第67号:疾病予防と治療研究
トップ  > 科学技術トピック>  第67号:疾病予防と治療研究 >  中国のヨウ素125粒子の腫瘍への挿入治療の現状及び問題

中国のヨウ素125粒子の腫瘍への挿入治療の現状及び問題

2012年 4月10日

王 成鋒

王 成鋒(Wang Chengfeng):
中国国家がんセンター、中国医学科学院腫瘍医院主任、
主任医師、教授、大学院指導教授

1962年5月生まれ。1984年、山東医科大学医療系卒業(学士号取得)。すい臓腫瘍手術500例で穿刺針による細胞学的診断で満足な効果。進行期すい臓がん手術200例余りを対象に放射線治療を実施。これはアジア最大の報告症例数で、臨床上、その近期及び遠期の治療効果について研究。すい臓がん症例と健康なヒト合計10000例近くの全ゲノム配列を解読し、Nature Geneticsに発表。主な専門書は5部。現在、中華医学会腫瘍学分会及びすい臓がんグループ常務副グループ長、事務局長。

1.悪性腫瘍の現状

 WHOのデータによれば、悪性腫瘍による死亡はすでにヒトの全死亡数の13%を占め、心血管疾患を上回ってヒトの健康を脅かす最大の原因となっている。ヒトの半数近くに腫瘍を患うリスク(男性は約44%、女性は39%)があり、2030年までに腫瘍症例は250万症例超(2008年の2倍)の増加を見せることが予想されている。国家腫瘍予防・治療研究弁公室のデータによれば、悪性腫瘍は21世紀の中国で最も深刻な公衆衛生問題の一つである。死因統計データによれば、2010年には約810万人ががんで死亡したが、2020年にはこれが1036万人に達すると予想されている。中国における腫瘍の診断・治療の現状は決して楽観できるものではなく、これは、5年生存率が欧米の先進国に比べはるかに低いことに顕著に表れている。また、医師に対する専門訓練や学問分野間の協調体制が足りない点や、予防意識・早期診断率が低いために大量の費用・労力が末期腫瘍の治療に費やされている点、化学療法がボトルネックとなり、薬効の高い新薬の開発に限りがある点、臨床治療における過度な治療が深刻である点、莫大な投資を必要とする設備の導入に熱心すぎる点等の問題がある。

2.ヨウ素125粒子の挿入

 現時点での腫瘍の主な治療方法には手術による切除、放射線治療、化学療法等がある。放射線治療は腫瘍治療の主な方法であり、ヨウ素125粒子の挿入がその重要な方法の一つである。

 1934年にHandleyはすい臓がん治療の成功により、ラジウム針の挿入による治療の先駆けとなった。腫瘍内への放射性粒子の挿入は、その低線量率での連続照射という特性を発揮することで、腫瘍への照射線量を増やし、局所制御率を高めることから、腫瘍の局所治療に効果的な方法である。ヨウ素125粒子の半減期は59.4dであり、半減期が長いほど保存期間も相対的に長くなることから、輸送しやすく、臨床応用に資する。ヨウ素125の産生するγ線は、エネルギーが小さいもののさまざまなステージの腫瘍細胞を殺し得る。放射性粒子の挿入によって、腫瘍が十分な治療線量を得られると同時に、放射距離の短さから(1.7cm)、付近の正常な組織が放射線照射により受ける損傷が小さく、腫瘍治療の効果を高め、隣接組織における副次的損傷を減らす。

 ヨウ素125粒子を挿入する方法には、映像(BUS、CT等)による誘導下での挿入、内視鏡下挿入、腹腔鏡下挿入及び術中挿入がある。映像による誘導下での挿入、内視鏡下挿入、腹腔鏡下挿入には侵襲が少なく迅速という利点があるが、我々から見れば、すい臓がん等の位置のやや深い腫瘍には、術中の直視下での挿入なら正確な位置で均一に挿入でき、術前治療計画に基づいて十分な量を挿入でき合併症が少ない等の長所がある。我々の経験に基づけば、術中にヨウ素125粒子を挿入した場合は、手術期前後の厳密なモニタリングによれば、治療群の血液、肝臓、腎臓、すい臓等の臓器及びシステム機能のいずれも顕著な毒性を有さず、副次的な合併症も発生しないことから、術中におけるヨウ素125粒子挿入治療は安全であることが証明されている。

