第67号:疾病予防と治療研究
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中国における高カリウム・低ナトリウム食事療法による高血圧及び心臓・脳血管疾患の予防

2012年 4月 5日

王 青

王 青(WANG Qing):
北京高血圧連盟研究所特別招聘研究員、スイス・ローザンヌ大学CHUV医院医学研究事業主宰者、武漢華中科技大学教授 兼任

1961年1月、中国湖北省生まれ。2002年、スイス・ローザンヌ大学で医学博士号取得。スイス・ローザンヌ大学CHUV医院で助手医師、第一助教 (ポスドク)、医学研究事業責任者を歴任。主に、カリウム、ナトリウム、塩分、副腎皮質ホルモンの高血圧発症及び心血管再建における作用及び機序について研究。SCI学術誌Hypertension、J Am Soc Nephrol、Kidney International、Am J Physiol、PANS上で論文30本以上を発表。「カリウムイオンによる心臓保護作用」の発見により、「2007年スイス・ファイザー(Pfizer) 医学研究賞」を受賞、かつ、「月刊循環器」(Circulation)2011年124号のヨーロッパにおける心臓病関連注目人物のコーナーに掲載。現在、劉力生教授と共同で、中国減塩研究グループ(北京高血圧連盟研究所、中国塩分業総公司、スイス、オーストラリア、米国等の国内外の研究者及び企業関係者を含む)の協力のもと、中国で開発された、合理的な比率を持つ高カリウム・低ナトリウム塩についてヒト試験を実施(この目的は、食事中のナトリウム・カリウム比を大幅に引き下げることで、血圧を引き下げ、心血管を保護し、心臓・脳血管関係の急性疾患を予防すること)。現在、米国生理学会会員、ヨーロッパ心臓病学会会員、世界塩分・健康アクション(WASH)会員、北京海外聯誼会理事会理事。

1 高血圧及び心血管疾患による負担及び課題

 生活様式の変化、都市化、高齢化により、心血管疾患や腫瘍、糖尿病等の非感染性慢性疾患が世界の主な死因となった。世界保健機関(WHO)の予測では、2030年までに世界の慢性疾患による死亡は全死亡者数(6700万)の56%を占めるまでになり、がんによる死亡は2004年の740万人から2030年には1180万人に、心血管疾患による死亡は2004年の1710万人から2030年には2340万人に増加し、主な死因である虚血性心疾患及び脳卒中のうち、80%は中・低収入の発展途上国が占める。高血圧は、心血管疾患の発症及び死亡の最も重要なリスク因子であり、脳卒中の約60%と冠動脈性心疾患の約50%を引き起こす。冠動脈性心疾患は収縮圧/拡張圧115/75mmHgで発症し、世界の成人の80%が冠動脈性心疾患発症のリスクにある。現在、世界の成人の高血圧罹患率は25%であるが、2025年までに60%に上昇すると考えられている。2002年の中国住民の栄養・健康状况調査によれば、成人の高血圧罹患率は18.8%であることから、中国の高血圧患者は少なくとも2億人いると推測されるが、血圧コントロール率はわずか6%前後しかない。2007年の中国心血管疾患レポートによれば、中国における心血管疾患死亡者数は300万人/年(通年の疾病死亡者数の30%以上)に達し、心血管疾患で10.5秒ごとに1人が死亡している計算になる。WHOの予測では、2005~2015年にかけ、中国では脳卒中、心臓病、がん、糖尿病による国民所得の損失は累計5580億米ドルに達するが、同時に、脳卒中、心臓病、糖尿病患者の少なくとも80%は、健康的な食事や適切な運動、禁煙によって予防ができる。高ナトリウム・低カリウム食は高血圧及び心臓・脳血管障害の重要な環境因子である。最近の研究によれば、高いNa/K排泄率による心血管疾患リスクの増加は、ナトリウム又はカリウム単体によるリスクよりも高い。高血圧、脳卒中及び虚血性心疾患の予防のために、WHO及び米国の食事ガイドラインは成人に対し、塩分とカリウムの一日摂取量をそれぞれ5g及び4.7gとし、Na/Kを1に近づけるよう提唱している。中国の国情に合った減塩・カリウム補充療法を研究し、中国住民の深刻な悪しき高ナトリウム・低カリウム食の状況(272mmol Na+/天或15.9 g塩分/天,47.9mmol或1.9 g K+/天,Na/K= 5.7)を改善し、高血圧及び心臓・脳血管障害を減らすことは、中国が直面する深刻な急務であり、中国政府及び国民による高い注目と積極的な関与が求められている。

