第111号
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中国経済はどこに行くのか―「中国製造2025」をめぐる考察(その3)

2015年12月 1日

周 建波

周 建波:北京大学経済学院 教授

略歴

1965年5月生まれ。山東省莱陽市出身、北京大学経済学院教授、博士指導教員、愛知大学国際中国学研究センター訪問教授。シンガポール、スイス、カナダ、エジプト、UAE、アメリカ等でも学生指導、研究活動に従事。中国経済思想史学会副会長、北京大学社会経済史研究所執行所長、北京大学市場経済研究センター常務副主任等を兼任。
『経済学季刊』、『北京大学学報』、『中国経済史研究』、『経済学動態』、『管理世界』、『中国工業経済』等の主要雑誌にて100篇以上の論文を発表。
主な著書:『洋務運動与中国早期現代化思想』(2002年北京大学第八回科研著作二等賞、北京市優秀科研著作二等賞、中国経済思想史学会一等賞、北京大学改革開放三十年優秀著作提名賞)、『営銷管理:理論与実務』(2008年中国市場学会改革開放三十年優秀営銷著作賞)、『成敗晋商』(2008年中国経済思想史学会優秀著作一等賞)

その2より続き)

三、ドイツの「インダストリー4.0」と「中国製造2025」

 中国社会が製造コストの急上昇を不安視している一方で、ドイツの連邦教育研究省と連邦経済技術省は「2013年ハノーバー・メッセ」で「インダストリー4.0」のコンセプトを提出するなど新たな動きを進めている。産業のアップグレードで「高賃金就業」経済を維持するためである。

 「インダストリー4.0」は、未来の工業発展の道を描くものである。人類はこれまで、蒸気機関の発明や電力の応用、電子情報技術の登場という3度の工業革命を経てきた。現在迎えようとしているのは、情報物理融合システム(CPS)を土台とし、生産の高度のデジタル化やネットワーク化、機器の自己組織化を目印とした4回目の工業革命である。「工業4.0」のコンセプトが打ち出されると、欧州と世界の工業分野で大きな関心と評価を集めた。製造コストが高まり続けている中国社会でも注目された。中国の李克強国務院総理がドイツを訪問していた2014年10月10日、中独両国は「中独協力行動綱要:共同革新の実現」を発表し、「インダストリー4.0」での協力展開を宣言した。2015年5月、中国政府は「中国製造2025」を公布し、製造業のイノベーション能力を増強し、製造業と情報技術との深度の融合を融合するための次の3ステップの方針を示した。

 第一歩:10年の努力を経て、2025年には中国を世界の工業強国の仲間入りさせる。国際的な競争力を備えた一連のグローバル企業と産業クラスターを形成し、世界の産業分業と価値チェーンにおける地位を高める。

 第二歩:2035年までに、製造業全体を世界の製造強国陣営の中等レベルに到達させる。重点分野で重大なブレークスルーを実現し、競争力を強化し、有力産業で世界のイノベーションをリードする能力を形成し、全面的な工業化を実現する。

 第三歩:2050年、つまり建国100年までに、製造業大国としての地位をさらに固め、総合的な実力で世界の製造強国の先頭グループに入る。製造業の主要分野で、イノベーションをリードする能力と競争優位を備え、世界をリードする技術体系と産業体系を構築する。

 中国政府は、「中国製造2025」の実施を推進する一連の措置を取った。措置には、▽研究開発への投入を増加し、有効特許件数を高める、▽品質競争力指数を高め、製造業の付加価値率と全労働生産性を高める、▽ブロードバンドの普及率、デジタル化研究開発・設計の普及率、キーとなる工程のデジタル制御化率を高める、▽エネルギー消費の低下率や二酸化炭素排出量の低下率、工業用水の低下率、排ガス・排水の低下率を高める――などが含まれる。

