中国のIT産業の競争力(その1)
2014年 4月 2日 苑 志佳(立正大学)
苑 志佳:立正大学経済学部 教授
略歴
1959年生まれ
1998年 東京大学大学院経済学研究科応用経済学専攻博士課程修了、博士(経済学)
1998年 立正大学経済学部 助教授
2003年 立正大学経済学部 教授(現職)
「中国のIT産業の競争力はどのくらいか」と聞かれると、おそらく2つのリプライが出てしまうであろう。ハイテクのIT産業では途上国の中国が弱く、競争力を持っていないのではないか、という認識もあれば、莫大な人口規模と高度な経済成長に支えられた、世界有数のIT産業超大国、というイメージもある。確かに、見る視点によって中国のIT産業は「多重人格」のように映ってしまう。われわれが使っているIT機器の表をよく見ると、中国製のシステム(OS)やアプリなどはめったに見当たらない一方、これらのIT機器の裏を見ると、メイドインチャイナの表示がよくある。これは、何故であろうか。本稿は上記の一般的な現象に着目して客観的なデータによって中国のIT産業の競争力を明らかにする。
「IT産業はどのような分野なのか」。広く知られているように、IT産業は、世界的には統一した定義が存在しておらず、国によってまたは視点によって認識が異なる。ITの発祥国と産業大国のアメリカでの定義を引用すると、下記のものがある。つまり、「IT産業とは、インターネットや電子商取引など、経済全体にわたりITを利用した事業活動を支援する製品やサービスを供給する企業群」である[1]。これより、本稿はこの定義に従って中国のIT産業の競争力を具体的に分析する。
1.中国IT産業の現状
2013年の最新のオフィシャルな統計データはまだ公表されていないので、やや古いデータで中国のIT産業を見よう。2012年、中国のマクロ経済全般の発展が減速したなかで、IT産業の成長ペースも緩かったが、IT産業分野の売上高は史上初めて10兆元(約168兆円)を突破した。そのうち、ITハードウェア(製造業)分野における一定規模以上の企業の販売収入は8.46兆元(約142兆円)になった。ITソフトウェア分野は、2.5兆元(約42兆円)の販売収入であった。同年にIT製造業分野の従業員数は史上初めて1,000万人を突破して前年比6.5%増となった。そして、2013年のIT主要製品の中では、携帯電話(13.50億台)、パソコン(3.52億台)、テレビ(1.25億台)3品目は2012年に続き世界最大の生産量であった。そのうち、新型携帯電話のスマートフォン(スマホ)で中国の急成長が続いた。米IDCの調査によると、2013年のスマホの世界生産台数は10億台を超え、そのうち、中国でのスマホ生産台数は3億120万台と世界全体の約3割強を占め、2位のアメリカ(1億3750万台)の2倍を超えた。
そして、これまでIT産業の急速な発展を支えていたIT製品の輸出入は2013年、13,302億ドルに達し、12.1%の高成長であった。そのうち、輸出は、7,807億ドルであり、11.9%の高度成長になり、輸出全体より4ポイント高かった。一方、輸入は5,495億ドルであり、12.4%の高成長であった。IT製品の輸出上位5品目は、ノートパソコン(1,108億ドル)、携帯電話(951億ドル)、集積回路(977億ドル)、液晶パネル(359億ドル)、モバイル端末部品(355億ドル)であった。一方、IT製品の輸入上位5品目は、集積回路(2,313億ドル)、液晶パネル(496億ドル)、モバイル端末部品(337億ドル)、ハードディスクドライブ(HDD)(161億ドル)、印刷回路(136億ドル)であった。
2013年12月末現在、中国のインターネット利用者数は6.18億人であり、世界最大の規模を維持している。2013年の新規利用者増加数は5,400万であった。そして、2013年のインターネットの普及率は、45.8%に達し、2012年に比べて3.7ポイント上昇した[2]。また、中国インターネット協会(ISC)の調査データによると、2013年末時点の中国の電子商取引(EC)の規模は1兆8千億元(約30.2兆円)に達した。ネットショッピング人口はすでに2億7千人と世界最多である。そして、米調査会社イーマーケットの調査によると、世界のECの市場規模が2013年に約1兆2,200億ドルで前年比17%増えたなかで、中国市場は約65%増と急成長した。2013年、中国のB2C(Business to consumer)取引規模は、6,500億元(約10.9兆円)に達し、電子商取引全体の35.1%を占め、前年度に比べて5.5ポイント増加した。現在、電子商取引におけるC2C(Consumer to consumer)は依然として6割強を占めているが、B2C取引の急拡大によって両者の規模は2017年に逆転すると予想されている。
2.中国のIT産業競争力の特徴
以上の現状説明から分かるように、中国は、様々なITハードウェア(製品)の生産大国とIT製品の輸出入大国である一方、ITのブレークスルー的技術の開発小国、という強い両面性の特徴を持っている。言い換えれば、「作るIT」(製造)に強く、「使うIT」(技術開発)に弱い、というのが中国IT産業競争力の第1の特徴である。パソコンを事例にとると、現在、世界市場に販売される製品の8~9割が中国で生産されている。中国メーカーのレノボは、すでにかつてのパソコン製造覇者の米HP社と米デル社を超えて世界最大のパソコンメーカーになった。しかし、パソコン用のOSや基本ソフトの大半は依然として米国企業が主導権を握っている。そして第2の特徴は、IT企業の急速な躍進である。ITという言葉が使われ始めた1990年代初期には、世界IT市場における中国企業のプレゼンスはほぼゼロに等しい。ところが、わずか10数年を経つと、世界IT産業には、目立つ中国企業――レノボ(パソコン、世界第1位)、華為技術(通信機器、世界第3位)、チャイナモバイル(移動通信キャリア、世界最多の利用者数)、TCL(液晶テレビ、世界第3位)、京東方(液晶パネル、世界第3位)、アリババ(電子商取引、利用者数4億人)、百度(ネット検索エンジン、世界第2位)、テンセント(ネットサービス、アジア最大)――を輩出している。そして、その一部は日本にも進出している。第3の特徴は、巨大な市場発展の潜在力である。中国のIT企業が上記のように目覚ましく発展を遂げた最も重要な要因は、国内市場の大きさにある。インターネットを例にとると、中国は断トツ世界最多の6億人以上のネット利用者を有するのに、その普及率は、50%未満であり、発展の余地が依然として十分に広い。また、中国が最新型の移動通信端末スマートフォン(スマホ)の世界最大の生産国になった背景も巨大な消費市場の存在である。第4の特徴は、中国のIT企業が国内市場に強く、海外市場に弱い、という点である。この点は上記の第3点に関連している。つまり、国内市場の潜在的需要は、十分に大きいため、中国のIT企業は創業当初からそのターゲットを国内に合わせて戦略を立てる。結局、IT企業は強い国内市場指向の性格を持つ。たとえば、6億人を超えるインターネット利用者を抱える中国では、利用者を争奪する企業間競争が激しい。第5の特徴は、IT産業における高いレベルの国際分業の存在である。中国は世界最大のIT製品生産大国になったが、IT産業の内容を精査すると、外資もしくは台湾系企業が中国のIT製品の生産を力強く支えていることがわかる。iPhoneやスマホの組立生産を専門とする台湾系EMSメーカーの鴻海(Foxconn)やノートパソコンの台湾系各社は、主力生産工場を中国各地に持っている。そして、最近、スマホ生産で頭角を現している、「中国のアップル」と呼ばれる小米科技は、ファブレス企業であるため、製品設計からコアパーツにわたって台湾、日本、韓国企業に外注する方式を採用している。
(その2へつづく)