2 高血圧及び脳卒中発症の重要な環境因子である高塩分(高ナトリウム)低カリウム食

 歴史に基づけば、森林で生活していた原始人(現在から350万年~1万年前)は狩りを生活の糧とし、低塩分(1.5~1.8g/日)・高カリウム(8~11g/日)の自然食を摂取しており、食品中のNa/K値はわずか0.1であった。1万年前には人類は高塩分・低カリウムの加工食品を摂取し始め、塩分及びカリウムの一日摂取量はそれぞれ9~12g及び1.2~2.5gとなり、Na/K値は往々にして3以上となった。大量の動物実験、臨床研究、疫学調査によれば、塩分摂取過多は腎臓及び心血管の付加増大による動脈血圧の上昇ばかりでなく、腎臓及び心血管組織に直接損傷を与え、心臓・脳血管疾患及び腎疾患を悪化させ続けるが、高カリウム食なら血圧を低下させる上、組織・器官に対する直接的な保護作用を果たす可能性がある。脳卒中の発生は動脈血圧レベルと正相関を、カリウム摂取量と負相関を示す。収縮期圧が10mmHg上昇するごとに脳卒中発生の相対リスクは49%、拡張期圧が5mmHg上昇するごとに脳卒中のリスクは46%増加する。1966~2007年に実施された147の血圧降下剤を使った無作為割付臨床試験(約百万人を対象)、すなわち最大のメタ分析によれば、収縮期圧を10mmHg又は拡張期圧を5mmHg下げるごとに、冠動脈性心疾患を25%、突発的な脳卒中を36%減らすことができる。有名なDASH研究によれば、高カリウム・低脂肪食(カリウム4.7g/日、脂肪27g/日)を実施すれば、高塩分摂取条件下でも健康的な成人の収縮期圧及び拡張期圧をそれぞれ5.5mmHg及び3mmHg、高血圧患者の収縮期圧及び拡張期圧をそれぞれ11.5mmHg及び5mmHg減らすことができる。DASH食と低塩分摂取の結合では、さらに顕著な血圧降下効果がある。このほか、台湾の高齢兵士に対する臨床試験によれば、長期間(31ヶ月)にわたり高カリウム・低ナトリウム(低塩分)(NaCl 49%、KCl 49%、その他添加物2%)食を摂取した後の心血管疾患死亡率は、塩分の普通量摂取群に比べて40%減少した。南アメリカ大陸、アフリカ、大洋州で暮らすインディアンの集団、例えばベネズエラやブラジルのYanomamo集落で暮らす民族は現在でも狩猟を糧とする高カリウム・低ナトリウム自然食を主としており、高血圧罹患率は1%に満たず、集落の50歳男性の収縮期圧及び拡張期圧はわずか100mmHg及び64mmHgしかない。

3 EU諸国の減塩政策及び中国の高ナトリウム・低カリウム食の特徴

 生活様式の改善による高血圧及び心臓・脳血管障害の予防は、世界でますます重視されてきており、一部の先進国の政府、研究者、企業関係者による減塩・カリウム補充分野での協力はめざましい成果を挙げている。例えば、フィンランドでは1972年以降、マスコミによる宣伝や食品中の塩分に関するラベル表示、低ナトリウム・高カリウム混合塩分(Pansalt®:56%NaCl+28%KCl+12%MgSO4)等の政策を採用したことで、2002年までに全国民の一人あたり平均塩分一日摂取量を6g減らし、拡張期圧を10mmHg、脳卒中及び心臓病死亡率を約80%低下させた。EUでは、2008年から4年をかけて、加工食品中の塩分添加量減少により塩分摂取量を16%減らすことを提唱し、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン等のEU加盟国20ヶ国が賛同した。カナダ当局及び公共食料当局も食品中の減塩政策を公布すると、食品業界は食品中の塩分含有量をすでに減らし、例えば穀物やパン等の製品の一部では塩分含有量は25%減少している。また、英国では近年、スーパーで販売される多くの加工食品中の塩分を20%~30%減らすことに成功しており、2012年までに塩分の一日摂取量を9gから6gに減らす計画である。こうして、1日当たり3gの塩分摂取を減らせば、脳卒中及び虚血性心疾患による急性疾患をそれぞれ13%及び10%減らすことができる。

