イオンドープにより改質されたナノTiO2光触媒の研究
2011年11月 9日
施 恵生(Shi Huisheng):
同済大学環境材料研究所所長、教授、博士課程指導教員
1953年2月生まれ。1978年、同済大学にて研究。1982年、中国建築材料科学研究院にて研究。1993年、同済大学無機非金属材料専攻、博士号取得。1985年から現在まで、同済大学教員。1996年、ドイツRWTH Aachen Universityにて客員教授。主な研究分野は、生態環境材料、土木エンジニアリング材料、固体廃棄物の資源化。国家重点基礎研究(973)プロジェクト、国家ハイテク研究発展計画(863)プロジェクト、国家自然科学基金事業等の中国の国家レベルの重大・重点科学研究事業を主宰。国内外で学術論文300編以上を発表。「コンクリート混合剤実用技術大全」、「土木エンジニアリング材料-性能、実用と生態環境」、「材料概論」、「土木エンジニアリング材料試験精選」、「エコセメント及び廃棄物の資源化利用技術」、「土木エンジニアリング材料」、「セメント系材料の科学」等の専門書を主編。
共著者 王 程
1972年、Fujishimaらは酸化チタンを光触媒として水を分解して水素を生成できることを初めて報告した。1976年、CareyらはTiO2を光触媒としてポリ塩化ビフェニルを分解し、環境保護分野における光触媒技術の実用を切り開いた。その後、各国の科学者たちは二酸化チタンを代表とする半導体の光触媒材料について、抗菌・除臭、廃水中の有機汚染物質の分解、重金属イオン廃水の処理、空気清浄化等の分野で次々に研究を行い、広く実用化させた。光触媒の酸化技術による古くからの汚染物質処理技術には多くの長所がある。すなわち、(1)汚染物質を完全に鉱化・分解できること。(2)二次汚染を生じないこと。(3)材料を連続的かつ安定的に利用できるため、コストが低いこと。(4)常温・常圧下で反応が行われることである。良質な光触媒は次の条件を満たす必要がある。すなわち、(1)光触媒としての活性を有すること。(2)可視光及び(又は)近紫外線を利用できること。(3)光触媒としての安定性(光腐食を生じない等)があること。(4)コストが低廉であること。(5)毒性がないことである。現在研究されている半導体の光触媒においては、TiO2は上記の条件をすべて満たすため、最も理想的な光触媒と考えられている。しかし、TiO2のバンドギャップは約3.2 eVであるため紫外線による刺激を必要とし、そのうえ、生成された電子-正孔対は非常に複合されやすいために光触媒性能に低下が生じ、実用が制限されている。ナノTiO2に対するイオンドープによる改質は、これらの問題解決の有効な道筋である。イオンドープによるナノTiO2光触媒の改質に関する研究の現状を紹介する。
1 単一イオンドープ
1.1 遷移金属イオンドープ
遷移金属イオンをTiO2結晶格子中に取り入れてTi4+と置換すると、ドープされたほとんどのイオンのエネルギー準位はTiO2価電子帯と伝導帯との間に位置し、結晶体の電子-正孔対に対する捕獲率を高めると同時に両者の複合率を引き下げ、これによりTiO2の光触媒活性を向上させる。GhasemiらはCr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu及びZn等の遷移金属イオンをドープしたナノTiO2について研究を行った結果、遷移金属イオンをドープしたナノTiO2は、ドープしていないTiO2に比べて小さい結晶粒子サイズ及び高い比表面積を有し、材料の光感応範囲は可視光エリアまで拡張され、光触媒活性は純TiO2を上回ることが分かった。Cr3+をドープしたナノTiO2はほぼルチル構造であるが、依然として良好な光触媒活性を有する。これは、Cr3+はアナターゼのルチルへの転換を加速できるため、Cr3+がTiO2結晶格子中のTi4+の位置と置換されることにより、材料はさらに低いバンドギャップを持つことができ、かつ、電子-正孔対の複合率を引き下げることにより材料の光触媒活性が活性されるためである。Fe3+をドープしたナノTiO2は、他の金属イオンをドープしたTiO2に比べて小さい結晶粒子サイズ、大きい比表面積及び小さいバンドギャップを有するため、Fe3+をドープしたナノTiO2は高い光触媒活性を示す。この結果はChoiらが報告した研究成果と一致する。Choiらは21種類の異なる金属イオンをドープしたナノTiO2の光触媒活性を研究した結果、Fe3+をドープしたTiO2がより高い光触媒活性を示すことを見出した。
