中国土壌化学発展の現状と展望(その4)
2016年1月27日
略歴
教育部長江学者特別招聘教授、国家傑出青年科学基金獲得者、国家級「新世紀百千万人材工程」の第一選出者の一人、全国農業科学研究傑出人材、中国土壌学会副理事長。土壌化学や生物化学、土壌環境の質、食 物の安全などの分野の研究に長期にわたって従事。SCI検索論文発表154本、中英文著作出版各3部。
( その3よりつづき)
4 土壌化学と気候変動
気候変動は、21世紀の人類の持続可能発展が直面する最も厳しい課題の一つである。
地球温暖化を引き起こす主要原因は、大気中の温室ガスの濃度の上昇であり、土壌はクリティカルゾーンにおいて最も主たる炭素プールである。土壌炭素プールの微小な変化であっても大気中のCO2濃度に大きく影響し、土壌中のCH4とN2Oの産出と転換も気候変動の重要な影響因子となっている。このため、最近10年の気候変動と関連する土壌化学研究は主に、温室ガスの産出と放出の微生物学プロセスを重点としたものとなっている。
CH4の産出と放出の研究では、生物電気化学と分子生物学の方法の応用を通じて、温室ガス産出の電子伝達プロセスの研究において一連の重要な進展が実現された。Yuanらは、水稲土中の嫌気メタン菌群落の土壌の乾湿交替や酸素、硝酸塩ストレスに対する反応メカニズムを提示し、酸素と硝酸塩のメタン菌に対するコントロール作用は主に、機能遺伝子の転写レベルで発生することを発見した[80-82]。Maらは、乾湿交替プロセスが土壌の酸化還元プロセスの変化をもたらし、CH4の酸化プロセスを促進するメカニズムを明らかにした[83-86]。
Liらは、水稲土壌中の栄養共生酪酸塩の酸化CH4の産出における直接種間電子移動の影響を研究し、ナノFe3O4がCH4の産出を大きく促進し、ナノFe3O4の濃度が高いほど促進作用が強まることを明らかにした。ナノFe3O4が細胞表面に緊密に結合し、細胞間の連携を橋渡しするためである。ナノFe3O4の表面に絶縁体SiO2をカバーすると促進作用は消失した[87]。
N2Oの産出と放出では、Lanらは、水稲土壌を利用して、15N希釈培養試験を行い、硝化抑制剤の2-シアノグアニジン(DCD)の全窒素転換率とN2O排出に対する影響を研究し、DCDが全窒素の硝化作用を有効に抑制し、N2Oの排出は少なくなるが、Nの鉱化と固定には影響しないことを明らかにした[88]。Caiらは、土壌中のNOとN2Oの放出に対する大気中のSO2の下降の刺激作用を研究した。彼らの実験によると、中国の湿潤亜熱帯地区においては、土壌中のNOとN2Oの放出に対してSO2が持続的な刺激作用を持つが、SO2がもたらす土壌酸化はNOとN2Oの放出を刺激する唯一の原因ではない。研究ではさらに、15Nトレーサー技術を利用して、N2Oの放出が反硝化作用または従属栄養窒素固定作用によるもので、独立栄養硝化作用によるものではなく、SO2の刺激作用は主に酸性土壌と水没土壌において発生することが発見された[89]。
このほかCO2の産出と放出の面では、研究は主に、土壌の炭素固定について、土壌有機炭素の鉱化の刺激効果と結びつけて展開された。例えばLuらは、砂壌土に備わる有機質分解に対するトウモロコシ残茎のバイオ炭の影響を研究し、窒素の使用は土壌の総CO2排出量を大きく高める一方、バイオ炭の使用は土壌の総CO2排出量にあまり影響しないが、バイオ炭はもともとのSOCの分解を抑制し、SOCのCO2排出量を減少させ、負の刺激効果をもたらすことを明らかにした[90]。 Luoらの研究では、バイオ炭の添加後の土壌有機炭素鉱化に対する刺激効果は、バイオ炭の製造における熱分解温度の上昇に従って低下し、同時に、バイオ炭の刺激効果は、等量のバイオ炭を製造する新鮮な有機質の刺激効果よりも大きく弱まることが明らかにされた[91]。
5 展望
土壌化学の本質は、ミクロの原子・分子スケールを通じて、鉱物・有機質・微生物の3者が相互に作用することによってコントロールされるクリティカルゾーンにおける「根-土」「土-水」の界面反応をめぐって、物理化学や熱力学、生物電気化学、動力学など様々な面に反映される。土壌生物学の急速な発展は、クリティカルゾーンにおいてカギとなる土壌界面反応・プロセスの研究を重点・先端とした土壌化学研究の新たな章を切り開くものとなった。だが土壌は複雑で多相にわたる体系であるために、ミクロメカニズムに対する現在の研究には不足と限界が露呈している。今後の研究は、現代の土壌学や生物学、環境科学、化学、地質学など多学科の交差や浸透に立脚し、とりわけ生物学との交差と共同研究を重視し、新たな技術手段の助けを借り、土壌中の鉱物と有機質という2つのカギとなる成分の土壌微生物の介入の下での相互作用を重点とし、マクロとミクロとの結合を堅持し、量化とその場観測を重視し、ナノフェーズのミクロスケールの分子レベルにおける物質の相互作用に立脚し、微生物によって駆動される土壌中の物質循環のプロセスとメカニズムを全面的に観察・研究し、鉱物-有機質-微生物の相互作用の微生物-化学カップリングメカニズムをめぐって、以下のいくつかの重点方向に重きを置いて続けていく必要がある。
