第115号
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中関村:混沌から産まれ、時代の波に乗った生態系

2016年 4月25日 (中国総合研究交流センター編集部)

 北京市北西部に位置する海淀区の中関村(ジョングアンツン)と呼ばれる地域は、別名、中国版シリコンバレー。広大なフロアにところ狭しと小さな商店がズラーっと立ち並んでいる。数 平方メートルほどの小さなお店が巨大なビルの各フロアにギッシリとつめ込まれた様子は、日本ではあまり見慣れない光景だろう。

 昼飯、夕飯時になると、黒酢にたっぷりつかった麺料理(酸辣米線:スワンラーミーシエンなど)をススりながら自由気ままに店のカウンターに座っているスタッフも多く、フ ロア全体にツーンとした酸っぱい臭いも充満してくる。この商売スタイルと食事時の独特な刺激臭のため、中国現地の生活に慣れ親しんでいないと居心地が良いとはいえないかもしれない。そ れぞれの店が主に扱っている商品はパソコンパーツ、MP3プレーヤー、デジカメをはじめとした電気製品だ。その他にも、携帯型小型扇風機、LEDライト、ハンダゴテ、レーザーポインター、防犯カメラ、店 舗用レジスター、紙幣の枚数を数える機器など雑多な商品がジャンル分けされずごった煮のように展示されている。素人には用途のわからない不思議なパーツも売られている。ま ったく同じ商品が通路を挟んで別のお店で陳列されていることもよくある。値札は基本的についていない。ショッピングセンターというよりもまるで年中開催されている屋内巨大フリーマーケットと考えるとわかりやすい。 

 日本では秋葉原が「アニメ・マンガの街」として、今や外国人からの大人気旅行スポットとなったが、中関村のフリマ商店街は数十年前の秋葉原の電気パーツ街の様子に似ている。一 方で周辺には北京大学清華大学という中国トップ2の大学や中国科学院という国の研究機関も集積し、産学連携も盛んである。今でこそ、大企業のビルが立ち並ぶ様子は中国のICT産業の中核地とも言えるが、実 は1980年代から周辺エリート大学の貧乏学生が、このフリマ電気パーツ商店街と共生しながら学生生活を過ごしてきたというその歴史が重要な意味をもつ。

 大学生たちは店主と強気に値段交渉し店頭に無い特殊な各種パーツを調達してもらう。決まった値段もなければ調達不可能なものも無い。安いパーツを組み合わせ、自 らプログラミングにチャレンジするエリート学生たちが、学生時代から交渉をタフに経験し、成長し、いまの中国を代表するICT企業の技術を支える起業家やエンジニアになっている。

 中関村は中国の技術力を育む土壌だったのだ。この学生とビジネスの混沌とした生態系ともいえるフリマ商店街が中国のICT産業黎明期を支えてきたのである。中 国経済が改革開放とともに自由化されていった時代と重なり、中国経済の飛躍的な発展、そして世界同時的なICT産業の発展という2つの歴史的ビッグウェーブの恩恵を存分に受けた地域が、まさにこのエリアなのだ。2 015年現在、1990年代生まれの若手創業者が中関村の20%以上の経営者を占め、オンラインゲーム事業やICT人材派遣事業などで急成長した新規事業者も多い。

中国のICT産業を代表する象徴的な区画となった中関村から少し北に向かうと、同じ海淀区内の上地(シャンディー)という名の地域に着く。上地は中国ICT産業の代表的な企業が本社をかまえる区画だ( 中関村ソフトウェアパークと呼ばれる)。世界のICTを牽引してきたIBMのPC部門を買収したことで世界的にも一気に有名になったLENOVO(聯想)、中 国では抜群のトップシェアをもつ検索エンジンBaidu(百度)の本拠地などが広大な敷地に立ち並ぶ。

 中関村が産学連携からベンチャー企業の「種」が生まれる場所ならば、上地は大きな「果実」がたわわに実る農園である。そして、こうしたICT企業成長の成功例に続けとばかりに、政 府やベンチャーキャピタルといった民間の資本も積極的になっている。小さな企業でも資金が調達しやすい環境が整ってきているのである。上述の中関村や上地、多くの大学、研究機関がある北京市海淀区は、フ リマ電気パーツ商店街のような混沌が混在しながらも、産官学が一丸となって世界的大企業が育つ巨大な生態系になっている。