1.2 希土類金属イオンドープ
希土類元素は豊富なエネルギー準位及び4 f電子跳躍特性を有し、電子配置を生じやすく、酸化物は多結晶型であり、熱安定性は良好で吸着選択性が強い等の特徴がある。TiO2結晶体中に希土類元素を取り入れると結晶体が形成され、結晶格子にひずみが生じることによりTiO2結晶型が変換し、結晶粒子サイズ、バンド構造、電子-正孔対の運動状態及び寿命等に影響を及ぼす。XuらはLa3+、Ce3+、Er3+、Pr3+、Cd3+、Nd3+、Sm3+等の希土類金属イオンをドープしたナノTiO2を採用した結果、希土イオンをドープしたナノTiO2は吸着性能が向上し、波長吸收により赤方偏移が生じ、界面電荷の変換効率が高まることで光触媒活性が向上した。Gd3+をドープしたナノTiO2により形成されたGd2O3及びTiO2は、界面の活性水酸基の増加により界面電子の変換効率が向上するため、他の希土をドープしたTiO2よりも高い光触媒活性を示す。希土イオンのドープ量はナノTiO2光触媒活性に影響をもたらす重要な要素である。Zhangらはランタン系希土イオンをナノTiO2にドープした結果、ランタン系希土イオンのドープによりアナターゼのルチルへの変換が抑制され、高温下におけるナノTiO2比表面積の低下が緩和され、ナノTiO2の熱安定性が向上した。相転移には希土イオン半径が大きく影響し、イオン半径が大きい程アナターゼのルチルへの相転移への抑制効果が大きい。高温焙焼を経てランタン系希土イオンは酸化物を形成し、イオン半径の大きい希土イオンは配位数の高い希土酸化物を形成する傾向にある。ランタン系希土イオンでドープした後、ナノTiO2の光触媒活性は向上する。Paridaらの研究によれば、La3+ドープによりナノTiO2の吸着性能は高まり、波長を吸収して赤方偏移され、比表面積が増大し、結晶粒子サイズが低下し、電子-正孔対の複合率が引き下げられることにより、光触媒性能は高まる。
1.3 非金属イオンドープ
2001年、AsahiらはTiO2中のOイオンの位置をNイオンで置換すると、NをドープしたTiO2のバンドギャップが低下することにより可視光範囲下で光触媒活性を持つことを指摘し、非金属イオンにドープされたナノTiO2研究の分野を開拓した。Diwaldらによれば、NドープはナノTiO2のバンドギャップを約3.0 eVから2.4 eVに低下させることにより、光触媒反応範囲を可視光エリアにまで拡大する。Nドープのほか、現在研究されている非金属イオンドープには、さらにF、S及びC等があり、いずれも良好な可視光触媒活性を示す。
2 イオン共ドープ
これまでの研究の大部分は単一イオンドープの採用によるナノTiO2の改質に集中したが、近年の研究によれば、2種類の異なるイオンにより共ドープされたナノTiO2は単一イオンをドープしたTiO2より高い光触媒性能を示す。現在までに研究されている、ナノTiO2共ドープに用いられるイオンには、バイメタルイオン、2つの非金属イオン、2つの希土イオン、ならびに金属イオンと希土イオン、金属イオンと非金属イオン、希土イオンと非金属イオンの組み合わせ等がある。
2.1 バイメタルイオンドープ
バイメタルイオンでドープしたナノTiO2のメカニズムについては主に2つの見方がある。一つ目は、ドープした2種類の金属イオンはそれぞれ電子及び正孔の捕獲トラップに充当されるため、両者の複合を阻止することで光触媒性能が向上される。もう一つは、ドープした金属イオンの片方がTiO2の光感応範囲を拡大する作用を生じ、もう片方の金属イオンが電子又は正孔の捕獲トラップに充当することで、電子と正孔の複合率を低下させ、2種類の金属イオンの相乗効果により光触媒性能が高まるという見方である。
Katoらの研究によれば、Sb5+/Cr3+を共ドープしたナノTiO2の光触媒性能はCr3+をドープしたナノTiO2を上回る。これは、Sb5+をドープしたイオンが材料の電荷バランスを維持したためである。EstrellanらはFeとNbを共ドープしたナノTiO2を研究した結果、FeイオンはTiO2のバンドギャップを低下させることにより材料に可視光感応性を持たせ、Nbイオンのドープにより電子の捕獲を可能にし、電子-正孔対の複合を抑制することで、電子-正孔とH2O分子との反応によって、酸化性能の捕獲に強い水酸基フリーラジカルを生成した。FeとNbを共ドープしたナノTiO2は可視光下で良好な光触媒性能を有した。Shiらは活性炭素繊維の表面でFe3+/Ho3+を共ドープしたナノTiO2薄膜を調製した結果、Fe3+/Ho3+共ドープサンプルは未ドープサンプルに比べて光触媒性にやや向上が見られ、かつより安定していることがわかった。Fe3+/Ho3+共ドープはさらにTiO2薄膜の破裂を抑制できるが、そのメカニズムはさらなる研究を待つ。
