第110号
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「藍色糧倉」建設関連研究総論(その1)

2015年11月12日

秦 宏:中国海洋大学管理学院副教授
山東煙台出身、博士。主要研究分野は海洋経済と農業経済

 膨大な人口を抱える中国では、陸上資源と生態環境の制約が日増しに深刻化している。陸地のシステムだけに頼って国民の食糧供給問題を解決しようとすれば、今後も長期にわたって圧力にさらされ続けることとなる。中国は、960万平方キロメートルの陸地を国土として保有するほか、300万平方キロメートルの海洋国土を管轄下においており、開発可能な海域資源が豊富に存在している。「藍色糧倉」(海洋食糧庫、海の穀倉地帯)の建設は、海洋生物資源を対象とし、沿岸地域や深海、海洋を主要な活動場所とし、現代の科学技術と先進施設・設備を導入し、繁殖や養殖、捕獲、精密加工、貯蔵、運搬、販売などの手段を通じて、高品質で豊富な海洋食品を人類に持続的かつ安定的に供給する経済活動である。陸地の農畜産物の生産と比べると、海産品の生産には「ほかの人と食糧を争わない、ほかの食糧と土地を争わない」という長所があり、生産過程の資源消耗が少なく、環境汚染も少ない。海産品のタンパク質の含有量は20%以上に達し、穀物の2倍余り、肉や卵の1.5倍に及び、陸地の食品にない様々な栄養素を提供することができ、陸地食品の有効な補充・代替品となる。このため陸地の農牧業の発展を重視すると同時に、海洋国土の開発利用も重視し、広大な海域と沿岸地域を人類の食糧備蓄の「新大陸」とし、海域と陸域を同時に発展させ、中国の大食糧安全体系を構築する必要がある。国内外の研究者は、海域や沿岸地域、海洋生物資源をいかに保護・開発・利用するか、海洋漁業の持続可能発展をいかに促進するか、食物供給における海洋の潜在力をいかに発掘するかについて大量の研究を行ってきた。以下では、これまでに発表された「藍色糧倉」の建設とかかわりのある研究成果について論じる。

1 海洋漁業資源保護と開発利用の関連研究

 国外の研究者はこれまで長期にわたり、海洋漁業資源の保護と利用に関心を寄せてきた。日本の水産経済研究者の清光照夫と岩崎寿男[1]は、水産資源の繁殖と栽培漁業の発展を通じて、海洋漁業資源を回復・増加させ、漁獲量を持続的に高め、市場の需要を満たすとの構想を打ち出した。Huntsman[2]とNakken[3]、Davis[4]は、海洋漁業資源は過度に利用されており、多くの重要な商業魚種は絶滅の深刻な脅威にさらされ、海洋漁業エリアは壊滅しつつあると指摘している。Oconnell[5]とHsu[6]は、海洋生態系と海洋生物資源の内在的関係を無視したことが海洋漁業資源の過度の利用につながったとの見方を示している。West[7]とMasalu[8]は、沿岸の関連団体が関連政策の実施を拒否し、捕獲量に対する政府のコントロールを有名無実のものとしたことで、海洋漁業資源が日増しに減少することになったと指摘した。Ochwada-Doyleら[9]は、繁殖・放流において稚魚が適応性を欠いていることが生存率の低さにつながっており、盲目的な稚魚の放流を科学理論に基づく放流とすることで繁殖・放流の生存率を高めることができるとした。Moksnessら[10]は、日本やノルウェー、デンマークの海洋牧場における多様な魚類の経済効果を評価し、海洋牧場の計画を(1)枯渇したストックの再建と回復、(2)レジャー漁業の支援、(3)商業漁業の支援――の3つに分類している。Agardy[11]やWilsonaら[12]、Greenvilleら[13]は、海洋漁業資源の過度な利用に対して、海洋保護区や海洋公園、漁業保護区の設立によって海洋漁業資源と海洋生態系を回復することを主張した。Timmonsら[14]は、世界の水産養殖業が今後十数年、世界の人口の水産品に対する需要を環境負荷の少ない方式で満たすためのカギとなる技術は、再循環養殖システム(RAS)技術であると指摘した。再循環養殖システムの効率的な経済モデルによる生産量はほかのあらゆる養殖モデルのうちで最も高い。

 国外の研究者は近年、制度革新を通じた漁業資源の保護と合理的利用を非常に重視しており、漁業権譲渡制度と漁業割当制度が研究の焦点となっている。Hentrichら[15]は、譲渡可能な漁業権制度の構築が漁業資源保護の有効な方法となると主張する。Sanchiricoら[16]は、アイスランドとニュージーランド、オーストラリア、カナダに対する実証研究を通じて、個体に対する割当制度が漁業の利潤と持続可能発展に有利となると指摘している。

 中国の研究者も早くから、海洋漁業資源の保護や利用などの問題についての研究を行ってきた。鄭曙光[17]と傅占先[18]、史同広[19]、高強[20]は、海洋汚染の制御や漁業関連の法律制度の構築、漁業生産関係の調整、政府間の協力強化、国際協力の追求、捕獲高の制御、近海漁船の盲目的な発展の制御、漁業の生息地環境や生態環境の保護などの面から、海洋漁業資源保護の措置と方法を論じている。

