第91号
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生物進化を模倣した機能性分子の設計

2014年 4月30日

伊藤 嘉浩

伊藤 嘉浩:独立行政法人理化学研究所 主任研究員

略歴

1959年生まれ。1981年京都大学卒業、1986年同大学院工学研究科高分子化学専攻博士課程研究指導認定退学、工学博士。京都大学助手、助教授、奈良先端科学技術大学院大学助教授、徳島大学教授、財団法人神奈川科学技術アカデミー研究室長をへて2004年 現職(伊藤ナノ医工学研究室)。2013年同所創発物性科学研究センター・チームリーダー兼務。

はじめに

 工学では、予めわかっている原理を組み合わせて目的にあわせて設計を行い、「ものづくり」を行う。分子設計は、合目的に既存の分子や分子間相互作用を人工的に組み合わせて試行錯誤しながら行われる。このような旧来の方法に対し、生物進化の原理を利用して希望する性質や機能を持つ分子を、ランダムに作成した分子群の中から選別して得ようという進化分子工学が近年急速に発達してきた。

 生物の進化は、たくさんの異なった子孫の中から最適者が選択されると考えられている。前者は「(突然)変異」、後者は「自然淘汰」と呼ばれる。進化分子工学では、この進化の原理を、人工的に試験管の中で再現する。図1に示すように、「変異」は、ランダム(でたらめ)な配列の遺伝子、そして「自然淘汰」は、その中から自分の欲しい性質のタンパク質(あるいは核酸分子)を作る遺伝子を選び出す過程に相当する。これにより、設計原理が未知であっても希望の機能や性質をもつ分子を得ることができる。人工的にタンパク質をある希望の方向に進化させるので「定向進化」、あるいは家畜や農作物を改良することを育種ということになぞらえて「分子育種」とよばれることもある。

図1

図1 ダーウィン進化論と進化分子工学の対比

 1990年前後,化学の分野でコンビナトリアル化学という新しい化学の方法論が生まれた。これは、様々な分子からなるライブラリーを作り、その中から機能に合う望みのものを探し出そうというものである。有機合成化学だけをベースに分子ライブラリーを作成しては「突然変異」や「自然淘汰」は模倣できても、これを繰り返すことはできず、限界があった。これに対し、バイオテクノロジーで考案された進化分子工学は、これを克服し、選出される分子は、アプタマー(ラテン語のaptusからの造語)と呼ばれ,免疫反応による分子認識、抗体に代わる分子としても注目を集めてきた。核酸系のアプタマーは既に医薬としても販売されるようになっている(加齢性黄斑変性症治療薬)。昨年、日本では、その歴史から現在の状況までを紹介する成書が出版された。[1]

 四半世紀をへて、進化分子工学の方法論は着実に進化し,セントラル・ドグマにはない「化学的に合成した」非天然の核酸・アミノ酸を導入して,高機能あるいはまったく新しい機能を付与したアプタマーが現れてきた。[2][3]

2.進化分子工学方法論の展開

 進化分子工学は、SpiegelmanらやEigenらによって1960年代に基礎づけられたが、本格的に一般化されたのは1990年前後になる。この時期に、ペプチド・アプタマーの基礎となるファージ・ディスプレイ法が、核酸アプタマーの基礎となる試験管内選別法 (in vitro selection)やSELEX法と呼ばれる方法が生み出された。同時期に始まったコンビナトリアル化学との決定的な相違は、進化分子工学では、遺伝子DNAを情報の担い手として活用することである。これは、1985年に生まれたPCR法を巧みに利用することで、生物でいう増殖を「増幅」で置き換えることができるようになったことによる。これにより、極僅かな分子も増幅することができ、これにより図1の進化過程を繰り返すことができ、より進化(選別)された分子が得られるようになった。そして、進化過程の最後にはその配列を読み取れるようになった。

 DNAやRNAのような核酸分子は、分子自身の配列が容易にわかる情報(遺伝子)型であると同時に配列に依存した特有の構造をもち、それにより機能をもつ分子としての表現型である。これに対し、ペプチドやタンパク質は表現型であるものの、分子自身の配列情報を容易に知ることはできず、進化分子工学の手法では,情報型と結びつける仕組みが必要となる(図2)。ファージ・ディスプレイ法では、ファージが情報型であり、その表面にペプチドを表示するという機能型の役割も担っている。1990年代後半からは、遺伝子型となる核酸分子と表現型となるペプチドやタンパク質とを分子レベルで関連付けを行うために、無細胞翻訳系を用いたリボソーム・ディスプレイ法、mRNAディスプレイ法、cDNAディスプレイ法、さらにそれらの改良法が考案されている。

図2

図2 核酸アプタマー、ペプチド・アプタマーの選別方法原理

 このような分子複合体を作成する他に、空間的に情報型分子と表現型分子を閉じ込めるin vitroコンパートメント法も考えられるようになっている。この方法では、標的に対する親和性のみならず,標的分子の分解や結合形成といった酵素活性に基づく選別も可能になるという利点がある。コンパートメントには、これまでの水/油/水のエマルジョン系に加えて、最近リポソーム系も報告されている。

