躍進する中国の原子力発電
2015年 1月30日
王 彦佳:清華大学原子力・新エネルギー技術研究院 教授
略歴
1984年清華大学卒業。高分子科を専攻し学士号を取得、その後、エネルギー工学を専攻し1989年に修士号を取得。アメリカ、フランス、日本、タイなどでエネルギー研究を行い、現在、清華大学で核エネルギーおよび新エネルギーの技術研究を行っている。中国・エネルギー研究会、アメリカ・エネルギー技術者協会の会員でもある。
2011年3月の福島原発事故は世界各国の原子力発電開発に大きな影響を与え、それは4年経過した今も変わらない。当時、中国政府はどのような措置を講じ、それは中国の原発開発計画にどのような影響をもたらしたのか、また昨今の原発の発展政策にどのような新たな動向があるのか、本稿はこれらの疑問に幾らかでも答えようとするものである。
1、2011年以前の中国の原子力政策
1991年に試運転を開始した浙江省の秦山原子力発電所1号機を皮切りに、中国の原子力発電の歴史は始まった。2010年末には、11基の原子炉で計9.08GWの設備容量に達し、この年の発電総量の1.8%を占めた[1]。また、総量で27.73GWの設備容量を誇る25基の原子炉が、この時点で建設中であった。秦山原子力発電所1号機は1984年に着工され、1994年に営業運転を開始したが、その間10年もの歳月を要している。一方、広東省の嶺澳原子力発電所3号機は2005年に着工、2010年には営業運転を開始しており、着工から営業運転までの期間は前述の秦山原発の半分となった。この背景には、中国の維持発展を続けてきた高い建設技術力がある。加えて、運転中のすべての原子力発電所が国際原子力事象評価尺度(INES)でレベル2以上の事故や事象を起こしておらず、安全運転を続けていたことも原発建設の大きな追い風となった。世界的にCO2削減への取り組みが行われる中、中国でも大幅なCO2排出量の削減を実現する対策が期待されたのである。
このため、中国政府は原子力開発目標を引き上げていった。2007 年10月、国務院は国家発展改革委員会の「原子力発電中長期発展計画(2005年~2020年)」[2]を発表し、数値目標を公開した。それは、2020年までに運転中の原子力発電の設備容量を4000万KWに拡大するとともに、建設段階にある原発の設備容量を1800万KWとし合計5800万KWにするというもので、さらに総発電量に占める原発の割合を2%から4%まで引き上げ、年間260億~280億kWhを発電するというものであった。また、2015年末、2020年末にはそれぞれ25GW、45GWの原子炉の運転を目指すとの目標も掲げられていた[3]。さらに、「新興エネルギー産業発展計画」においては、2020年には原発の発電設備能力を当初の7500万KWから8600万KWまで拡大させる計画だった。これは、2010年に国家エネルギー委員会が「新エネルギー産業発展計画」で国務省に提言した発電容量の約8倍にも相当するものである。この背景には、中国政府が2009年、コペンハーゲン環境会議において「2010年までに、非化石エネルギーが一次エネルギー消費に占める割合を15%に高める」と発表したことに影響しているものと思われる。
当時の中国の原子力政策の指導指針は、原発の安全性を確保しつつ、技術力の維持、向上をめざし、積極的に原子力発電所の建設を加速させる。そして、海外の技術を導入し新たな技術革新を図り、先進的な加圧水型原子炉を建設、運用するというものであった。
2、2011-2012年の中国の原子力政策
人々が原発に期待を寄せていたその時、2011年3月、福島原子力発電所の事故が発生した。以後、原発の安全性に対する意識はかつてない程高まり、中国政府は安全性を問題視し対応策を幾つか講じた。第一に、計画中の原発プロジェクトの審査・承認手続きを中止した。第二に、建設中のすべての原子力発電所の工事を中断し安全性を再評価、潜在的な危険が存在する場合には設計変更を行った。第三に、運転中の原発を検査し再評価、厳格に規制を適用し運行管理を強化した。第四に、原発安全に関する原子力法制定に積極的に取り組んだ。これらの措置は、国民の懸念を完全には払拭できなかったが、原子力の安全管理、運用面では大きく貢献した。そして、第4世代原発の技術開発を加速させ、高い目標値の達成を実現しようとしたのである。
