第110号
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中国経済はどこに行くのか―「中国製造2025」をめぐる考察(その1)

2015年11月20日

周 建波

周 建波:北京大学経済学院 教授

略歴

1965年5月生まれ。山東省莱陽市出身、北京大学経済学院教授、博士指導教員、愛知大学国際中国学研究センター訪問教授。シンガポール、スイス、カナダ、エジプト、UAE、アメリカ等でも学生指導、研究活動に従事。中国経済思想史学会副会長、北京大学社会経済史研究所執行所長、北京大学市場経済研究センター常務副主任等を兼任。
『経済学季刊』、『北京大学学報』、『中国経済史研究』、『経済学動態』、『管理世界』、『中国工業経済』等の主要雑誌にて100篇以上の論文を発表。
主な著書:『洋務運動与中国早期現代化思想』(2002年北京大学第八回科研著作二等賞、北京市優秀科研著作二等賞、中国経済思想史学会一等賞、北京大学改革開放三十年優秀著作提名賞)、『営銷管理:理論与実務』(2008年中国市場学会改革開放三十年優秀営銷著作賞)、『成敗晋商』(2008年中国経済思想史学会優秀著作一等賞)

 中国経済は近年、多くのパラドックスに直面している。国内の資本が過剰と言われる一方で、企業の資金は逼迫している。政府と民間を挙げての長年にわたる内需の刺激がまだ効果を上げていない一方、中国人の海外での大量の買い物が「爆買い」と話題になる。こうした様々なパラドックスにより、30年余りにわたって続いた中国経済の急成長は鈍化し、成長率は2010年から毎年下がり続けている。今年第3四半期の成長率は6.9%と7%台を割った。国内外ではこれに対し、中国経済は一体どうしたのか、中国の製造業はどこへ行くのかという声が上がっている。本稿は、こうした問題をめぐる筆者の見方を述べ、中国経済の発展にヒントを提供するものである。

一、改革開放30年の中国経済の急成長と直面する困難

 機械の生産を土台とした中国の現代工業は、洋務運動とともに始まった。この頃から1978年の中国共産党第11期中央委員会第3回全体会議(三中全会)で重点が経済建設に移されるまでは、国家資本による国防工業を中心とした国民経済体系の構築の時期と言える。その最大の成果は、外敵に対する中国の防御能力が大きく高まったことにある。中国は、対日戦争の勝利を勝ち取っただけでなく、すべての不平等条約を破棄し、「世界4強」の仲間入りをした。20世紀後半には、米国とインド、旧ソ連、ベトナムと5回にわたる戦争を行い、ニクソン訪中の状況を作り、改革開放に向けた安全な国際環境の土台を築いた。1978年の改革開放から2010年までは、民間資本によって民間経済が大きく発展した時期であり、張瑞敏や柳伝志、馬雲、任正非ら有名な企業家を輩出した。これらの企業家の努力によって、中国の工業化レベルは大きく高まり、輸出入総額世界1位、GDP世界2位という大きな成果が達成された。

 この時期の中国の工業化は、庶民の低収入や生産の低技術という土台の上に築かれたものだった。こうして形成された低コストと高エネルギー消費、粗加工を特徴とした工業化モデルは、当時の比較優位に合致したものだった。庶民の低収入は生産の低技術によるものだった。こうした状況において、中国経済は連続30年余りの急成長を実現し、GDP成長率は平均9.7%に達し、そのうち約10年は10%を超え、1994年には14.76%のピークに達した。しかし中国工業の進歩に伴い、労働力や土地、原材料、エネルギーのコストは急速に上昇し、低コストと高エネルギー消費で知られた「中国製造」(メイド・イン・チャイナ)のモデルは立ちゆかなくなった。比較優位の原則に基づき、中国の工業化には、高コストと低エネルギー消費、精密加工を特徴とした方向への転換が迫られるようになった。庶民の収入上昇は生産の技術レベルの高さを一定程度反映したものであり、高コストと低エネルギー消費、精密加工を特徴とした生産モデルを継続できるようにもなった。

 製造業の一般従業員の平均賃金を例に取ろう。統計によると、ベトナムの月給は約1000元、インドは600元だが、中国東部沿岸はすでに2500元から3000元に達している。こうした状況下で、外資企業は次々と中国から資本を引き上げ、ベトナムやカンボジア、インドネシア、インドなどへの移転をはかっている。例えば中国はかつて、ナイキブランドの世界最大の製造拠点であり、40%のナイキのシューズを生産していた。だが現在は、ベトナムが中国を超え、ナイキ最大の生産拠点となっている。

 人材や土地、原料、エネルギーなどのコストの上昇によって、低コストと高エネルギー消費を特徴とした「中国製造」は、国外ではインドやインドネシア、ベトナムなどと競争することができず、国内でも収入の高まった庶民の「生命のクオリティ」(健康)、「生活のクオリティ」(美しさ)、「環境のクオリティ」に対する需要を満たすこともできなくなっている。これこそが中国人が欧米や日本などの地で「爆買い」に走る原因である。筆者は今年9月21日から10月17日まで日本の愛知大学で講義を行ったが、滞在中は中国人が日本で「爆買い」するのをこの目で見て、「爆買い」の原因は彼らの新たな需要を満たす商品が国外にしかないためだということを理解した。