 ヨウ素125粒子の挿入における職業被ばく及び環境被ばくからの防護は、主に挿入時の安全防護であり、これには鉛製の防護衣・手袋、専用の防護用メガネの着用等、操作規範及びプロセスの厳格な順守、粒子数の厳密な照合・粒子消失の防止が含まれる。患者の周囲環境における防護は、主に術後の厳密なモニタリング、データの表示がある。患者から近距離の周囲環境における放射強度は最大でも2.2mrad/hrとしており、これは国の定める放射線防護標準よりはるかに低い。放射線技師の防護は、次のとおりである。すなわち、粒子の総活量が1回あたり平均で10mCi(15~20枚)で、医師と照射源との距離が30cm、医師と照射源との接触時間が30minで、1週間に2回(100回/年)照射を行い、一年間に受ける放射線量が約14mSvであること。0.1mmの鉛製防護衣を着るなら照射量を30倍減らせるため年間照射線量は0.4~0.5mSvであるが、国の要求する年間線量の上限は50mSvである。このことは、ヨウ素125粒子の挿入は放射線技師にとって安全であることを証明している。患者の家族等に対する防護は、粒子が患者の体内に挿入される深さ(10cm)に従い(10mCi)、看病する家族と患者との距離は1メートルとし、毎日12時間にわたり密接に接触した場合、粒子の体内被ばくは減衰から消失まで(約1年)であり、家族が受ける総線量は約0.3~1mSvであるが、胸部レントゲンを1回行った場合の線量が2~2.5mSvであることから、ヨウ素125粒子の挿入は家族等の付き添い介護者にとっても安全であることが証明される。

3.ヨウ素125粒子の挿入における注意事項

 ヨウ素125粒子の挿入は一部のタイプの腫瘍に良好な効果を示し、深刻な合併症もなく、安全で効果的な治療方法である。しかし、治療においては次の点に注意するべきである。

  1. 挿入前の組織細胞学的診断データがあること。
  2. さまざまな分野の専門家(多職種専門チーム、MDT)が治療プランの策定に関わること。特に、アイソトープ及び/又は放射線治療科の医師及び/又は医学物理士が関わっていること。
  3. 科学的かつ合理的な治療計画を策定すること。挿入前に映像データに基づき、ヨウ素125粒子挿入計画設計システム(TPS)を採用して挿入計画を策定し、提供されたヨウ素125の1粒子ごとの放射活性に基づき、ヨウ素125粒子の挿入数等を算出すること。
  4. 治療の過程においては、アイソトープ専門技師、外科医、手術看護士が粒子数の照合および記録を行うこと。
  5. 挿入後のモニタリング。挿入完了後は全ての医療用品・機器等の検査を行い、粒子の遺漏、環境汚染を防止すること。手術1日後にはX線又はCT検査を実施し、粒子の位置と数を観察すること。術中、術後は患者の体外放射活性を定期的に測定し、患者及び周囲の人間の安全を確保すること。

4.ヨウ素125放射性粒子の挿入の現状

 1998年以降、中国では、ヨウ素125放射性粒子の挿入が雨後の筍のように全国の多くの病院に普及し、良好な治療効果を挙げた。しかし、地域の発展水準により、治療を行う病院や医局、医師のレベルには大きな差があるため、ヨウ素125放射性粒子の挿入の現状は、喜憂が相半するものである。

 「万方医学データベース」及び「中国之網」上で、1998年1月~2010年1月に中国国内で発表された中国語論文を対象に、ヨウ素125放射性粒子、組織挿入、悪性腫瘍等をキーワードに検索を行い、発症率・死亡率等を変数として、次の点について統計分析を行った。すなわち、病院の等級及び種類(総合病院、腫瘍専門病院、教育機関付属病院等)、関係医局(アイソトープ室、放射線物理士が関与しているか等)、主な医師(外科、放射線の撮影科、又は量子介入治療科等が主体となっているか。あるいはさまざまな分野の医師の関与があるか)、組織細胞学的検査結果(組織細胞学的診断の有無)、TPS治療計画システムの応用(放射性粒子の挿入線量及び強度がTPS下で策定されているか否か)。その結果は次の通りであった。

