Huifeng):
ハルビン工業大学航天学院複合材料・構造研究所 副所長、教授
1969年11月生まれ。1997年、ハルビン工業大学博士課程卒(複合素材専攻)。2003~2004年、ドイツ・ミュンヘン工科大学客員研究員。1994年~ハルビン工業大学航天学院複合材料・構造研究所にて教育・研究に従事。主に飛行船の構造及び素材、空中ガス充填・展開構造、軟性複合素材などを研究、論文80編あまりを発表。国家科学技術研究の20事業を担当。現在、黒竜江複合素材学会事務局長、黒竜江省力学研究所副事務局長、国家事業審査専門家、米国AIAA会員。
成層圏飛行船は飛行高度や遮蔽性、機体維持能力、視野幅、コスト、運行寿命、設備周期、機動性、情報の送受信能力、迅速な配備・移動などの面で優位性があり、軍用・民用価値が非常に高い。米国、日本、韓国、EUなどはいずれも、成層圏を制するための戦略目標として、成層圏飛行船という先端科学技術を非常に重視し、成層圏プラットフォームのフィージビリティ・スタディ及び飛行検証試験を相次いで実施している。
各国の状況によれば、成層圏飛行船の大型化こそ、成層圏環境における飛行船の長時間運行を実現するために各国が現在採用している方法である。成層圏飛行艇の研究は抵抗力、重量、抵抗力の克服に必要なエネルギーの間の相互関係の問題に直面している。飛行船の構造の軽量化は、飛行船の重量を根本的に低減できることから、飛行船を上昇させるのに必要な気嚢の体積を抑えることができる。そのため、この相互関係の連鎖を断ち切る重要な部分となっている。
現在、気嚢素材性能の直接的な改良、飛行船の構造の変更及び空中展開方式の採用が飛行船の軽量化実現のために各国が競っている方法である。
1. 気嚢素材性能の改良による軽量化方法
気嚢素材は成層圏飛行船の重量及びサイズを制御する基礎である。気嚢素材の重量減少により飛行船の重量及びサイズを根本的に低減できるため、設備、飛行制御、エネルギー、コストなどの面で難度と要求が大幅に低減される。
飛行船は成層圏という特殊な環境で運行するため、気嚢素材は軽くて強く、気象(高温・低温・湿度・強力な紫外線放射・オゾンなど)への耐性が高く、ヘリウム漏洩耐性が強く、抗折皺性・抗クリープ性・抗切断性が高く、縫合性能及び補修性能が強いなどの要求を満たす必要がある。このため、現在の飛行船の気嚢素材は多くが多層式の軟式複合素材であり、主に抗気候層、抗ヘリウム漏洩層、主構造層(重量支持層)、貼付層で構成される。重量支持層の強度部分は主に単層又は多層のニット繊維であるため、構造支持繊維と繊維貼付技術の改良が気嚢素材性能の向上の鍵である。
1.1 米国の高高度飛行船
高高度飛行船(HAA)は米国軍の支援する開発事業で、主に飛行船プラットフォームの検証に用いられる。HAAでは一貫して強度重量比の高い気嚢素材の研究に力を入れており、高強度のニット繊維の開発こそ研究のブレイクスルーである。
1.2 日本の成層圏飛行船
日本の成層圏プラットフォーム事業では低空試験機飛行試験により気嚢ニット素材の残留強度及び試験方法の研究を行い、気嚢素材の各性能の改善により気嚢構造の軽量化を図っている。
1.3 米国のISIS計画における飛行船
2006年、米国はISIS(Integrated Sensor Is Structure)飛行船計画をスタートさせた。当該飛行船の関心の重点は搭載機器の効率性であり、効果的な機器搭載(レーダーセンサ)と気嚢の多層化集積技術により構造の軽量化を実現し、搭載機器の利用効率を高めることにある。設計要求に基づけば、ISIS飛行船プラットフォームの有効荷重はプラットフォーム重量の30%~40%を占める。
気嚢素材の改良による素材重量の軽減は、飛行船の構造軽量化を実現する直接的かつ効果的な道筋である。素材性能の研究により構造軽量化を実現する方法は、応用リスクを大幅に抑えることができる。気嚢素材の性能を関する研究には良好な技術基盤があり、成果が明らかで、また、人々が注目する研究の重点であるため、将来、飛行船の構造の軽量化に向けた研究で重要な推進的役割を発揮するであろう。
