中国2030年温暖化対策数値目標の評価 CO2排出ピークは2030年ではなくて2013年!?(その2)
2015年 4月 8日
明日香 壽川:東北大学東北アジア研究センター 教授
略歴
1959年生まれ. 東北大学東北アジア研究センター教授(環境科学研究科教授兼任). 東京大学大学院農学系研究科農芸化学専攻で農学修士号,欧州経営大学院(INSEAD)で 経営学修士号,東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻で博士号を取得.(財)電 力中央研究所経済社会研究所研究員などを経て現職.ほかに京都大学経済研究所客員助教授,朝日新聞アジアネットワーク客員研究員などを歴任.専門は,環境経済および環境政策論. 著書に,『地球温暖化問題:な んでも答えます!』(岩波書店, 2008年)、『中国環境ハンドブック2011-2012年版』(中国環境研究会編,蒼蒼社,2009年,共著)など.
(その1よりつづき)
4.2013年がピーク!?
中国の場合、現時点での最大の注目点は、2030年ではなく、2030年以前にCO2排出がピークに達する可能性である。実は、中国国家統計局が2015年2月26日に発表した「2014年国民経済和社会発展統計公報[i]」(中国国家統計局2015)によると、2013年にCO2排出(化石燃料由来)がピークに達した可能性すらある。この統計公報には、速報値という断り書きがあるものの、2014年のエネルギー消費量、石炭消費量、天然ガス消費量、原油消費量、電力消費量、最終エネルギー消費に占める石炭や再生可能エネルギーなどの実数と割合が2013年と比較できるよう掲載されており、例えば石炭消費量は2013年比で2.9%下がったとある。これらに基づいて計算するとCO2排出(化石燃料由来)も2013年にピークに達したことになり[ii](図1)、この事はすでにBloombergなどの国際的なメディアでもニュースとして取り上げられている[iii](図2)。
図1.最新統計数値に基づく中国のCO2排出量(化石燃料由来)の変化
注:赤色の線はエネルギー消費量および石炭消費量上方修正後の数値。上方修正に関しては本論文で後述。
出所:Zhu(2015)
図2.最新統計数値に基づく中国の石炭消費量およびCO2排出量(化石燃料由来)の変化
出所:Clean Technica, March 13th, 2015
http://cleantechnica.com/2015/03/13/china-coal-consumption-co2-emissions-drop-2014/
石炭消費量が減少した主な理由としては考えられるのは、大気汚染対策、温暖化対策、産業構造高度化などを目的とした様々な政府施策の効果および景気後退の二つである。前者に関しては、より具体的な要因として、1)石炭規制や省エネ推進、2)各種税制・保護制度の改革、3)再生可能エネルギーや原子力による発電の増加などが挙げられ、その具体的な貢献割合に関しては今後の分析が待たれる。
ただし、この国家統計局(2015)には、さらにもう一つ注目すべき事実がある。それは、2013年エネルギー消費量と石炭消費量の数値がそれぞれ11.14%、17.11%と上方修正されていることである(表1)。
出所:中国国家統計局(2015)および中国国家統計局(2014)から作成 | ||||
2014年 | 2013年(修正後) | 2013年(修正前) | 上昇率(%) | |
エネルギー消費(Mtce) | 4260 | 4168 | 3750 | 11.14 |
石炭消費量(Mt) | 3940 | 4054 | 3465 | 17.11 |
石炭割合(%) | 66.0 | 69.5 | 66.0 | - |
実は、昨年から中国のエネルギー消費量および石炭消費量を政府が上方修正する可能性があるということは一部の研究者の間では知られた事実であった。過去においても中国国家統計局が石炭消費量の数値を後から修正したことがあり、例えば1998年〜2002年前後の石炭消費の大幅な減少も、後にはそれほど減少していなかったと上方修正している。この時の上方修正の理由は郷鎮炭鉱と呼ばれる小さな炭鉱に関する統計データが間違っていたとされ、最近の統計に関しても、中国全体での石炭需要量と用途別の石炭需要量の集計が合わないことが研究者によって指摘されていた(堀井 2015)。
今回のエネルギー消費量および石炭消費量の上方修正の直接の理由あるいは背景としてまず考えられるのは、中央政府による大気汚染対策や省エネ規制の厳格化がもたらした地方政府や企業による統計値の「過小報告」だろう[iv]。ただし、より詳細な分析がなされるまで結論はわからない。いずれにしろ、石炭統計に問題があったことはほぼ確かである。
ただし、歴史的に見れば、様々な制度が構築されて中国政府が徐々に正確な統計数値を出すようになってきたことも事実である。また、現在、複数の方法で統計の信頼性を検証できるようになっている。例えば、大気汚染物質である硫黄酸化物の中国の排出量は2000年以降減少している。これに対しては、当初は統計データの信頼性からの懐疑的な見方もあった。しかし、硫黄酸化物排出量の減少は衛星写真を使った観測でも確認されており、結果的には正しかったことが明らかになっている。