 海洋資源環境の制約の高まりに伴い、中国国内の研究者の多くは、海洋漁業資源の持続可能な利用と海洋漁業資源の人工繁殖へと研究の重点を移しており、これには、繁殖・放流の実施や人工魚礁・海洋牧場の建設などが含まれる[17-20]。胡兆群[21]と馬永興[22]は、海洋漁業分野での繁殖を重視する必要性を指摘し、海洋漁業資源の潜在力の開拓と同時に、繁殖・放流活動も進めなければならないとした。張秀梅ら[23]は、漁業資源の繁殖・放流を長期的に展開することは漁業資源の保護と漁業環境の修復の重要措置であるとし、水生生物の生息地の保護を漁業資源の繁殖・放流の重要な土台・前提とする必要があると指摘している。李文抗ら[24]と林光紀[25]は、人工魚礁の建設を通じて海洋漁業資源の保護と修復を行うことができると指摘し、人工魚礁の建設のための具体的な提案を行った。劉卓ら[26]と佘遠安[27]は、日本と韓国の海洋牧場の建設と発展の状況に対する分析を通じて、海洋牧場建設の主なポイントとプロセスを(1)生息空間の建設、(2)目標生物の育成と馴化、(3)監視・測定能力の建設、(4)管理能力の建設、(5)補助技術の建設――の5つにまとめ、海洋牧場の利用と管理を通じて海洋漁業資源の持続可能な成長と最大限の利用を実現すべきだと強調した。彭樹鋒ら[28]は、国内外の工場化養殖の現状を総括した。国外の工場化養殖技術はハイテク化の方向で発展している。中国の工場化養殖はスタートが比較的遅く、養殖方式はまだ初期的な段階にあり、先進国と比べると大きな隔たりがある。彭らは、閉鎖系再循環養殖システムの開発と普及の加速によって中国の工場化養殖の発展を進めるべきだと指摘した。劉大安[29]は、工場化養殖の発展を通じて捕獲に対する依存度を引き下げるべきだと主張し、工場化養殖という先進的な海水養殖方式の長所や必然性、技術要求などを詳しく論じた。陳君[30]と董永虹[31]、王淼ら[32]、楊美麗ら[33]、楊林ら[34]洋漁業の持続可能発展における政府のマクロな介入を強化し、海洋漁業の産業構造を最適化し、海洋漁業産業化の発展の道を歩まなければならないと強調した。

2 国家の食糧安全に対する水産品の役割の研究

 国外の研究者や研究機関は、食糧安全に対する水産品の保障作用をより重視するようになっている。Wheelerら[35]は、海洋農業という概念を打ち出し、海洋農業は海洋で農作物を「耕作」するものと考えることができるとし、海洋農業はすでに、十分なミネラルと栄養を人類に提供していると指摘した。だが規模が拡大し、限られた品種の養殖が広まっていることで、生物疾病の問題も現れており、早期の解決が待たれている。国連食糧農業機関が1995年に日本の京都で開催した「食料安全保障のための漁業の持続的貢献に関する国際会議」で採択された「京都宣言」は、漁業の発展と水産品の増産は世界の食糧安全保障において非常に重要な役割を担っているとし、水産品の養殖の発展を食糧安全の増進に向けた重要な措置とすることを各国に奨励した。Ahmedら[36]とBondad-Reantasoら[37]は、海洋は食糧安全保障の重要な分野であり、水産品の生産と貿易は国家(とりわけ発展途上国)のGDP成長と住民消費などに重要な影響をもたらすもので、発展途上国の食糧安全を直接的・間接的に保障するものだとの見方を示した。2002年9月に行われた「持続可能な開発に関する世界首脳会議」で採択された「持続可能な開発に関する世界首脳会議実施計画」は、食糧安全と経済発展に対する水産品の養殖の重要性が日増しに高まっていることを考慮し、小規模水産品養殖の持続可能発展を含む水産養殖への支援を進めるべきだと指摘した。

 劉西安ら[38]は、食品の多様化という角度から食品の安全保障を強化すべきだとし、中国の食品安全の確保に対する水産養殖業の発展の重大な意義を強調し、水産品は、食糧の節約と代替に有利に働き、国民の栄養・健康状態を改善すると指摘した。張銘羽ら[39]は、魚類などの水産品は、豊富なタンパク質などの栄養分を含むだけでなく、人体の消化と吸収も容易であると指摘した。また植物栽培業や牧畜業と比べると、漁業には、「四節一増」(土地・水・エネルギー・食糧の節約、水産物の繁殖)という特徴があるとし、中国の広大な水域という海洋国土を十分に開発・利用し、住民に豊富な水産食品を提供し、水産品の産量を高め、食糧安全に貢献するべきだと主張している。楊子江[40]は、住民の食物消費量と土地資源の利用効率、飼料の利用効率という3つの面から、国家の食糧安全に対する漁業発展の貢献について論述し、従来型捕獲業や水産品養殖業、水産品加工業、レジャー漁業はいずれも、国家の食糧安全生産に対して積極的な影響をもたらしているとした。黄季焜[41-43]は、中国の食糧安全の研究において、水産品の生産と消費にも着目し、中国の将来の水産品の需給と貿易状況に対して計量モデルを用いた予測を行い、中国の水産業は今後10年から20年にわたって比較優位を備えた産業の一つとなるとの判断を示している。

その2へつづく)


※本稿は中国科学院海洋研究所より許可を得て翻訳・転載したものである。
【原文】http://www.marinejournal.cn/hykx/ch/reader/create_pdf.aspx?file_no=20150119

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