中国の「第12次5ヵ年計画」期間における住血吸虫症の科学研究の重点及び方向性
(安徽省住血吸虫症防除研究所 所長)/ 2012年 3月22日
汪 天平(Wang Tianping):
安徽省住血吸虫症防除研究所所長、主任医師、
安徽医科大学、皖南医学院兼任教授
1963年3月出生。1984年、安徽医科大学卒業(疫学専攻、医学学士)。1995年、上海医科大学修了(現在の復旦大学上海医学院)、疫学専攻、医学修士。2006年、デンマーク・コペンハーゲン大学修了、寄生虫学専攻、医学博士。1984年7月から現在まで、安徽省住血吸虫症防除研究所に勤務。2002年から皖南医学院兼任教授。2005年に安徽省住血吸虫症防除研究所所長に就任。2006年から安徽医科大学兼任教授。衛生部疾病予防コントロール専門家委員会委員、衛生部衛生標準委員会委員、安徽省予防医学会副会長。研究分野は住血吸虫症、寄生虫病疫学。国家レベル及び省レベルの重大研究事業30件以上を主宰または参加、12件で省・中央レベルの科学技術進歩賞を受賞。論文100本以上を発表。全国「五一」労働賞を受賞。全国先進業務者、安徽省江淮十大傑出青年に選出、衛生部から「貢献の際立つ中壮年専門家」等の栄誉ある称号を授与。安徽省の跨世紀学術・技術リーダー。呉階平医学研究賞‐パウル・ヤンセン薬学研究賞2等賞を受賞。2007年に「新世紀百千万人材工程」の国家級人選に入選。国務院から政府特別補助金を授与。
共著:操 治国、林 丹丹、周 暁農
住血吸虫症は中国人民の健康に深刻な脅威となり、感染地域の社会経済の発展を妨げる重大な感染症であり、中国では今なお重要な公衆衛生問題の一つである。住血吸虫症防除業務の強化には重要な現実的意義がある。半世紀余りにわたる予防・治療の実践により、住血吸虫症の制御と根絶は最終的には科学の進歩に頼る必要があることが証明された。中国の住血吸虫症制御の歴史はまさに科学技術の絶えざる発展と進歩の歴史を反映したものであり、予防・治療業務のいずれの段階も科学技術による支援から乖離することはできない。新中国成立以降、中国の住血吸虫症防除業務の成果が世界の注目を集めたことは、段階に応じて多様な科学的予防・治療対策を講じたことと切り離すことはできず、科学的な予防・治療なくしては、住血吸虫症防除業務は今日のような輝かしい成果を挙げることはできなかっただろう。
一、中国における住血吸虫症の科学研究の進捗状況
中国における住血吸虫症の系統的な研究は1950年代に始まり、研究者たちの数代にわたるたゆみない努力によって大量の理論的・実践的研究成果が挙げられ、住血吸虫症の制御に力強い推進的役割を果たした。中国の住血吸虫症科学研究には半世紀余りの間で、駆虫薬(プラジカンテル)、予防内服薬(アルテメーテル、アルテスネイト)等の面でブレイクスルー的な進展があり、疫学、予防・治療戦略、オンコメラニア属貝(Oncomelania hupensis Gredler, 1881)の制御、診断技術及びワクチン開発等の分野でもさまざまな進展を見せている。
- 疫学研究 住血吸虫症の疫学調査を系統的に掘り下げて行い、中国における住血吸虫症の地理的分布及び住血吸虫症の流行因子、特徴、機序を明らかにした。また、住血吸虫の中間宿主、オンコメラニア属貝の生物学的・生態学的特徴について系統的な研究を行って顕著な成果を挙げ、住血吸虫症の予防・制御を強力に指導した。
- 予防・治療戦略研究 予防・治療段階に応じ、社会経済の発展状况や防除目標ごとに予防・治療戦略を検討し、全国的な住血吸虫症防除業務の進展を推進した。予防・治療段階初期はオンコメラニア属貝の根絶を主に、1980年代以降はヒトと動物の同時化学療法を主に、そして現在は感染源の制御を主として、各段階における予防・治療戦略の選択と実施はいずれも中国における住血吸虫症の感染の進行機序に見合うものとし、感染地域の社会経済の発展状況や科学技術レベルにも適合するものとした。
- オンコメラニア属貝の制御に関する研究 物理的・生物的な殺貝方法を一通り検討した。植物由来の殺貝剤の研究では、殺貝成分を有する植物を発見し、ペンタクロロフェノールナトリウム、ニクロサミド、ニコチンアニリド、ブロモアセトアミド、Trithialan、メタアルデヒド、カルシウムシアナミド等の化学的殺貝剤を開発・合成し、かつ、ニクロサミドの新剤型についても研究し、当該薬剤の単一的な剤型を改良した。なかでも、ニクロサミド25%懸濁剤及びNiclosamide ethanolamine salt4%粉剤は現場の殺貝に徐々に応用されつつあり、良好な効果を示している。