そして、中国における産業構造の高度化や厳格な大気汚染対策は今後も継続すると思われ、景気の急激な拡大も考えにくい。実際に再生可能エネルギーや原子力による発電量も確実に増加している。例えば、ごく最近(2015年3月21日)、中国の石炭供給最大手である神華集団は「2015年の石炭販売量は2014年に比較して10%下がる」という見通しを出している[v]。したがって、2013年までの統計数値の上方修正問題と2014年以降の石炭消費減少傾向は切り離して考えるべきであり、少なくとも石炭消費が増加しない、あるいは減少する傾向にあるという状況は今後も続くと考えられる。
実際に、表2で示すように、ここ数年、中国での石炭消費ピークは意外に早いとする研究やレポートが国際的な研究機関やシンクタンクから立て続けに出されていた。また、この表2に挙げた研究の多くが、石炭消費のピークとCO2排出のピークに5〜10年程度の時間差を想定している[vi]。
注:peakingは減少傾向が始まること、flatteningは増加傾向が止まることをそれぞれ示す。 | ||||
研究機関・モデル | シナリオ名 | 石炭消費ピーク年 | CO2排出ピーク年 | 備考 |
Zhou et al.(2011) | Continued Improvement | 2030 | 2032 | 米国 Lawrence Berkeley National Laboratoryの研究グループ |
Accelerated Improvement | 2019 | 2027 | ||
IEA WEO(2013) | New Policies | 2025(flattening) | NA | |
Citi Research(2013) | Transition | 2017 | NA | |
Deep Transition | 2015 | NA | ||
IEA WEO(2014) | Current Policy | After 2040 | After 2040 | New Policies シナリオはPM2.5対策の効果をある程度考慮 |
New Policies | 2030 | 2030 | ||
450 ppm | 2020 | 2018 | ||
Chinese Academy of Engineering (2011) | 2030(peaking) | NA | ||
清華大学エネルギー環境経済研究所(2014) | Continued Effort | 2035 | 2040 | 世界的なClimate New Economy プロジェクトの一部 |
Accelerated Effort | 2020 | 2030 | ||
Bernstein Research(2014) | 2015 | NA | 米国の市場調査機関 | |
Deutsche Bank(2014) | 2016 | NA | ||
China National Coal Association(2014) | 2020 | NA | 中国の石炭産業の業界団体 | |
Li(2014) | 2015-2019 | 2025-2030 | 長岡科学技術大学教授李志東の研究 | |
Zhang et al.(2014) | No Policy | After 2050 | After 2050 | MIT研究者と清華大学研究者との共同研究 |
Continued Effort | 2030 | 2040 | ||
Accelerated Effort | 2020 | 2030 | ||
Jiang et al.(2014) | Baseline | NA | 2040 | 国家発展改革委員会能源研究所研究員Jiang Kejunによる統合評価モデルを用いた研究 |
Low Carbon | NA | 203(flattening) | ||
Enhanced Low Carbon | 2020(peaking) | 2030 | ||
2 degree | NA | 2020 | ||
Yang(2014) | Energy Saving | 2030 | NA | 米国の研究機関NRDCと複数の中国研究者との共同研究プロジェクトである China Coal Consumption Cap Projectの成果 |
Coal-Control | 2020(flattening) | NA | ||
2 degrees | 2020(peaking) | NA |
すなわち、2013年が本当にピーク年だったかどうかは別にして、このままの内外の政治経済状況が続けば、2020年よりかなり前に石炭消費がピークする可能性が高いことは多くの研究者や関係者が予想することであり、順当な時間差を想定すれば、それは2020年代の中頃にCO2排出がピークする可能性が高いことを意味する。