  1. ヨウ素125放射性粒子の挿入を実施する病院の状況:実施病院は165ヶ所。内訳:腫瘍専門病院2ヶ所、省レベル及びそれ以上の病院20ヶ所(うち、腫瘍専門科のある病院6ヶ所)、市レベルの病院37ヶ所(うち、腫瘍専門科のある病院4ヶ所)、県レベルの病院4ヶ所、産業病院3ヶ所、教育機関附属病院93ヶ所、軍付属病院6ヶ所。病院ごとの腫瘍治療数は平均26.3例(4343/165)。
  2. ヨウ素125放射性粒子を挿入した患者の状況:全患者数4343例、うち男性2721例、女性1622例。内訳:肺がん2257例、すい臓がん704例、結腸・直腸がん347例、前立腺がん288例、転移性骨腫瘍207例、神経膠腫193例、リンパ節転移がん156例、食道がん124例、乳がん97例、鼻咽頭がん67例、胃がん65例、膀胱がん41例、胆管がん37例、婦人科腫瘍(子宮頸がん、子宮体がん)29例、口腔がん20例、舌がん13例、軟部組織肉腫12例、胸膜中皮腫12例、腎臓がん11例、甲状腺がん7例、鼻腔横紋筋肉腫2例、耳下腺がん1例。組織細胞学的根拠のあったものは全症例のわずか43.8%(1901/4343)であった。
  3. ヨウ素125放射性粒子の挿入による治療状況:TPS治療計画システムを応用した症例は84.1%(3651/4343)。放射線学科の医師が関与する病院は3.6%(6/165)で、関わった症例は9.1%(395/4343)。多職種専門チーム(MDT)が診断・治療に関与した病院は3.6%(6/165)、関わった症例は9.4%(409/4343)。挿入方法:映像(BUS、CT、X線等)による誘導下での挿入が大多数の約76.3%(3314/4343)を占め、他の挿入方法は術中直視下の挿入が20.1%(873/4343)、内視鏡下の挿入が3.6%(156/4343)であった。
  4. ヨウ素125放射性粒子挿入の合併症:合併症発生率は全体の21.8%(946/4343)であった。内訳:甲状腺がん42.9%(3/7)、口腔がん30%(6/30)、肺がん27%(610/2257)、食道がん26.8%(33/124)、鼻咽頭がん23.9%(16/67)、すい臓がん16.8%(118/704)、乳がん16.5%(16/97)、前立腺がん14.9%(43/288)、胃がん9.2%(6/65)、軟部組織肉腫8.3%(1/12)、結腸・直腸がん7.2%(25/347)、婦人科腫瘍6.9%(2/29)、神経膠腫5.7%(11/193)、胆管がん5.4%(2/37)、膀胱がん4.9%(2/41)、リンパ節転移がん4.5%(7/156)、転移性骨腫瘍3.9%(8/207)。胸膜中皮腫、鼻腔横紋筋肉腫、耳下腺がん、舌がん、腎臓がん等には合併症の発生がなかった。
  5. ヨウ素125放射性粒子の挿入に関する論文:中国国内の同論文は179本。うち、論説160本、症例報告5本、総論4本。病院ごとの発表論文数は平均で1.1本(179/165)であった。

5.ヨウ素125放射性粒子挿入の問題

  1. 過度の治療:組織細胞学的診断のなされた患者は43.8%しか存在せず、半数以上の患者に過度の治療の疑いがある。
  2. 盲目的な治療:TPS事業計画システムを用いた患者は84.1%で、患者の15.9%には医師の経験だけに基づく治療が行われ、EBM(Evidence-based medicine)の原則に適合しない。
  3. 分野を跨いだ協力の欠如:治療を行った医療機関のうち、放射線医学科の関与した病院は3.6%、関わった症例は9.1%であり、さまざまな分野による関与のあった病院は3.6%、関わった症例は9.4%であった。
  4. 合併症発生率の高さ:大まかな統計によれば、粒子挿入後の合併症発症率は全症例の21.8%にも達した。
  5. 中国全国を対象範囲とした、大規模で多機関が関与する前向き研究及びランダム対照研究が欠如している。
  6. 発表された関連論文に研究テーマの厳密なデザインが欠如し、サンプル数が少なく、データが不完全で、大多数が単一医療機関内で完結しているため、結論に科学性が欠如している。

6.ヨウ素125放射性粒子挿入の管理の標準化

 ヨウ素125放射性粒子の挿入の問題については、衛生部はこの治療法を第三類医療技術に分類し、厳しい管理を加える必要がある技術として専門家による検討・論証の機会を多数回組織し、相応の規則及び制度を制定した。中国のヨウ素125放射性粒子の挿入の現状については、国の定めた関連の規則・制度を遵守し、治療手順を厳しく標準化しなければならず、以下の条件を果たさなければならない。

  1. ヨウ素125放射性粒子の挿入による治療を行う予定のすべての症例に対し、組織細胞学的診断を行うこと。
  2. さまざまな分野の医師(外科、放射線治療科、介入治療科、アイソトープ専門技師又は放射線物理士、撮影可医師等)による共同の診察を行うこと。EBMの原則を順守し、一般の診療常識と適合し、かつ、個別の症例を対象とする標準的な治療プランを策定すること。
  3. 標準的な治療プランを遵守することを前提に、科学的かつ合理的な治療計画を策定すること。TPS治療計画システムを利用し、粒子挿入における放射線量、粒子数、粒子の三次元空間位置等を算出すること。
  4. 放射性粒子に対して厳格な管理を行うこと。
  5. 挿入後の患者及び周辺環境に対する厳密なモニタリングを強化し、放射性粒子の挿入を受けた患者に対して厳密なフォローアップを行うこと。
  6. 前向きで、多機関の関与する、大型のランダム対照研究を強化すること。

 総括すれば、ヨウ素125放射性粒子挿入は歴史がある上に新たな活力を持つ診療技術であるため、一部の腫瘍にはプラスの治療効果を示すが、実際の運用では標準化された診断・治療手順が欠如している。このため、ヨウ素125放射性粒子の挿入においては、管理を強化し、最大の治療効果を発揮させることで、よりよい形で社会に奉仕する必要がある。また、問題発生を回避し、患者へのる副作用を減らすことに重要な意味がある。