第115号
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中国炭素排出権取引市場発展の現状紹介(その3)

2016年 4月13日

武辰

武辰:北京卡本エネルギーコンサルティング有限公司・プロジェクトマネージャー

略歴

 清華大学環境学院修士修了、中級エコノミスト、北京卡本エネルギーコンサルティング有限公司プロジェクトマネージャー。中国、東南アジア地域で長年温室効果ガス削減プロジェクト管理に従事し、60件以上のCDM/CCERプロジェクトの開発を指揮、再生可能エネルギー発電、廃棄物処理、林業二酸化炭素吸収源、公共交通および燃料転換など広い分野に跨り、後発途上国(LDC)で10件以上のCDM、ゴールド・スタンダードおよび国連UNDP融資利子補給プロジェクトの開発とアセスメントの完遂に携わった。2015年からは招金盈炭素シリーズ炭素排出投資基金の投資顧問を兼任し、深圳市、湖北省といった実験省・市で炭素資産取引業務に携わっている。

その2よりつづき)

3. 未来の展望

3.1 全国炭素市場の始動

 国家発展改革委員会の「全国炭素排出権取引市場の設立推進に関する基本的状況と業務方針」に基づき、中国は「全体設計に沿って段階的に実施する」という原則にのっとり、3段階に分けて全国的な炭素市場の建設と発展を完成させる。2014~2015年を準備段階、2016~2020年を運営完備段階、2020年以降を発展・深化段階とする。

表5 全国炭素排出権取引市場の設立計画
出所:全国炭素排出権取引市場の設立推進に関する基本的状況と業務方針
時期 段階 目標
2014~2015 年 準備段階 炭素排出権取引市場の基礎的な設立業務を終え、取引開始の条件を整える
2016~2020 年 運営完備段階 2016~2017 年は試験的運営段階とする。各政策法規に基づき、 31省(自治区・直轄市)および新疆生産建設兵団を徐々に全国炭素排出権取引の範囲に組み込み、排出枠の初期割り当てを着実に実施し、市場の運営をスタートすることが主要任務となる。   
2017~2020年は、炭素排出権取引体系を全面的に実施し、取引制度を調整・完備し、市場の安定的な運営を実現することが主要任務となる。
2020 年以降 安定・深化段階 主要任務は取引製品を増やし、多元化した取引モデルを発展させ、運営が安定し、健全かつ活発な取引市場を徐々に形成すること。同時に、市場の容量と活発度を高め、世界の他の炭素市場との連結の実現可能性について模索する。

 上述の方針に従い、中国は全国炭素取引の法律法規と関連細則、技術標準の制定業務を徐々に展開し、2013年10月に10業界の企業の二酸化炭素排出量算出方法と報告ガイドライン企業を発表、2014年12月には「炭素排出権取引管理暫定弁法」を発表した。また、炭素排出権取引の立法業務を積極的に進めている。

 2016年1月、国家発展改革委員会は「全国炭素排出権取引市場始動の重点業務の着実な実施に関する通知」を発表し、全国各地に対し、全国炭素排出権取引体系に組み込む企業リストの提出を要求。組み込まれる企業のこれまでの炭素排出を算出し、報告、検査を実施するよう求めた。実際のところ、全国のほとんどの地方は2015年に管轄区内の企業のこれまでの炭素排出状況の算出に着手していた。全国統一の炭素市場には、1万社以上の企業が組み込まれる予定で、標準炭計算で一万トン以上を消費することが参入条件となる。

 国家発展改革委員会・気候司の蒋兆理副司長によれば、今後設立される全国統一炭素市場は、既存の取引試行地区とは全く異なる市場となり、全国炭素取引市場が設立された時、7つの取引試行地区も自動的に消失するという。全国統一炭素市場には統一された基準が用いられる。これには、MRV(モニタリング、報告、検査)体系、排出枠配分、法的基礎の統一が含まれる。試行地区で炭素取引試行に参加している企業、地方政府および第三者機関は未来の炭素市場においても引き続き役割を発揮することになる。炭素取引試行にすでに参加した企業が引き続き存在し続けるための条件を十分に考慮したうえで、参入条件の面で特殊な空間を残し、これらの企業が全国統一炭素市場の有機的な一部分となれるようにする。

 全国的な炭素市場の建設により、既存の炭素市場の地域ごとに分割されているという状况が無くなり、炭素資産の全国的な流通と取引が実現し、より安定的で、規範化された炭素資産取引ルートが形成され、中国炭素市場の持続的で健全な発展が推進される。全国的な炭素取引市場の始動に伴い、中国の炭素市場規模も急速に拡大する。全国統一炭素市場が始動した後、中国炭素市場の排出枠規模はEU炭素取引市場の倍に当たる30億~40億トンに達するとみられている。