 中国住民のナトリウム及びカリウムの摂取状況は非常に特殊である。すなわち、(1) 食事に深刻な高ナトリウム(塩分)・低カリウム現象があり(272mmol Na+又は15.9g塩分/日、47.9mmol又は1.9g K+/日)、かつ、北部の一日平均塩分摂取量は南部より高い。尿中の平均Na/Kは6に迫り、EU諸国の約2倍であるため、中国では減塩の際、さらにカリウム補充に注意する必要がある。(2)欧米の先進国の塩分摂取は70%以上が加工食品に由来するが、中国では70%が家庭での調理に由来するため、減塩・カリウム補充政策の中心は調理及び宣伝・教育に置く必要がある。高カリウム・低ナトリウム塩のしょう油等調味料の開発が非常に重要である。近年、高Na/K排泄率による心血管疾患のリスク増大はナトリウム又はカリウム単体によるリスクを上回っている、しかし、現時点では、中国はまだ減塩・カリウム補充政策を系統的に制定または実施していない。その原因は、次のとおりと考えられる。すなわち、(1)高ナトリウム・低カリウム食状况に対する著しい認識不足。(2)高カリウム・低ナトリウム塩等の関連製品の開発が強化されておらず、充分な科学的根拠が未だ得られていないためである。

4 中国における高カリウム・低ナトリウム塩及び関連製品の開発及び応用

 ナトリウム及びカリウム摂取のバランスを実現するために、欧米市場ではすでにさまざまな含有比率の異なる高カリウム・低ナトリウム塩製品を発売しており、食品中のNa/Kを減らしている。例としては、米国のLite Salt (Na/K=1.2:1)、フィンランドのPan Salt (Na/K=2:1)、英国のLo SALT (Na/K= 0.39:1)、フランスのMinisel (Na/K=1:3)等がある。中国では国情に見合った高カリウム・低ナトリウム塩及びしょう油等調味料の開発が急務であり、これにより国民の深刻な高ナトリウム・低カリウム食情況を改善し、食事及び尿中のNa/Kを減らすことで、動脈血圧を低下させ、脳卒中及び心臓病等の発作及びそれによる死亡を減らす必要がある。このために、次のことを提案する。