2020年と2025年の製造業の主要指標
類別 指標 2013年 2015年 2020年 2025年
イノベーション能力 一定規模以上の製造業の研究開発経費内部支出が主営業務収入に占める割合(%) 0.88 0.95 1.26 1.68
一定規模以上の製造業の主要業務収入1億元当たりの有効発明特許件数(件) 0.36 0.44 0.70 1.10
品質・効率 製造業品質競争力指数 83.1 83.5 84.5 85.5
製造業の付加価値率の向上 - - 2015年比2ポイント向上 2015年比4ポイント向上
製造業全労働生産性の増加率(%) - - 7.5前後(「十三五」(第13次5カ年計画2016-2020の年均増加率) 6.5前後(「十四五」(第14次5カ年計画2021-2025の平均増加率)
両化融合(工業化・情報化融合) ブロードバンド普及率(%) 37 50 70 82
デジタル化研究開発設計ツール普及率(%) 52 58 72 84
キーとなる工法のデジタル制御化率(%) 27 33 50 64
緑色発展 一定規模以上の工業の単位付加価値額当たりのエネルギー消費の下降幅 - - 2015年比18%減 2015年比34%減
単位工業付加価値額当たりの二酸化炭素排出量の下降幅 - - 2015年比22%減 2015年比40%減
単位工業付加価値額当たりの用水量の下降幅 - - 2015年比23%減 2015年比41%減
工業固体廃棄物総合利用率(%) 62 65 73 79

 筆者の見るところ、政府の打ち出している方向は正しい。製造業と経済の苦境を脱し、環境保護を強化する重要な手段となると同時に、中国が重大な技術革命とほぼ同時に進んでいくことを可能とする。世界の経済的なリーダーとなるための必然的な道である。客観的に考えても、蒸気機関による産業革命以来、中国が技術革命の脈動にこれほど近付いたことはなかった。例えば高速鉄道技術では、中国は確実に世界の先頭に立っていると言える(日本の高速鉄道と競争している)。またインターネットの発展の面でも、中国は世界第2位につけている。ベンチャー投資家のジム・ブレイヤーは2014年末、「今後5年の世界最大のIT企業7社を挙げるとすれば、FacebookとGoogle、アップル、アマゾン、騰訊(テンセント)、阿里巴巴(アリババ)、Baiduだ」と語っている。2015年10月初めに屠呦呦がノーベル賞を受賞したのも、中国の科学技術の実力が大きく進歩していることを示すものと言える。

 「中国製造2025」においても、中国は、有人宇宙飛行や有人深海潜水艇、大型飛行機、北斗衛星ナビゲーション、スーパーコンピューター、高速鉄道設備、100万kwh級発電設備、1万メートル級深海石油掘削設備などの一連の重大技術設備分野でブレークスルーを実現し、世界をリードする水準にあるとの指摘がなされている。私がここ数年、幾つもの企業を訪ねた感覚から言っても、中国企業の多くの技術は世界の先頭に立っていると言える。世界の強国の実現を目指す「中国製造」にとって良い知らせと言える。

 だが「中国製造2025」の実施の面では、中国には多くの障害も存在している。そのうち最大のカギは、技術と製品、庶民の需要という三者の関係に対する認識の偏りにある。

 製品は、最終的には庶民の需要を満たさなければならない。庶民の需要というものは、「天」と「人」との関係に体現されるものである。すなわち、人と人との関係、人と自然との関係である。人と人との関係においては、一方では、平等が必要となる。腐敗に反対し、強大な中産階級を確立するための制度革新が求められたのはそのためである。もう一方では、「生命のクオリティ」(身体の健康に対する需要)と「生活のクオリティ」(尊厳、美しさ)という新たな要求が出されることとなった。人と自然の関係においては、調和的発展という必要性が提出され、エネルギー消費の低下や環境保護という方向に向けたプロダクト・イノベーションの努力が求められる。言い換えれば、未来の技術進歩の取り組みは、「生命のクオリティ」「生活のクオリティ」「環境のクオリティ」という製品革新の3つの方向をめぐるものとなる。この3つのイノベーションの背景となっているのは、価値観の向上と革新である。また生活水準が向上する中、未来の技術進歩の取り組みは、「生命のクオリティ」「生活のクオリティ」「環境のクオリティ」に着目したプロダクト・イノベーションの3つの方向をめぐるものとなる。