3.天然系ライブラリーから非天然系ライブラリーへ

 このように、いろいろな方法論が開発されてきた進化分子工学であるが、セントラル・ドグマに含まれる天然核酸は4種、天然アミノ酸は20種類に限られる。合目的にアプタマーを設計したい工学者にとって、官能基の数が少なすぎる。そこで、人工的に改変した核酸系では1990年代後半から、ペプチド系では2000年代中半から、天然の核酸やアミノ酸に代わる進化分子工学の展開が行われるようになった(図3)。

図3

図3 進化分子工学のライブラリーを天然系から有機合成化学を使い非天然系へ展開
(進化分子工学から化学拡張、バイオ直交化へ)

 非天然核酸を最初に用いられた例としては、RNAの糖部位の水酸基をアミノ基に代え、触媒作用のあるリボザイムを進化分子工学で得た報告がある。また、RNAの分解性を抑制するために水酸基をフッ素に置き換えたRNAモノマーを用いRNAアプタマーを作成した例も報告されている。

 さらに最近では、非天然塩基「対」を用いた進化分子工学も可能となり、選び出されたアプタマーは天然塩基アプタマーよりも100倍親和性が高いことが示されている。天然塩基にはない疎水性基や、6種類の塩基によって作り出される構造の多様性によって、より強力な結合をもつアプタマーが得られたと考えられる。

 非天然アミノ酸の導入法としては、翻訳後に化学反応で導入する方法と、ミスアミノアシルtRNAを翻訳系に存在させて挿入する方がある。前者は、最初に用いられた方法であるが、後者の方法も行われるようになってきた。後者の方法としては、有機合成化学でアシル化したジヌクレオチドを合成し、リガーゼで2塩基分短縮したtRNAに結合させて得る方法、天然や人工的な合成酵素を用いて非天然アミノ酸をtRNAに担持する方法などがある。人工的な合成酵素では、アシル化部位とtRNA上のアンチコドンを別々に認識するものも調製でき、任意のアンチコドンをもつtRNAに望みの非天然アミノ酸を修飾できることが報告されている。

 しかし、このような例は、もともとのアプタマーの性質である結合(親和)性だけに基づくもので、果たして人工核酸や人工アミノ酸が直接親和性にどのように寄与しているかどうかは明らかでない。実際に、非天然アミノ酸を導入したライブラリーから得られたペプチドは、天然アミノ酸だけからなるライブラリーから得られたペプチドと同程度の標的親和性であった例も報告されている。仮に人工物を導入して高い親和性が見いだされたとしても、配列さえ最適化すれば、あるいはライブラリーの多様性が代われば、人工物を用いなくても結合性は向上する可能性がある。

 そこで、人工物と組み合わせて、天然には存在しない機能性を付与する研究も進んできている。我々のグループでは、非天然アミノ酸を修飾したアミノアシル化tRNAを化学合成することで、進化分子工学に適用し、光異性化するアゾベンゼンや、環境に応答して蛍光を発する(ニトロベンゾキサジアゾール基)を導入したライブラリーからのペプチド・アプタマーの選出に成功している。

 これまでのホスト・ゲスト化学では、任意の標的(ゲスト分子)に対して、ホスト分子を合成することは困難であったが、進化分子工学は、化学におけるモデル化合物研究の呪縛から解放をもたらし、バイオテクノロジー分野では化学によって新たな多様性が生み出されるようになったといえる。

4.おわりに

 最近、北京大学のXingdaレクチャーに招待され、ここで紹介した研究を講演する機会を得た。講演前にいくつか関連する研究室を訪問したが、どこもアメリカの有名研究室で大学院生や博士研究員をへた30歳代から40歳前後の若手が中心となって、化学とバイオテクノロジーを融合した新しい学際領域を担い、顕著な業績を挙げつつあることを垣間見ることができた。これまで北京大学で中心であった伝統的な化学が、日本への留学経験者である50歳代の教授たちによって担われているのとよい対比をなしていた。また、たまたま同じく講演されたSharpless教授(2001年に野依良治先生とご一緒にノーベル賞を受賞)から、日本から留学した多くの60歳代の先生方の名前を挙げられ、お話をうかがう機会を得たことも併せ、期せずして日米中にわたる時代にともなう学問の流れを感じるところとなった。新しい学際的研究が多くの若い世代の研究者によって今後さらに発展することを願う。

参考文献:

 本稿は以下の引用文献をもとに執筆しました。原著論文などは、それらを参照ください。

[1] 伏見譲監修、「進化分子工学」NTS (2013)

[2] T. Uzawa, S. Tada, W. Wang, and Y. Ito, "Expansion of Aptamer Library from "Natural soup" to "Unnatural soup"", Chem. Commun., 49, 1786 - 1795 (2013)

[3] 多田誠一、鵜澤尊規、伊藤嘉浩、「いよいよ化学の出番がきた進化分子工学―機能性を付与した分子認識を自由自在にデザイン」、化学、69, 70-71 (2014)