しかし、気嚢素材性能の改良による飛行船の構造の軽量化をめぐる研究は、重量、費用対効果、メンテナンスの難度、製造・利用コストなど一連の複雑な問題に直面する可能性がある。同時に気嚢素材の向上に伴い、改良による軽量化効果は徐々に薄れることから、研究開発周期は徐々に長くなると予想される。また気嚢素材の向上には関連する性能試験技術が必要となる。
2. 飛行船の構造の変更による軽量化方法
成層圏飛行船の構造の特徴と運行プロセスに基づき、飛行船の従来の構造形式を変更することで構造軽量化を実現した研究者もいる。
2.1 ドイツの分節式蠕虫型飛行船
従来型の成層圏飛行船はエア駆動による曲げモーメントに耐えるために高い圧力差を必要とするが、それは同時に気嚢に高い張力を要求するため、気嚢の構造重量を増やすことになる。ドイツのシュトゥットガルト大学の研究者は飛行船の気嚢構造から着手して分節式蠕虫型(Air worm型)飛行船というコンセプトを提起し、飛行船構造の軽量化を実現した。
分節式蠕虫型飛行船では飛行プロセスで船体が受けるエア駆動及びエア駆動のモーメントを低減することで、気嚢の外形を維持するのに必要な内外圧差を抑え、船体の構造重量の均一な分布により静態負荷を低減している。また、操舵装置のない構造により荷重分布の均一化と構造重量の低減をさらに実現すると同時に、分節により気嚢の長さが抑えられたことから、当該飛行船は非常に優れたバランスと機動特性を持つに至った。
しかし、分節式蠕虫型飛行船では、分節された気嚢をつなぐ部品が必要であるため、連結部品の重量、信頼性及び各分節気嚢の同時制御についてはさらなる研究が必要である。
2.2 中国の変形飛行船
成層圏飛行船の開発目標及び評価要求は、従来型の飛行船設計構想で到達できる極限をはるかに上回るため、慣例の設計プランを打ち破り、革新的な方法を採用して構造軽量化問題を解決する必要がある。
2008年、中国の李暁陽博士が変形飛行船という新たなコンセプトを発表した。変形飛行船は気嚢素材に対する過酷な要求を低減し、気嚢容積の変化に対する適応制御を実現した。このほか、上昇高度の調節に副気嚢とバラストを必要としないため、運行プロセス全体における飛行船の重量変化は小さくなり、制御にとって非常に有利に働く。変形飛行船は気球と飛行船という2つの異なる飛行体の長所を兼ね備えており、飛行船の気嚢構造軽量化に向けて顕著な推進効果がある。
しかし、変形飛行船は機械式の剛性可変式フレーム構造を採用しているため、構造の軽量化、折畳・展開時の信頼性、気嚢連結の整合性・信頼性のいずれにおいてもモデル試験を行い実証する必要がある。また、気嚢の内部圧力及びフレーム構成部品の同時制御についてもさらなる研究を要する。
2.3 日本のカボチャ型組み合わせ式飛行船
カボチャ型気球とは、米国NASAの超長期滞空気球(ULDB)で採用された新型構造で、今後の高空気球の開発の趨勢である。日本人研究者の提起する組み合わせ式飛行船構造のコンセプトは、まさにこのカボチャ型気球の原理に基づく。
カボチャ型組み合わせ式飛行船は、軽質なロードテープを追加して気嚢構造を変更し、気嚢の表面張力を分散することで、気嚢構造の軽量化要求を実現した。しかし、試験の結果、縦方向と環状方向のロードテープの連結部分は効力を失いやすいことがわかった。また、軟式ロードテープは突風による気嚢の変形を吸収できず、半径の突起が気嚢のエア駆動外形に影響する、
上述の研究はいずれも、飛行船の従来の構造の変更を通じて気嚢の表面張力を低減することで、気嚢素材の強度要求を低減し、気嚢構造の軽量化という目的を達成している。しかし、これら研究は基本的にまだ構想・設計段階にあり、より進んだモデル試験による検証が必要である。
3. 空中展開式による軽量化方法
成層圏飛行船の多くは軟式飛行船を採用しているため、上昇過程における強度・剛性条件を満たすためには気嚢の張力を向上する必要がある。一方、成層圏の高度で必要とされる気嚢素材の強度・剛性要求はそう高くないため、米国の研究者は空中で飛行艇を展開するという構想を提起した。空中展開式飛行船は成層圏飛行船の従来の構造を変えず、上昇方式を変更するだけで気嚢素材の減量という目的を達成する。
3.1 米国の探査機飛行船