 この観点に立てば、「中国製造」には現在、プロダクト・イノベーションの面で2つの大きな欠陥があると言える。第一に、コストを下げる技術への関心は高いが、市場の新たな需要を満たし、新たな製品を製造するための技術革新への重視が足りない。第二に、環境改善技術の研究開発が十分に重視されておらず、行政手段による環境改善に頼っている。2014年のAPEC首脳会議と今年9月3日の抗日70周年軍事パレードの円滑な実施を確保するため、北京周辺の幾つかの省では工業メーカーの操業が禁じられた。短期的には効果のある措置だが、長期的な良策とは言えるものではない。

 この2つの欠陥の背後にあるのは、価値観のアップグレードと革新である。経済水準の向上に伴い、庶民の需要は精神的な生活に向かうようになっている。とりわけ「文以載道」(文学によって思想を伝える)ということが言われたり、「国学ブーム」が起きたりしているのは、よりハイレベルで高い境地の精神生活が求められていることの証左である。この問題について「中国製造2025」は触れていないが、これは、エリート層を含む全社会が目先の利益を焦る傾向に陥っていることを示している。物質を重視して精神を無視してしまう、技術を重視して倫理を無視してしまうという問題である。

 マックス・ウェーバーによれば、近代の経済発展に適応した商業倫理には2つの特徴があるという。第一に、進取に努め、真面目に仕事をする。第二に、倹約に努め、財産を神(庶民の代表)にわたす。こうすれば、多くの財産による企業家の堕落を避け、その向上心を保つことができる。同時に全社会的な十分な市場購買力を養い、工業企業の良好な発展を後押しすることもできる。中国企業はこの二点が欠落している。このうち進取の努力が足りないということは、仕事に対する尊敬や顧客に対する尊敬が足りないということであり、製品の品質の低さや中国人の国内製品に対する不信につながっている。倹約の面での不足は浪費であり、社会の慈善に対する投入が足りないということであり、工業の発展を支えるための十分に大きな市場が育てられないということを意味している。

 また中国では、小規模農業を中心とした経済が長く続いたため、家庭の蓄えが慢性的に不足していた中国人の多くは十分な教育を受けられなかった。その結果、自ら決断する能力を欠き、周囲の環境に影響されやすく、行動をする際に一斉に同じ場所に群がるという弱点が形成された。少なくない工業にかかわる企業家の行動には、こうした点もかなり影響している。近年、製造業のコストが上昇し、利潤が低下すると、多くの工業メーカーが世論や社会環境に影響され、本業である製造業を離れ、金融や不動産などに手を出した。だが本業がうまく行かないのに副業でうまく行くはずはない。さらに、製造業という支えを失えば、製造業の土台の上に築かれた金融や保険、不動産などの産業は、水源を失った川、根を失った木のような空中楼閣にすぎず、発展できる見込みもなくなった。これもまた中国の製造業の深刻な苦境を作り出し、経済成長が低下の一途をたどる原因となっている。日本の製造メーカーを見てみると、数十年さらには百年以上にわたって、製造業という本業での取り組みを粘り強く続けている企業が多い。不動産や金融、保険などに向かうことがあっても、製造業の顧客をめぐったサービスを行い、競争優位をさらに高める手立てとしている。例えばトヨタは1870年代に紡織業を入り口に創設されてから現在まで、一貫して製造業分野の取り組みを続けて来た。1920年代からは社会の需要の変化に基づき、業務の重点を自動車製造へと移したが、トヨタが紡織業を捨て去ることはなかった。紡織業によって提供される耐火・耐熱・耐凍結などの高品質材料が自動車業の発展を後押しするものとなると判断されたためである。トヨタの産業チェーンは現在までに、自動車産業の上流である原料から下流の物流までのあらゆるポイントをカバーし、世界一の自動車会社となった。トヨタはそれにもかかわらず依然として技術革新を続け、自動車産業の未来に立脚し、環境保護と新エネルギーの分野への投資を続け、環境保護自動車のリーダーとなっている。