2.2 2つの非金属イオンドープ
非金属イオンドープはTiO2の可視光感応範囲を効果的に拡大できる。2つの非金属イオンをドープしたTiO2は、現在のTiO2改質研究分野における関心事の一つである。Linらの研究によれば、P及びNのドープはいずれもTiO2の光感応範囲の可視光エリアへの拡張をもたらし、NドープTiO2の光触媒性能はPドープTiO2を下回り、N、P共ドープTiO2の紫外線及び可視光条件下での光触媒活性はいずれもやや向上した。これは、O-P-N結合の形成によるものである。LuoらはBr-Cl-TiO2光触媒を調製したところ、Br、Cl共ドープはTiO2のバンドギャップの低下をもたらし、光触媒性能が向上した。ChenらはC-TiO2、N-TiO2及びC-N-TiO2をそれぞれ調製し、かつ、三者の光触媒性能を対比したところ、C、N共ドープTiO2は他の2種類の単一ドープTiO2に比べて高い光触媒性能を持つことが分かった。YangらはC、N共ドープナノTiO2を採用した結果、C、N共ドープナノTiO2は可視光を吸収し、かつ、未ドープナノTiO2に比べて高い比表面積を有し、Cイオンが光活性剤の作用を果たすことがわかった。NイオンはTiO2結晶格子中のOを置換し,O 2pよりやや高い価電子帯で新たなエネルギー準位を形成する。C、N共ドープは電子-正孔対の複合率を抑制し、材料の可視光感応範囲を拡大し、かつ、光触媒性能を強化した。ShenらはBr、Nで共ドープしたナノTiO2を調製し研究した結果、Br、NイオンはTiO2結晶格子に取り入れられるとTiO2より上の伝導帯で新たなエネルギー準位を形成することで伝導帯の位置を引き上げた。このため、Ti-O-N結合及びTi-O-Br結合を形成し、TiO2の電荷バランスは破壊される。新たな電荷バランスを構築するために、Br-N-TiO2は触媒中で酸素空孔、Ti3+及びF-中心を形成する(電子を捕獲する酸素空孔はF-中心となる)。F-中心とTi3+エネルギー準位は伝導帯の下に位置し、伝導帯のエネルギー準位を低下させることによりBr-N-TiO2光触媒のバンドギャップを低下させ、可視光感応性を拡大する。
とはいえ、2つの非金属イオンの共ドープすべてがTiO2光触媒性能を向上させるわけではない。Herreraらはチオ尿素及び尿素を原料に、ボールミル法を採用してTiO2を改質し、N-S-TiO2光触媒を調製した。その結果、N-S-TiO2の光触媒性能は未ドープサンプルの光触媒性能に相当したが、N-TiO2光触媒性能は未ドープサンプルに比べやや低下した。
2.3 2つの希土イオンドープ
他のイオンのドープにくらべ、2つの希土イオンによる共ドープの研究は比較的少ない。周芸らはEu2+、Gd3+イオンにより共ドープしたナノTiO2を研究した結果、Eu2+、Gd3+の2種類の希土イオンを混合してドープしたものには相乗効果があることがわかった。Gd3+は活性化イオンとしてTiO2表面で増感剤となる一方、Eu2+は電子輸送体として電子と正孔の複合率を効果的に引き下げる。純TiO2とEu2+又はGd3+で単一ドープしたTiO2触媒を比べると、Eu2+とGd3+の混合ドープはTiO2の波長吸収範囲を拡大するため、太陽光を反応光源として利用できる見込みがある。趙斯琴らの研究によれば、Eu3+とY3+の2つの希土イオンによる共ドープはEu3+又はY3+の単一成分によるドープに比べTiO2ナノ結晶体の結晶型の変換をより効果的に抑制して比表面積を増加させることができ、Eu3+とY3+による共ドープは単一成分によるドープに比べてTiO2ナノ粉末の光触媒活性をより効果的に高めることができる。
2.4 金属-非金属イオン共ドープ