  1. 「中国の減塩と健康」に関する特別基金及び専門家委員会、関連機関を設置し、高カリウム・低ナトリウム塩に関する大規模介入試験並びに高カリウム・低ナトリウム塩及び関連製品の開発・応用を加速し、マクロ政策の制定、高カリウム・低ナトリウム塩及び関連製品の推進・使用に科学的根拠を築くこと。中国住民の食事中の合理的なナトリウム・カリウム比率及び減塩・カリウム補充方法を科学的に決定するためには、高カリウム・低ナトリウム塩の大規模介入試験を実施し、食事中のNa/Kの改善による血圧レベル、心臓・脳血管障害の発生及びこれによる死亡に対する長期的影響や、高カリウム・低ナトリウム塩の長期的食用におけるコンプライアンス性及び安全性をモニタリングし、一般人における高カリウム・低ナトリウム塩の使用推進による高血圧及び心臓・脳血管障害の予防に対するフィージビリティ及び効果を立証する必要がある。これは、中国における高血圧及び心臓・脳血管障害予防の最も安価で実効性の高い政策となりうる。「中国の減塩と健康」政策の効率及び統一的管理のためには、特別基金(又は特別資金支援の調整)及び学術団体(中国高血圧連盟等)の専門家、政府当局の制作決定者、企業関係者及びレストラン協会、婦女連合会等の代表により組織される「中国の減塩と健康」専門家指導委員会を設置する必要がある。専門家指導委員会は次の仕事に当たる。すなわち、(1)高カリウム・低ナトリウム塩の大規模介入試験(農村家庭、学校、軍隊、養老院、レストラン、児童を重点対象に含む)及び評価を実施し、かつ、「中国の減塩と健康」における高カリウム・低ナトリウム食政策及びその方法の制定に関わり、第12次5ヵ年計画期間中に中国の現状に見合った高カリウム・低ナトリウム塩及び関連製品の研究開発・試用業務を基本的に完了するよう努めること。また、高カリウム・低ナトリウム塩による尿中のNa/K低減、血圧降下、高血圧及び脳卒中等の心血管障害の減少における効果の一応の顕在化を実現すること。(2)「中国の減塩と健康」における宣伝・教育に関与し、特にナトリウム・カリウムのバランス実現による健康上の意義を宣伝し、庶民の塩分及びカリウム摂取と高血圧及び標的器官傷害、心血管障害との関係に関する正確な認識及び認知率を向上させること。塩分の一日摂取量が5gを超えないことを強調すると同時に、果物や野菜など、カリウムを豊富に含む食品の摂取を提唱し、高カリウム・低ナトリウム塩等の調味料の使用を推奨すること。(3)動物実験をさらに行い、ナトリウム・カリウムが塩分に敏感な高血圧の発症と血管、心臓、脳、腎臓等の標的器官の損傷及び保護に果たす作用及びメカニズムを重点的に研究し、臨床研究及び実践において科学的根拠を提供すること。
  2. 食事中のナトリウム・カリウムバランスによる健康への意義を大いに宣伝し、減塩・カリウム補充政策及び方法を制定・実施し、関連産業を発展させること。新聞やラジオ、テレビ等のメディアを通じ、専門家による講演や教育、教科書等の手段によって「中国の減塩と健康」に関する全民教育を実施し、民衆、特に飲食・食品加工業に従事する経営者や料理人、主婦、教師、農民等を対象に塩分及びカリウムと高血圧及び心血管疾患との関係について正しい認識を高めること。成功を納めているEUの減塩政策の経験から学び、関連する食品衛生政策及び法規を制定し、食品工業および関連当局の協調により、食品ラベル、特に食品中のNa+,K+,Mg++,Ca++含有量及びエネルギーの表示を整備し、中国の塩分摂取の30%を占める加工食品中の塩分を每年5%減らすこと。また、中国の深刻な高ナトリウム・低カリウムという特徴を持つ食生活については、低ナトリウム・高カリウム食事計画を実施し、塩分摂取の70%を占めるレストラン及び家庭での調理については減塩・カリウム補充の持つ健康上の意義を大いに宣伝する必要がある。また同時に、市場にすでに流通している高カリウム・低ナトリウム塩(70% NaCl + 30% KCl,Na/K=1.8:1)の使用、ならびに現在開発中の高カリウム・低ナトリウム塩(NaCl/KCl=1:1,Na/K= 0.8:1)及び開発が待たれる高カリウム低ナトリウムしょう油、漬物野菜等の関連調味料を大いに支持するよう国民に呼びかける必要がある。第12次5ヵ年計画期間中に一人あたりの塩分一日摂取量をNaClで3g、又はNaで50mmol/日減らし、カリウムの一日摂取量を2g又は50mmol増やして尿中のNa/Kを50%減らして2に近づける必要がある。中国人研究者が研究データ(毎日の塩分摂取量を2g減少すると、収縮期圧及び拡張期圧をそれぞれ2及び1.2mmHg低下)を分析し、回帰分析を行った結果、毎日の塩分摂取を3g減らせば、収縮期圧を3mmHg及び拡張期圧を1.8mmHg減らせることが推測された。このほか、毎日の塩分摂取を3g減らせば、脳卒中及び虚血性心疾患による急性疾患をそれぞれ13%及び10%減らすことができる。高カリウム・低ナトリウム塩に加え、さらに高カリウム低ナトリウムしょう油等関連調味料を開発する必要がある。何故なら、中国は世界最大のしょう油生産・消費国だからである。高カリウム・低ナトリウム塩及びしょう油等の調味料を開発・宣伝する目的は、国民が健康維持に役立つ高カリウム・低ナトリウム食品(例えば野菜、果物等)や高カリウム・低ナトリウム塩及びしょう油等の調味料を積極的に選択できるようにすることにある。これによって、現在の中国における深刻な高ナトリウム・低カリウム食状態を転換して人々のカリウム摂取量を増やし、食事中のNa/K及び血圧を低下させ、高血圧及び脳卒中等の心血管疾患の発生及び死亡を減らすことで国や庶民が疾患により被る経済的・社会的負担を軽減できるだけでなく、関連産業の発展を推進し、総合的な社会・経済効果を生む可能性がある。
  3. 慢性疾患の予防・制御に対する財政投資を増やすこと。現在、中国の死亡者数のうち80%が慢性疾患により亡くなっている。医療技術の急速な発展により、高血圧、心血管疾患、腫瘍、糖尿病等の非感染性・慢性疾患の診断・治療レベルは向上し続けているが、慢性疾患の発症率及びこれによる致死率、死亡率の上昇は依然として効果的に制御できていない。この原因は、以下の通りと考えられる。すなわち、(1)健康に悪い生活様式や都市化、高齢化の進行。(2)慢性疾患予防に対する投資がその診察・治療並びに感染症の予防・制御に対する投資よりはるかに少ないために、慢性疾患患者数がますます増え、社会的負担が重くなっていることである。一般に医薬品及び医療設備業界は慢性疾患の予防に注目しないため、政府による重視、支援及び投資は非常に重要であり、必要性が高い。政府に対しては、第12次5ヵ年計画期間中に慢性疾患予防(研究開発を含む)に対する投資を強化し、さまざまな慢性疾患の病因・特徴について介入研究を行い、かつ、それらを有機的に結びつける(例えば減塩や体重減少、減煙の融合等)ことで介入効果を高め、慢性疾患が急速に増加しつつある現在の情勢を抑制し、国民の健康レベルとQOLを向上させることで、医療の負担を軽減し、国民生活の改善と調和のとれた社会の発展を推進するよう望む。