- 診断技術の研究 予防・治療段階初期において、科学者たちが集卵・孵化法や沈殿物の顕微鏡検査等の一連の病因学的診断方法を開発したことは、中国の感染地域における住血吸虫症の患者数の迅速な解明に重要な役割を果たした。中国における住血吸虫症の流行レベルが低下するにつれ、既存の病因学的診断方法による遺漏の問題が日増しに顕著になったため、病因学的診断における不足を克服すべく、さまざまな免疫学的診断方法がさらに開発された。現在ではIHA、ELISA、ドット免疫金ろ過分析(DIGFA)新技術、DSlA法等の約10種類の免疫学的診断法または迅速診断法が現場でのスクリーニング検査に利用可能である。分子生物学の発展に伴い、先進的な分子生物学技術を応用した住血吸虫症の診断業務が注目され初め、すでに検討段階の研究が行われ、かつ、一応の進展を見せている。
- 治療薬研究 予防・治療段階初期にアンチモン-273、Furapromide、アモスカナート等の住血吸虫症治療薬が相次いで開発された。1980年代には、中国は毒性が低く、薬効の高い新薬プラジカンテルを独自に合成し、全国的な住血吸虫症の感染制御を推進した。このほか、中国の科学者たちは住血吸虫症の早期治療薬アルテメーテル及びアルテスネイトを開発し、これを内服予防薬として使用し、住血吸虫症の予防薬研究の空白を埋めた。
- ワクチン研究 中国は日本住血吸虫由来ワクチン(不活化ワクチン、生ワクチン、遺伝子組み換えワクチン、核酸ワクチン等)の研究を幅広く実施した。単一分子の抗原によって宿主に誘導される住血吸虫抵抗力は弱いことから、現在は異なるエピトープによる混合抗原を選択する傾向にあり、虫卵、胚に至るまでの各発育期にある住血吸虫に対する相乗的な殺傷力のある、いわゆるカクテルワクチンによる高い保護能力が期待されている。ここ十数年、中国は住血吸虫症ワクチンの研究において急速な進展を見せ、海外との距離を縮めている。特に、日本住血吸虫に対する中国大陸由来株を抗原とするワクチンの開発において、中国はすでに世界の先進レベルにある。
二、中国における住血吸虫症防除業務の科学研究に対する需要
住血吸虫症の予防・治療には科学技術の進歩が必須であり、科学研究は予防・治療業務の需要に応える必要がある。ここ50年余り、共産党中央政府、国務院及び感染地域の各級地方政府による重視と指導、関係当局間の密接な協力、そして住血吸虫症防除の研究者・関係者の強力の下、中国の住血吸虫症防除業務は大きな成果を挙げてきた。半世紀余りにわたる防除の実践により、住血吸虫症防除業務は科学研究に絶えず新たな奥行きをもたらした一方、科学も住血吸虫症防除業務を支え続け、防除業務中の難題を数多く解決し、同業務を推進してきた。20世紀末から21世紀初にかけ、中国の住血吸虫症感染が全国的に再び増加傾向を示したことから、従来からの防除措置・手段では現在の住血吸虫症の感染の進展傾向と防除の必要を満たすことができず、住血吸虫症防除業務には科学技術による効果的な支援が必要であることが証明された。
現在、中国の住血吸虫症科学研究には、主に次の問題が存在する。すなわち、基礎研究における理論面での革新が少なく、応用研究における新技術の開発も足りないことから、基礎研究と応用研究を下支えできるプラットフォームの建設がスタートしていない点である。2006年に開催された全国住血吸虫症防除業務会議で提起された、中国が現段階で講じる感染源制御を主とする総合的防除戦略、「全国の住血吸虫症予防・制御に関する中長期計画綱要(2004-2015)」において、2015年までに住血吸虫症感染制御基準を全国的に達成するという予防・治療目標が明確化されるとともに、全国的な住血吸虫症根絶における直近の業務も議事日程に組み込まれた。感染の進展により、中国の科学界には新たな科学技術の難題に対する方向性と要請が突きつけられ、新たな感染情勢下の予防・治療戦略及び目標に対し、いかに住血吸虫症防除に関する中国独自の科学研究体制を整備し、住血吸虫症の基礎研究と応用研究をスピードアップし、住血吸虫症の感染制御、住血吸虫症によるリスクの根絶等、防除の鍵となる理論・技術面でのブレイクスルーと発展を成し遂げ、かつ、中国独自の知的財産権を持つ、効力の高い実用的な新製品を開発するかは、中国の住血吸虫症防除に携わる研究者が直面し、解決しなければならない重要なテーマである。