 中国の家電量販店、国美や蘇寧などを回ると、主な商品は、カラーテレビや冷蔵庫、洗濯機、エアコン、電子レンジなどの従来型の商品であることがわかる。これらの商品の買い替えサイクルは長く、10年は下らない。これらの商品をすでに持っている庶民の購買欲をそそるラインナップとは到底言えない。一方、日本の家電売場に行くと、魅力的な製品が隅々にまで並んでいる。現代の中国人の需要に合致したものばかりで、「爆買い」せずにはいられなくなる。例えば現代人はデスクワークが多く、頭の使いすぎで血流が悪くなりがちである。日本人はそんな人のために頭皮の電子ブラシを発明した。女性たちはハイヒールで一日中仕事をして、足の裏にタコができてしまうのが悩みである。そんな人には、すぐに角質を除去できる美脚用の電子製品が用意されている。また歩きづめで足に疲労がたまった人には、足の裏の痛みを取る電子製品がある。年齢を重ねれば皮膚がたるみ、見た目にも影響する。そんな人には顔から足まで皮膚に張りを取り戻す製品がある。これには防水の機能もあり、入浴の際にも使える。美容だけでなく、血液の循環促進の効果もあり、老化防止に期待できるという。

 ここまで紹介したのは、「生命のクオリティ」の需要を満足する製品である。「生活のクオリティ」を高める製品もある。例えばここ数年、日本で便座を買う中国人が急増している。中国の便座は冬に座るとひんやりと冷たい。日本の便座は温度が調整でき、座るとぽかぽか温かい。また日本で炊飯器や圧力鍋を買う中国人も多い。従来の炊飯器は同じ温度で米を炊いていたので、その味は火を使って炊くのと比べるとどうしても劣っていた。日本人は火を使った炊き方の研究を通じて、まずは強火、それから弱火、最後にはむらすという手順で炊くとおいしくなることを発見し、同じ手順を炊飯器の設計に活用し、おいしいご飯の炊ける炊飯器を実現した。生活水準の高まった中国の庶民はこれを「爆買い」した。

 ここ数年は中国の庶民が日本で漢方薬を買うケースも増えている。中国では、低技術で高エネルギー消費の製造モデルのために、自然環境を完全に破壊し、空気が悪いだけでなく、水質も悪化している。化学肥料や農薬の大量使用で、土地の肥沃度も下がっている。そのために漢方薬の生薬の質も下がり、その効果に影響が出ている。日本の製造モデルは高技術で低エネルギー消費のものであり、日本の工場の排水や排気は工場から出る前に一定水準を保った水・空気にされ循環使用される。そうなれば山や川などの資源の消耗も少なく、自然環境が守られることとなる。こうした環境で育てられた薬材の質は高く、その効果も良い。中国の庶民が現在、日本で大量に漢方薬を購入しているのはそのためである。またここ数年は日本で医療サービスの受診や、身体検査をする人も増えている。その原因は、日本の医師のサービス意識が高く、中国より患者に敬意をもって接するという以外に、日本では医療と薬品とが分離しており、医療費を押さえやすいということがある。日本では医師は診断・処方を担当し、薬の調合・監査は薬剤師が行う。薬品は薬局で受け取る。医師の診断費は高いが、それは医師が体現する価値を表しており、その引き受ける責任も表している。薬代は低く抑えられ、患者にとってはありがたい。中国ではその逆で、薬代は驚くほど高く、医師の診断費は驚くほど低い。庶民はこれに大きな不満を持っている。

 私が日本に着いたばかりの頃は、化粧品が薬局で売られているのを見て、分類がはっきりしていないと感じたものだ。だがその後、一般的な化粧品は顔の表面に美容のための製品を塗るだけにすぎないが、より高級な化粧品になると、五臓六腑を調整し、血液循環を促進するものもあるということを知った。日本での買い物の仕方を観察すると、その商品が、「生命のクオリティー」(健康)への人々の追求を満たすものか、「生活のクオリティー」(美しさ)への追求を満たすものであることがわかる。中国の庶民も、収入が高まれば、健康や美しさ、美味という新たな需要を満たす商品を自然と買うようになる。

 中国人の欧米での「爆買い」は、収入の高まった庶民が欧米の中高級ブランドの商品を買うものである。こうした商品は国内での流通費用が高く、商品価格も高い。大きなトランクを引いた大量の中国人が欧米のアウトレット店で「爆買い」をしているのはそのためである。

 このように低コストと高エネルギー消費、粗加工を特徴とした中国の従来型の製造業はすでに、国内の庶民の需要を満足させることができなくなっている。同時にベトナムやインドネシア、インドなどの後進国と競争することもできない。そうすれば経済成長率は自然と低下する。統計によると、2010年に中国のGDP規模が日本に代わって世界第2となった後、中国の経済成長速度は低下し続けている。2010年のGDP成長率は10.3%に達していたが、2011年には9.2%、2012年には7.5%、2013年には7.7%、2014年には7.4%と下がり続けてきた。そして2015年上半期の成長率は7%、第3四半期の最新統計は6.9%とされている。

その2へつづく)