2011年から2014年末まで、国家発展改革委員会は新たな原子力発電プロジェクトを承認しなかった。つまり3年間にわたり、原子力発電所の建設は行われなかったのである。「原子力発電中長期発展計画(2005年-2020年)」[4]では、国は「十二五」計画(2011年-2015年)において2000万KWの設備容量を新たに計画していた。しかし2014年12月4日、国家発展改革委員会は、以下のように表明している。世界最高レベルの安全性を確保した上で、2015年~2016年にかけ、沿岸地域の原子力発電計画に着手する、そして「十二五」計画の最終年となる2015年には、発電容量800~1000万KWを達成する。さらに「十三五」計画(2016年-2020年)では、1800万KWに相当する新規開発が計画されていたのである。このままでは「原子力発電中長期発展計画(2005年~2020年)」で掲げた目標の達成が困難になることから、今後2年間で原発の建設を急ピッチで進め、2020年には営業運転を開始する予定であるとした。すでに、CO2の排出量削減という観点では決して好ましい状況ではなかったのである。
福島原発の事故当時、中国では25基の原子力発電所が建設中であったが、政府はすべての原発の建設を一時中断し、専門家による厳格な視察、検査、評価を行った。例えば、福建省の福清原発1号機においては、14項目について技術改善がなされ、自然災害に備える対策を十分考慮した上で、安全基準を高め厳格なものとした。こうした点検作業を経て、25基すべての建設を再開しているが、完成時期の遅れは避けられず、前述の福清原発1号機の場合、2013年の運転開始が2014年8月20日までずれ込んだ。結局、2014年11月末までに営業運転にこぎつけた原発の設備容量は1878万KWであり、「原子力発電中長期発展計画(2005年-2020年)」における2015年までの設備容量2496.8万KWを大きく割り込んでいる。2010年に建設を着工し、2015年には営業運転の開始を計画していた福建省の寧徳原子力発電所3号機4号機、福建省の福清原子力発電所3号機、広東省の陽江原子力発電所3号機、山東省海陽原子力発電所2号機の総設備容量5570万KWについては、その目標値の達成が1年後の2016年まで延期されることとなった。
中国の原発は80年代半ばにその建設が開始されて以降、国際的に見てもその安全基準は厳格でレベルは高く、原発の立地審査や設計、建設、運用面に至るまで厳格な基準のもと推進されてきた。また、各原発は10年ごとに最新の法規制と安全基準に則り検査されており、万が一、安全性に問題ありと判断されれば、適切にその改善がなされてきた。例えば、嶺澳2号機と秦山2号機の拡張工事の際は、非能動水素ガス再結合器が設置され、水素爆発を防ぐ措置を講じている。また、秦山第二原子力発電所ではCPR1000やCNP600シリーズが特徴とする安全性の高いシステムに変更されている。これは2次系に分かれており、電源が喪失した場合でも、2次系で発生する蒸気を使ったタービン式ポンプで蒸気発生器に給水し、冷却するというものである。
2012年10月、国務院は「原子力安全と放射能汚染防止『十二五』計画と2020年長期目標」[5]を採択した。これによると、安全性の確保が原子力開発の生命線であることを強調した上で、「十三五」計画を含む2020年まで、原子力発電の安全は国際的な先進水準を維持し、放射能汚染防止の水準を総体的に引き上げ、放射能環境を良好な状態で維持するとしている。また、新規に原子力発電所の建設許可を申請する際には、国とIAEAの安全基準に照らし合わせ立地審査や設計を行い、安全性を高める必要があるとした。こうして国務院は「新興エネルギー産業発展計画」を承認せず、2020年までに設備容量8600万KWとする目標を断念したのである。
3、2013年以降の中国の原子力政策