三、「第12次5ヵ年計画」期間の中国における住血吸虫症科学研究の重点及び方向性
今後一定の期間、中国の住血吸虫症に関する科学技術戦略においては、基礎研究を牽引役とし、応用研究を重点とし、プラットフォームの建設を拠り所とする中長期目標を主な方向性として、新たな情勢に適応できる防除戦略を絶えず検討し、中国独自の知的財産権を持つ実用的なモニタリング技術、新薬、診断用製品を着実に開発する。「第12次5ヵ年計画」期間は、中国の住血吸虫症科学研究はこれまでの成果を基礎に、現在の防除業務目標と要請を結びつけ、以下の研究を優先的に行う。
疫学分野においては、住血吸虫症の制御・根絶基準、住血吸虫症の感染閾値、住血吸虫症モニタリング及び感染源の遡及・警戒技術、住血吸虫症の感染拡大に対する環境因子の変化による影響や、ヒトの日本住血吸虫症への再感染、末期住血吸虫症の感受性因子等の分野における研究を重点的に行う。また、先進的な疫学理論及び手段、宇宙技術等を融合・運用し、住血吸虫症の流行・伝播に対するモニタリング・予防等のデジタル化、IT化研究を強化する。
予防・制御戦略においては、感染源制御を主とする総合的防除戦略を柱に、化学療法戦略の実施・拡大、ならびに化学療法対象の科学的決定、感染源であるオンコメラニア属貝の制御・撲滅戦略、虫卵による水源汚染の予防・阻止、さまざまな防除戦略の最適な組み合わせ、予防・治療效果及び効率の科学的評価、感染遮断エリアの強化戦略、感染地域における畜産業の構造調整及び牧草資源の総合的開発・利用、住血吸虫症制御等の分野における研究を重点的に実施する必要がある。そして、特に中国における社会経済の持続可能な発展に適応する、生態系における住血吸虫症防除戦略を検討し、研究する必要がある。
オンコメラニア属貝の制御においては、貝の発見に関する新技術や感染感受性のあるオンコメラニア属貝の早期・迅速鑑別技術、オンコメラニア属貝繁殖地の迅速確定・識別に関する新方法(GIS/RS、レーザ、超音波、赤外線、生物学的識別等)、現行の殺貝剤の剤型及び配合の改良、新型殺貝剤の開発、オンコメラニア属貝の新規制御方法及び技術(分子遺伝学、遺伝子工学、生物学的防除)、経済建設事業と結びつけたオンコメラニア属貝制御方法、オンコメラニア属貝の拡散防止・起源遡及方法・技術、生息水源の迅速検査技術等の分野における研究を重点的に実施する必要がある。
診断技術においては、住血吸虫症の迅速診断法、診断試薬の標準化、新規診断技術(超音波、核磁気共鳴(NMR)、CT等)、病因学的診断方法の改良及びイノベーション、免疫学的診断方法の連携・応用、住血吸虫症診断における分子生物学的技術の応用、治療効果の事例評価技術等の分野における研究を重点的に実施する。そして、住血吸虫症の低レベル流行地域のモニタリングに適応する迅速かつ効果的な診断方法及び技術の研究を特に強化する。
治療薬の分野においては、プラジカンテルに対する潜在的薬剤耐性の可能性及び対策、新型の化学療法薬剤、薬剤の組み合わせ使用(治療薬+予防薬)による住血吸虫症の感染制御、個人用予防薬の開発及び応用等の分野における研究を重点的に実施する。
ワクチンの研究においては、日本住血吸虫症の候補ワクチンのスクリーニング・効果に対する標準化評価体系、ワクチンにより誘導される保護・免疫メカニズム及び宿主内における住血吸虫の免疫回避メカニズム等の分野における研究を重点的に実施する。
住血吸虫症の予防・治療は、長期にわたる複雑な社会システム工学に関係する。住血吸虫症の防除業務で大きなブレイクスルーを獲得するには、科学技術の進歩に頼る必要がある。世界経済の一体化やハイテク化が急速に進む今日においては、われわれは確固たる信念を打ち立て、懸命に取り組み、刻苦研鑽しさえすれば、住血吸虫症の防除において中国独自の知的財産権を持つ研究成果を挙げるだけの基盤がある。中国の住血吸虫症防除業務の進展に重要な技術的支援をもたらすことで、早期にこの「疫病神」を追い出し、住血吸虫症感染地域における社会経済の持続可能な発展を実現したい。