3.2 中国炭素市場のすう勢分析

排出枠市場

 炭素取引市場は政府の強制力によって形成される市場であり、政府の政策が市場の動向にきわめて重要な影響を及ぼす。中国政府は企業の炭素排出量について厳しい抑制目標を制定した。北京を例とすると、主管機関が設定した各業界の排出規制値は年々低下している。これは、企業の排出量が変化しない一方で、企業に割り振られる排出枠が年々減少していることを意味する。

表6 北京市の一部業界の排出規制値(2009~2012年の排出状況と比較)
出所:北京市炭素排出権取引試行排出枠査定方法(試行)
企業タイプ 2013年 2014年 2015年
制造業とその他の工業企業 98% 96% 94%
サービス業企業(機関) 99% 97% 96%
火力発電企業の石炭燃焼設備 99.9% 99.7% 99.5%
熱供給企業(機関)の石炭燃焼設備 99.8% 99.5% 99.0%

 厳しい排出削減目標は、政府がエネルギー消費企業に対して長期的に排出削減の圧力を加え、企業の排出枠の不足が年々拡大し、炭素排出許可権への需要がますます高まることを意味する。

 このほか、マクロ経済状况、義務履行期、エネルギー価格の変動、技術の進歩および気候の要素などは、いずれも短期的に排出枠価格に影響を及ぼすが、ある1年間に短期的な変動によって排出枠の供給に偏差が生じたとしても、政府は排出枠の供給量を調整することで供給安定を維持することができる。取引市場の参与者である排出規制企業は、割り振られた排出枠を受動的に受け取るしかない。炭素排出権取引市場設立に向けた中国政府の態度が確固としており、目標が明確であることは、排出枠市場安定の重要な保障となる。全体的に見て、政府は排出枠市場の供給を絶対的に掌握しており、市場は排出枠価格に対して楽観的な見方を持っている。

補完的メカニズム市場

 2016年2月末現在、1325件のCCERプロジェクトがネットワーク上で公表された。もしこれらのプロジェクトの排出削減量が全て登録された場合、年平均排出削減量は約1.4億トンに達する。2020年までに、全国の風力発電設備容量は2億キロワットに達する見込み(「中国再生可能エネルギー発展ルートマップ2050」より)で、もしこれらのプロジェクト全てがCCERとなれば、毎年3億トン以上の排出削減量がもたらされることになる。さらに、中国にはまだ約5000件の元CDMプロジェクトが存在することを考えると、大量の排出削減量が発行されれば、現在の7つの試行地区だけでは市場規模が限られており、全国各地で発行されたCCERが限られた7つの市場に供給されれば、CCERの供給過剰を招く恐れがある。

 現時点の情報では、試行地区の市場は今後も全国炭素市場が設立されるまで維持され、2017年6月の義務履行期が終わった後に全国市場に併合される。各試行地区の取引所の状況から見ると、各地区ではすでにCCER供給過剰の兆しがみられており、CCER価格は楽観視できない状況にある。全国炭素市場が設立されるまで供給過剩の情勢が続けば、CCERと排出枠の価格差はさらに拡大する可能性がある。

 しかし、長期的に見れば、2017年の全国炭素排出市場の設立は間近に迫っており、市場が設立されれば炭素排出権取引市場の規模は現在の試行地区を上回る。CCERの需要も大幅に増加し、市場の需要と供給の関係もバランスがとれるだろう。

4. 存在する問題

1.政策変動のリスク

 炭素排出権市場の誕生と国内外の気候政策の制定とは密接に関わっており、その対象物の需要と供給は政府の管制を受ける、すなわち、政府が主導する市場と言える。政府の政策の動向は、炭素排出権市場の存在と取引に非常に大きな影響を及ぼす。このほど開催された国連気候変動パリ会議(COP21)で、歴史的な協定が採択された。中国政府の炭素排出権取引市場設立に向けた態度は確固としており、全国炭素排出市場の設立が秩序立てて進められている。しかし、近年の中国経済成長率の持続的な低下を考えると、将来的に炭素排出削減業界の発展ペースを制約するような政策がもし打ち出されれば、同業界の発展はマイナスの影響を受けることになるだろう。

2.活気に欠ける炭素金融市場

 各地の義務履行業務は毎年5~7月に集中している。排出枠とCCER取引量・価格は、この期間に近づくと急激に増加し、義務履行期が終わると安定化に向かう。義務履行主導型という特徴が強く表れており、投資取引は活発ではない。市場には、炭素市場の取引体系を完備し、炭素市場取引を活性化し、炭素排出の義務履行手段を豊富化するための、もっと多くの金融派生商品が必要である。

3. 市場の分割問題

 現在中国には、7つの取引試行地区が同時に存在し、それぞれの地区で排出枠の制定や配分、規制を受ける業界、排出削減機関の認定や取引メカニズムといった関連制度に違いがあるため、全国の市場が分割されている状態となり、取引の発展が阻害されている。これは、市場の流動性と業界規模にある程度の影響をもたらしている。

(おわり)