探査機(SOUNDER)飛行船は、米国テキサス州のサウスウェスタン大学が提起する成層圏飛行船の設計理念である。この飛行船の発射方法は科学気球の発射方法と類似し、発射前の内部残留は総体積の5%のヘリウムであり、飛行船高度の上昇につれてヘリウムが膨張し、飛行船の気嚢を完全に展開させる。ミッション終了後は、パラシュートを利用してペイロードキャビンを回収し、火工品装置を用いて気嚢を展開させる。
3.2 米国の高空偵察探査機
米国ジョンズ・ホプキンス大学の「高空偵察探査機(HARVe)」飛行船計画は、気球形状に類似した探査機及びその他センサを飛行機または攻撃能力を持たないミサイル上に搭載し、当該飛行機またはミサイルを利用して高空域まで運搬した後に放出し、HARVeが自律的に気体を充填して推進システムとセンサを起動した後に運行エリアに突入する方法であり、太陽光発電充電池により昼夜を通じてエネルギーが供給される。
3.3 米国の高高度監視用飛行船
米国の高高度監視(HiSentinel)プロジェクトは、20km以上の高空域で飛行可能な、無人、非係留、ガス充填式の太陽光発電飛行船に関するフィージビリティ及び潜在的な軍事応用価値を検証するものである。当該プロジェクトでは戦術通信、諜報偵察及び監視に利用される低コストで軽積載(44~440kg)、かつ長い航空時間(30日間)の太陽光発電による成層圏飛行船を重点的に開発した。高高度監視用飛行船計画はSOUNDERプロジェクトから発展したもので、レーベン社(Raven)のこれまでの開発技術を充分に受け継いでいる。高高度監視用飛行船は野外配備の必要を考慮して設計されており、上昇の際に部分的にヘリウムを充填するだけでヘリウムが膨張して気嚢に充満するようになっているため、大型飛行機倉庫などの専用の設備を必要とせず、軍事行動や野外配備が容易である。
空中展開式飛行船の気嚢設計では運行高度における環境条件のみを考慮し、低空時の大気による気嚢への影響を回避したことから、気嚢素材の強度に対する要求を大幅に緩和し、気嚢構造軽量化の目的を達成した。また同時に、地上停泊時の大型飛行船保管の困難を克服した。
しかし、現有の空中展開式飛行船は、気嚢素材の強度要求の低減に対する限界、大型化に向けた困難、上昇過程での失敗率の高さ、回収難度が高いなどの欠点を抱えている。
3.4 中国のガス充填フレームを装備した空中展開式飛行船
ハルビン工業大学の譚恵豊及び研究チームは、ガス充填フレームを装備する展開可能な新型の飛行船というコンセプトを打ち出した。当該飛行船では軟式飛行船の気嚢構造を変更してガス充填フレーム・システムを追加した。上昇時に補助気球を利用し、予定高度に到達した後は留保していたヘリウムガスで飛行船を完全に展開させ、フレームにガスを充填することでガス充填フレーム飛行船の完成形を形成する。ガス充填フレーム飛行船の展開後はフレームの荷重能力を利用して飛行船の外形を保ち、飛行船の形状剛性を維持すると気嚢圧は大幅に低下する。低気嚢圧は気嚢素材の受ける荷重を大幅に低減するため、ガス充填フレーム飛行船では強度要求の低い、より軽い気嚢素材の採用が可能になる。
現在、ハルビン工業大学はすでにガス充填フレーム飛行船の検証用試作機の設計及びさまざまなコンディションにおける飛行試験を終了し、ガス充填フレーム・システムの設計・分析技術を研究し、地上シミュレーション、空中展開試験及び低気嚢圧飛行試験を実施し、ガス充填フレーム飛行船の利点と実現可能性を検証した。図1を参照されたい。
図1 ハルビン工業大学の採用した超軽量気嚢・ガス充填フレーム飛行船試作機の低圧飛行試験
4. 総括及び展望
構造軽量化研究は、成層圏飛行船の今後の開発における趨勢である。気嚢素材性能の改良、飛行船の構造方式の変更及び空中展開方式の採用という、飛行船の構造軽量化を実現するための3つの方法にはそれぞれ特徴があり、現行の成果における不足を補うため、ターゲット研究が引き続き進められる。構造軽量化を実現する方法の選択とイノベーションが、成層圏飛行船の研究開発の中心となるだろう。新型の空中展開式飛行船の利点は顕著で、発展の潜在力がある。さまざまな軽量化方法の紹介と比較を通じ、成層圏飛行船の発展に実現可能な解決方法を提供したい。