(1)鉱物と有機質の相互影響下における微生物(生物活性分子を含む)が主導する土壌界面プロセスと分子メカニズム。微生物または微生物代謝活動によって産出される生物活性分子は、土壌の鉱物/有機質をコントロールする界面物理化学と生物電気化学の反応・プロセスに対して大きく影響する。鉱物-有機質-微生物(生物活性分子を含む)の相互作用の影響下での生体物質と汚染物質の土壌中の界面反応と分子メカニズムの研究を展開し、養分循環や汚染物転換、温室ガス排出などのカギとなる生物地球化学プロセスにおけるこれらの反応のコントロール作用を探求することは、今後の研究において引き続き注目すべき重点となる。注目点としては主に、▽通過微生物及びその細胞外重合物、有機質、鉱物表面性質を通じた、微生物(生物活性分子を含む)や有機質、鉱物の各成分の土壌界面吸着脱着プロセスにおける貢献の特性評価と量化、▽土壌酸化還元反応の駆動者(微生物)に対する認識とマイニング、土壌においてカギとなる酸化還元活性物質(鉱物、腐植質)の化学・電気化学性質と転換メカニズムの解析に基づく、土壌微生物と固相鉱物、有機質の間の細胞外電子伝達メカニズム、さらに電子伝達プロセスとカップリングするイオン伝達と移転、酸化還元などの反応とプロセスの解明――が挙げられる。
(2)ナノスケールの原子・分子レベルでの土壌コロイドの特性及びそのコントロールの界面反応プロセスとメカニズム。従来の土壌学の土壌顆粒の大きさの分級単位は最小でマイクロメートル級であったため、土壌コロイドの特性及びその表面と界面効果の認識もマイクロメートルスケールのものに限られていた。近年、ナノ技術は日進月歩で発展しており、土壌コロイドの特性及びそのコントロールの界面反応プロセスとメカニズムの認識の研究をナノスケールの原子・分子レベルから展開することが可能となり、将来の研究のホットスポットとなっている。
(3)生物源物質(バイオ膜、バイオ炭など)の土壌界面反応プロセスにおける生体物質と汚染物質の形態転換(イオン、分子或自由基)に対するコントロール作用と分子メカニズム。生物源物質は、土壌肥沃度の発揮と土壌の環境の質に大きく影響している。土壌の鉱物-有機質-微生物の相互界面における生体物質と汚染物質の放出・転換・有効性に対する関連生物膜の形成プロセスや土壌改良剤としてのバイオ炭の外部からの添加の影響などのメカニズムの解明は、土壌肥沃度水準の向上や汚染土壌の修復の重要な基礎となる。
(4)ミクロスケールにおける土-水界面(ナノスケール)と根-土界面(ミリスケール)の界面反応プロセスとメカニズムのその場動態観測技術と方法。一般の物理化学分析技術や特性評価の方法の多くは、ミクロスケール研究には使用しにくく、検討と解決が待たれている。実験室のシミュレーション研究をいかに野外や農地に拡大し、土-水界面(ナノスケール)と根-土界面(ミリスケール)からの土壌の鉱物-有機質-微生物の相互の界面反応プロセス・メカニズムのその場観測と研究の方法を発展させるかは、将来の研究の重要課題となっている。
(5)国際的な現代の物理学・化学・生物学技術の革新や空間解像度と感度の向上は、クリティカルゾーンにおける土-水界面と根-土界面の鉱物-有機質-微生物の相互作用の物理化学・生物化学プロセス及びその界面反応メカニズムのミクロスケールからの特性評価を可能とした。将来の研究においては、技術の革新にさらに依拠し、通常の物理化学や電気化学、生物化学、分子生物学の研究方法と現代の先進機器による分析技術(▽原子力顕微鏡、走査型トンネル顕微鏡、走査型電子顕微鏡、レーザー共焦点顕微鏡などの顕微技術、▽フーリエ変換赤外分光光度計、X線光電子分光、放射光に基づくX線吸収分光、ガス/液体クロマトグラフィー、同位体比質量分析計などの分光技術、▽核磁気共鳴技術、▽高精度微量熱技術、▽ハイスループットシークエンシングに基づくメタゲノミクスやプロテオミクスなどの微生物ゲノミクス技術)を統合し、鉱物-有機質-微生物の相互作用のコントロール下にある土壌界面の反応プロセスに対して、物質の形態観察や形態鑑定、熱力学的・動力学的特性評価、細胞外電子伝達メカニズム解析、物質間作用力・官能基・原子配位分析などを行い、土壌の鉱物-有機質-微生物の相互作用的における物理化学と熱力学、微生物-鉱物-有機質間の電子伝達メカニズムと動力学などの土壌化学の発展戦略の研究分野でのカギとなる科学問題に重点的に答えるものでなければならない。クリティカルゾーンで発生するミクロな鉱物顆粒-有機質の土壌微生物の活動下での「土-水」と「根-土」の界面間の物理化学反応プロセスは、微生物学や土壌化学、コロイド化学、鉱物学、物理学など多くの分野にわたる。学科分野の異なる科学者の連合と協力ができれば、この分野の研究を新たなステップに進ませ、さらに豊かな成果を上げることができるだろう。
(おわり)
※本稿は徐建明、何艶、許佰楽「中国土壌化学発展現状与展望」(『中国科学院院刊』第30巻・増刊,2015年、pp.91-105)を『中国科学院院刊』編集部の許可を得て日本語訳・転載したものである。