YangらはV、C共ドープナノTiO2を調製して研究した結果、Cイオンは光増感剤としての作用を果たし、Vドープによるエネルギー準位は価電子帯と伝導帯の間に位置した。V-C-TiO2は可視光、又は無光照条件下でさえも良好な光触媒性能を示した。Shenらの研究によれば、W、N共ドープナノTiO2の光感応範囲は650 nmに赤方偏移でき、光触媒性能は未ドープサンプルに比べて大きく向上した。Wドープによるドナー準位の形成、Nドープによるアクセプタ準位の形成及び酸素空孔によるF-中心の形成は、いずれも可視光による影響をもたらす。Hao及びCongらはそれぞれFe3+、N共ドープナノTiO2を調製して研究した結果、Fe3+、N共ドープナノTiO2の比表面積は比較的大きく、結晶粒子のサイズは比較的小さいことが分かった。Fe3+ドープ比率の上昇に伴って材料の比表面積は下降する。Fe3+、N共ドープはTiO2のバンドギャップを引き下げ、電子-正孔対の複合を抑制することで材料の光触媒性能を引き上げた。Hamadanianらの研究によれば、Cu、S共ドープはナノTiO2結晶粒子を減少させ、光感応範囲を拡大し、かつ、光触媒性能を引き上げるが、Cu-S-TiO2光触媒性能はいずれも未ドープTiO2、Cu及びSの単一ドープナノTiO2を上回り、Cu、S共ドープはTiO2の相転移を抑制した。
2.5 金属-希土イオン共ドープ
YangらはFe3+、Eu3+による共ドープナノTiO2光触媒材料を調製して研究した結果、Fe3+、Eu3+による共ドープイオンはナノTiO2半導体の電荷分離及び界面電荷の転移に重要な役割を果たし、Fe3+及びEu3+はそれぞれ捕獲正孔及び電子の作用を果たし、電子-正孔対の効果的な分離を実現することでナノTiO2の光触媒性能を引き上げた。馬明遠らは純TiO2、FeドープTiO2、CeドープTiO2、Ce、Fe共ドープTiO2の光触媒性能を比較した結果、Fe、Ce共ドープ後のTiO2の光触媒性能は明らかに向上した。原因は、Fe、CeドープはTiO2結晶粒子の成長を抑制できるばかりでなく、TiO2の熱安定性及び比表面積を向上させ、かつ、TiO2の波長吸収範囲を可視光エリアにまで拡大し、電子輸送体の複合率を引き下げられるためである。共ドープはTiO2の光触媒性能の向上に二重の効果をもたらし、Fe/Ce-TiO2の光触媒活性をFe-TiO2及びCe-TiO2よりはるかに上回らせられる。
2.6 希土-非金属イオン共ドープ
ShenらはCe、Nの共ドープによるナノTiO2を調製して研究した結果、N原子はTiO2の結晶格子に取り入れられることでTiO2の構造を改質させ、可視光感応範囲を拡大した。CeイオンはCe2O3の形式でTiO2結晶体表面に分布し、電子-正孔対の複合を抑制し、TiO2の光触媒性能を引き上げた。Yuらの研究によれば、Ce、Nイオンで共ドープしたナノTiO2は、Ce、NイオンがTiO2結晶格子中に取り入れられてバンドギャップを2.21 eVまで低下させ、かつ、電子-正孔対の複合を抑制することで、ナノTiO2の光触媒活性を強化した。HuangらはSmとNで共ドープしたナノTiO2を研究した結果、Nのドープにより材料の可視光感応範囲が拡大され、希土イオンSmのドープにより電子を捕獲でき、電子と電子正孔の複合が抑制され、材料の光触媒活性が引き上げられた。
3 問題の存在及び展望
現在、ナノTiO2光触媒イオンのドープによる改質の研究は、単一イオンドープから2種類さらには多種類のイオンによる共ドープにまで発展している。研究においては、さらに以下の分野に注目する必要があるだろう。
(1)イオンの共ドープによるナノTiO2の改質メカニズムについては、さらなる研究が待たれる。例えば、共ドープにおいてドープされた2種類のイオンの作用メカニズム、ドープされるイオンの量と割合によるTiO2構造及び性能への影響メカニズム等。
(2)改質の手段はともに結び付けて研究する必要がある。例えば、イオンによるドープと半導体の複合、貴金属の沈積及び表面の光増感等、さまざまな手段を結び付けてナノTiO2を改質すれば、より性能の良い光触媒を獲得できる可能性がある。
(3)イオンドープによるナノTiO2光触媒の改質に関する研究は、ほとんどが材料の調製、特性及びメカニズムの分析等の分野に集中している。調製された光触媒の重複利用の可能性及び安定性については、さらなる研究が待たれる。
(4)ナノTiO2粉末には凝固しやすく回収しにくいという欠点があるため、固定化担持する必要がある。しかし、現在研究されているナノTiO2のイオンドープによる改質は、ほとんどがナノTiO2粉末を対象に実施されており、キャリアとTiO2及びドープされるイオンとの間も相互作用が生じる可能性があることから、材料の光触媒性能にも影響する可能性がある。