 中国企業には以上のような欠点があるものの、筆者はやはり、中国の製造業の発展に自信を持っている。第一に、長期にわたる小規模農業生産モデルは、労働意欲が高く、朝早くから夜遅くまで働き、ほかの人に指図される必要がないという中国人の性質を形成した。世界各国を見渡してもなかなかない美徳である。小規模農家では、家族の構成員の間の交流が便利で、管理コストが低かった。総資産に占める一人ひとりの持ち分が大きい家庭内では、一人ひとりが家庭の建設に関心を持つため、誰かが命令して働かせる必要はない。さらに「祖先のために出世する」とか「故郷に錦を飾る」といった「孝」の文化もこの傾向を強めることとなった。第二に、経済が困難に陥ったことによって、中国人は、西側先進国の企業と自らの格差をはっきり知るようになり、より自覚的に西側の企業に学ぶようになっている。30年余りの急成長は、中国の工業化レベルを高めると同時に、中国人の自信も大きく高め、おごりを抱かせることともなっていた。近年の経済の低迷は、中国人が自らの不足をはっきりと知ることのきっかけとなった。謙虚さは人を進歩させると言う。中国企業が海外メーカーとの格差を認識し、虚心に学ぶという態度を持つことができれば、中国企業は近い将来、必ず頭角を現すことができる。現在の条件は30年前に比べればずっと成熟している。

 自ら努力してやまない民族文化に謙虚で慎重な態度が加われば、中国の製造業は必ずや輝きを取り戻すはずである。中国の現在の成功は段階的な成功にすぎず、本当に成功するためにはまだ長い道のりを経なければならない。同じように、現在の問題は段階的な問題にすぎない。西側諸国が中国より強い間は、中国は依然として欧米や日本などを師とし、模索のコストを省き、比較優位を発揮することができる。長期的に見れば、中国経済は依然として、かなりの期間にわたって6%から8%の成長率を保つことができるはずだ。

 1980年代から90年代にかけて、中国製品の問題は現在よりもさらに深刻だった。家電製品を例に取れば、当時は偽物や粗悪品が横行しており、庶民は海外ブランドを好んだ。生き残りの圧力にさらされた本土企業は絶え間ない革新を余儀なくされ、90年代末には海外ブランドにほぼ追いつき、「海爾(Haier)」や「長虹(CHANGHONG)」などの有名企業が出現した。だが大型家電が社会の需要をほぼ満たし、庶民が小型家電に注目するようになると、中国本土の企業は威風を失い、人々は再び海外ブランドに目を向け、現在のような状況が生まれた。こうした圧力の下、中国企業には再び、海外ブランドに学ぶという波が起こることになるだろう。もちろん目下の技術進歩が誘発したプロダクト・イノベーションで中国が先進国に追いつく頃には、社会の需要にはまた変化が起こっていると見られ、本土企業の任務は重く、道のりは長い。マルクスの言うように、「客観的な世界を改造する過程で主観的な世界は改造される」のである。筆者の見るところ、世界の先進国に追いつき、世界経済の頂上に立ち、世界経済の本当のリーダーになったと中国が胸を張るには、中華人民共和国100周年を迎える2050年頃までを待たなければならない。中国経済が歩むべき道はまだ長く、その時までは一時の勝利でのぼせあがることなく、謙虚で慎重な態度を保っている必要がある。

(おわり)