80 Yuan Y L, Conrad R, Lu Y H. Responses of methanogenic archaeal community to oxygen exposure in rice field soil. Environmental Microbiology Reports, 2009, 1(5):347-354.
81 Yuan Y L, Conrad R, Lu Y H. Transcriptional response of methanogen mcrA genes to oxygen exposure of rice field soil. Environmental Microbiology Reports, 2011, 3(3):320-328.
82 Yuan Q, Lu Y H. Response of methanogenic archaeal community to nitrate addition in rice field soil. Environmental Microbiology Reports, 2009, 1(5):362-369.
83 Ma K, Qiu Q F, Lu Y H. Microbial mechanism for rice variety control on methane emission from rice field soil. Global Change Biology, 2010, 16(11):3085-3095.
84 Ma K, Lu Y H. Regulation of microbial methane production and oxidation by intermittent drainage in rice field soil. FEMS Microbiology Ecology, 2011, 75(3):446-456.
85 Ma K, Conrad R, Lu Y H. Responses of methanogen mcrA genes and their transcripts to an alternate dry/wet cycle of paddy field soil. Applied & Environmental Microbiology, 2012, 78(2):445-454.
86 Ma K, Conrad R, Lu Y H. Dry/wet cycles change the activity and population dynamics of methanotrophs in rice field soil. Applied & Environmental Microbiology, 2013, 79(16):4932-4939.
87 Li H J, Chang J L, Liu P F, et al. Direct interspecies electron transfer accelerates syntrophic oxidation of butyrate in paddy soil enrichments. Environmental Microbiology, 2015, 17(5):1533-1547.
88 Lan T, Han Y, Roelcke M, et al. Effects of the nitrification inhibitor dicyandiamide(DCD)on gross N transformation rates and mitigating N2O emission in paddy soils. Soil Biology & Biochemistry, 2013, 67: 174-182.
89 Cai Z C, Zhang J B, Zhu T B, et al. Stimulation of NO and N2O emissions from soils by SO2 deposition. Global Change Biology, 2012, 18(7):2280-2291.
90 LuWW, DingWX, Zhang J H, et al. Biochar suppressed the decomposition of organic carbon in a cultivated sandy loam soil: a negative priming effect. Global Change Biology, 2014, 76: 12-21.
91 Luo Y, Durenkamp M, De Nobili M, et al. Short term soil priming effects and the mineralisation of biochar following its incorporation to soils of different pH. Soil Biology & Biochemistry, 2011, 43(11):2304-2314.