中国の原子力発電所建設は一時中断に追い込まれ、多くの人々は、2020年までの開発目標値には到達できないと予想し、誰もが目標値を下方修正するだろうと思っていた。ところが、福島原発事故後の2014年6月、国務院が公表した「エネルギー開発戦略的行動計画(2014年-2020年)」[6]では最高値として8600万KWまで目標を引き上げていた。これは温室効果ガスの排出規制により引き起こされたものと考えられる。
今後の原子力政策におけるポイントは以下の3点である。第一に、原子力開発により多くの資金を投入することである。これまでの原発の開発は国からの資金に頼っていたが、今後は民間からの資金投入に推移していくべきである[7]。2014年6月、国家発展改革委員会は電気料金をkWh当たり0.43元と公表した[8]。電気料金は発電に必要な社会的コストの平均で割り出され、言い換えれば、原子力発電の開発、運用に関連する費用が電気料金に反映されることになる。政府文書によると、原発による発電コストは火力発電を上回るが、火力発電による電気料金は原子力発電所が沿岸部に集中する遼寧省を除き、kWh当たり0.43元を超える。したがって、原発に投資して利益を得ることが可能となる。
第二に、原子力発電企業による原発の輸出条件を明確にすること。中国製の原発設備の輸出とその建設で他国を支援することは、中国の原子力開発における重要な政策のひとつである。この政策は製造業の水準を引き上げるばかりでなく、経済が発展することで社会が抱える雇用や生活レベルの向上などさまざまな問題の解決も期待できる。ひいては、そこで培った技術が輸出に活用できるのである。ただそのためには、中国は原子力技術の独自のブランドを確立する必要がある。原発の研究開発への投資を増やし、積極的に先進的な技術を導入し、技術面や商業面での多大なリスクを回避するため知的財産権を有することである。中国では、米国や他の先進国ではまだ導入されていなかった米国の第3世代原子炉AP1000を導入し、浙江省の三門と山東省の海陽原子力発電所4基にその技術を取り入れた。そのうちの3基は2009年に、残り1基は2010年にそれぞれ着工されている。そして、中国の独自ブランドであるCAP1400(通称「華龍一号」)はAP1000の安全理念を踏襲し中国の自主技術として発展させた原子炉である。もちろん、CAP1400が今後の原子力市場において確たる地位を築くことになるか否かは国際状況に左右されることになる。国家エネルギー委員会は既に福清5号機、6号機、広西防城港第二期の2機の原子炉にいずれも「華龍一号」の技術モデルの採用に同意し、同時に重要な材料の国産化比率を85%以上にすることを要求している。いずれにしても、原発開発技術の革新のため国産化に重きを置いた点では、電気料金などに影響を及ぼすことになるであろう。
第三に、原子力開発関連の法規制を見直し改善することである。現在では、原子力分野における国家の法律は「放射能汚染防止法」のみであり、国務院は「民間用原子力施設安全監督管理条例」「民間用輸出設備監督管理条例」「放射性同位元素及び放射線装置安全保護条例」など9つの条例を公布している。なお、「原子力法」「原子力安全法」についてはまだ制定中の段階である。
以上のように、中国の原発政策は福島原発事故の影響を受けはしたものの、温室効果ガス排出量削減のため今もその開発を加速させている。
[1] 『中国電力統計年鑑 2011』
[2] 2007年版
[3] http://www.gov.cn/gzdt/att/att/site1/20071104/00123f3c4787089759a901.pdf
[4] 2007年版
[5] http://haq.mep.gov.cn/gzdt/201210/t20121016_238421.htm
[6] http://www.gov.cn/zhengce/content/2014-11/19/content_9222.htm
[7] http://www.nea.gov.cn/2014-12/05/c_133835496.htm
[8] 国家発展改革委員会のネット上の電気価格の問題通知について[2013]1130号