なお、日本では十分には認識されていないものの、米中共同声明は2度目標にも言及しており、現在の目標は固定的なものではないとも書いてある。したがって、もし石炭消費のピークが2020年前に実現することが明らかになれば、あるいは2013年にピークしたことが確定的になれば、中国政府がGHG排出削減ピーク年を前倒しする可能性はあると思われる。
5.最後に
中国の2030年数値目標を評価することは、他の国の数値目標の評価にも関係する。なぜなら、「中国と比較して」という理由で自己目標の正当化を試みる国が現れることが予想されるからである。その意味でも、中国の2030年数値目標の評価は非常に重要だと言える。
その中国の2030年数値目標だが、2度目標を考慮し、かつ歴史的責任を重視しない場合、仮に中国の数値目標を「2030年にピーク」とすれば、その目標を「公平で野心的」と評価する研究機関は多くないと思われる。中国政府が様々な反論を試みると思われるものの、その説得力が十分なものになるかどうかは筆者も懐疑的である。したがって、歴史的責任をどれだけ重視するかで中国の評価は全く異なるものになる。
さらに中国の場合、本稿の後半で述べたように、エネルギーおよび石炭に関する統計数値上方修正問題がある。今回の統計数値上方修正は、確定したデータが出ないとはっきりした事は言えないものの、その解釈に関して多くの研究者を悩ませている。筆者の知る限り、中国のエネルギー問題や温暖化問題に関わる関係者の多くは、中国の石炭消費量が減少して統計数値が上方修正された事実をすでに認識している。しかし、ピーク年が想定以上に早かったため、また恐らく国際交渉上の理由もあって、CO2排出の減少がこのまま続くと主張する関係者は多くない。一方、国際社会は、中国のデータの信頼性を単純に疑うことになり、これは中国の数値目標に対する批判的な見方を増やすようにも思われる。
しかし、本稿で述べたように中国の石炭消費ピークが予想以上に早い可能性があることは数年前から国際的なシンクタンクや研究機関が指摘していた。中国でエネルギー構成や産業構造において多くの構造的変化が起きていることは間違いない。その意味では、2013年までの統計数値の上方修正問題と2014年以降の石炭消費減少傾向は切り離して考えるべきであり、今後においてエネルギー消費量、石炭消費量、そしてCO2排出量が大幅に増加する可能性は小さいと見た方が正しいように思われる。
したがって、世界全体のカーボン・バジェットが小さくなったことは「バッド・ニュース」ではあるものの、中国の石炭消費やCO2排出量のピークはかなり早い可能性があるということを素直に「グッド・ニュース」として受け取ることが、批判は予想されるものの適切だと考えられる。
(おわり)
[i] 毎年2月末に中国国家統計局が出す資料。エネルギーや資源に限らず、人口、経済成長率、貿易量など国民生活に関わる様々なデータが含まれている。
[ii] ノルウェーの研究機関CICERO(Center for International Climate and Environment Research)の研究者であるGlen Petersは、国家統計局の2015年2月26日の発表をもとに、中国の化石燃料由来とセメント由来を合計したCO2排出量が2014年になって2013年比で0.7%減少したと計算している。(https://twitter.com/Peters_Glen/status/570929352831066112/photo/1)
[iii] http://www.globalintelligence.com/insights/geographies/asia-news-update/energy-resources-environment
[iv] 中国では、環境や省エネに関する目標達成が地方政府担当者の業績評価の重要な指標となる制度(一票否決制度)が実施されている。したがって、担当者へのプレッシャーは強く、2010年には、第11次5ヶ年計画(2006年〜2010年)省エネ目標を達成するために各地で強制的に暖房用のエネルギー供給などが止められて大きな社会問題となった。
[vi] 中国のエネルギー政策の動向を含めた石炭消費ピーク問題に関しては、Li(2014)、Shuo and Myllyvirta (2014)、Myllayvirta(2015)を参照のこと。
主要参考文献:
- 明日香壽川(2014)IPCC 第 5 次報告書第 3 作業部会の政策的含意−各国削減目標の差異化および原子力発電の役割を中心に−.
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- Citi Research(2013)"The Unimaginable: Peak Coal in China Effects of possible peaking of coal demand in China could ripple across global coal trade, producers and carbon emissions", 4 September 2013
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